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CODEシリーズ

メビウスの欠片

作者: ひすいゆめ

生ける人形シリーズの第3作です。

葵の復活、アラン-スチュワートの存在。

新たな人形対夢の力に打ち勝つ者との戦いを楽しんで下さい。

今回は被害者が複数出てしまいます。

                    プロローグ


 悲しい天使達の物語は今始まったものではない。小さな部屋で眼を覚ました彼等は本来の性質を持つこともなく、可哀想な人々を助けるために束縛から解き放たれた小さな天使達は人々の心を守るために、癒すために『夢』の中に誘った。


 それがそもそも不幸の始まりだった。それは救いじゃなく不幸への誘導であったのだ。人々は精神をさらに悪化させて破滅の階段を着実に上っていった。

 彼らは思った。自分達は天使などではない。悪魔なのだ。存在してはいけないのだ。忌嫌われた存在なのだ。

 いつしか彼等の中から自らを葬る者が現れた。そして、彼等は滅びの道を辿った。本来の性質を持った彼等の仲間がかつて人間を対峙し、大いなる戦いの末滅んだ事件からは考えられないことであった。


 彼等の存在が運命を歪めていた。全ての波はうねりをあげて激流と化す。


 ―――メビウスに歪められた運命に。


 その運命の欠片が今再び息を吹き返した。


 新たな運命がゆっくりと奇妙に流れ始める…。


 

                 取り残された哀しき想い


 いつものように大学を出た蓮華光介れんげこうすけは自分のアパートになんとなく足早に帰って来た。今日は1時限から出ていたので、疲れ果てて部活すらサボっていた。

 溜息交じりで階段を上がり自分の部屋の前で足を止めた。

 箱がドアの前に置いてあった。

 紙がドアに挟まっていて、宅急便の人が置いていったことが書かれていた。その箱をしばらく見下ろしていた。大きさは蜜柑箱ほどで表面にはラッピングが色とりどりに箱を飾っている。

 手にとって、振ってみる。かなり軽い。しかも、何か大きなものが入っているらしくごそごそと音を立てている。

 まるで、一人でに動いているかのように・・・・。


 光介は身震いをした。何か不穏なことが起ころうとしている。箱を手にしたまま、ドアの鍵を開けると何かに誘われるように虚ろな瞳で入っていった。

 パッションピンクのリボンを解いてゆっくりと箱のふたを持ち上げた。そして息を飲んで光介は目を見開いた。そこにあったものは白魚のような指先の伸びた手首・・・・。

 否、本物ではなかった。よく見るとそれは蝋で作られたものでおそらく人形から切り取られたものであろう。それといっしょに手紙が入っている。それを恐る恐る摘みあげて広げた。


                   招待状


 貴公は主に選ばれた者たちの一人である。光栄に思いたまえ。かつて、闇より出でし小さな堕天使たちの復活を望む主は我を呼び覚まし、かつて、我らの仲間であった者を貴公らに欠片として送った。貴公らが集まり、元の姿に戻すことにより彼女は復活し、堕天使たちの復活を実現しそれを統括するであろう。

 貴公らには選択の余地はない。すでに能力は貴公らに及んでいるのだから。これを読んでいると言うことはすでに封印をといているはずである。

 彼女の力が解放されているはずである。自由意思を持ちつつもさだめに縛られてしまっているのだ。

 6月5日○○公園に集いたまえ。時は13時。そこで彼女を復活させよ。彼女が貴公らを導くであろう。

 全ては主の意思のままに・・・・。


 

 光介はしばらく体を固まらせていた。何を意味しているのだろうか。この蝋の腕はなんだろうか。悪戯の一言でかたずけるには、あまりにも凝っていて腑に落ちない点が多かった。

 それにしても精巧に出来た腕である。まるで本物のようなそれは今にも動き出しそうである。生きているかのようにさえ想える。どうして、本物ではなく蝋でできていることがすぐにわかったか不思議なくらいである。

 まぁ、試しに記載された日時に公園へ行って見れば分かることである。考えていてもしょうがない。

 彼は大事にそのまま箱のふたを閉めて机の上にゆっくりおいた。箱の中身がその時に一人でにごとっと動いたような気がした。


 

 塚葉優子つかはゆうこは高校に入学して初の中間テストの試験休みで友人と遅くまで遊んでいた。勉強なんてしたことのない彼女は試験休みも遊びの時間となっていた。

 でも、今回はそれだけじゃなかった。今まで付きあっていた彼氏に別れ話をもちかけられてその気晴らしだったのだが、結局何の効果もなかった。

 友人には愚痴を言いまくり、散々な時間であった。もう、時間は9時を過ぎていた。暗闇の通りをゆっくり歩く。さまざまな想い出が浮かんできて再び涙が溢れそうになって、思わず顔を上に上げた。鮮やかな月が哀しげににじんでいた。

 優しく髪を撫でられたこと。楽しく他愛もないことを囁きあったこと。妙なことで笑いあったこと。初めてのルージュを笑われたこと。彼の為に買った流行りのルージュ。彼女の精一杯の背伸びであった。

 しばらく、涙を流しながら家路を急いでいると優子の家の近くの公園に変な人影を見つけた。街灯のスポットライトではよくわからないが、男性のようだ。

 しきりに辺りを見回して何かを探しているかのように見える。彼女は涙を拭いて、持ち前の好奇心を発揮してしばらく電柱の影でその様子を窺った。


 彼は溜息をついてベンチにゆっくり腰を下ろして空を見上げた。空には心を吸い込む星たちがきらめいている。これは宇宙なんだ。

 そう優子は別れた彼に言われた事を思い出してまた瞳を潤ませた。

 公園でその謎の男性はポケットからある紙切れを取り出して見た。それが何なのか気になったが、これ以上深入りしても危険だと思い、彼女はそのまま公園を静かに何逃げなく通り過ぎようとした。

 すると彼女はあっと思い立ち止まって公園の中に早歩きで歩み寄った。そう、彼女は彼を知っていた。やっと思い出したのだ。

 彼は寄ってくる優子に怯えに近い表情で一瞥した。彼女は一言訊いた。

 「もしかして、あい君?」

 その青年は唖然として目を丸くして立ち尽くした。そして、ゆっくり上を向いて考え込み、手を打って指を差しながら叫んだ。

 「ゆうこ・・・さん??」

 彼女は笑顔で大きく頷いた。

 「へぇ、埼玉に住んでいるとは聞いていたけど、ここら辺だったのかぁ。」

 彼女たちはインターネットのチャット仲間で彼の写真はメールで送ってもらっていて分かっていたのだ。まさか、こんなところにいるとは思わなかったのだが。

 「なにやってるの?こんなところで。」

 彼は困った顔をして摘んでいた紙切れを差し出した。

 「この前、キーと電話ROMしてたでしょ。何話してたの?」

 紙切れを読みながら優子が問い掛けた。

 「本当はメッセ(メッセンジャー)でもよかったんだけど、電話のほうが手っ取り早いからね。この話しをしてたんだ。」

 紙切れを指差して弱々しく言った。

 その紙切れには訳の分からないことが書いてあった。

 「主?堕天使の復活??なにこれ?何かの宗教??」

 「さぁ、でも、悪戯にしては手が混んでてね。蝋の人形の首がその紙切れと一緒に送られて来てね。」

 「いやぁー。気持ち悪い。警察に言ったほうが良いよぉ、絶対。」

 彼は首を横に振るとベンチから立ち上がってお尻を払った。

 「オフ会、出ないんでしょ。」

 寂しげに優子が言うと青年は頷いた。

 「まぁ、ね。」

 「で、ここで何やっているのよ。」

 「ああ、なんとなくここに何かあるんじゃないかって・・・。目に見えない力が関わってるような・・・って、なんか馬鹿みたいだね。」

 「まぁね。・・・じゃあ、帰るわ」

 手を軽くふってその場を去ろうとして、途中で立ち止まり振り返りざまに一言言った。

 「また、今夜チャットでね。メールも送るから。」


 彼女は家に帰ってからもそのことに気を取られていた。

 堕天使の復活?『主』が復活させた『我』とは?好奇心旺盛な優子は気になってならなかった。

 自分の部屋のパソコンを立ち上げた。これは去年の秋に買ったもので新型モデルとの切り替え時期でかなり安く新古として手に入れることができた。

 みんなはいい買い物をしたねと言うが、あまり詳しくない優子には良く分からなかった。確かに付属ソフトはとても多かったが他の機種のパソコンを扱ったことのない彼女にはその良さがわからなかった。

 すぐにインターネットにつないでチャットルームに入る。常連なのであらゆる人と知りあいであった 。


 ゆうこ:さっきはどうも。>あい

 あい :あれから考えたんだけど、やっぱり悪戯だと思うんだ。あまり気にしないでね。>ゆうこ

 キー :2人とも、会ったの?>あい、ゆうこ

 あい :うん。いいでしょ(笑)。>キー

 しずく:今度、僕とも会おうね♪>ゆうこ

 ゆうこ:どうしようかなぁ・・・(笑)。>しずく

 しずく:ところで何の話し?>あい

 あい :なんでもないよ。大したことじゃないよ。>しずく

 しずく:・・・ただ、言っておくけど、もし、尋常じゃない不思議なことが関わっているのだったら僕に言ってね。これでも、霊感はあるんだから。>あい

 しずく:なんか、あいが妙なことに巻きこまれている感じがする。それも、かなり恐ろしい禍禍しい力の関与した・・・。>あい

 あい :気にするなって、大丈夫だからさ。>しずく

 キー :それより、あいってどんな人なの?>ゆうこ

 ゆうこ:結構、見た目悪くなかったよ。>キー


 

 他愛もない話題へと変化してもなお、優子はわだかまりが残っていた。なぜ、あいは突然あんなことを言い出したのだろうか。あんなに気になって公園まで調べに来ていたというのに。

 みんなに心配をかけないため?彼は妙に人一倍やさしいから。優子はある決心をした。

 「私も例の日に公園へ行こう。」

 そう、一人つぶやいてみた。



 哀しみの中で残された心の破壊された欠片は今も漂っている。封印されたはずなのに悲壮感が感じられる。蝋でできた人間の体。首と両手足はない。それは木の箱に保管されている。

 その木の箱に視線を落としながら『彼』は静かに囁いた。

 「もうすぐ、あともうすぐで君は蘇る。」

 魂の砕かれた器だけの存在の塊は静かに再び完全なる形となって目を覚ますことを約束されていた。

 可哀想な天使は器なき存在に見守られていた。


 

 いつの間にか妙な道に出てしまった。6月も半ばになり台風も1つやり過ごしたと言うこと時期に細波京介さざなみきょうすけは一人旅に出ていた。大学も卒業間近であり、今しかできないことをやっておこうというのだ。

 しかし、どこをどう道に迷ったのか妙なところに出てきていた。東北地方をあてもなく歩いて行こうと決めていたが、流石に何もない山道で1日2本のバスを降りたのが失敗だった。

 しばらく、何もない道を歩いて行くとやがて大きな洋館が見えて来た。殺風景にミスマッチな豪華なその館はつる草で覆われていた。そこは何年も空家のようで手入れ一つされていない。京介はその館に足を踏み入れることにした。

 大きく重いドアを開ける。大きな嫌な音を響かせて、埃臭い空気を放ちながら口を開いた。その不気味な建物の内部は嫌悪に近い感覚を抱かせるものがあった。内部の気温は汗ばむくらいかなり蒸し暑かった。

 長い間、人が踏み入れなないはずの洋館に柱時計の時を刻む音が響いている。不安と恐怖が彼の心を襲い始める。床の埃の厚みから誰も侵入していないはずである。


 と、突然玄関のドアが激しい音とともに閉まり周りに暗闇が広がった。頼りなのは全ての窓にふさがっている鎧戸からこぼれる光だけである。

 京介はディパックの中からペンライトを取り出して明かりをつけた。しばらくこの館の内部を探検することにした。自分の足音がやけに歩くたびに響く。階段の手前のリビングに入ることにした。鼓動が耳で聞き取れるくらい鳴っている。

 埃とカビの鼻につく中でリビングは腐乱臭が漂っていた。薄暗くて良くわからないがどうやら何かが揺れている。それが異様な匂いを漂わせているらしい。


 恐る恐る中に入り、空気の動きを感じながら動くもののほうへ歩いて行った。

 「わぁ!」

 京介は思わず悲鳴を上げて埃まみれの床に倒れこんだ。

 彼の目の前には安楽椅子が揺れていた。風も振動もないのに揺れている。しかし、そんなことで驚愕したのではなかった。


・・・そこには不気味なミイラが腰掛けていたのだ。服装から、そして体格から老人であることがわかる。

 しばらくして立ち上がり埃を払うと深呼吸をしてミイラから離れた。リビングから離れると溜息をついて階段の1段目に腰を下ろした。

 一体、あのミイラは何なのだろうか。ここの主人であることはわかる。

 突然、どこかの部屋から鳩時計の時を知らせる音が鳴った。誰が時計のねじを巻いたのだろう?しかし、侵入の形跡はない。すると・・・。

 2階からかすかに何かが落ちる音がしてオルゴールの悲しい音色が聞こえて来た。彼は大声で叫びながら屋敷を後にした。


 

 侵入者は去って行ったか。

 日記を眺めながら『彼』は微笑んだ。

 この空家にかつて住んでいた主はもういない。

 『彼』を復活させてすぐにここから姿を消してしまった。一体どこへ行ってしまったのだろか。『彼』を残して。

 それでも『彼』はここに留まった。主の意思を受け継いで独りである目的を果たそうとしていた。

 ・・・崇高な目的を。

 すべてはこれから、である。


 

 6月5日12時。公園には一人の少女がベンチに座っていた。膝には大きなスポーツバッグを載せている。中には蝋でできた足が入っている。まだ、誰も来ていないようだ。彼女は溜め息をついて時計を見る。1時間も早く来てしまったが、家が遠かったのでしかたない。

 しかし、これから何があるのだろうか。

 ふと、ベンチの後ろの木陰に何かあるのに気がついた。近くまで歩み寄って良く見るとドレスが落ちていた。しかし、膨らんでいる。良く見ると蝋で出来た体が入っている。すぐにピンと来て彼女はスポーツバッグから蝋の両足を取り出してその体につけてみた。すると、ぴったりとくっつき接着したかのように取れなくなってしまった。


 気味悪くなってその場から離れて公園の入り口まで逃げるように駆けていった。鼓動が激しくなっている。何か禍禍しい何かが起ころうとしているのだけは分かる。見えない力が空間に満ちているかのように彼女は身震いさせた。

