八
クルルが森の中に帰って来た頃には、既に日は山の天辺へ傾こうとしていた。松の木の隙間から漏れる橙色の日光に目を細めながらも、薬の入った小さな土器だけは、手放さずにしっかりと底を押さえる。
ゆっくりと歩を進めていると、クルルは行きがけに通った秘密の抜け道の出入り口に辿り着く。そこには、ミズニとワツミが、倒木の幹に腰を下ろしており、クルルに気付いた二人は同時に顔を見合せた。
「ただいま。ごめんよ、遅くなっちゃった」
クルルは呑気な声を上げながら二人の元へ近づく。すると、ミズニがさっと立ち上がり、クルルの元へすたすたと無言で歩み寄る。
「良い人に会ってさ、薬をくれたんだ。これで、ワツミの怪我も――」
そう口にするクルルの前で、ミズニは立ち止まる。そのまま、右手を彼の頬へ勢いよく張り上げた。ぱん。高い音が森の中に響くと同時に、少年の手に持っていた壺状の器が落ち、中身が少し地面に零れ落ちた。クルルは、じんじんとした痛みを感じながら、左頬を左手で押さえる。
「いってて、何すんだよ、ミズニ」
クルルは、ミズニに顔を向ける。すると、眼前の少女は両目を潤ませ、ぷるぷると小刻みに震えていた。ミズニが、声を大きく揺らしながらクルルに言う。
「馬鹿! あんたったら、いつも勝手なことばっかり! 何が薬草を探してくるよ、ふざけないで! ……もし、あのまま、クルルが帰って来なかったら、ワツミも、私も……っ、さびしいよ」
ミズニの両頬を涙が伝う。そのまま、彼女はクルルの胸に顔を埋めて泣き出した。クルルは困惑しながらも、ワツミへと顔を向ける。視線の先の彼も、倒木から立ち上がると、二人にゆっくりと近づきながら話し始めた。
「クルル、さっきはごめんね。僕のせいでこんなことになっちゃって。クルルの気持ちは嬉しいよ。でも、だからといって、クルルが危険を冒すのは、僕たちは望んでない。もし、ヒミコさまの森に入ったまま、クルルとずっと会えないなんてことになったら、僕もミズニも、とても寂しいよ」
ワツミはそう言って、にこりとクルルに笑顔を向ける。彼の目は、さっきまで泣いていたためだろう、赤く染まっており、目の下にも赤紫色のクマのようなものができていた。ワツミの顔を見て、クルルはハスカの発言を思い浮かべていた。
――お前の言うその友達って奴も、お前が根っから悪意を持ってやったとは思ってないんじゃないか。
――だからこそ、今のお前にはその友達とやらの思いとちゃんと向き合ってやることが必要なんじゃないか。
クルルは、ミズニの両肩を押さえる。そのまま、彼はゆっくりとした口調で話しだす。
「ワツミ、ミズニ……二人とも、ごめんよ。こんなに心配かけて、本当にごめんなさい……」
そう口にするクルルの目にも、涙が浮かんでいた。ワツミもいつの間にか泣き出しており、三人は身体を寄せ合い日暮れまで声を上げて泣いた。そんな彼らの表情には、誰が見ても明らかな喜びの色が見て取れた。