五
乾いた土と、所々に落ちた落ち葉を踏みしめながら、クルルはきょろきょろとせわしなく周囲を見回していた。ぼくのせいだ――。さっき、ミズニの言ったように、大人たちに助けを求めるのが正しかったのに、ぼくはどうしてあんなことを言ったんだろう。そう自問自答しながら、クルルはセミの鳴き声以外に何も聞こえない森の中を、休むことなく歩き回っていた。
「ええと、薬草、薬草は……」
独りぶつぶつと呟きながら、クルルは四方八方に自生している植物へと、忙しく目を向ける。あれは違う。これも、向こうのも。くそっ。ヒミコさまの神聖な森だってんなら、人を癒す薬草の一つや二つ、あってもいいだろ。心の中で毒づいていると、右足にちくりと鋭い痛みが走る。足元を見ると、そこには鋭利に尖った枯れ枝が転がっており、その刃先はクルルの右すねを掠っていた。
最悪だ。一言そう言って、クルルはその場に立ち尽くす。こんなはずじゃなかったのに。ぼくが無理に森へ行こうと誘ったからなのか? いや、そもそもぼく自身の我儘が招いた、当然の結果なのか。
「おい、誰かいるのか」
不意に、知らない声が聞こえてきた。まずい、見回りの兵に見つかったか。頭でそう察知したクルルだが、足の痛みで思うように動けない。声のした方角を向き直っても、茂みの向こうであるためどんな人物であるかも分からない。
――あそこには怖い兵がたくさんいるって母さんが……やめた方がいいよ。見つかったら、どうなるか。
――この森に入ったことがばれたら、私たちどうなるか、あんた分かってんの?
ここにきて、二人の友人の助言が身に沁みる。ああ、ぼくはとんだ馬鹿だ。勝手に周りを巻き込んで、勝手に自爆して……。
ミズニ、ワツミ、オヤジ、ごめんよ。クルルは、その場にしゃがみこみ、両手を地面に着けた。そのまま、瞼を強く閉じる。足音が、ゆっくりとこちらに近づいてくるのが分かる。ぼくは、どうなるのだろう。不安と恐怖が、九歳の少年の中でとめどなく輪廻する。
「お前は……」
知らない声がはっきりと聞こえる。見つかってしまったか。クルルは、覚悟をきめて両方の瞼を開き、視界の先にいる人物の姿を捉える。その姿形をはっきりと映し出したクルルの瞳が、一瞬驚きに染まる。
そこに立っていた人物は、自分とそう年も変わらないであろう、幼い少年だったからだ。目鼻立ちが整い、両側に「みずら」と呼ばれる滴と似た形に髪を結ったその少年は、薄い朱の混じった貫頭衣を纏い、腰の帯には鞘を備えていない短剣を身に着けていた。恐らく、森を警護する兵の一人であるのは間違いないだろう。そうクルルが直感していると、少年が、やや低い声で呟く。
「怪我をしているのか、お前」
クルルは、そう言われてはっとなる。少年の視線は、枝を掠って血が滲み出していたクルルの右足に向いていた。少年は、小さく溜息を洩らすと、踵を返してクルルに顔だけを向ける。
「こっちだ、ついて来い」
一言だけ口にする少年に対し、クルルは微動だにしない。少年は、すたすたとクルルの元へ歩み寄り、彼の右手を掴み、強引に起こす。クルルが声にならない声を上げていると、少年が言葉を返す。
「大人しくしてろ。その足を、治療してやる。静かにするんだ」
少年の発言に、クルルは思わず言葉を失った。目の前の少年の瞳は、真っ直ぐにクルルだけを見つめていた。