 しばらく、呆然としていると後ろから肩を叩かれた。息を詰まらせて恐る恐る振りかえるとそこには見知らぬ男性が立っていた。見かけは20代前半で派手なシャツに流行りのスラックス姿で汚いキャップをかぶっている。

 「君は選ばれし存在だね。僕は春日真治かすがしんじ。よろしく」

 彼女は戸惑いながらも青年を見て優しそうな独特の雰囲気に安堵を感じずにはいられなかった。一人で不安だったと言うこともあるのだが。

 爽やかな笑顔で真治は言葉を続けた。

 「俺は『彼』の代理さ。あの中身なき体を託されたんだ。でも、驚いたよ。あんなものが送られてくるなんて・・・。」

 「私は相良香住さがらかすみ。私も驚いた。あんなに精巧な人形の足が送られてくるんだもん。でも、誰が何のために作って送って来たのかなぁ。」

 香住の質問に戸惑いつつも真治は答えた。

 「俺が手紙で教えられているのは彼女は能力ちからあるものによって封印されたらしい。そして、復活するにも同じ力を持つものじゃなきゃいけないって。ただ、彼女は魂を破壊されてしまっているために4人の能力者の力が必要なんだって。」

 真治がそう言うと空を見上げた。雲一つない青空で心が穏かになり元気が湧いてくる。これから起こる災いでさえ乗りきることさえ容易な気になってくるかのようだ。


 しばらく、他愛もない世間話をしていると選ばれし者たちが続々と集まって来た。まず姿を現したのは両腕を持つ光介である。次にハンドルネーム『あい』こと近藤正也こんそうまさや。彼はディパックに頭部を入れて来た。

 真治は彼らを導いて魂のない『彼女』の体に導いて完成させた。4人に囲まれている彼女はまるで眠っている魅力的な女性のように横たわっている。今にも起き出しそうだ。

 「私も仲間に入れて」

 気付くと正也のネット友達である優子が彼らの背後に立っていた。

 「・・・関わるなって言ったじゃないか。」

 「お願い、私も仲間に入れてよ。心配なのよ、何か嫌な予感がするの。」

 「いいじゃないか、彼女も関わってしまったんだ。」

 真治がそう言うと笑顔で優子を迎え入れた。


 

 5人に見下ろされて彼女は静寂に包まれていた。何とも言えない雰囲気が辺りに立ち込める。動が何一つない。静だけが沈黙の彼らに緊張を与える。彼らは無気力のように、力が湧きあがるかのようにただ、じっと彼女を見守っていた。


 どのくらいたっただろうか。長い時間でもあり、刹那にも感じられる。しばらくすると、彼女は指を微妙に動かした。

 一同は愕然として数歩後ず去った。彼女は重たいけして開かれるはずのない瞼を開ける。ガラスの瞳に光が蘇り空に浮かぶひと欠片の雲を見つめた。

 そして、起きあがり、瞳に思わず涙を溜めた。我に返りまるで絶望のどん底にいるかのように嘆き悲しんだ。


 彼女は静かに嗚咽とともに口を開いて言葉を発した。

 「なぜ、なぜこんなことをしたの?なぜ、私なんかを蘇らせたの?私は望まれない存在。私は存在を許されない存在。私はいてはいけないの。堕ちた天使、否、悪魔なの。最悪の存在なの。」

 彼らはただ、彼女の言葉に呆然とした。

 「君の名は?」

 京介がやっと口を開く。

 「私の名はあおい。」

 「葵ちゃんはなぜ、封印されたの?」 

 次に質問を投げかけたのは香住である。

 「覚えてない。・・・何も覚えてない。ただ、私が存在してはいけないっていうことだけは覚えてる。」

 彼女は封印の際に魂が欠損してしまったために記憶が失われてしまったのだ。

 「とにかく、どっかへ行こうぜ。」

 京介が吐き捨てるように言う。真治は親指で背後を示して言った。

 「俺のバンでとりあえず、喫茶店へ行こうぜ。」


 

 喫茶店では人間と寸分たがわない葵に誰も気付く者はいなかった。

 「記憶喪失かぁ。『彼』は俺らを葵が導くって言ってたんだよなぁ。」

 正也が嘆くように呟いた。オーダーしたモカを啜って優子を見る。彼女は巨大なパフェを頬張っていた。ネットの印象ではおとなしい真面目過ぎるという印象だっただけにこの状態でチョコレートパフェを頼んだり、自らこの恐ろしい宿命に飛びこむのを見てただ、唖然とするばかりである。

 「別にいいじゃないか、その『彼』や『主』なんて奴に従わなくてもさ。そいつらがいい奴でいいことしようとしてるとも限らないし。」

 アメリカンを飲み干して光介が言った。

 「それに俺たちは自由意思があるんだ。好きなように行動しよう。」

 真治がオーダーしていたオレンジジュースのストローをくわえながら言う。

 「まずは人形がなぜ動くのか、俺たち能力者がどういう者かを解明しよう。」

 「じゃあ、その『彼』にどうしても会う必要があるね。どこにいるのかなぁ?」

 優子が口を拭いながら言葉を挟んだ。

 「そういえば、昔願いの叶う人形の噂ってあったじゃないか。なにか、関係あるんじゃないかな。」

 正也はそう言って天井を見上げた。さまざまな色のインテリアが輝いている。正也が過去を語り始めた。


 「あれは5年前だったかなぁ。俺がまだ中学1年のときにある歌手が願いの叶う人形を手に入れたっていう話しを聞いて、当時ファンだった俺は神田の本屋街を探し回って辺鄙な骨董屋でアンティークっぽい人形を手に入れたんだ。あと3つしかなかったんだけどな。

 そうそう、俺はその人形の出どこを聞いてたんだよなぁ。なんでも、アラン・スチュワートっていう人が作ったって。その子孫が東北のどこかにいるって言ってたなぁ。

 で、人形なんだけど、クラウンの人形でめちゃめちゃ気持ち悪い物だった。あまりに何か、嫌な感じがしたんで後で捨てたんだけど。まぁ、3千円だったし気にしてなかったんだけどな。」

 「そのスチュワートって人を探そうぜ。」

 真治がそう言って立ちあがった。黙って俯いていた葵は静かに呟いた。

 「私は行きたくないなぁ。」

 しかし、誰一人としてそれを聞き取れた者はいなかった。


 

 京介が再び古びた屋敷に来たのはあれから1ヶ月後だった。刑事である兄から妙なことを聞いたからだ。

 「火事で焼け落ちた廃墟から焼け焦げたパペットを持ち去った妙な奴がいた。そいつを妙に思って尋問したんだけど、特に怪しいところもなくて、ただ、これは自分の大事な人形で貸していた物だって。そんなことは嘘だろうけど、まぁ、そんなもの持って行ったところで問題ないと思って帰したがな。最近のガキの考えることはわからないなぁ。そうそう、そいつ、函館からわざわざ来てたんだ。」


 気になった京介は兄の警察手帳を機会を見て盗み見て函館のその奇妙な人物を調べることにした。

 住所は函館駅より少々離れた何もない住宅街で赤貫健あかぬきけんという無職の26歳の男性である。フリーターをしていたらしいのだが最近は親からお金をもらって遊び歩いているらしい。

 すぐに函館に飛ぶことにした。

 飛行機で函館空港に降りる。飛行機から出ると外国という経験の多い京介にとって変な感覚であった。


 東京に比べてかなり涼しいのだが、それでも半袖で過ごせるくらいの気候に驚きを隠せなかった。バスと路線バスを駆使してなんとか健の家の住所の近くまで辿りつく。すでに飛行場について3時間は経ていた。

 そこで彼についての噂を耳にした。ある喫茶店で休んでいるとマスターと常連らしい中年の男性が小声で話をしていた。

 「最近、赤貫さんとこの健君の様子がおかしいんだってさ。」

 「ああ、そうそう。なんでも、東京に旅行に行ってから様子がおかしくなったそうだ。何かあったのかねぇ。」

 「それでつい最近姿を消したそうだよ。一体どこで何をしているのか。」

 「そういえば、両親には東北の洋館に住み込みでバイトしてるって言っているらしい。」

 「ほう。」

 「しかし、その場所にはバイトできるところなんてないらしい。そこは○○県の・・・。」


 あの屋敷だ!もう一度あそこに行く必要がある。一体彼は何をしようとしているのか。彼はどうして朽ちた人形を手に入れたのか。何故、豹変したのだろうか。そして、屋敷で何をしているのだろうか。奇妙な屋敷とミイラの秘密も疑問である。彼は再びあの屋敷に行こうと思ったのはこの時であった。


 

 各々スチュワート氏について調べるということで解散した後、葵を引き取った香住は例の正也が人形を手に入れたという神田の骨董屋を探すことにした。彼女は仕事を止めたばかりで自由の身であった。上司のセクハラが原因である。何度も屈辱的な行為のあげく殴りつけて会社を去ったのだ。幸い蓄えは充分にあった。

 次の日、早速葵を連れて神田の古本屋街をさ迷いやっとそれらしいものを見つけた。スキーショップと本屋の中を歩き回って裏通りをさらに進むとやがて小さな小屋が見えてきた。定食屋と食器屋に挟まれた古い木造2階建て建築には看板はなく一見して店には見えない。しかも、休みかどうかも判断できない。普通の人なら見過ごすところだが、葵には感じるものがあった。そう、ここに気付いたのは葵であった。


 ガラスの引き違い戸に手を伸ばす。がらがらと音をさせて開くと恐る恐る中に足を踏み入れた。中には骨董品が乱雑に並べてあり、奥まで続いている。店主は見えず中に並ぶものを見ていった。

 「あっ。」

 葵が声をあげた。そこには3体の人形があった。1つはアンティーク調のフランス人形、1つはクラウンのマリオネット、最後にバイオリンを持ったオルゴールの子供の人形である。彼女がそれから目を放さず怯えているのを見て香住は背中をさすった。

 「それは函館に住む親戚の子が作ったのだよ。」

 気付くと老人が背後に立っていた。

 「うまいものだろう。本当に器用な子でね。」

 「これを作った人は今は?」

 香住が穏かに訊く。老人は優しく頷いて答えた。

 「よし、これに興味を持つのも当たり前だし、教えて上げよう。」

 彼はメモにすらすらと走り書きするとそれを手渡した。

 「まだ、3体しかできてないけど、きっといい人形作家になるだろうね。」

 さも誇らしげにいう老人に葵は吐き捨てるように言った。

 「3体でもたくさんよ。」

 「ごめんなさい。さぁ、行こう。」

 香住は3体の人形をすべて買うとそそくさと店を後にした。

 「なんであんなことを言ったのよ。」

 飛行場へ向かう列車で香住はなるべく穏かに問いただした。

 「もう、悪魔は、存在を許されない者はたくさん。もう、不幸になる人はたくさん。もう・・・。」

 「・・・そう、わかったわ。もう、そんなに落ちこまないで。」

 「函館に悪魔を作る者がいる。私の存在が彼らに命を宿す。」

 「何か思い出したの?」

 「ううん。ただ、感覚的にそう思うの。ねぇ、真面目に聞いて。彼を調べるの。悪魔を復活させようとしてる人がいる。何故か悪魔を作る術を知ってるの。」

 「『彼』の言う『主』ね。」


 葵は頷いて話を続ける。

 「おそらく函館のどこかに秘密があるのよ。まず、主の正体をつきとめて人形を作れないようにしないと。」

 「じゃあ、『彼』は誰なんだろう?」

 「それは二の次ね。とにかく、最初に主を見つけるの。」

 列車はゆっくりと不安を抱く彼女たちを運命へと導いて行った。メビウスの輪のごとく歪んだ運命へと。

 運命の欠片は彼らに重くのしかかっているのだけは確かだった。


 

 正也は大学2年になって初めて授業をサボった。インターネットで検索した結果、あることがわかった。アラン・スチュワートという人物についてホームページに載せている人がいたのだ。


 名前は槐修平という。アラン・スチュワートとはイギリスのウェールズの片田舎に住んでいた宮廷人形師でラック・ドールという願いの叶う人形を作っていたらしい。しかし、実は彼は普通の人形を作っていて、ラック・ドールという不思議な人形を作り、数年前に日本に流行らせたのはその子孫のエドワード・スチュワートであるらしい。

 しかし、その人形は実は呪いの人形で悪魔の人形であり、願いをかけたものの命を奪ったという。今は、それらは全て失われているらしい。

 あだばなのブーケのようなアイコンをクリックすると、新たなコンテンツへと進む。そこには恐るべき事実が書かれていた。


 『人形はすべてスチュワート氏の屋敷で黒魔術により作られた。』


 修平氏はある人物からその事実を聞いたらしい。なんでも、元歌手の香住涼子かすみりょうこに直接聞いたそうだ。願いの叶う人形をかつて流行らせたのは彼女であるらしい。ちょっとしたきっかけでネットで知り合ったらしい。

 スチュワート氏は自分の屋敷である儀式を行った。そして、仮そめの体に偽りの魂を込めたのだ。もっとも、スチュワート氏自身はただ、人形を普通に作ったと思っていたのだが。

 彼の屋敷の場所まではホームページにはのってなかった。しかし、手がかりと人形の真相だけはなんとなく分かて来た。とりあえず、正也は修平というホームページの管理者に会うことにした。掲示板に自分のメールアドレスと明らかに興味を持ってメールを返信してくれるようなことを記入した。

 あとは彼のメールを待つだけである。


  優子は思い出していた。あの優しく髪を撫でられた温かなぬくもり。振られても忘れることはできなかった。

 「女の子はいつも恋してなければいられないの」

 それは彼に絶えず言っていた優子の言葉であった。今はそれが身に染みて感じている。

 一人になって心が寂しさで一杯で、とにかく何かをしてないとおかしくなりそうになっていた。みんなは手分けして『彼』や『主』の存在を調べている。自分も何かしなくては、と気ははやるものの何をしていいのか分らなかった。

