青髪の少年
車を全速力で走らせながら、必死に状況を整理する。
もしも、先程見た非人類が、以前見た《奴》、漆黒の大狼と同じものならば。
俺は、とんでもない事をしでかしてしまったらしい。
俺は、運送の仕事の他に、もう一つ、稼ぎ口がある。
都市などに侵入した、または「 6C」以上の非人類の排除。それが俺のもう一つの仕事である。組織としてのまとまりは無いが、政府も公認していて、国でも屈指の巨大組織である。
組織、と言うか、企業と言ったほうがいいだろうか。名称は「ヴァーツレイヴング」、俺たちは主に、「対非人類特殊戦闘人員群」と呼ばれるのが一般的であるが、強い憧れを持つ者は「英雄」なんて呼ぶやつもいる。
先ほども言ったことだが、組織としてのまとまりがこれっぽちも無いため大衆が集まる場所も無い、そのため、任務の以来には適当な所持端末に依頼内容を送ってくるだけのシンプルな方式をとっており、出社とかの概念が無く、本当に楽だ。ちなみに報酬は任務報告後に端末、もしくは口座に入金される。
そして、ヴァーツはあくまで「企業」としての肩書きを貫いている。政府からの公認依頼、もしくは外部からの依頼は、それ相応の報酬が前提として必要となる。少し心は痛むが、壊滅した町の非人類の掃討などでも、しっかり報酬は払わなければならない。たとえ払う金が無くとも、借金なりなんなりさせて払わせる。それが「ヴァーツレイヴング」の方針である。少なくとも、非人類と向き合うクリーガー達は命を張って仕事をしている。さすがに俺も批判することはできなかった。この仕事はボランティアでもなんでもないのだから。
ところで、二ヶ月前の話になるが、「 1C」の非人類が都市周辺部に出現した。ヴァーツからの正式な緊急戦闘配備で、俺は《奴》の討伐任務に駆り出され、第二部隊に配置されたのだ。作戦は単純で、まず先行部隊の第五部隊による先導で、都市から離れた場所への誘導から始まる。が、しかし、その誘導作戦は失敗に終わった。第五部隊は全滅、全員、奴の三時のおやつだ。その報告が入ったのは、作戦開始から約10分後の事だった。呆気にとられた指揮官は動揺を隠せず、無謀にも第四、第三部隊へ誘導作戦の引継ぎを命じたが、もちろん部隊員は全員その命令に反論した。それもそうであろう、要約すれば死ににいけと言っているようなものだ。かといって、そのまま放置するわけにもいかない。結局、全部隊での強襲、と言う作戦に変更された。
第一、二、三、四部隊は前線に赴き、配置に着いた。改変された作戦は至ってシンプルである。瓦礫の山を利用し、奴をうまく取り囲み、全員で袋叩きにする。今思えば、あまりにも愚かであった。
奴の姿を確認しようと、部隊員の一人が瓦礫の山から頭を出したが、奴の姿を確認する事は出来なかった。代わりにそいつは息絶えた。奴の、背後からの奇襲で。そこまでの時間差は無いと言って等しい、本当に、一瞬の事であった。
その後はどうなったかと言うと、結論から述べれば、部隊員の7割が死に至り、奴も逃す結果でこの緊急作戦は終わった。
先ほどまで余裕をかましながら冗談を飛ばしあっていた同僚が、気づけば息をしない骸と化しているのだ。
圧倒的な力の前に、数の暴力はまったくの無力に等しかった。
一つだけ、確定的に明らかな事と言えば、あれは明らかに「1C」と言う範疇に収まるものではなく、それ以上の何かである。
これに対して政府、非人類対策本部「AHQ」は、1Cを超える新カテゴリ、《 0C》を規定し、発表した。
そしてここに繫がるわけだが、俺は《奴》を今、二度目を逃した。それがどういう事を意味するかは、あの戦いで生き残った俺が一番分かっているはずだ。
放置すれば、文字通りに間違いなく大勢の人々が死ぬ。それが、俺が何もせずに起こした結果となる。
まずは、行動を起こすのが最優先だ。
黒塗りのトラックはさらに速度を上げた。
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人が、見えた。
しかも徒歩で、防具も纏わず無防備、背中にはいかにも重そうな荷物を提げている。自殺志願者かなにかだろうか。急いではいるが、さすがに第二種で見かけた人間を残して首都に戻るなんて、公式に知れたらたまったもんじゃない。
速度を落とし、少し前に車をつける。助手席側のドアを開き、しばらく待ってみるが、中々入ってこない。おもむろに呼びかける。
「あんた旅人だろう?乗らないのか?」
