八尺様と肉食系女子高生
初めてssなるものを投稿させて頂きます、空丘と申します。
今回の作品は改ページが無く、読了に時間はかかりませんが、その分読みにくい方もいると思います、申し訳ありません。
どうぞよろしくお願いいたします。
起
8月13日午前11時頃
電車に揺られながら外に広がる田畑を眺めていると、隣に座っている神峰に声をかけられた。
「ねぇ」
「あん?」
「駅についてからその家まで歩くの?」
「いや、さっき連絡したら駅に車で待ってくれてるってよ」
「そう、なら良かった」
安心したのか、神峰も外の緑の風景に目を移した。
俺もこの炎天下の中歩くのはしんどいと思っていた、車を出してくれた滝村のじいちゃんには感謝しなければ。
ふと、そこで思い出した。
そういえば小五のホームステイの時も車で家まで連れていってくれたが、乗り物酔いしてしまい最初から迷惑をかけてしまったのだったか。
吐かずに済んだものの、苦い思い出だ。
「……本当に私も連れていってくれるとは思わなかった」
唐突に神峰が口を開いた。
彼女の視線は窓の外に注がれたままだ。
「俺も最初は一人で行こうと思ったんだかな。じいちゃん達が友達がいたら連れてきても構わない、歓迎するって言われたし。賑やかな方が良いって」
「私にお盆の予定が無くて良かった。時谷が白崎君とか次田君を誘ってる時の話を聞いて、私も行ってみたいと思ってて……」
「まさかお前の方から行きたいって言われるとは予想外だったがな、驚いたぞ」
「駄目元で言ってみたのだけれど……。結構あっさりOKしてくれたわね」
「まぁ、断る理由もないしな」
本当は女子と二人で旅行とは気恥ずかしくて迷ったんだが……。
逆に俺みたいなブ男が女子と旅行なんて今しかないと開き直って正解だった。
別に二人きりで旅館とかに行く訳じゃない、あくまで他人の家に泊まりで遊びに行くだけだ、大したことはない……だろう。
電車が停まった、確か次の駅の筈だ。
小五の時は駅までバスの中で寝ながら行ったから分からなかったが、結構地元から遠いんだなこの辺。
電車のドアが空くと外の暑い空気と蝉の鳴き声が車内に流れ込んでくる。
田舎だからか、駅のホームは無人で乗り込んでくる人はほとんどいない。
お盆にも関わらず車内にも数える位しか人がいない……地元では考えられない光景だ。
電車を乗り継いで来たが、最初は人だらけで大変だった。
規制ラッシュの波もここまでは届かないようだ。
発車のベルと共に電車が動く。
駅のホームに転がっている蝉の死骸をなんとなく見ながら、目的駅までの時間をスマホで確認した。
あと七分か……。
ついでにtwitterで適当につぶやいとくか。
なんと書き込もうかとスマホから顔を上げると神峰と目が合った。
微笑まれた、いい笑顔だ全く。
心臓がバクバク鳴っているのをなんとか微笑み返して誤魔化し、スマホに向き直って『あぁ~^いいっすね~^』と書き込んだ。
さっぱり意味ないな、これ。
承
昼飯をご馳走になってから、俺は扇風機の回っている居間でのんびりしていた。
食器を洗うのを手伝おうとしたが、神峰がそれを制して自分がやると言って台所に向かっていった。
昼飯の時も彼女がばあちゃんの手伝いをしていて、俺はその間じいちゃんと話をしながら、せめて食器洗いはしようと思っていたのだが、神峰に
「台所は女のフィールドだから、気にせずのんびりしてて」
と言われてすごすごと居間に引き返してしまった。
女のフィールド……BFならぬWFだろうか。
昼飯のそうめんを四人で食べながら、ばあちゃんには
「こんな綺麗で礼儀正しくて、気立てもよし。料理も出来る女の子なんていないわよ?碩くん。優しくしておくのよ」
とからかわれた。
神峰は料理も出来るのかと本人に聞いた所、自分の弁当は自分で作っているから自然と出来るようになった、と顔を赤くしながら答えた。
今回は精々そうめんのつゆに入れる薬味を切ったりしただけのようだか、その包丁裁きだけで料理の腕が分かるばあちゃんも凄い。