 いつものようにパソコンを立ち上げてネットにアクセスする。

 チャットルームへ行くと今日は仲間が一人しかいなかった。

 しずくである。本名はわからない。雫というのは本名かもしれないが優子にはどちらでもよかった。彼に話しかけようとすると優子の携帯電話が鳴った。出ると雫からであった。

 「今日は誰も来ないなぁ。」

 「そうね。」

 「なんかあったんだろう。」

 「うん。実はね、・・・。」

 優子は動く人形の話しをした。雫は黙って聞いていたが、やがて小さな溜め息が漏れて小さく呟いた。

 「悪夢の欠片が残ってたのか。」

 「悪夢の欠片?」

 「やつらの仲間は生きていたんだ。で、宿り主を見つけて仲間を復活させようとしている。葵があい達、夢に打ち勝つ能力者によって復活させられたように。」

 優子は戦慄を覚えて思わず携帯電話を落しそうになった。愕然としながらも優子は言葉をつなぐ。

 「雫、何か知ってるの?葵ちゃんを知ってるの?」

 「ああ。とにかく会えないかな?今度の日曜日に一緒に行ってほしいところがある。ある屋敷に・・・。」

 意外なところからかなり有力な手がかりを手に入れて優子は心を躍らせた。まだ、鼓動が激しくなっている。まるで、離れていても空気を伝って聞こえてきそうなくらいに。

 葵を知っている。葵の失われた記憶もおそらく雫は知っているだろう。屋敷?どこの屋敷だろうか。とにかく今度の日曜日まで待ちきれなかった。

 あるいは雫に期待をしていたのかもしれない。もう一度恋がしたいという願望が優子をますます雫に近づかせる結果になったのかもしれない。


 

 蓮華光介は春日真治とある東京の住宅街に来ていた。現在は住宅の基礎が立ち上がりのコンクリートを打ってある状態で型枠が外れていないが、数年前はある住宅が謎の大火事を起こし数人の死者を出し、長い間買い手のつかぬままこの土地は空き地になっていた。

 そこに何故2人が来ているのだろうか。理由は簡単である。彼らは自分達であるホームページをアップして、そこにBBS(掲示板)を設置して集めた情報を随時書き込んでいっているのだ。これは正也のアイディアで、彼が管理している。そこにある情報が入っていたのだ。優子からのコメントらしいのだが、おそらく『主』であると思われる人物が特定されたのだ。


 彼の名は赤貫健あかぬきけんと言って函館在住の青年らしい。これは香住、葵コンビも同じことを載せていて彼女達はすでに函館に飛んでいるらしい。その健が人が変わったのがこのかつて不思議な火事により焼け落ちた瓦礫から原型を留めないパペットを持ち去ってかららしい。


 みんなの情報からかつての呪いの人形についてだいたい把握しているので、これがその呪いの人形の一体であることは想像出来る。しかも体が焼け落ちた今でさえ仮そめの魂は残っていたのだ。

 健はそのクラウンのパペットの能力で操られているのだ。宿り主のパペットは彼を『主』と呼んでいるのが気になっている。おそらく、彼の目的を達成するために可哀想な天使たちを復活させようとしているのだ。

 なぜなら、彼らは可哀想な人たちを助けることを望んでいるのだ。もっとも、彼が他の人形と同じ『精神構造』をもっていれば、の話しである。


 しかし、光介たちは邪悪な気配を感じていた。そのパペットだけはどうやら他の生ける人形たちとは違い邪悪なものをもっている。『彼』が人形たちの中で完全なのだろう。他の小さな天使たちは欠陥を持ってしまった。邪悪性。

 黒魔術により召還されたときにスチュワート氏の心が篭ってしまったのだ。その中で邪悪な雰囲気を持った彼が生まれたのは何故だろうか。

 その鍵を持っていたのは正也であった。彼が見つけたホームページの管理者の友人である元歌手の香住涼子が知っていた。彼女は彼らをソウルブレイカーと呼んでいる。かつて、願いの叶う人形がヒットしたときに同時に呪いにより死者が出るという事件が起こったらしいのだがそのときに彼らが人間を無へと帰そうとしていたらしいのだ。


 結局、本体と言うべき大元の人形をある人物が命をかけて倒したらしいのだが。その人形の邪悪な意思をクラウンが受け継いだのじゃないだろうか。

 今は基礎が作られかけているその現場で真治は溜め息をついた。

 「結局、無駄足になったらしいな。」

 「そうでもないさ。」

 光介はその前面道路に止まっている車に目をやってやっと聞こえるような声でそうつぶやいた。それに近づき運転席を覗く。そこには不気味な鳥肌が立つような雰囲気を発するクラウンのマリオネットがちょこんと座っていた。表情は悲哀を示しているが憎しみを感じられた。

 その首が突然ぎこちなくゆっくりと回り、1回転して光介の前で止まった。目からは涙の跡らしきものが見られる。彼はゆっくり口を開いた。

 「主は我の体を作り、葵が魂をこの体に戻した。我は復活したのだ。」

 「な、なにを・・・。」

 「今、主は3人の仲間を復活させた。これから始まるのだ、全てが。なに、慄くことはない。いずれ、貴公らは葵によって導かれるのだから。案ずるな。」

 「何勝手なことを言ってるんだ。人間を無に帰すのが目的だろう。」

 後ろから真治が歩み寄って叫ぶ。クラウンは鼻で笑って前を向いた。

 「貴公に何がわかる?我々の苦しみがわかるか?存在してはいけない者の苦しみが、生きていてはいけない存在の消えることのできぬ運命がわかるか?忌み嫌われた評価されぬ存在意義のない存在の心を理解できるか。いずれにしろ貴公らには概念の範疇を逸脱したものだ。理解のしようがない。それでは業火の地獄で待っているぞ。」


 彼はそう言うと車を発進させた。タイヤを激しく鳴らせてものすごい加速で去って行った。悪夢の欠片が今、彼らの前に現れたのだ。

 「とりあえず、あの車の持ち主を探そう。ナンバーは暗記した。」

 真治の言葉に光介は溜め息をついた。おそらく、あれはどこからか勝手に持ち出したものだろう。無駄足だと分っていながらも彼は真治に従うことにした。


 

 雫はある屋敷の中で熱弁を振るっていた。優子をスチュワート氏の屋敷に連れて来ていた。彼らはエントランスホールで話しをしている。

 「偽善かもしれない。でも、そんなことはどうでもいい。偽善だろうが、善悪だろうが、どう評価され、どう思われようがいい。僕は僕の思い求めることをする。ただ、それだけだ。」

 「他尊自卑ねぇ。まぁ、私には分からないことね。所詮綺麗ごとよ。」

 「綺麗ごとか、そうかもね。だけど、それが本心だ。しょうがないさ。」

 彼らは2階へ上がり、ある部屋には入る。そこでは先ほど細波京介と名乗る人物を見かけたところだ。彼からいろいろな話を聞いた。赤貫健と言う人物を調べてこの屋敷に来たこと。この屋敷に迷いこんで奇妙な体験をしたこと。その全てを聞き、ノートパソコンと携帯を使って情報をホームページの掲示板に書き込んだのだ。電波の届くところまで引き返して、今戻って来たところだった。その部屋には人が長い間暮していたと思われる形跡が残っていたからそれを調べに戻って来たのだ。


 ここに赤貫健が暮していたのか。ここで葵を見つけたのだろうか。焼け跡から拾って来たクラウンのパペットはここでどうしたのだろうか。

 そのヒントを見つけるためにもこの部屋を探っていた。優子はふと本棚の分厚い本の列の中から妙な本を探し出した。1冊だけ古い外国の本でアルファベットで『ソウルブレイク』と書かれたものがあった。

 「魂の・・・破壊?」

 雫はその本を取り出した。すると、一緒に小さなノートも落ちて来た。それは汚れた日記帳であった。

 「赤貫の日記帳だ。」

 それを拾った雫は少々大き過ぎる声をあげて中を早速開いた。

 『ある不明なメールが2日まえに届いた。東京某所の住宅街に焼け落ちた住宅があり、そこに存在を許されぬ忌むべき邪悪なクラウンのパペットの変わり果てた姿がある。彼はきっと望むべき方向へ導いてくれるだろう。という内容のものだった。 ~中略~ 許されざる存在、望まれぬ存在の彼を助けてこの屋敷に導かれる。ここでは彼らの産みの親とも言うべき著書があった。ここで彼らの研究を始めようと思った。』

 これは主である赤貫健のものであるのは明らかであった。


 

 函館の函館公園に一日に4本の復刻版のちんちん電車に乗ってやってきた香住と葵は噴水を横目に歩く。ここで悪魔の儀式が行なわれたのだ。展望台に行き、ここがその現場だと確信する。この場所は葵が感じ取ったところだ。

 ここに何かヒントがあるのではないか。葵の彼らを嗅ぎ分ける能力を発見した香住は彼女の導くままに悪夢の儀式の現場に今たどりついている。そして、今ここにいるのは偶然でもない。運命、なのかもしれない。少なくとも決められたさだめのように感じざるを得なかった。

 「ない!」

 葵がそう叫ぶと自分の肩にかけていたショルダーバッグを引っ掻き回した。

 「何がないの?」

 心配になって香住は葵の肩に優しく手をかける。彼女は力を失せて座りこんでしまった。

 「とうとう、始まったの。私は・・・。」

 「人形は3人ともいなくなってしまったのね。」

 「私のせいだわ。ここには儀式の魔力が残ってたのよ。いや、わざと残してあったの。私が来たことで夢の力が作用してしまったはず。禍禍しい力が。そして、彼らを目覚めさせてしまったのよ。失敗した。これは仕組まれた罠だったのよ。」

 「いまさらそんなこと言ってもしょうがないし、葵も悪くない。それに彼らや謎を付き止めて悪夢を阻止するにはここに来なきゃいけなかったのよ。まずはもう、これ以上可哀想な天使を産み出させないために彼を探し出して止める。次にBBSに書いてあった元凶の黒魔術の本は優子たちが燃やしているだろうから、あとは復活した堕天使たちを封印すれば良いのよ。」

 「今は人形の工房をなくすことね。ここにある儀式の道具は燃やしてしまおう。そしたら、次に主たる赤貫健の居場所を探す。」

 2人は燃え盛る展望台から離れると再び五稜郭のある市街地に向かって行った。


 大通りに面した喫茶店に入るとノートパソコンを取り出してネットにつなげる。彼らのホームページの掲示板を見る。BBSには意外なメッセージが入っていた。

 『最近、正也のコメントがないと思ったら、どうやら音信不通で行方不明らしい。』

 これは光介からのメッセージである。気になるが彼に何かあったとは思えない。きっと、書き込みも忘れて何かを追跡しているのだろう。

 そんなときに背後に気配を感じた。2人は振り向くとそこにはバイオリンを持ち踊る少年の人形のオルゴールを持った青年が立っていた。そう、無邪気な悪魔をもつ彼はすでに魔力に魅入られているのだ。

 その目は虚ろでもう一方の手にはナイフが光っている。香住たちは驚愕の表情を驚愕の表情を浮かべて立ち尽くした。


 

 光介と真治は結局クラウンの乗っていた車を発見することはできなかった。

 あれから何日が経っただろうか。細波京介という人物の遺体が川辺に打ち上げらてたのを知り、その現場に来ていた。すでに現場はなにもなかったかのようにひっそりとしていた。そこで光介は地面に顔を近づけて何かないか探し始めた。警察がすっかり調べつくしてなにもないはずなのに彼は地面をはいまわっている。そして、あるものを見つけた。

 「見つけたか。」

 タバコを吹かせていた真治は川にタバコを投げ捨てて光介の近くに歩み寄った。彼は小さな紙切れを摘み上げている。それには小さな文字である言葉が書かれていた。

 『ソウルブレイカー』

 これが何を意味しているかは2人には分かっていた。

 「これを落した奴が現場に来たと言うのは確かだな。」

 「犯人・・・か。」

 「いや、これを落したのは味方だ。彼の死がソウルブレイカー、つまり、悪魔の儀式によって産み出された生ける人形の仕業だと検討をつけたものが調べに来たんだ。」

 「何故味方だと?」

 真治は空を見上げて息を大きく吸い込んで一言呟いた。

 「彼らがここに来るはずはない。自らの呪いで死に至らしめたものを確認には来ないはずだ。」

 「そうか。」

 彼等は新たな味方の存在に、そして、人形たちのために消えて行く人びとのことを考えていた。

 「とにかく、細波京介がどうして奴に殺されたかをつき止めよう。」

 真治は光介のもつ紙切れを良く見る。

 「ここに小さな文字が書かれている。これは・・・住所だ。ここに手掛かりがあるんだ。とにかく行ってみよう。」


 彼らは川辺から通りに上がると真治のバンで紙切れに書かれた住所に向かう。高速で東京から埼玉に入り、あるインターで降りる。そして、大きな川の側の廃病院に辿り着く。

 「ここに何が?」

 「さあな。行ってみるしかないだろ。」

 真治は時計を見る。時間は16時半を越えていた。ペンライトを片手に廃墟に足を踏み入れる。夏になり日が延びたにも関わらず空は暗闇になり、廊下は闇に包まれてペンライトのスポットライトのみが彼らの視界を保っている。

 しばらく、クレゾール臭いリノリウムの床を歩いていく。2人の足音だけが静寂の中で響いている。どういうわけか恐怖を感じ、京介の心臓は高鳴っている。ひっそりとした廊下を進み、一つ一つ部屋を覗いて行く。


 気を紛らわせようと光介は話を始めた。

 「なんで、儀式通りに作った人形は葵ちゃんが復活して力を及ぼさなければ悪魔の人形に魂が宿らなかったのかな?昔の事件を聞くと魂は復活したらしいじゃない。」

 「さぁ。作った赤貫の思いだけじゃ人形の完成に不充分だったんじゃないか。かつて、人形を作ったスチュワートっていう老人は死んだ息子のために深い思いと心の傷を持って作ったらしいからな。それなりの想いの強さが必要だったんだろう。」

 「それが赤貫にはなかった、か。あと、なんで仮そめの肉体が失われたにも関わらずあのクラウンは生きていたのかなぁ。」

 「おそらく、彼らの本体だったんじゃないか。あの掲示板の話だと、もと歌手って言う人の話しだとソウルブレーカーと呼ばれる悪魔の人形は1体の本体がすべての人形を操っているらしいからな。ただ、本体は滅びても人形が残っていると他の人形に受け継がれるらしいけど。」

 「ところが人形が全て失われてしまった。だから、彼が消えれば彼らは完全に滅びる。それを防ぐための彼の執念か。」

 「でも、クラウンの話だと彼は自らを消したがっているみたいだったじゃないか。今は自分を助けてくれた赤貫のために働いているみたいだけど。」

 「本能じゃないかな。彼らはもともと人間を無に帰すために生み出されて、その通りに行動していたのだから。」


 彼らはある部屋に辿り着く。そこは霊安室であった。中はがらんとしていて奥に1つのベッドがあり何かが横たえてあり、埃のかぶってないシーツがかけられている。誰かが最近なにかをもちこんでシーツをかけたのだろう。