すると少年は、少し戸惑いながら考え始めた。
やれやれ・・・こちらとしてはあまり時間がないのだが・・・乗らないならもう行く、急いでいるから、と宣言を下そうとした、が、その前に、
「お、お願いします」
と、少しかしこまりながら車に乗り込んでくる。左側のドアを閉め、少年を一瞥してから車を走らせる。
サングラスを掛けているため髪の正確な色は分からないが、たぶん青、だろうか。大きく膨らんだバックパックはやはり重そうだ。ファスナーを下まで下ろした、裾は腰くらいまでの灰色のライダースパーカー、足首までの細いズボン、そして、紐で腰に深い青色をした布を縛っている。
とりあえず、何を思ってこんな所にいるのか聞き出してみる。
「いったい何だってこんな危険な所をうろついてたんだ?」
少しの間を置き、少年は疑問の声を放つ。
「・・・え?」
まさか、危険区域の把握もせずに旅など、どこの馬鹿がするだろうか。まさか危険区域の概念さえ知らないのでは、と思いつつ、ここがどこであるかを話す。
「ここは第二種危険区域だぞ・・・俺が通らなかったらあんた今頃『非人類』の餌になってたな」
「だ、第二種って・・・うっそ・・・」
少年が窓から外を見る。危険区域の存在は知っていたようだ。第二種がどれだけ危険かと言うのも。
「嘘は言ってないぞ、こんなところ通りたくもないさ」
少年は少し考えながら、驚くべき事を口にしだす。
「一回も襲われてないって言ったら、信じられますか・・・?」
普通に信じられるわけがない。第二種で武器も持たずにほっつき歩く人間など、非人類からすれば、道端に汚れ一つない皿に盛られた料理のような物だ。襲われないことなど、決してありえない。
「信じられんな」
「ですよね・・・」
しかし、実際少年は体のどこにも損傷はない、それを見る限り、いくつか可能性が出てくる。
「たしかに傷ひとつ無いが・・・全部無傷で撃退したか、あるいは本当に遭遇してない・・・というのも考えづらいが・・・」
「本当ですよ・・・第二種の非人類なんて僕の手に負えませんから・・・」
少年は不安そうな顔で返す。
《固有粒子能力》という言葉が頭を過ぎる。新類として生まれた人間は、生まれもって何かの能力を得る。旧類には無いものだ。その中でもし、もしも。
――――非人類を寄せ付けない能力があるとしたら。
非人類の一切近寄らない、平和が・・・いや、考え事はやめよう、今は目の前の事を優先するべきだ。
とりあえず、少年の行き先を問う。目的地が一致しない場合、首都経由で行ってもらう事になるが・・・
「所でアンタ、行き先はどこだ?」
「えっと、首都です」
ビンゴだ、非常に運がいい。
「丁度いい、俺も首都に戻ってる途中でな。それよりも、アンタ、どうして首都なんて所に?一人みたいだが、アテはあるのか?」
少年は少し考え、首を掻きながら言った。
「ええ、家族が手配してくれたので」
少年が首都に赴く理由には大体察しが付く。《クリーガー》を目指しているのだろう。おそらくあの大量に物が詰まっているリュックサックには武器も入っているだろう。この少年は、大丈夫だろうか。《大狼》の前に散っていった彼らと同じ末路を辿らないだろうか。この未来ある少年には、生き残ってほしいと、心底思うのは何故だろうか。
ふと、前を見据えると、暗い灰色をした剛化コンクリート製の橋が見えた。指を指し、少年に伝える。
「そうか・・・高速が見えてきたぞ」
入り口のゲートに寄り、車を停止させる。車窓を開き、口を開こうとした管理管に《クリーガー》としての証明書を突きつけた。慌てた様子で管理管はレバーを引き、ゲートのハッチを開く。
すぐさまアクセルを踏み切り、車を走らせる。
なんだか、嫌な予感がする。不安で不安で、しようが無い。
さらにアクセルを強く、強く踏み込む。まるで何かに追いかけられているように。
数分も経たずして、前列に並んだ大量の車に行き先を阻まれた。軽く舌打ちをし、車窓から空を眺める。
暗い空は、夏の太陽の光を阻んでいた。
まず、かなり久しぶりの投稿となりましたことをお詫び申し上げます。読んで頂いている方は多くは無いでしょうが、続く間はお付き合いしていただければと思います。
私も受験生という身ですので、今現在ではあまり投稿はできませんが、受験が終わり次第、執筆にも本腰を入れていきたいと思っている所存です。
長くなりましたが、今後もBaD Carrierをよろしくお願いいたします。