「碩くん、あの子は本当に碩くんの彼女じゃないの?」
洗い物が終わったのであろう、ばあちゃんが話しかけてきた。
「いやいや、違うって。俺に彼女はいないし、あいつも多分他に彼氏いますよ」
「あら、そうなの?」
「まぁ、知らないですけど……」
この質問、ここに来てから三回はされてるんだよなぁ……。
確かに普通ならそういう関係だと思われても仕方ないが、それにしたって聞きすぎだろう。
「本当に大事にしなさいよ?あんないい女の子、ほっとくとすぐ結婚するんだから」
「結婚ですか、僕には無縁の話ですね」
「そんな事言って、碩くんにもすぐいい子見つかるわよ」
「どうですかね、今までは誰も親しい女子なんていなかったんで」
「中学校の時はどうだったの?あたし、碩くんは中学で彼女と仲良くしてるから忙しくて来てくれなかったのかと」
「いえいえ、部活が忙しくて、その上盆休みが変な時期にあったんで、帰省以外に遠出する時間がなかったんですよ」
まぁその分部活を休まなくても比較的帰省先の店が混まない時期に帰省できたのはラッキーだったが。
「なんにせよ、若い子はこれからなんだから、頑張りなさいよ!」
「はい……」
今日はゆっくりしていってね、と言い残してばあちゃんは居間を出た。
あの二月の忌々しい日には義理もほとんど無く、本命などゼロの俺にこれからなどない。
全く、後ろに神峰がいるにも関わらず色々喋ってくれたな、ばあちゃんよ。気まずい雰囲気になってしまったではないか。
「……座れば?」
「あ、うん……」
神峰も俺の隣の畳の上にゆっくり座った。
「なんか……悪いな。案の定勘違いされたけど」
「しょうがないでしょ。誰だって今の私達を見たらそう思うもの」
「まぁ、そうだけども」
変な汗が出てきた、暑さで流れる汗とはまた別な汗だ。
神峰の顔がだいぶ赤い、暑さのせいだろうか、それとも少し照れているのだろうか。
「あ、あの……」
「何だ?」
「私、彼氏いないから……。知ってると思うけれど」
「知ってるよ。ただあの場はあんな風に言った方が良いなと思って言っただけだから」
「そ、そう……」
言われずとも神峰のような外見、性格共に文句のつけようがない女子は会った事がない。
しかし、同時に神峰の性癖というか趣味というか、彼女の根本にある考えに触れた内の一人である俺としては、彼氏がいないというのも頷ける。
神峰のあれは異常ではないものの一般的ではないし、あまり人々に受け入れられ易いものでもない。
本人はだからこそ言い寄る異性以外には家族にすらそれを打ち明けていないし、その存在を匂わせる事もしないのだが、それも致し方あるまい。
今ある日常を、失うのは怖いことだ。
俺からすれば、言い寄る異性に対して一般的な常識や倫理において異様と言われざるを得ない自分の趣味を匂わせる事で、本当に自分を愛せるかを試す事を平気でする彼女の気が知れない。
確かにしつこい男どもを追い払うには効果覿面だろうが……。
誰かに話せば自分の身が危ないと勝手に思ってくれるから楽とかほざいていたが、絶対その内バレる。
もうやめるらしいが、遅いだろう。
いつか痛い目見ても知らんからな。
「お前さぁ、得意料理って何?」
「え?どうしたの急に」
「いや、お前料理するってさっき言っただろ?だからなんとなく」
「言ったけど……。まぁ、自分のお弁当とか、両親が忙しい時には家族の御飯もたまに作ったりする位だけど」
「そりゃすげぇ。毎日早起きして弁当作るとは、俺なら三秒ももたないな」
「それ、ただの二度寝じゃない……。部活の朝練もない時谷は毎日ぐっすりでいいわね、羨ましい。私だってたまには早起きが面倒くさくなる事だってあるのに」
「その為の学食だろ?親から金せびってカレーなりラーメンなり食えばいいのによ。できたてだぞ?」
「学食……行ったことないわ、美味しいの?」
「安いし早いし温かいぞ」
「いえ、味は……」