 「ここで何かがあったんだろうな。」

 真治が視線を落してそう言った。そこには血のついたナイフが落ちていた。確か、細波は腹部に数ヶ所の刺し傷があったと新聞にのっていた。ここで彼が殺されたのだ。おそらく、人形の1体だろう。

 香住の話だと3体が復活したらしい。その中の1体はクラウンで、本体だろう。彼が直々に殺しに来るはずはないだろう。すると、残りのうちの1体の仕業であろう。

 「葵ちゃんがなんで3体を復活させる力があったのかな。なんで、葵ちゃんなのかな」

 「そりゃあ、作り主の思いが一番強かったからさ。だから、能力もそれなりに強かったんだろう。なにしろ、彼女はスチュワート氏の息子の花嫁人形として作られたらしいからな。」

 2人は汚れた白い四角い空間を進みそのベッドの前に来る。そして、シーツをゆっくりと捲って放り投げた。その中にあったものを見て2人は驚愕の表情を浮かべ言葉さえ出せずにただ、体が凍り付いてしまったかのように固まってしまった。立ち尽くしてそれを見下ろしながら息を飲んでいた。


 

 正也の消息を求めて優子はここ数ヶ月の間、彼の行動を辿っていた。あの屋敷は日記以外に何も手掛かりはなく雫とはあれ以来会ってはいない。

 あの細波が遺体として見つかりさらにショックを受けている。日記は彼女は持ち歩いている。体したことは書かれてはいないのだが何か分るかもしれないと言う淡い期待を抱いていたからである。いつなんの役に立つか分らないのはたしかである。

 正也の行動を追いつつも何も見つからず彼のマンションの前に来ていた。ノヴを試しに回してみる。なんと鈍いかすかな音をたててドアはたやすく開いた。中は一人暮しの男性特有の匂いが鼻についた。

 1Kで以外に広く部屋には洗濯物が微妙な匂いを漂わせている。以外に綺麗なのに驚く。炬燵が部屋の中心にあり、そこにはノートパソコンがモジュラージャックがつながっておいてあった。

 何気なく立ち上げる。そして、インターネットの最後の履歴を見てみた。なんと槐修平という人がソウルブレイカーについてのホームページを開いていた。次にメールの最後に来たものを見る。その槐という人物からメールが来ていた。


 人形についての話をするために会う約束をしたようだ。彼なら正也の行く先を知っているに違いない。彼女は槐のメールアドレスをプリクラでいっぱいの手帳に書き写してその場を去った。

 家に帰りメールで会う約束をした優子は次の日、近くの駅前で槐修平が来るのを待った。

 最寄の駅は小さい割に利用者が多く9時にもなると通勤、通学の人達でいっぱいになった。高校をサボっている彼女は注目の的になる。横目で妙な視線を送られながら気を逸らせた。

 10分遅れで金髪でサングラスをかけた今風の若者の格好をした男性がやって来た。でも、20代後半であるのは見てとれた。彼は今だフリーターであるらしいのも納得できた。サングラスを外して彼は軽く手を上げて近くまできた。彼は恐ろしいほどの三白眼であった。彼女の表情を察して彼は再びサングラスをかけて息を整えた。


 「悪りぃなぁ。少し遅れた。」

 「早速だけど、正也君は、近藤正也君はどうしたの?」

 軽く手を上げて彼は一言言った。

 「なぁ、喫茶店かどっかで話そうぜ。」

 親指で背後の最近できたおしゃれなカフェテラスを示した。


 クーラーの効いた店内の奥のボックス席に陣取った。修平は足を組んでタバコを吹かせると白い塊を装飾のあるシャンデリアに向けて吐いた。

 「彼は人形の復活について話してた。でも、それはありえない。奴らは一体も残ってないし、元歌手の香住涼子の話しだと悪魔の人形を生み出す儀式の本も葬られたはずだ。」

 「そんなことはどうでもいいの。彼は、正也君は?」

 修平はオーダーしたアイスコーヒーを啜り飲み干して気分を害する音を立てて言った。         「俺と会って新宿でしばらく話した。でも、俺が本気にしないんで怒って出ていってそれっきり。でも、あの時あいつの携帯が鳴って『葵さんか?うん、すぐ行く』なんて言ってたかなぁ。」

 それを聞いて優子は混乱した。葵?彼女は香住と北海道に行っているはずじゃあ・・・。

 彼女は軽く礼を言うとすぐにお店を後にした。

 「俺が結局金払うのかよ。」

 修平はそう一人ごちて伝票を摘んで溜め息をついた。


 

 オルゴールを持った青年は不気味な笑みを浮かべる。そのオルゴールの少年の人形も同じように微笑んだような気がした。

 「彼は人形の力で正気を失ってるのよ。白昼夢の中で心の保護を得てるの。」

 葵はそう言って香住の前に守るように立ちはだかった。

 彼は刃を構えて突進して来た。

 その刹那ある男性が走ってきて彼を蹴り上げた。青年は刃物を落して倒れこんだ。人形のオルゴールは宙を切って地面に落ちた。それは跡形もなく地面に叩き付けられて粉々になった。

 「危なかったな。人形のない今、あいつはもう犯罪は起こさないだろうな。まぁ、心が保てなかったら通常の生活もどうかと思うけどな。」

 助けてくれた少年を見上げる。彼は髪の毛をつんと立てて鋭い目をしていた。

 「ありがとう・・・。あなたの名前は?」

 「翡翠翔ひすいしょう。」

 「なんで、人形のことを知っているの?あなたは味方?」

 葵の質問に彼は答えず相変わらずズボンに手を突っ込んだまま遠くを眺めていた。

 彼を礼がしたいと連れ出して近くのファーストフード店に連れてくるとハンバーガーをおごった。彼は素直にその好意を受けたが無表情なので何を考えているか2人には分からなかった。


 赤貫健を一緒に探してくれないか訊くが聞く耳をもたなかった。

 「何故、人形のことを知っているの?」

 「少なくても敵じゃない。じゃなきゃ助けたりしない。安心しろ。」

 「質問の答えになってない。」

 香住が少々声を荒げて言う。

 「俺もソウルブレーカーについて調べている。それだけだ。」

 香住は頬を膨らませて不機嫌にそっぽを向いた。

 そんな時に葵が叫んだ。彼女は携帯電話のモードでホームページを見ていたのだが、優子まで姿を消してしまったというコメントがのっていたのだ。

 「なんで、優子まで消えちゃうの?」

 葵は優子の最後の掲示板のコメントを見た。そこには驚くべき言葉が書かれていた。

 『正也君の消えた理由は偽物の葵ちゃんにあり。気をつけて。私はこれからこの偽物を捜索する。』

 「偽物の葵ちゃん?」

 香住は混乱の中で戦慄をおぼえている。葵は少し考えて口を開いた。

 「とにかく、偽物の私に会いましょう。彼女がどこにいるか。2人はどうして突き止めることができたのか、とにかく、東京に戻りましょう。」

 葵はそういうと視線を翔に向ける。彼は頭に手を当ててうんざりするように諦観的に言い放つ。

 「一緒に行動するからそんな目で見るな。」

 彼らはすぐに飛行場に向けて出発した。


 

 真治は目の前の光景にしばらく呆然としていたが、すぐに光介の肩を叩き呟いた。

 「これはどういうことかな。」

 光介はただ沈黙を保ったまま首をゆっくり横に振った。目の前のベッドに横たわるのは赤貫健であった。何故、こんなところにいるのか、誰に命を断たれたのか。謎が謎を呼ぶばかりである。

 「訳が分らなくなったよ。クラウンは恩人の赤貫を殺すわけないし。」

 「だが、人形連中の仕業だろうな。」

 「とにかく、ここを出よう。他に何もなかったしな。ここは息苦しくて長くいると気が狂いそうになる。」

 真治は刹那何かに気付いてそれをポケットに入れるとそう言った。光介は気付いていない。

 彼は光介の腕を掴んで出口へ急いだ。息苦しい埃のたまった空間から脱出しようとしたそのとき、フランス人形を持った女性が立っていた。おそらく、30代半ばだろう彼女はまるで2人を憎んでいるかのように鋭い視線を放っている。

 「見たわね。でも、仕方なかったのよ。所詮男なんてみんな同じ。女性に対して妙な執着と見解しかないの。そんなの許せなると思う?みんな同じよ。勿論貴方達もね。」

 その言葉から男性に嫌悪を抱いていることも、赤貫に何かされかけたことも想像できる。

 「おそらく、誤解だろうな。あいつは最低な奴だろう。悪魔を復活させて自らの望みを叶えようとしていたんだから。」

 日記の存在と内容の重点は優子が姿を消す前にホームページの掲示板に書き残している。そこに書かれていたのだ。自らの全ての人間への復讐、人間の精神の支配が目的である。夢の力をもつ人形達ならそれができる。


 消えかかったクラウンの魂を復活させたときから、あの屋敷に訪れた時からすでに彼の目的は確立していたのだ。

 「だけどな、あいつは女性にひどことをするような奴じゃない。おそらく、復活した人形を見つけて回収しようとしたのだろうな。しかし、すでにそのフランス人形は君に寄生していた。そう、人形はクラウン以外彼に従ってはいないのだ。自我がある以上、その可能性は充分だ。

 そして、それを奪おうとした。ところが君にとって人形は依存しそれがなくては生きていけない存在だった。そこで、彼を殺した。しかも、今まで自分の持っていたトラウマになぞらえた都合の良い理由をつけてな。」

 真治の言葉に女性は逆上した。

 「五月蝿い!何も知らないで何も何も。」

 人形はそのとき瞳を不気味に光らせて微笑んだかのように見えた。彼女は入り口からの月明かりに照らされて哀しく闇に浮かんでいる。人形の持つ反対の手にはナイフが握られている。

 彼女からは不気味かつ強い雰囲気を感じることができた。2人は後ずさり相手の出方を待った。しばらく、緊張の糸が彼等の間に張り巡らされる。時間はどのくらいたったのだろうか。すっかり、妖しい光を放ちながら月がいつもより赤みがかったように天高く上っている。


 彼女はしばらくして大きく息を吸い込んだ。と同時に人形は瞳を一瞬フラッシュさせる。そして、じりじりと距離を縮めていく。光介は畏怖のあまりに足がすくんでしまった。刃の刃先が着実に彼らに迫っていく。真治はふいにペンライトのスイッチを切った。突如、辺りに暗闇の空間が広がった。

 すぐに真治は光介の腕を力強く掴むと建物の奥に引き返して走り出した。足音が高らかに鳴り響く。緊迫した雰囲気にさらに気持ちを高める。

 「待て、逃がさない。」

 暗闇の廊下を壁にぶつかりながら走って行き手探りで進んで行く。すると、壁が消える。2階への階段が現れたのだ。上からは淡い光が漏れている。

 「こっちだ。」

 真治はすぐに2階へ上がり始める。光介は見えぬステップに足を取られそうになりながら上がる。恐怖と激しい駆け足のために息がかなり上がっている。心拍数は最高潮になっている。

 「どうするんだ?これから」

 「とにかく、あの人形はまずい。かなりの力をもっている。この場所は俺達には不利なんだ。非常階段へ出てとりあえずこの場を凌ぐんだ。」


 幸い2階は窓に打ちつけてある板が外れていて窓から月明かりが入っていて仄かに視界が浮かび上がっている。背後からの気配と足音に敏感になりすぎた聴覚を集中させる。足音は確実に近づいていた。非常口が目の前に現れる。

 「助かったぁ。」

 光介は足を早め先に非常口と書かれたそのドアのノヴを掴み勢い良く回した。

 ・・・開かなかった。

 鍵を焦った手つきで回す。しかし、開かない。

 「どけ。」

 真治が光介がノヴを回したままのドアに体当たりした。錆付いていたのか鈍い音を立ててドアが開きかけた。10センチくらい開く。光介は力を入れて押す。ギギギっと耳障りな音を響かせてドアを少しずつ開いていく。

 真治も押しているがなかなか開かなかった。背後には人形を抱いて死人のような表情の女性が歩み寄って来る。

 「開け!」

 真治はドアを蹴った。その瞬間彼等に絶望の表情を浮かべた。

 ドアの向こうは空中だった。落ちかけた光介は壁に手をついてなんとか留まった。そう、階段は朽ちたのかすでに存在してなかった。息を飲んで振り返る。女性と人形は不敵な笑みを浮かべている。すべての時間がゆっくりと動いている。


 

 香住は東京に着くとまず、偽の葵を見つけるため手掛かりがないかインターネットカフェでホームページの掲示板を覗く。そこには謎の人物の書き込みがあった。

 『糸を切ったマリオネットは自由を手に入れた。すべての運命の糸を断ち切った彼女は小さな翼を手に入れた。』

 これが何を意味しているのかはわからない。誰の書き込みであるかさえ。偶然このホームページを見つけた者の仕業だろうと気に留めずに次のコメントを見た。

 『これから細波の遺体のあった現場に落ちていた紙切れに書かれた現場に行く。これはおそらく俺達以外の者のものだろう。しかし、仲間がいることは確かのようだ。』

 真治のコメントであるが光介も一緒であるだろう。それを葵と翔に告げると香住は翔の微妙な様子に気づいた。

 「何か知ってるの?」

 「その紙切れは俺が落した。」

 翡翠翔はタバコに火をつける。白い煙が汚れたよどんだ空に広がって行く。駅前という場所もあってかなりの人が行き交っている。その誰もがこの緊迫した雰囲気を知らないのだ。何か香住は不思議な感じがした。

 「その場所は人形どもが『巣』とするのに都合の良い場所だ。遅かれそこに奴らが潜伏するだろうことは想像できた。」

 「その場所にはそれだけじゃ絞れないでしょ。」

 葵がそういうと翔は嘲笑するかのように鼻で笑ってタバコを一息吸って言い放つ。

 「夢の力が集中している所だ。お前達を感じられるはずだろう。だから、あそこは逆を言うと奴らに力を与える不利な場所だ。近寄るのは危険過ぎる。」

 「じゃあ、真治君たちが危ないじゃない。」

 「やっと、そこまで気付いたか。行くぞ。」


 翔は偽の葵など存在しないと言いたげにそう言って駅の中に向かって行った。

 彼が何者なのかますます謎が広がって混乱しながら香住達も後に続いた。人の並を逆らいながら構内に入ると葵がふと立ち止まった。

 彼女の目の前には大きなポスターが貼ってあった。端麗な顔立ちの女性と整った美形の男性がパソコンを持っている。今、人気のアーティストであるが何故、彼女が興味を持ったかはわからない。翔は訝しげに葵を見ると一言呟いた。

