七
宮殿の隅にある小さな部屋の中で、クルルは足を崩した体勢で背を壁に預けていた。彼の目の前ではハスカが、薬草を鉢の中ですりつぶし、薬の調合を行っていた。
「あのさ、ハスカ」
「どうした」
ハスカは、鉢から目を離さずに淡々と応じる。
「今作ってる薬、良かったら分けてもらえないかな。俺の友達が怪我しちゃって……無理に、とは言わないけど」
ハスカがクルルに顔を向ける。少しの間、口をあんぐりと開けてからハスカは冷ややかな目で返す。
「お前、侵入者の割に随分ずうずうしいな」
呆れたと言わんばかりの返答に、クルルは少しむっとした表情を見せ、少し語気を強めて発言する。
「侵入者じゃなくて、名前で呼んでくれよ。もう、友達だろ」
ハスカは、小さく溜息を吐いてクルルから視線を外し、薬の調合を再開する。友達――そんな簡単になれるものでもないだろう。ハスカがそう思っていると、不意にクルルがぽつりと呟いた。ぼくのせいなんだ――クルルは、弱々しい口調で一人言葉を続ける。
「俺が勝手に振り回したせいで、あいつらを傷つけた。正直、頭の中がほとんど真っ白になって、自分一人で勝手に突き進んで、ここまで来たんだ。本当はどうしたらいいか分かってたはずなのにな……ハスカ。ぼくってどうしようもない、馬鹿だよな」
自嘲気味にそう言うクルルの言葉は、所々鼻息で詰まっていた。ハスカは、一度小さく息を吐き、薬草をすりつぶしながら口にする。
「私は別に、お前がどうこう悪いとは思ってはいないし、追求するつもりもない。そもそも、あの森の中でお前に何があったのか、それ自体もどうだっていい。ただ、目の前のことから逃げようとするな」
クルルの顔がはっとしたように、薄い朱の貫頭衣を着た少年に向けられる。少年は、そのまま続ける。
「さっきも言ったが、お前が具体的に何をしたかは知ったことじゃない。ただ、お前の言うその友達って奴も、お前が根っから悪意を持ってやったとは思ってないんじゃないか。早い話が、お前はただ、そいつらと触れ合って自分が余計に傷つくのが怖いだけだ。だからこそ、今のお前にはその友達とやらの思いとちゃんと向き合ってやることが必要なんじゃないか」
ハスカの発言を聞いて、クルルは右手を胸に当てた。確かにあの時、ミズニが自分を呼ぶ声を、ぼくは聞かないふりをして逃げ出した。薬草を探してくる――さっきはそう口走ったけど、本当は向き合うのが怖かった。自分のしてしまったことを。それを認めてしまうことを。――だったら、これからぼくがすべきことは、決まっている。クルルは右手を拳にして、コンッ、と自身の胸に当てた。
できたぞ。ハスカがそう言って、鉢の中の薬を自らの指に絡め取る。緑色の粘っこい薬を指の間で音を立てて弄りながら、クルルの元へ近寄る。そのまま、ハスカは薬をクルルの右足の傷口へと直接塗っていった。
「うわあ、染みる痛い冷たい……!」
「我慢しろ。ちょっとやり方は悪いが、そのまま放っておくよりはマシだろ」
お前の友達の分も用意してやる。ハスカはそう言って、薬を傷口に塗っていく。それに対し、顔を強張らせながらクルルは悶絶する。
「このぐらいやれば、ひとまずは大丈夫だろう」
ハスカが一息吐いて、腰を床にどんっと載せる。クルルは、そんな彼にありがとう、と一言笑顔で口にした。そのまま、クルルはハスカの顔を見つめる。
「なあ、ハスカ」
「何だ?」
「ずっと思ってたけどさ。どうして、俺を助けたりしたんだ? 俺は、ヒミコさまの森に勝手に入った侵入者なのに……」
そこまで言って、クルルはその場に俯く。ハスカは、少し沈黙してから答える。
「さあな。ただ……怪我をしている奴を放ってはおけなかった。それだけだ」
「そうか。お前って、意外と優しいんだな。まるでヒミコさまみたいに、心が広い奴で助かったよ」
そう言って、クルルは小さく笑ってみせた。すると、ハスカがすっくと立ち上がり、クルルの元へと歩み寄る。そのまま、ハスカはじっと鋭い目つきで少年を見下ろし、一言口にする。
「それは違うぞ、お前」
えっ。クルルは、一瞬目を白黒させた後、ああ、と心の中で相槌を打ってから返す。
「ああ、そりゃ、ヒミコさまは女でハスカは男だし――」
「違う。そういう意味じゃない」
ハスカがクルルの発言を遮る。目の前の少年の口調だけでなく、彼自身の雰囲気にも圧されているかのように、クルルは次の言葉が浮かばず、代わりに冷たい汗がゆっくりと流れてきた。
「ヒミコさまは――あの人は、お前が思っているほどの人ではない。よく憶えてろ」
そう告げるハスカの瞳には、年相応のものではない達観したものがあるように、クルルには感じられた。