「三拍子揃ってるだろ、それ以上は求めるんじゃないよ君」
コスパは悪くない。食えないほど不味くもない。
ただレトルト食品の方が美味い、それだけだ。
「……聞いた私が悪かったわ」
「うむ、よきにはからえ」
「絶対意味分かってないでしょ、それ」
「面をあげい」
「頭下げてはないんだけれど」
「苦しゅうない、近う寄れ」
「う、うん……」
神峰が座る場所を俺の近くに寄せてきた。
女子特有の良い香りが鼻をくすぐる。
心拍数が上がった気がする。
「何で急に額面通りに言葉を受けとるんだよ」
「え……?いけなかった?」
「いや、別に。よきにはからえ」
「意味分かってたのね」
神峰は微笑んだ。
とりあえず時代劇に出てきそうなフレーズを並べただけでこんな良い雰囲気になるとは思わんかった。
ありがとう、鬼平犯科帳。
「学食は安いけどお金かかるし、それなら多少早起きしても弁当作った方がいいわよ。普段から親にお金を要求しなければ、お小遣い以外でも、たまにクラスの打ち上げの時とか行くときにもお金を遠慮なくもらえるし」
「まぁ、頻度が少ない分もらえる確率は高くなるな」
親の心情を逆手にとって、まれにある高めの出費の時に親の懐を利用する。
これは恐れ入った。神峰はなかなかのやり手だった。
月一の小遣いの値上げを要求しないことで、友達と遊びに行くとき等に親から援助をもらう頻度を多くする、これにより小遣いを使わなくする俺のこすい戦術より高度だ。
「お互い、大変だな」
「小遣いは自分の好きなことに派手に使いたいものね」
「そうだよな」
俺は小遣いの使用用途は大体ゲーセンだが。
派手と言えば派手だろう、多分。
本とかは親も無類の読者好きだから言えば金は出してくれる。
ラノベ買い放題だ。
「何の話だったの?」
「あー、ほら、あれだあれ。得意料理」
「得意料理というか、自分が好きだから良く作るのはパスタ系ね」
「ミートソースとか?」
「あとナポリタンとか、ペスカトーレとか。有名どころ位だけどね」
「俺ナポリタン好きだな、今度作ってくれよ」
「え?あ、うん。じゃあ今夜ね」
「今夜はカレーだろ……」
「そうだったかしら?じゃあカレーとナポリタンで……」
「そんな食えるわけないだろ。お前、さっきじいちゃんが夕方に、夕飯に使うじゃがいもを収穫しに行こうって誘われたの忘れたのかおい」
「軽トラの後ろの荷台に乗せてくれるのよね、落ちないかしら」
「普通に乗ってりゃ大丈夫だよ、小五の俺で落ちなかったから」
あの時は楽しかった。少し車酔いもあったが、それ以上に開放感と感動に満たされていた。
夕焼けの中、周りに広がる美しい自然風景に風を受けて揺られて走った十分間は、今でも強く記憶に刻まれている。
「いつか、絶対にナポリタンを作ってあげるから。都合の良いとき呼んでくれれば、時谷の家にお邪魔して御家族にも作らせてもらっても構わないからね」
「いや、そこまでしなくても。とりあえず、そのうちな」
軽い冗談で言ったが、予想外の食い付きだ。
他人に自分の料理を食べてもらう機会に飢えていたのかもしれない。
変なもん入れられないといいが。
「私、少し御手洗いに行ってくる」
「おう」
花を摘みにとは言わないのか、やっぱりあんな言い回しは都市伝説なんじゃないのだろうか。
あれの男バージョンはなんだろう、ちょっと外の様子を見てくるとかだろうか。いやそれは死亡フラグだったか。
「ぽぽ、ぽっ、ぽ、ぽっ」
……突然、謎の音が聞こえた。
これは、音というより声、か?
だとしたら誰だ?
声がしたのは庭の方だった。
そこには干されている洗濯物しかない、あとは雑草が生えている……いや、違う。
石垣の上に、黒い帽子が置いてある、さっきまであんなもの無かったはずだ。
しかし、良く見ると黒い帽子は多少動いている。つまり石垣の向こうにいる誰かが被っているのだろう。
それにしても背が高い。石垣は二メートルはあるというのに、そこから頭が出るとは、外国人だろうか?