 「ユダがいるという話はどうやら本当のようだな。」

 その言葉は誰の耳にも届かなかった。しばらくすると葵は哀しげに俯き香住達を追った。電車を待つ間に香住は携帯のiモードでホームページの掲示板をチャックする。iモードでは通常のホームページは簡略化される。そこまでの容量もなく画像も字体も制限されるのだ。しかし、内容を確認するのには十分であった。コメントを確認するとまた謎の人物からの書き込みがあった。

 『言葉は大き過ぎる力を持っている。』

 何を言いたいのか、誰の仕業なのか知りたくて仕方なくなっていたが香住は今は真治達のところに向かうのが先決だと首を軽く横に振った。電車の中で携帯をマナーモードにすると香住は葵に尋ねる。

 「さっきのポスターは何なの?じっと見ていたけど。」

 葵は我に返ったように香住の方に振り向き少し困惑したように微笑んだ。

 「何か心に引っかかるものがあったの。過去の失われた記憶と関係してるのかな。」

 「そっかぁ。」

 すると、翔が横槍を入れる。

 「人形に心か。」

 「翡翠さん!言い過ぎよ。葵ちゃんだって心はあるの。」

 葵は哀しげに苦笑して香住を止める。

 「いいのよ。おかしいのは当然だし、本来は心はないものだし、私は心があったら、存在してたらいけないの。」

 「そんなこと言わないでよ。」

 香住は翔を睨みつけた。彼は悪びれる訳でもなしに窓の外に遠い目を送った。列車の中は混んでるというほどの人もいなく彼等が席に座れるほどである。近くで赤ん坊が小さな寝息を立てていて葵はそれを微笑ましく見つめた。

 「失われた記憶、心は保護のために様々な防護策をとる。記憶の封印、トラウマ、思考の変化。思考、本能、心の封印もな。しかし、やっかいなのは能力ちからだ。」

 そう言い残すと翔は眠りについた。それを見て香住は思った。自分たちが人形の夢の力に打ち勝つ能力を持ってしまったのも心が弱かったからか。その力が人形達には邪魔でそれを妨げるために自分達を消そうとするのではないか。

 列車はゆっくりと目的地へと向かって行く。大きな疑問と好奇心と不安を乗せて。


 

 後がない真治は時間稼ぎを考えた。その間に助けが来ることを祈って。

 「お前が正也達をどこかにやったのか。お前が細波を殺したのか。」

 「細波?ああ、あの川に流した男ね。そうよ。でも、他のことは知らない。正也?知らないわ。」

 「なんで、細波京介を殺した。」

 「私に近づく男はみんな死ぬの。男なんて最低な奴らばかりよ。勿論あんた達もね。」

 「そうか、あいつも突き止めていたんだな。ここがスチュワート氏の息子さんの遺体の安置されていた病院だってな。」

 驚いて光介は真治を横目で見る。

 「なんでそんなことを知ってるんだ?」

 「それは赤貫の安置されていたところに落ちていたのさ、こいつがな。」

 真治はいつの間にか忍ばせていた紙をポケットから取り出す。それはこの病院のスチュワート氏の息子の死亡診断書であった。なぜ、それがここにあったのかはわからない。スチュワート氏が取りよせて保管してあったものを赤貫が屋敷で見つけて持っていたのか、定かではないが。

 「おそらく、赤貫がこの病院に復活する人形が来ると睨んでこれを参考にここまで来たんだろうな。で、帰らぬ人となった。」

 真治はそう言ったが内心そんなことはどうでもよかった。早く助けが来てくれるとこだけを必死に願っていた。

 その時、遠くから声がした。

 「おい、大丈夫か。」

 香住、葵とともに翡翠翔が駆けつけたのだ。知らぬとはいえ翔を見て真治は安堵の表情を見せた。女性は人形を持ち替えてナイフを構え直す。その瞬間翔はさっと間合いに入り凄まじい速さでナイフを蹴り上げて人形をさっと奪う。


 「ぎゃーーー!」

 彼女の断末魔に近いとてつもない悲鳴が建物内に響き渡りそこにいた人達の心にも響いた。

 人形は熱くなり翔は手放す。女性はさっとそれを拾ってこの世のものとも思えぬ鋭い視線を翔に向けた。

 その時、翔にさえ畏怖を感じずにはいられないほどの凄まじい気迫が放たれた。力が辺りを満たしすべてを飲み込んだ。

 彼らは観念したかのようにその場を動けなくなってしまった。ナイフがまず、翔に狙いを定められた。

 じりじりと楽しむように彼女は人形を抱きながら進み寄り翔の胸に向けてナイフを掲げる。全てが運命とは違う流れに従うように流れていた。

 バン。

 衝撃ともに鼓膜が破れるのではないかと思わせるような音がなった。ナイフを振り下ろすのを止めて廊下の先を見る。そこには鋭い恨むの瞳を持ったクラウンのマリオネットが一人でに歩いて来ていた。まるで、死神のように。

 「何故、主を殺した。」

 そう、彼等の仲間割れが始まったのだ。建物内部に力が満ちる。


 

 「ここは俺に任せて逃げろ。」

 翔が叫んだ。全員硬直してただ、呆然と目の前の光景を見ている。

 「早くしろ!俺が突破口を開く。あいつらが本気でぶつかればこの建物自体無事じゃない。」

 そう言い残して翔は女性とクラウンのマリオネットに突っ込んでいった。腕にナイフを受けて女性を倒す。そのままマリオネットを下敷きにした。

 真治は光介と香住を掴んで走り出した。葵もそれに続く。倒れている翔達を残して逃げ出す。暗闇の中を走り体中痣だらけでやっと真治達は廃病院から抜け出すことができた。夜はもうかなり更けている。


 星がいつもより多く鮮やかに輝いていた。振り返り香住は禍禍しい建物を見上げる。大きな爆発音が辺りに鳴り響き壁面にクラックが一気に蜘蛛の巣のように走って崩れていった。さっと走って頭を抱えて全員伏せる。しばらくして全てが終わったかのような瓦礫の山を見て真治が呟いた。

 「これで悪魔がのさばることがないな。」

 「どうするの?葵ちゃん、これから。」

 光介が聞く。香住が葵に哀れそうな視線を向ける。

 「私と暮らそう。とりあえず、いなくなったメンバーと偽の葵ちゃんを探そう。」

 香住の言葉に葵は涙を溜めて頷いた。謎の残ったまま全てが幕を下ろしたかのように全員には思えた。光介は埃を払って溜め息をつく。そして、人形に宿られた女性と翔の姿を目で探すが見つけることはできない。

 救急車を携帯で呼ぶ真治を横目に香住はまるで夢の中にいるように、物思いに耽りながらこの状況を現実だと意識できずにいた。

 遠くから聞こえるサイレンの音が悲しさと虚しさに火をつける。まだ、全ては終わっていないのかもしれないことは真治だけが考えていた。

 ホームページの書き込みに新たな言葉が書き加えられていることはこの時誰も知らなかった。

 『束縛(運命)の糸から解き放たれた人形は言葉の力でユダを呼び寄せるであろう。』

 今はただ、疲れ果てた彼らは終焉を求めることしかできなかった。赤い光が周りながらけたたましい音を轟かせて近づいて来る。星空が悲しげにその光景を見守っていた。



                   存在の意味


 春日真治が新聞に釘付けになった。あれからどのくらいたっただろうか。9月も終わろうとするこの時期になって、あの事件の名残りが眠りを覚まし動き始めたのだ。あるページの右下の小さな記事には驚くべきことが書かれている。

 ―――相良香住の失踪。

 まだ、人形の呪いが残っているのか。クラウンの言葉が脳裏に蘇る。

 「葵が貴公達を導くだろう。」

 あれから偽葵といなくなった仲間を探していたはずの香住まで姿を消すとはただ事ではないはずだ。もう一度真治は行動を開始することにした。まず、味方が必要だ。しばらく音信不通だった光介に連絡をとる。電話は留守番電話だった。しかたなく、直接会うことにした。大学は卒論も就職の内定も単位取得さえも終わっている4年なので自由な時間は多過ぎるほど多く持っている。

 買い替えたスープラに乗り込むと光介のアパートに向かった。住所は聞いていたので、近くの法務局のブルーブックで詳しい位置を調べて行ってみることにした。


 閑静な住宅街で結構新しいところであった。郵便受けで2階の3号室だと確認してドアの前に向かう。新聞がドアの郵便入れに溜まりに溜まっていた。

 新聞を取っていることにも驚いたが明らかに長い間ここに帰っていないことがわかり戦慄が走る。これで残るのは自分だけだ。葵はどうしたのだろうか。

 ―――ユダがいる。みんなは葵に導かれる。そう、彼女はやはり人形、小さな悪魔達の仲間なのだ。彼女がみんなを導いて行ったのだ。

 葵を追うことを心に決めてアパートを後にして車に乗る。携帯のiモードで久々に自分達のホームページを覗いた。しばらく見ていないし、更新も当然されていなかったはずだ。掲示板をクリックするとなんと謎の人物からの新たなコメントが溜まっていた。

 『悪魔の欠片は海を渡る。』

 これを書き込んでいるのは誰なのだろう。彼はパソコンに強い知り合いを思い出した。卓球部の2年先輩の赤坂美鈴あかさかみすずである。彼女はあまり親しくなかったが話をしない訳でもなかったので、しかも誰からも信頼される存在であり依存できる人物でもあったので話だけでもして見ることにした。


 家に帰ると部活の連絡表を引っ張り出して電話した。コールが3回で早々とでた。声は眠たそうであるが相変わらずであった。 

 「ああ、春日君?久しぶりじゃない。何、どうしたの?」

 「久しぶりです。今、何やってるんですか?」

 「ああ、あれから就職したんだけどすぐに止めちゃった。合わなかったのよ。で、結婚して人妻よ。」

 「そうっすかぁ。で、頼みがあるんですけど、先輩はパソコン得意ですよね。今も腕はなまってないですよね。」

 「あまり前じゃない。毎日いじってるわよ。暇な時間が増えたからね。旦那は結構高給取りなのよ。」

 「それはよかった。」

 真治は軽く今までのいきさつとホームページの掲示板の書き込みの相手を探ることができるか尋ねる。彼女はうむと唸ってやってみると言った。

 IPを探り相手を特定するのには時間がいるのだ。違法かどうかはこの際こだわらないことにした。

 結果が出るまで待つことにした。掲示板には新たな文字が加わった。

 『彼らは生きているのではない。生かされているのだ。人間のように。』

 この文字の主は味方なのだろうか。何を伝えたいのだろうか。しばらく、何もする気が起きなく車の中で空を見つめていた。雲一つない青空で陽が痛いくらいに差し込んでいて、心の不安を収めようと真治を包んでいた。


 

 ここはどこだろうか。窓からは心奪われるような鮮やかな入道雲が見える。光輝く白い綿は優しく辺りを抱いていた。

 しばらくすると浮遊感が体を包み衝撃が伝わってくる。落ちつくとゆっくり人の波に流されて建物の中へと入っていく。どのくらいたっただろうか。建物から外に運ばれて行くとじめじめした熱い空気が彼を襲った。

 「まま、ここが台湾?」

 彼を優しく抱く少女がそんな声を出した。そうなのか。台湾に来てしまったのだ。それにしてもうんざりするくらいの暑さである。黄色いタクシーにのって街中を目指した。ここの中枢、台北である。多過ぎるスクーターや乱暴な運転で秩序が見られない交通を横目にどんどん進みある場所に降りる。


 独特の香りが鼻につく。異国なのかとこのとき実感する。豪華なホテルにやがてやって来る。そこで、彼は自分の置かれた状況が理解できた。

 これも運命なのだろう。否、『何か』の力によって全てが流れているのだ。ガラス張りのエレベーターで天井まで吹き抜けのホールを上がっていく。ホール下のレストランの舞台では見知らぬ歌手がピアノの生演奏に合わせて華麗な歌声を披露している。全てが目新しく心が踊るほど楽しかった。

 7階に着く。ふかふかの廊下を進みある部屋に入った。そこは明るく豪勢で思ったより居心地がよかった。心地よい安楽椅子に座らされると少女は母親とともに笑いながら出て行った。空調の効いたなんとも言えぬ満足感の満ちた空間である。彼はまじまじと部屋を見渡す。そして、大きな溜息をはいた。

 しかし、嫌な予感がする。大いなる流れの主は何が目的なのだろう。しばらくは動きを見守るしかないのだろう。全てはまだ時期じゃないのだ。

 ドアが2時間後開く。入って来たのは少女でもその母親でもなかった。その人物は部屋を見回し彼に気付くとゆっくり恐れるように近寄り手を伸ばした。その手が触れた時、彼の体に電流が走ったような感覚がした。その人物は一瞬手を放し、また恐る恐る触り、何もないことがわかると粗暴に掴みこの部屋を後にした。

 オートロックが閉まるのを確認してその人物はゆっくり歩き出した。彼はその腕の中でただじっとこれからの流れの動きを待っていた。


 

 近藤正也はゆっくり目を開ける。今まで長い眠りについていて目覚めた感じで何故ここにいるのか分からなかった。いつものベッドでなく埃まみれのソファの上に横たわっている。起きあがろうとしたら頭痛が激しく襲ってきた。どうやら、薬品を嗅がされたらしい。確か、槐修平に会ってその後にある女性に会ってそれから・・・。記憶が蘇らなかった。ただ、頭に浮かんでいるのはライトブラウンのショートヘアで色白で頬の仄かに紅い女性である。

 頭痛のためにかぶりを振って思考を止めると周囲を見回した。長い間人の住んでなかった部屋であるようだ。家具は白いシーツに包まれている。

 思い切って立ち上がろうとするが手足の束縛が彼の体を閉めつけた。ロープが縛り付けてあった。食い込み血が滲む。それでも這いながら入り口に向かう。家具に体をぶつけながらやっとの思いでドアの前に辿りついた。

