二
西暦 二四二年 初秋
倭(現在の日本) 邪馬台国
日が高く昇る中、邪馬台国の外れの丘を目指して、子どもたちが市場の中を駆ける。
今日は何をして遊ぼうか。嬉しそうにはしゃぎ声を上げる中で、少年――クルルはひとり立ち止まり、両腕を真上に伸ばし、背筋をぴんと張る。
「ん~っ、それにしても、気持ちのいい一日だなあ。ミズニも、そう思うだろ?」
そう言って、クルルは前を歩く少女――ミズニに目を向ける。彼女は、自身の幼なじみに顔を向けるやいなや、小さく溜息を吐く。
「そんなこと言われてもねえ。九歳にもなって……ねえ、ワツミ?」
ミズニは、屈託のない微笑を、すぐ隣で走る少年――ワツミに向ける。彼も、ミズニに倣って穏やかな笑顔を返す。クルルは少しむっとした表情を見せながらも、両腕を組んで自信ありげな口調で返す。
「今朝、父さまが言ってたぜ。今日こんなに空が青いのも、昨日降っていた大雨が一晩で止んだのも、みんなみんな……」
「ヒミコさまのおかげ、でしょ?」
ミズニがクルルの発言を遮る。いつも彼が調子よく父――ウルクサの話をする時、最終的にこのクニの女王であるヒミコに落ち着くのは定番となっており、ミズニ自身もすっかり辟易していた。
「何だよミズニ、せっかく父さまがこのクニでどれだけ頑張ってるか教えてやろうと思ったのに」
「結局頑張ったのはヒミコさまでしょ? クルルのお
父が、長官として、海の向こうの『魏』ってクニとどれだけ渡り合ったか、もう十分わかったから」
ミズニは冷たく突き放す。話を進める気力をすっかり失い、ぶつぶつと独り言を呟くクルルを尻目に、彼女とワツミは、外れの丘を目指して歩みを進めた。
父のウルクサを尊敬するあまり、クルルが悪気なく自慢話を発してしまうことは、ミズニもよく分かっていた。幼い時に母を病で失ったクルルにとって、父こそが世界の中心なのだ。将来は、父さまと同じようにこのクニの長官になるんだ――クルルが周りにそう豪語するようになるのも、自然なことかもしれない。ミズニがふとそう思っていると、隣を歩くワツミがもごもごと口にする。
「だけどさ、すごいよね。ヒミコさまって、鬼道でこのクニを何十年も守ってきたんでしょ。昨夜の大雨もヒミコさまが止めてなかったら、僕たちはこうして一緒に遊べなかったんだから、やっぱりすごいと思うよ」
そう続けるワツミの肩を、クルルがぽんと叩く。
「ワツミ、やっぱりお前は話の分かる奴だよ。お前が俺たちの友達で良かった」
「えっ、そんな、僕は……」
頬を赤らめながらあたふたするワツミの手を、ミズニがぐっと強く掴む。
「ワツミ、こんなお調子者の話を真に受けちゃだめよ。それよりも早く丘に行こう、日が暮れちゃう」
言い終えると、ミズニはワツミを引っ張りながら勢いよく走り出した。
「あっ、おい、待てよ。ミズニ!」
「競走よ、クルル。私たちとあんた、どっちが先に丘へ着くかしらね」
まったく――クルルはぽつりと呟いて、二人を追いかけた。