三
額に大量の汗を浮かべながら、クルルは丘の頂上へ辿り着く。ぜえぜえと息を切らしてゆっくりと歩み寄るクルルを前に、先に到着していたミズニとワツミの二人は、ほとんど同時に目を向けた。
「遅かったじゃない、クルル。私たちは二人、手をつなぎながら走ってたのに、こんなにあっさり負けちゃうだなんて。ねえ、ワツミ」
にっこりと微笑みを浮かべたまま、ミズニはワツミへ目を向ける。彼は、顔全体を紅潮させており、クルルに負けず劣らず汗を流していた。薄手の白い貫頭衣を汗で濡らしたまま、ワツミはすぐそばの少女へ言葉をかける。
「そうじゃなくて、ミズニが速すぎるんだよ。手も、途中から強く握ってきて痛かったし……正直怖かった」
ワツミがそこまで言うと、はっとしたように口元を手で覆った。クルルは、そんな彼の様子を気にすることなく、大袈裟な口ぶりで語りかける。
「ワツミ、無理してミズニに合わせなくていいんだぞ。こんな男みたいな女に」
「えっ? なんて?」
ミズニが笑顔のままクルルに問いかける。彼もまた、しまった、と言わんばかりに口ごもり、そのまま黙り込んでしまった。
「男みたいな女って言い方、何て言うかちょっと、ううん、すごーくあんまりじゃないかな。私は今までずっと、朝から晩までお父とお母を手伝ってきたから、オトみたいもオミみたいも関係ないの。あと私は別に怖くないから。ねっ、ワツミ?」
捲し立てるような少女の口調に、二人の少年はしばらく頭が上がらないでいた。怒っているときのミズニは、笑顔を絶やさないまま棘のある言い方を連発する癖がある。そのことを身を以て実感したクルルは、自分の幼なじみを前にあらためて恐れおののいた。
すると、一陣の風が三人の横をひゅうっと通り過ぎた。胸まであるミズニの黒く長い髪、クルルたちの白い貫頭衣を小さくなびかせて、邪馬台国の市場の方角へと流れていく。三人は風の流れる先を見つめた。そこには、幅が異なる川が網目状に縦横無尽に広がっており、その傍らに市場や住居が所々小さな林を挟みつつ密集していた。その中にクルルたちの家も見える。
「僕たちのクニって……今こうして見ると大きかったんだね」
「うん。本当に。何度もここから景色を見てきたけど、まだ知らないことがいっぱいあるよ」
ミズニとワツミが感嘆の言葉を漏らす。その中で、クルルは一人、市場や住居の密集地から先にある、広大な水田地帯、数年前からヒミコが民に造らせている女王自らの巨大墳墓――そしてヒミコの宮殿がある森を見つめていた。
「なあ、二人とも」
クルルが二人に顔を向けて続ける。
「今からヒミコさまのいる森に行ってみねえか?」
この発言を受けて、ミズニとワツミが顔を青くしながら早口で返す。
「ちょっとクルル、あんた何言ってるの。ヒミコさまの宮殿がある森は、神聖な森なのよ。私たちが入っていいような場所じゃないことぐらい、知ってるでしょ」
「それに、あそこには怖い兵がたくさんいるって母さまが……やめた方がいいよ。見つかったら、どうなるか」
クルルは、必死で反論する二人に対し、口角を上げて快活な口調で告げる。
「大丈夫だって。要は、見つからなきゃいいんだろ。森の取り巻き連中にさ」
じゃ、行くぜ。そう一言口にして、クルルは後ろを振り返り、そのまま走り出した。あっ、待ってよ。ミズニとワツミが追いかける。少し勢いを落としながらもどうにかついてくるミズニに対し、先ほど走ってから未だ息を切らしたままのワツミは、苦しげな顔で歩幅を大きく取りながら歩いていた。そんな二人の姿を脇目に、クルルは森へ走り出す。額から流れ出す汗は、微かに吹く風に打たれて若干冷たく感じられた。