 ドアのノヴをどうやって回せば良いのか。

 そのときノヴがゆっくり回ってドアが開いた。顔を見せたのはなんと塚葉優子であった。長い髪に幼さの残るおっとりとした顔立ちが印象的である。彼女はただ、なにも言わずに正也を見下ろしている。

 その瞳は光がなく、まるで、白昼夢の中にいるようであった。

 ―――彼女は彼らの仲間ではあったが能力ちからは持っていないのだ。

 人形の夢の力に打ち勝つ特殊なさだめを抱いていなかったのだ。明らかに操られていることはわかる。優子はそのまま部屋の向こうへと歩いて行った。

 彼女は鎧戸をまるでかたきのように力強く開け放つとたくさんの輝く陽の粒達が溢れ出して来た。何故か正也にはそれに深い意味があるように思えてならなかった。次に彼女は振り向き一言呟いた。

 「みんなはここに匿われてる。全ては葵ちゃんの意思。葵ちゃんを信じて。」

 ふと気配を背後に感じ振り向くと相良香住が佇んでいた。セミロングの髪が窓からの風に靡く。くりっとした大きな瞳は目覚めたばかりといった感じに虚ろである。

 「ここはどこ?」

 「香住さんも連れてこられたんだ。どうやら、何者かに保護されているみたいだ。少なくとも普通の人間じゃないみたいだぞ。」

 正也は優子に一瞥してそう言い放った。彼女は明らかに人形に、哀れな小さな天使に操られている。彼女は呆然としたまま入り口を指差した。頭を抱えたまま二日酔いのようにふらふらと千鳥足で蓮華光介が入って来た。

 「これで役者がそろったな。」

 「いや、真治がいない。」

 かれた声で光介がそう言ってソファに腰下ろした。すると、優子が機械的に言葉を口にした。

 「彼はじきにここに来る。もともと貴方達は主にかつての人形に力を与えるためにここに連れてくるように私は力を定められていたの。でも、もう彼はいない。私は運命から開放されて自由意思の元に行動するの。今、貴方は悪しき悪魔達の邪魔と考えられているの。なにしろ、彼らの夢の力に打ち勝つ能力を持っているのだから。

 今の彼らに貴方達は叶わないの。だから、結界のあるここに連れて来たの。安心して。私は味方。ただ、この女性の体を借りているけどね。私は赤貫の作った人形じゃないの。だから、欠陥があるの。本来私達は黒魔術から出でし悪魔の人形。混沌カオスに属する人間を無へと帰すことが目的のロー下僕しもべ。ところが作り手のスチュワート氏の思い入れが強かったので心を手に入れてしまったの。私達はここで目覚めたの。この小さな空間からクリスマスの朝に放たれたの。全ては定められた、歪んだ運命だったのかもしれない。

 ・・・メビウスの輪を描いた運命。


 私達は人々を幸せにするために夢の力を使ったの。でも、所詮は禍禍しい力。それは無理だったの。存在いることでさえ人に悪影響を与えてしまう。

 私達は存在していてはいけない最悪の存在。でも、今は同じ存在である彼らを止めるためには必要。」

 「悪魔が欠陥のあるほうが天使、か。皮肉だな。」

 「天使?所詮悪魔なの。心を持ってようと何を思い考えようと結局は同じ。」

 「そんなことない。」

 「香住さん、ありがとう。でも、いいの。」

 光介はふと幾つかの疑問が浮かんだ。操られる優子に視線を放って言葉を投げつけた。

 「なぁ、主が僕達5人を選んだのは?」

 「彼はクラウンに能力のある人を聞いてね。私達は夢の力を持つ者、その逆の力をキャンセルできる者を感知できるの。」

 「結界はなんでここにあるの?」

 今度は香住が疑問をぶつけた。

 「ここで私達を生み出す儀式が行なわれたの。だから、ここには私達より高い夢の力のポテンシャルがあるの。だから、ここにいる限り私の夢の力も貴方達の夢に打ち勝つ力も紛れてかんちできなくなるの。」

 ここがどこなのか正也にはやっとわかった。ここはスチュワート氏の屋敷なのだ。彼はゆっくりと息を吸って優子が束縛を解くのをじっと待った。彼はこの束縛の意味がなんとなく分った気がした。迂闊に逃げ出しここを脱出させるのを避けるためだったのだ。

 しかし、結界の中にいつまでもいる訳にはいかない。彼はこれからのことと今いる敵について思いを巡らせた。


 

 真治は美鈴からの電話があるまで、あの廃病院を探ることにした。車を瓦礫に横付けしてしばらくぼうっと眺めた。すると、小さな少年が悲しそうに佇んでいた。この近くに住む子だろうか。近くには大きな川があり、大きな橋がかかって向こう側には新興住宅地が広がっている。区画整理が行なわれて行儀よく整地された土地が並んでいた。

 近付き屈んで声をかけた。

 「どうしたの?」

 少年は口を尖らせて愛らしい声を出した。

 「みづほちゃんがね、ここで僕が見つけたお人形さんをとって持って行っちゃったの。」

 「お友達に取られたんだ。でも、どんな人形を見つけたの?」

 すると、少年が瓦礫のほうを指差して答えた。

 「あっちに女の子のお人形さんがあったの。」

 彼の心に戦慄が走った。クラウンは消滅したがフランス人形は免れたのだ。人形はまだ、存在してその力で人間に夢の力で白昼夢を見せる。人を不幸にするのだ。

 その時、ホームページのコメントを思い出した。

 ―――人形は外国にいる。

 「元気出せよ。あの人形は手元にないほうがいいんだ。その子は人形をもっていったのかぁ?」

 「今は台湾旅行してるって。持ってったと思う。」

 台湾。彼は意を決したように瓦礫を見た。幸い10年のパスポートがある。今からだって、すぐにチケットとれるだろう。

 そんなときに今流行りの音楽の着メロが鳴った。

 「あ、真治君?」

 「先輩。わかったんですか?」

 美鈴はホームページの掲示板のコメントを書き込んだ人物の名前とメールアドレスを教えた。それ以上は教えられないと言うのだ。その人物にコンタクトを取るほうが先だと判断すると、電話で台湾へのチケットを4日後に送ってもらうことにして自分の部屋に戻った。

 パソコンを立ち上げると早速メールを送った。果たして誰なのか、何の目的で書き込んでいるのか。どうしてあのホームページを知ったのか。疑問が湧き出てくるのを堪えて返信を待つことにした。

 すると、2時間後に返って来た。きっと、パソコンに送られるメールが携帯に転送されるようになっていたのだろう。中身を開くと少ない言葉だけが一言寂しそうにぽつんと並んでいた。

 『明日、新宿の○○で待ってる。』

 全ては明日である。真治は謎の人物のことを予想した。人形のこと、フランス人形の動向を知っていると言うことから人形達に関係の深い人であるのは間違いない。ホームページを開き掲示板を見た。そこには新たなコメントがのっていた。

 『天使はもっとも可哀想な人のところに向かう定めも背負っている。』



 何か懐かしい気がした。カーテンから漏れ降り注ぐ光のシャワーを羨望の瞳で見つめていた。何故、こんなことになってしまったのだろうか。しばらくして彼は彼をさらってきた謎の存在の心の中を見た。

 心が凍りそうなほどの哀しみが彼になだれ込んで来た。

 彼は仲間の中でいつも一人であった。ネガティヴな性格から周りの雰囲気を暗くしてしまう。

 士気を下げる。

 しかし、彼は嘘や偽り、演じることはできなかった。だから、接すると、言葉を発するとそのことが現れてしまう。かといって、誰にも接しないこともだきない。


 一番辛かった時に誰か、一人でも味方がいてくれたら。

 黙っていればよかったのか。人と接してはいけなかったのか。皆の前から消えなければいけなかったのか。

 現にみんなの前から消えたのだが。

 体にハンディのある人は自由に行動するために周りの人は協力すべき。では、心にハンディのある人は?

 彼は嫌悪と軽蔑と嘲笑の目の中で自分でさえ敵であったにも関わらず、苦痛の苦悩の中で生きて来たのだ。

 謎の人物の心の中を見て、安堵の笑みを浮かべる。彼なら大丈夫だ。自分にも好都合である。椅子の上でじっとこれからのことを考えていた。

 何故、彼はあの部屋に侵入し、ここに連れて来たのか。彼のこれからしようとしていることは?なんにしろ、この哀れな男性に力を貸すことにした。


 

 色白でライトブラウンのショートへアの女性が喫茶店のオープンテラスでハーヴティを啜っている。通りがかる男性は皆、愛らしいその女性に視線を送る。

 彼女の名前は深山梓みやまあずさ。背が低いために高いハイヒールを履いている。それが邪魔のように足を絶えず軽く動かしている。

 そこに真治がやって来た。彼は辺りを見回し、オープンテラスに一人の女性を見つけてやってきた。

 「深山さん?」

 彼女はカップを置いて少し驚きの表情を見せてそして軽く会釈をした。真治も全然予想と反した女性だったので面食らって向かいの席におどおどしながら腰を下ろした。

 「カキコね。ある人の情報を私なりにコメントしていたの。あ、ホームページは雫君に聞いたの。我神雫あがみしずく君ね。優子さんのチャット友達だから分るでしょ。」

 「ある人って人形じゃないか?」

 「そう。オートマタの操り人形。でも、味方よ。私もちなみに夢に打ち勝つ能力持ってて、雫君とはネット友達ね。彼はオートマタの操り人形って言う珍しいものでオリジナルの人形なの。アラン・スチュワート氏の作ったかなりの年代物のアンティークで結構かっこ良いのよ。」

 「なんで、その人形と君はここで俺達に力を貸しているんだ?」

 少し、梓の態度に訝しげになりながら真治は言葉を選んで尋ねた。彼女はそ知らぬ風にカップを口にして飲み干すと軽く言った。

 「ああ、彼はソウルブレーカーでも天使の分類ね。なぜなら、スチュワート氏は黒魔術なんて知らなかったし、悪魔を産み出そうとしていた訳でもないからね。初期の頃の人形はちゃんと天使になるように心を込められていたの。


 あの黒魔術の本は2つあって、1つには悪魔の人形の、もう1つには天使の人形の作り方が書いてあったの。天使の方も結果的には人間には悪影響なんだけどね。それは彼等にとって悲しい現実ね。でも、しょうがないわ。かつて、悪魔の本は人形の秘密を知ったものに盗まれてその人は謎の失踪をして本は売られてしまったらしいけどね。それは彼の千里眼でもぼんやりだから確定できないんだけどね。あ、彼はオリジナルだけにかなりの力と様々な能力を持ってるの。

 彼はイギリスの古い屋敷に眠っていたんだけど、私が観光で訪れて何かの拍子に目覚めて一緒に行動してるの。最初は驚いたわよ。でも、知り合いだった雫君の話でね、なんとか理解できたの。葵ちゃんと協力してみんなを屋敷に連れて来て匿っているの。」

 「何故、どっちの本からも悪魔が生まれたんだ?」

 「そうね。きっと作り手の心情ね。思い入れのある人形が天使になったのが何よりの証拠ね。」

 真治は最後に一つだけ言葉を放った。

 「みんなは匿われてるんだよな。さっき言ってたけど。俺を連れていってくれ。」

 彼女は作り笑顔のような安っぽい笑みで頷いた。


 

 彼はこれから何が起こるかは想像できていた。

 ―――人が死ぬ。

 そんなときに外から騒がしくなっているのに気付いた。今は悲哀に満ちた青年に抱かれている。彼の名前は佐伯浩次さえきこうじというらしい。浩次が彼を持って来てしまった訳はどうやら忌まわしい力のせいだろう。彼も悪魔の人形であるのだから。彼自身犯罪をできる程の度胸すらないだろうから。

 浩次に連れられ廊下に出ると何やら日本語が聞こえる。

 「509号室で人が死んでいたらしい。」

 ここは日本人が多く泊まっているのだ。彼は5階まで下りる。エレベーターの外は人ごみでいっぱいであった。台湾の警察が数人部屋の周りで話をしている。その現場の周りは立ち入り禁止になっている。

 何故か浩次は彼等の台湾語(北京語の変形)を理解することができた。

 「日本人で、20歳前後の女性が死んでいる。しかし、鍵がしまっていたらしい。」

 「密室か。状況は?」

 「女性の友達と2人で旅行に来ていたらしい。自分は気持ち悪いから休むと言っていたそうだ。友達だけが外出していてその30分後に殺されたんだ。」

 すると、別の警官が言葉を挟む。

 「死亡推定時刻は大体午後5時半前後です。」

 「その友達に話を聞きたいのだが。」

 「はい、こちらです。」

 警官達の話からどうやら密室で人が殺されたらしい。警官達はエレベーターに乗り行ってしまった。階数を確認すると1階に行ったようだ。被害者の友人はロビーに待たされているのだろう。

 別のエレベーターに乗り1階に下りると被害者の友人を確認した。長い黒髪が印象的な長身痩躯の女性である。まぁ、自分には関係ないと彼はそのままエントランスを出て行った。


 

 少年のフランス人形を抱いた奇妙な青年がホテルに入っていくのが確認できた。仲間と合流した真治は光介とともに台湾のあるホテルに来ているのだ。

 大き過ぎる荷物を持った真治はその運ぶ姿を変な顔で見てる光介に訝しげな視線を投げかけて言った。

 「何が言いたい?」

 「お前、夜逃げか?」

 「俺はいざというためにいろいろ用意したんだ。」

 「いざ、ねぇ。」

 さもなにか言いたげに光介は意味ありげな視線を送った。そんな光介を相手にするのを止めて真治はその青年のあとを追った。

 ―――間違えない。あのフランス人形だ。

 後を追ってホテルの中に入る。すると、その青年はロビーである女性と会い、話しを始めた。彼は何か質問攻めしているようで女性は困った顔をしている。光介は何気なく近付いて青年の背後に腰掛けると聞き耳を立てた。


 「すると、彼女は人形を夜市で買った人形を手にしてから誰かにつけられている気がするようになったんですね。」

 「ええ。少女の堕天使の人形で、頭に角があって黒い羽根をまとっているのです。」

 彼はそれだけ聞くと一人頷いてメモを取り礼を言ってその場を去った。光介の隣りに座り真治は光介から話しを聞いて首を捻った。

 「そりゃあ、ここで殺人事件があったって話しがあったろう。それと関係あるんじゃないか。あいつも言ってたろう。あのフランス人形はこのホテルにいて死と関わるだろうってな。」

