もう一人の管理人
「・・・?ここは?」
包まれた光が消え、辺りが見えるようになった聖斗は、周囲の光景に困惑した。そこは、先ほどまでいた砂利道ではなく、大小様々な岩が転がる、岩場のような場所であった。
「・・・何なんだ・・・ここは・・・?俺は、さっきまで、砂利道にいたはず・・・。」
突然、生と死の狭間の世界に来たと言われ、自身の記憶が曖昧で、自分が何者なのか思い出せなくなっていて、今度は変な光に包まれたと思えば、さっきまでとは違う場所にいる。あり得ないことの連続に、聖斗は、ただただ困惑していた。
「なあ、カロン。ここは、どこなんだ?・・・?カロン?」
その時、聖斗は、カロンがいないことに気が付いた。
「!カロン!カロン!どこだ!?」
聖斗は、周囲を見渡し、カロンを探すものの、カロンの姿は、どこにも見えなかった。
「・・・どうすればいいんだよ・・・?こんな、わけの分からない場所で、どうすればいいんだよ!?」
聖斗は、途方に暮れ、その場に立ち尽くしてしまう。当然である。こんな知らない場所に一人、取り残されてしまったのだ。どこへ行けばいいのか、何をすればいいのかも分からないのだ。誰かに会いたいから、とカロンには言われたが、会って何がしたいのか、それも分からないし、覚えていないのだ。そもそも、今の聖斗は、名前以外何も覚えていないのだ。自分さえもあやふやな存在になってしまった不安も、聖斗の精神に重くのしかかっていた。
「・・・。」
ふと、握っている紫苑の花が、聖斗の目に入った。それを見て、聖斗の精神は、若干だが、落ち着きを取り戻した。
(・・・でも、一つ、思い出したことがある。・・・俺は、紫音という人と知り合いで、この花は、その人が大好きだったものだということだ。)
自分が何者で、どうしてここに来たのか、何をしたいのか、分からないことだらけだが、聖斗は一つ、分かったことがあった。
(・・・あの紫音という女の子。彼女が、手掛かりだ。彼女を見つけられれば、何でここに来ようとしたのか、何をしに来たか、分かるはずだ。)
「・・・よし、とりあえず、この辺りを調べてみるか。その、紫音という女の子が見つかるかもしれない。」
聖斗は早速、周囲の探索を行うべく、歩き出した。その様子を、遠くの岩山から眺める人物がいた。その人物は、カロンと同じ黒い礼服を着た男性であった。
「・・・ふふふ。来た来た。今度の玩具は、どれだけ楽しませてくれるかな~?」
探索を続ける聖斗を眺めながら、男性は不気味な笑みを浮かべていた。その様子を他人が見れば、そのおぞましさに戦慄したであろう。彼の笑みは、笑顔とはとても言えないようなものであった。
そんな人物に見られているとは露知らず、聖斗は探索を続けていた。だが、探せど探せど、何も見つからなかった。
「・・・参ったな。いくら歩いても、岩と石しか見つからない。どうしたものかな・・・?」
「おい、お前!」
「!?」
いきなり声をかけられ、聖斗は驚いて声のした方を向いた。そこには、カロンや眺めていた男と同じく、黒い礼服を着た男がいた。男は、手に巨大な鎌を持ち、険しい表情で、聖斗を睨んでいた。
「だ・・・誰だ!?」
「俺は、タナトス。この世界の管理人。」
「管理人!?じゃあ、カロンの仲間なのか?聞きたいことが・・・。」
「お前を冥界に送還する!」
近寄ろうとした聖斗に対し、タナトスと名乗る男は、鎌を向けた。
「!?な・・・何だよ・・・いきなり・・・!」
「この世界は、死した者が、冥界へ行くための通過点。来た者は、例外なく送還する!」
「お・・・俺は、まだ死んでいない!」
「例外は認めない。潔く送還されろ。」
タナトスはそのまま、手に持つ鎌を聖斗に振り下ろす。聖斗は寸前で、鎌を避ける。
「あ・・・危な・・・!」
「抗うな!送還されろ!」
なおも、鎌を振り下ろすタナトス。聖斗は鎌を避けながら、その場を逃げ出そうとする。
「逃げるな!」
タナトスは、鎌を聖斗に投げつける。鎌は、聖斗の目の前の岩に突き刺さり、聖斗の逃げ道を塞いでしまう。
「!」
「ここまでだ。もう、逃げられまい。」
タナトスが手を上空に掲げると、先ほど投げた鎌と同じ鎌が手に握られていた。
「送還!」
タナトスは、逃げ道を失った聖斗に、鎌を振り下ろす。もう、回避することもできない聖斗は、思わず目を瞑った。
ガキーン!!!
金属と金属がぶつかり合う音が、辺りに響き渡る。その音に、恐る恐る聖斗は目を開ける。
「!」
「やあ、聖斗。無事でよかったよ。」
なんと、そこには、タナトスと同様に巨大な鎌を手にしたカロンが、タナトスの鎌を受け止めていた。
「か・・・カロン・・・!」
「カロン!貴様!俺の送還の邪魔をする気か!」
「真面目なのもいいけど、君は見境なさすぎだよ。彼は、死人じゃないんだから。」
「この世界にいる以上、例外はない!邪魔をするな!」
タナトスは、今度は鎌を、カロンに振り下ろす。カロンは再度、自身の鎌で防ぐ。
「邪魔だ!」
タナトスは容赦なく、カロンに鎌を何度も振り下ろす。カロンはその度に、タナトスの攻撃を受け止める。
「ふ~・・・仕方ない。聖斗、ちょっと我慢しててね!」
カロンは、聖斗の腕を掴むと、その場を跳躍した。一瞬で、タナトスが小さく見えるほどの高さまで飛び上がった。
「!?」
「はっ!」
カロンの鎌が、青白く発行し出した。
「死者送りの協奏曲!!!」
カロンは力いっぱい、鎌を振り下ろした。すると、鎌から青白い光の斬撃が放たれる。
「!」
その斬撃は、タナトスに直撃した。タナトスの周囲に濃い土煙が立ち込める。
「や・・・やったのか!?」
「いや、僕達の攻撃は、管理人同士には効果がない。吹き飛ばすか、目晦まし程度の効果しかない。今のうちに、遠くへ逃げよう。」
カロンは、側の空間を鎌で切り裂くと、その裂け目に聖斗と共に入った。裂け目はそのまま消失し、跡形もなくなった。
しばらくして、タナトスの周りを覆っていた土煙が消え去った。タナトスは、服装が乱れていたものの、無傷でその場に立ち尽くしていた。
「・・・おのれ・・・カロンめ・・・!」
タナトスは、上空を忌々しそうに睨み付けていた。