 「まぁ。でも、なんであいつが調べているんだ?どう見てもあの人形に取り憑かれているだろう。人形が事件の原因じゃないのか?」

 「俺が知るか。ただ、言えることはあいつらは今回の事件の首謀者じゃないってことだな。」

 彼らはチェックインを済ませて殺人のあったという部屋の前に行った。すでに騒ぎは収まっていて警察が去った後である。


 「どうする?もう、ここに来てもないもないし意味ないだろう。」

 光介が諦め気味に言い放った。しかし、真治はドアをじっと見て自分の部屋の鍵を見た。鍵を少しの間弄っていたがすぐにその場を後にした。

 光介は慌てて後を追ってエレベーターに乗り込んだ。何かを感づいた様子であることは光介じゃなくてもわかる。そうでなくても真治は賢明であるのは周知の事実である。

 「光介は光介のままでいろよ。」

 真治がボソッと呟いた。それがどんな意味なのか今の光介には理解のしようがなかった。この事件にも事件が関わっているのだろうか。

 「堕天使の人形はおそらく奴らの仲間だ。」

 「でも、やつらはもういないはずじゃないか。」

 「そうと言い切れるか。今は葵と一緒にいる人形もいるんだぞ。」

 「・・・オリジナルって1体じゃなかったのか。」

 「その可能性もあるってことさ。少なくても人形を手に入れてから被害者は違和感を感じて妙な変死をしているのだからな。」

 光介は真治の言葉に妙に納得できた。1階に着くと2人はホテルを後にした。あるところで待ち合わせている葵達に会いに行く為に。ホテルの前に止まる黄色いタクシーに乗り込むと大通りを北へと向かって行った。


 

 天使の形のマリオネットは葵に抱かれたまま一言呟いた。

 「優しいだけじゃ駄目なんだ。」

 夜市の庶民的な屋台で素朴な台湾料理を食べながら光介、真治とこの人のごった返す雰囲気を満喫していた。

 「そうか。まず、これについて話そう。アラン・スチュワート氏はソウルブレイカーを5体作っていたんだ。私を入れてね。堕天使。天使。悪魔。神。そして、道化。その堕天使はイギリスから何らかのルートでシルクロードを渡って大陸からここに伝わったんだ。」

 光介は箸を置いて口を拭うと頷いた。真治は聞いているんだろうが関心のないように味の濃い鳥飯を胃に放りこんでいる。天使は話を続けた。

 「そして、ここの夜市にいたことは私の力で感じ取れた。向かいの屋台がそう。」

 「何故、お前だけイギリスのスチュワート氏の屋敷に残ってたんだ。」

 真治は手を止めて顔を上げて突然尋ねた。天使は顔色一つ変えずに冷静に話しを続けた。

 「私はまだ、その時はこの世に産まれ出ていなかった。彼らは4体のままある貴族の家に売られていったのだ。天使である私はその時何故か出来上がってなかった。」

 葵は沈黙を続けていたがふいに立ちあがり天使を光介に預けた。真治は葵の意図に気付いたのかその後に続いて立ち上がる。人並は次第に多くなって向かいの店は見えなくなってしまった。その方へ2人は歩いて行く。そこでしばらく何かを話しているみたいだった。店主と筆談を用いてなんとか話しをつけて戻って来た。


 「どうやら、人形は4体あって2年前の夏に1体、今年の2月に1体、最近2体売れたらしい。彼らは天使の目覚めとともに復活しているだろう。」

 真治がそう言うと葵は一言ボソッと呟いた。

 「悪魔の人形はなくなるのかなぁ?私達はなくならないといけないのかな。」

 誰も言葉を発することの出来るものはいなかった。夢の力とはなんだろうか。人形達は何故持ってしまったのだろうか。あの黒魔術の本は何故、産まれたのだろうか。全ての悪夢、悲劇の源は謎のべールで包まれているしかなかった。

 「今は他の人形のしようとしている悲劇を止めることが先決だ。」

 天使はそう言うと、ただ、悲しそうにうなだれて沈黙を保った。彼らのように自ら天使と思っていて可哀想な人々に力を分けていた人形が実は悪魔で人々を破滅に追いやっていたことに気付くことの無残なまでの事実は想像以上に辛いものであるのは明らかであった。

 彼らは再びホテルに向かうために大きな通りに出ると黄色いタクシーを目で探した。


 

 暗いある部屋の一室でフランスのテーブルワインの入ったグラスを傾けながら外の乱雑な風景に目をやりながらある男性が言い表せぬくらい悪意に満ちた微笑を浮かべた。

 ベットの前の机には小さなアンティークの悪魔の人形がちょこんと行儀良く座って目の前の白い壁をまじまじと睨んでいる。彼はその人形に鼻で嘲笑って愚痴を吐いてグラスの中身を勢いよく飲み干した。

 「あと3人。」

 そう呟いてグラスをカーペットに叩きつけた。グラスは割れずに軽くバウンドをしてベッドの脚にぶつかった。

 そのまま部屋を後にした。悪魔の人形は目を赤く光らせる。

 ―――力を貸して上げよう。殺人の願望を叶える精神と頭脳、そして悪運を。夢の力は人に無限の力、影響を与える。さぁ、暴れてくるが良い。夜明けはまだ、ずっと先だ・・・。

 悪魔は瞳を閉ざした。ただ、じっと力を彼の主に送り続けながら深い瞑想に入る。悲劇はまだ、始まったばかりだ。


 彼の名は木島隆きじまたかしと言った。車を運転しながら彼は思った。自分の腕がこれほどまで生気を失ったように見えたことはなかった。ハンドルから伸びる白い腕が死人のそれのように、人形のように見えた。

 頭上には目の覚めるほど奇妙な紅い半月が覗いている。彼はある道路に車を止めるとホテルに向かった。フロントを抜けてエレベーターにのる。そして、306の部屋の前に立ち止まるとノックをしてそっとドアの前に綺麗にラッピングされた箱を置いた。

 翌日、306の部屋にたくさんの人が集まっていた。真治もその一人である。彼は浩次を見つけるとさりげなく寄って行った。彼は不自然に抱く人形にこう語っていた。

 「ここにいた女性は神の人形を誰かに受け取ったらしい。それで、彼によって死への羨望を果たしたのさ。死への誘いを以前から感じていたらしい。しかし、その勇気がなかった。未遂をかなり繰り返していたらしい。で、人形の力で望みを成就させたのだ。」

 真治はそれを聞くとその場を外れた。1階に向かいロビーのソファに腰をかけた。

 306号室の女性はどうやら神の人形に死へと誘われたのだ。部屋はまる焦げで風呂場で灯油をかけて人形とともに滅びの炎に包まれていたのだ。


 あと、悪魔、堕天使、道化。フランス人形はこの際後回しに考えることにした。オリジナルの人形。言い伝えによればスチュワート家に代々伝わる呪いの黒魔術の本から作られたもの。それが悪魔の人形。今までの情報からスチュワート氏の先祖、宮廷人形師のサー・アラン・スチュワート氏がこの悪魔の人形の産みの親であると考えられる。そのアラン氏が自らの手で作り出したこの人形達、オリジナルには他の人形達にない特殊な何かがあるような気が今の真治にはしていたのだ。


 アラン氏が黒魔術を研究してソウルブレイクと言う悪魔の本を作り出した。それも2冊。悪魔の本と天使の本。それは自分の研究を後の世に残す目的であったのだろう。

 では、何故悪魔の人形を作り出したのだろうか。彼らは人間を滅ぼすのが使命である。彼の意図はいまさら知るよしもないのだが。


 真治は残りの3体も被害者を出すことを予測していた。しかし、未然に防ぐことはできない。予め彼らの所在を知ることが出きれば・・・。そのときにあることが思い浮かんだ。そう、葵ならわかるはずだ。

 葵に連絡をとるために自分の部屋に足を向けた。これから起こる悪夢を予想することさえ彼にはできなかった。


 

 浩次は手を打った。フランス人形を机の上に静かに座らせて彼に向かって言葉を発した。

 「被害者はみんな人形を持ってた。人形が何かの鍵じゃないかな。」

 そして、ベッドに飛びこんで横になると手を組んで頭の後ろに奥と天井を眺めた。今までの嫌な記憶がいまだに蘇ってくる。

 『お前なんかいないほうがいいんだ。お前はみんなに良い影響を与えないんだ。お前は人と関わっちゃいけないんだ。存在しちゃいけないんだ。』

 ―――僕は生きていて良いのかな。何故かな。

 浩次には自分の存在の理由をどうしても見出すことができなかった。自分さえ不確定であり、何一つ確立していなかった。彼には思想のなかで、思考、自分自身の中に確定した地面ベースがないのだ。

 曖昧名フィールドの中でもがいているのだった。その中で幻夢だけが彼の味方であった。

 『そうだよな。俺は悪魔なのかもな。俺から去って行った多くの人がその証拠。たくさんの人に悪い影響を与えたんだ。悪い存在なんだ。』

 浩次は今は事件のことだけを考えることにした。人形が何かあるに違いない。もしかしたら自分の持つフランス人形ももしかしたら。今はそんなことを考えないことにした。これからも事件は起こるだろう。

 そう考えるといても立っていられず飛び上がると人形をDパックに入れて飛び出した。エレベーターに乗りこむとある男性がいた。彼は自分を見て一瞬驚きの表情を見せてすぐにガラス張りのエレベーターから吹き抜けのホールを見下ろし出した。


 確か、この人は様々なところで見かけている。現場でも関係者から話を聞いている時も。事件について何か知っているかもしれない。思い切って声をかけて見ることにした。

 「あのう、もしかして何か事件について知っているんじゃないですか。」

 その青年は実は真治であった。彼は葵に連絡をつけてこれから会う約束をしたのだった。できるだけ浩次とは(フランス人形の宿り主とは)接触を避けていたのだが諦めて事件について話をすることにした。

 「俺も事件を調べている。何故、君は事件を調べているんだ?」

 浩次は首を振った。自分ですら良くわかっていないのだ。ただ、それが自分の使命、運命なのかもしれないと感じていた。


 真治は話を始めた。

 「まず、第1の事件。あれは友達が原因だ。人形を買ったのは友達のほうだったのだ。そして、人形に魅入られて前々から上辺だけの付き合いの友人に対する殺人願望を果たしたのだ。

 方法は簡単。自分だけ出かける際に鍵を番号のついているキーホルダーから取り外して別の鍵をつけてフロントに預ける。別の鍵は別の部屋のを何らかの方法で手に入れたのだろう。そして、その鍵で侵入して殺害。その後に戻って来たように見せて鍵を受け取り元の鍵に戻したというわけだ。まぁ、鍵穴に引っかき傷がなかったのが道具かそれに変わるもので強引に開けたのでないことはわかる。」

 浩次は面食らって、でも納得して頷いた。

 「2番目は殺人じゃない。人形に死へと誘われたのだ。とりあえず、堕天使の人形を回収して破壊してくれ。俺は残りの2体の人形を探す。」

 「待ってくれ。人形がなんで人の心を動かすんだ?」

 「あいつらは悪魔の人形なんだ。詳しい話は後だ。」

 エレベーターは1階に着き真治は外へ出て行った。浩次は再び最初の被害者の友人に会いに行くことにした。

 浩次が最初の被害者の友人の元へ行く。部屋をノックするが誰も出てこない。(当然部屋は事件後変えてもらっていている。)変な違和感を感じたが何をして良いのかわからなかったので、ロビーに下りることにした。


 そこでは第3の事件がすでに行なわれていた。エレベーターホールの奥の廊下で悪魔の人形を持った男性が胸を刺されて倒れていた。胸に突き刺さっているのは飾りナイフでここの食堂で使われているものであった。持ち出しは誰にでもそう難しいものではない。

 警察が遺体を持ち出す時に人形が転がり落ちた。それを人ごみから手を伸ばして掴むとさっとその場を逃げ出した。

 真治が言っていた。これらは悪魔の人形で人間を惑わし不幸に落し入れると。それをホテルから離れた川岸に行くと燃やした。その灰は風に乗って川に流されて行った。


 

 真治は葵に合流した。場所は有名な神社の門の前である。鮮やかで目を見張るような装飾のある門は旅行者の視線を奪っている。真治も葵を見つけると同時にその門に乗る龍に目を奪われていた。

 「残りの道化の居場所はわかったわ。今は飛行場でホテルに向かってる。持っているのはおそらく西洋人ね。道化は宿り主と日本語で意思の疎通をしていないみたい。」

 何故、オリジナルの全てがあのホテルに集まり、様々な事件を起こしているのだろうか。真治はそれが解明されないと今回の人形の目的を阻止できない気がしていた。

 彼らはホテルに戻る。と同時に黄色いタクシーが止まり、中から金髪の中年の男性が下りて来た。大きなカバンを持っている。

 「あの人よ。カバンの中に人形は入ってる。」

 葵が指を差して言った。

 「ここで待ってるんだ。俺が一人で行ってくる。」

 そう真治は言い残して小太りの紳士の後を追った。エレベーターに一緒に乗り、さりげなく彼の入る部屋の前を通り過ぎて部屋番号を確認した。306号室であった。しばらくして紳士が出て来た。真治は誰もいなくなった306号室に近付く。そこで妙な目舞がした。構わず、ノヴに手をかける。静電気が走ったかのようにぴりっとした。

 細い鉄の道具で鍵穴に差し入れて動かしているとカチッと鳴ってドアが開いた。中には何故か階段があった。そこを下りて行く。大きな鉄のドアがあり、そこを開く。すると、半地下の薄暗い部屋があった。外は夕方で明かりは横に細長い上のほうにある窓からかろうじて漏れていた。


 そこには箱や家具が雑然と置いてあって、振りかえると姿見がドアの横に壁にかかっていた。そこには道化の人形が椅子に座っていた。鏡の外では人形などない。この子供部屋のような殺風景な部屋の存在自体おかしいと言うのに…。

 その人形は目を光らせぎょろっと睨むと急に宙に浮かび鏡からこちらの世界に飛び出して真治の元に向かって来た。姿は透けて見える。彼は眼を瞑ってうずくまる。目を開けると人形の存在はなかった。彼は駆けだして部屋から逃れるように逃げ出す。

 階段を上る。人形が後を追ってくる。彼は畏怖を覚えてドアに書け寄るとドアノヴを回した。しかし、回らない。びくともしなかった。ゆっくり恐ろしい形相の道化の人形が追って来る。目前まで来て彼は意識を失った。

 気付くとどこかの部屋に寝かされていた。葵がやって来て温かいスープを近くに置いた。

 「何故、畏怖を感じたんだろう。」

 「貴方は306号室の前で倒れていたの。私が運んだのよ。とてつもない彼らの力を感じてやって来たら案の定だったの。」

 「俺に夢の力を使ったのか。俺は夢の力に打ち勝つ能力を持ってるんだろ。なんで…。まさか、オリジナルはそれほど強い力を持っているのか。」

 葵は真治の寝るベッドに腰を下ろした。

 「今は何にも言えない。ただ、その事実だけがあるだけ。」

 この恐るべき状況に真治はなすすべなくうなだれた。

 そこで、ある案を思いついた。フランス人形とぶつけてみたらどうだろうか。

 彼は浩次を探すために葵の部屋を後にした。


 

 堕天使の人形とそれを持つ女性の姿を求めてフロントで筆談の末、やっとのことで彼女がチェックアウトしたことがわかった。ついさっきらしいので、追えばまだ間に合うのではと、ホテルから出ようとしたところで真治とばったり出くわした。

 浩次はそのことを告げると真治は首を横に振った。

 「彼女なら、俺の仲間が味方の人形とすでに追い駆けて行った。」

 それを聞いてほっとした。しかし、人形がなんだと言うのだろう。未だ良く理解できていなかった。しかも、あの女性が何故チェックアウトしたことがわかったのだろう。この際、そんなことは考えないことにした。

 「君に頼みがあるんだ。君は少年のフランス人形を持っているよね。彼の力を借りたいんだ。」

 「人形の力?何故、人形を持っていることを?」

 「この前、君が持っているのをチラッと見かけたんだ。彼もあの人形達と同じ力を持っているんだ。」

 浩次は訳のわからず納得の行かないまま人形とともに真治の後をついて306号室に向かうことになった。これで事件が解決するのであれば。そう言う気持ちがそうさせたのだ。

 306号室は頑なにドアを閉ざしている。真治はそのドアに近付くのを恐れているかのように見えた。浩次から人形を借りると真治は鍵穴に向ける。人形は容易く指を穴に向けた。しばらくするとカチッと音が鳴ってドアが一人手に開いた。

 「やはり、違うな。同じフィールドの存在は。」

 真治はそう言って中に入る。電気がついていないので薄暗い。カーテンから月明かりが仄かに不気味な部屋を照らしていた。異様な雰囲気の漂うこの部屋はいるだけで息苦しくなり、嘔吐さえ込み上げそうになる。


 椅子の上にカバンが置いてあり中が開いている。真治は中を探るとプレゼントボックスが入っていて、それを乱暴に開けると中から道化の人形が入っていた。

 とたんに真治は手を放した。カーペットに転がった小さな道化は眼を光らせた。

 「危ない!」

 フランス人形がそんな声を出したような気がした。2人は咄嗟に本能的に床に伏せる。衝撃波が走り彼らの上を通り過ぎて壁に激突した。

 真治はフランス人形を前に出す。小さな人形は床に転がる道化を掴んだ。そのまま彼らは部屋から出ると急いで廊下に出る。そして、エレベーターホールまで来ると道化はまた眼を光らせる。

 フランス人形は衝撃を受けて天井に跳ね上げられた。道化は置き上がり真治達の方を睨んだ。その形相は身もすくむ程畏怖を感じさせるものであった。戦慄が体中に駆け巡る。


 その時、ある少年が飛び込んできて真治と浩次を抱えて横に退いた。衝撃波はホールの床に転がるフランス人形を捕らえた。彼は断末魔とともに吹き飛ばされ遥か遠くの壁に激突した。フランス人形はそのままぐたっと倒れて消え去った。

 「力が具現化したのか。そこまでの力を持つとは。」

 助けてくれた少年がそう言う。真治は起き上がって見上げるとその人物はなんと翡翠翔であった。

 「生きていたのか。」

 「そう簡単にくたばるか。」

 翔はそう言って道化を睨みつけた。道化は再び衝撃波を放った。翔はさらに飛び込んで人形の後ろに回った。

 さらに近寄ろうとする真治に翔は叫んだ。

 「お前は失せろ。夢に打ち勝つ力のないお前はただの非力に過ぎない。俺のほうがましだ。ここは任せろ。」

 「何言ってるんだ。お前だって同じだろ。」

 「お前に色々言ってやりたかったけど、時間がない。」

 「何過去形で言ってるんだ。」

 「とにかく消えろ。邪魔なのが分らないのか。」

 翔は悪魔の人形を蹴り飛ばして真治と浩次を突き飛ばした。突然の意外な行動に彼らはなすすべなくよろめきエレベーターに押し込まれた。そのままドアが閉まり上へと上がって行った。

 それを見届けると翔は小さな悪魔に飛び掛った。


 

 天使は葵と空港に来ていた。堕天使の人形と殺人を犯した女性を探していたのだが、とてつもなく大きい訳ではない飛行場でも人が多いために人探しはっ困難を極めた。しかし、葵は人形の雰囲気を感じ取りながら居場所を感知した。搭乗ロビーにあの女性がいた。友人を酷い仕打ちで葬ったにも関わらず何もなかったような表情でいるのに葵は許せなかった。

 天使は無表情で彼女達を睨み続けていた。

 「法は完全なる混沌を許さない。」

 その時光介がやって来た。ホテルで真治と合流してここに来たのだ。真治は悪魔の人形を翔に任せて光介と合流してここに来たのだ。2人はやっとの想いで葵を見つけた。彼等には葵を容易に見つける方法があった。

 すると、あの女性が振り向き葵達を一瞥して妖しく微笑んだ。そして、そのまま搭乗手続きを済ませて飛行場を後にした。葵達もそれに続く。

 何故、搭乗手続きをしておきながら外へ出たのか。天使は警戒心をさらに強化させた。彼女は飛行場の前のバス停に出る。クーラーの効いている室内から出ると屋外の蒸し暑さはさらに不快に感じられた。バスに乗り台北のある大通りまで来る。そして、スクーターの群れを抜けて人通りの少ない裏通りに出る。独特の町の匂いがやけに鼻についた。

 彼女は袋小路に辿りついた。すると、ゆっくりと振り返り異様ににっと笑った。真治は葵と光介を庇うように前に立つ。女性は堕天使の人形をショルダーバッグから取り出して前に掲げた。

 葵に抱かれた天使の人形は戦慄を覚え大きな声を出した。

 「私は君達を守りきれない。ここは私に任せて早く行くんだ。」

 「君はどうするんだ。」

 天使の人形は笑った。まるで自嘲したかのように見えた。

 「もともと私は存在してはいけない者。それにあいつの気持ちを理解できるのも私だけ。堕天使の苦悩はその苦しみを抱いた者にしかわからない。自らのせいで自らを堕とした者。

 意味を知ること、それは大きなことなんだ。覚えておくといい。」


 さらに天使は話を続ける。

 「自分がどんな精神状態で、どんな性質でどんな自分か理解しなければ心の迷いを解決させることはできない。病気を治すためには原因を知らないと治せないようにね。どんなに望んでも叶わないことも知ることは必要なのだ。まぁ、いい。私は私をわかっている。だから、ただ大いなる流れに身を任せるだけ。心配するな。忌み嫌われる最悪の存在がこの世から消えるだけだ。」

 天使は堕天使を持つ女性に手をかざした。強大な光とともに心に強烈な影響を与える衝撃が走った。

 真治は自分がわからなくなっていた。記憶が今までの自分のものと全く異なったものとなり自分が自分でなくなったような気がした。自分は何者?研究者で、妻子があり東京の千代田区に住んでいる?何か違和感が怒涛のように押し寄せて来て、まるで白昼夢を見ているかのように心が軽くなった。

 真治はその違和感に甘んじることを恐れた。偽りの幻影という心地よい幻に心を惹かれまいとグッと腹に力を入れて耐えた。

 自分を忘れまいと、ありのままの自分らしい自分、本来の自分のヴィジョンを求めた。真治が真治であるために。


 どのくらい時間がたっただろうか。真治は我に返り眼をゆっくり開く。堕天使の人形は原型を留めないほどに焼け焦げていて女性は倒れている。葵の姿はなく光介は端の方で気を失っていた。天使の人形はかろうじて頭の部分だけが残っていて後は溶けてしまっていた。羽根が1枚真治の足元にひっそりと悲壮感を漂わせて落ちていた。

 葵の姿を眼で探す。しかし、どこにもいなかった。天使が頭だけで一言言った。

 「なんとか、君と光介氏だけは助けた。しかし、葵は守れなかった。彼女は蝋人形だ。蒸発してしまったよ。しかし、嘆くことはない。彼女にとってこれでよかったのだ。存在をなくす。これは我々にとって最高の望みなのだから。」

 天使はそう言い残して言葉をなくした。どうやら、彼も天に帰って行ったようだ。真治は力の入らない腕でなんとか体を起してよろめきながら女性の腕を掴む。脈はすでになかった。どうやらショック状態で息絶えてしまったようだ。

 光介を揺り起こすと今までのことを自分の推測も挟んで話した。

 「え、葵ちゃんが…。」


 光介は呆然と眼の前に残された光景を眺めた。全ては歪められた運命のままに流れているのだ。大いなる流れのリズムに乗る。それしかないのだ。

 ふと、真治は振り向く。電信柱の陰から一人の男性が現れた。木島隆である。彼は自分の悪魔の人形をある紳士に刺客としてプレゼントに模して送りこむと堕天使の人形を監視していたのだ。

 「あと、2人。」

 そう呟いて残忍な微笑みを浮かべると去って行った。彼が何者なのか真治達には分からなかったが味方でないことだけは察しがついた。体力が戻るまで待ってから翔達の様子を見に行くために光介を抱きかかてタクシーを拾うために大通りを目指した。


 

 例のエレベーターホールに着く。そこでは浩次の亡骸が警察に運ばれて行くところだった。翔の姿はなく、堕天使の人形も姿を消してしまっている。

 一体何が起こったのだろうか。彼らはどこへ行ってしまったのだろうか。疑問を追い求めてとりあえずロビーに下りる。そこには悪魔の人形を持った木島隆が立っていた。

 「お前が全ての糸を引いていたんだな。」

 「そうさ、お前達は、否、全ての運命は我がマリオネットの舞台さ。全ては私が運命という糸で操る。」

 「目的は一体なんだ。」

 彼は声を上げて笑った。さも、真治が面白いことを言ったかのように。

 「運命を、大いなる流れを手助けしてるに過ぎない。人形が人間を殺したい。だから殺しを手伝っている。それだけだ。あと一人。その死で彼等の目的は完結する。」

 「何故、人形のことを知った?」

 「骨董屋から聞いたのさ。人形の由来とその力。私はそれに、全ての流れに身を任せているに過ぎない。ちなみに教えてあげよう。上の男は青年と人形の戦いに水を差して巻き込まれて命を落したよ。心弱き者にふさわしい死に様だったよ。翡翠翔なる青年は自慢の勇気と腕がこいつにかなわなくて退散して行ったよ。情けない。態勢を立て直すと捨て台詞を吐いてね。プライドなる人間にある最も高貴なものを持ち合わせていないのかね。まぁ、いい。もう、これで終わりなんだ。」

 真治は構えて身を屈める。隆は再び高笑いをする。

 「何か君は勘違いをしているようだ。最後に死ぬのは…」

 隆は右手の親指を自分の胸に差した。そして、1字1句確かめるようにゆっくりと発言した。

 「この私だ。」

 真治は目を見開いて言葉を失う。微笑む隆に真治はやっと言葉を投げかけることができた。

 「馬鹿なまねはよせ。何故、自ら死を選ぶ?」

 「自分が死にたいのに人に死ぬななんて言うことは全くナンセンスだよ。自らを葬るのに理由なんて求めるな。人が生きるのに理由なんてないのと同様だ。もし、生きることに理由があったら、それを果たしてしまった、もしくはなくしてしまった人は生きる意味がなくなってしまうではないか。案ずるな、人はいずれ誰もが死ぬのだからな。」

 そういうと、隆はエントランスホールの中央にゆっくり歩み寄ってやがて悪魔の人形を掲げた。すると、手品のように人形に火がつき隆を業火の炎で包み込んだ。それは全ての終焉を意味していた。炎は1つの運命の流れを意味しているのかのように真治の眼には見えた。


 



                     エピローグ


 悲しい結果をもたらしたものの全てが終わった。飛行機の中で真治は疲れのために眠り込んでいる隣りの光介を一瞥して真治は溜め息をついた。これで悪魔の人形が現れることはない。もう、これで全てが終わったのだ。歪められた運命が正常に流れ始め出している。

 成田空港にはみんなが待っていた。今までのことを話し全ての終焉を真治が告げた。すでに冬の訪れが感じられる日のことであった。

 金木犀の香りに心を取られながら全員は東京駅まで来ると一斉に解散した。もう2度と彼らは会うことはないだろう。

 何故、彼らは人形の夢の力に打ち勝つことが出来たのか。心が弱かったから?それとも産まれつき持っていた不思議な力?彼等には分からなかった。もう、その力も見ることも示すことも、勿論使用することもないのだ。

 春の訪れを待つこともなく彼らの使命は終了し、冬の空気の香りに胸を躍らせて何もなかったかのような日常が巻き込んでいった。

 人形達の悲しい運命を覚えているものはいずれいなくなるのだ。その方が幸せなのかもしれない。


 


 春が来て全ての命の、本当の命の生まれゆく季節が訪れる。偽りの命はもういない。悲しい命はもういない。

 ―――人間の方がもっと悲しい命なのかもしれないが。

 歪んだ運命の欠片はもう存在はしない。

 ただ、忘れてはいけないのは彼らを、可哀想な人形を生み出したのは人間なのだ。哀れなのは人間なのかもしれない。存在を考え悩まなければいけないのは人間の方なのかもしれない。

 残されたものは悲壮の過去だけである。それも、誰の記憶の中からもいずれ消え失せるであろう。


 

 鮮やかな花々が本当の生を描いている。人間を哀れみの眼で見下ろしながら。


 

                    完 


これは17年前に執筆したもので、会話が連続して誰のセリフか分からないというまだ駆け出しの頃の駄作でしたが、あえて手直しせずに記載しました。

チャット、掲示板のカキコ、iモード、メッセ等、懐かしい言葉が出てきました。この時に実際に函館に行ったり、台湾に行ったり、チャットに夢中でした。

今の若者にはついていけない時代でしょう。

確か、この話はある条件のもとで小説を書き合っていたものではないかと思います。

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