その黒い帽子を被った誰かは、そのまま横に動いた。
どんな人かを見ようと思い、居間から縁側に移動すると、ちょうど石垣の切れ目から人影が見えた。
喪服を着ている、やはり背が高い。
黒く、長い髪だ、背中まで伸びている。神峰より長い。
髪で顔は見えなかったが、間違いなく女性だろう。
なんだありゃ……女で二メートル以上とは、なんだか不気味だ。
その巨大女はそのまま歩いてどこかに行った。同時に
「ぽぽっ」
という声も聞こえなくなった。
「どうしたの?何かいた?」
「ファッ!?」
変な声が出てしまった。
つい驚きすぎて後ろから帰ってきた神峰にさっぱり気が付かなかった。
「ちょっと、どうしたのそんなに驚いて。気が付かなかったの?」
「あ、あぁ……。何か、すごい人見ちまったもんでな」
「すごい人?どんな?」
「女の人なんだけどよ、そこの石垣から帽子が見える位背が高いんだ。二メートル以上あったぜ」
「嘘、そんな人いるわけないじゃない。男の人じゃないの?」
「いやいや、髪もお前より少し長くてさ。あと着てた喪服?も下はスカートだったよ」
「そう、ならほぼ間違いなく女性ね。でも信じられないわ。 見間違いとしか考えられない位」
「確かに、俺も自分で見といて、そして言っといて何だが信じ難い光景だった。なんつーか、失礼だけど不気味だったな、正直なところ」
「本当に失礼ね……。でも私もそんな人に会ったら、すこし引いちゃうかも」
「だろ?」
俺より三十センチは高いもんな、いくら顔が出来ていても流石に怖い。
仮に神峰が身長二メートルもあったら、ビビってあんまり話さないと思うしな。
人を見た目で判断するのは良くないが、それでも二メートルは異様だ。
別に恐らく二度と会わないであろう人の事だ、好き勝手言っても問題なかろう。
「あとよ、なんか喋ってるのか別な音なのか知らないけどよ。ぽぽって声を出しながら歩いてたんだよ。女にしては随分低い声だったな」
「ぽぽって言ったの?西瓜の種吐き出しながら歩いてたとか?」
「そんな奴いるわけないだろ。西瓜なんて持って無かったし、吐き出してる感じでも無かったよ。ただなんか……」
神峰に上手く説明しようとしたその時、居間の廊下から何かが落ちて割れたような大きな物音が聞こえた。
あまりの突然さと音の大きさに咄嗟に音のした方を見ると、ばあちゃんがお盆とその上のコップを落としていた。
コップに入っていた麦茶が盛大に床にぶちまけられているが、コップは奇跡的に罅が入った程度で済んでいる。
「ばあちゃん!大丈夫!?」
ばあちゃんに駆け寄ると、まるでお盆を落とした事などどうでもいいかのように俺を呆然と見つめている。
「碩くん……。さっき、何て言ったの?」
「え?いや、さっき見た女の人の話をこいつにしてましたけど……」
「その女の人は、本当にぽぽって声を出してたのね?」
「はい……。他に人が通ってる感じはしませんでしたし、人の声だとしたら十中八九その女の人でした」
「……そんな、何で……。なんでこの子が……。よりによって……」
ばあちゃんは顔面蒼白になりながら少し震えている。
何だ、一体何がそんなに危険なのだ。
あの巨大女は、とんでもない危険人物なのか?
「待ってて、今畑にいるおじいさんを呼んでくるから。絶対に外に出ないで」
「は、はい」
ばあちゃんは、落としたお盆やコップもそのままに、廊下の固定電話を使いに行った。
ふと、手が温かくなった。
見れば、神峰が俺の手を握っている。
「まぁ、その、多分大丈夫だろ。あの女がどんな危険な人でも、警察呼べば保護してもらえるし」
「…………」
神峰はうつむいて黙ったままだ。
折角羽を伸ばしにきたのに、こんな水を差すような事になるとは、ついてない。
転
その日の夜。
俺と神峰は二階の一室にいた。
ばあちゃんが握ってくれたおにぎりを食べながら、周りをもう一度見渡してみる。
一つだけある窓は段ボールで目張りされ、その上にお札が貼られている。
部屋の隅にはそれぞれ4つ盛り塩が置かれている。
そして壁にくっつくように設置された木製の箱、その上に置いてある仏像。
二つひかれた布団の側に置いてあるおまる。
異様だ。あまりにも異常、常軌を逸している部屋だ。
伝わるのは、とにかく邪悪でただならぬ何かから俺達を守ろうという強い意志。
あの『八尺様』というのは、かなり恐ろしいものなのだろう。
そりゃそうだ、何せこのまま何にもしなければ俺は殺される。もしかしたら、神峰さえも。
恐怖を紛らわそうと、見ていいと言われたテレビでニュースを見ているが、なかなか身体の芯にまとわりつくかのような戦慄は消えない。
しかし腹は減るものだ。てっきり怖くておにぎりなんて喉を通らないと思っていたが、一旦手をつけるとぺろりと平らげてしまった。
具が好きな梅干しだったのも一因かもしれない。
「このおにぎり、美味しい」
この部屋に来てから黙りがちだった神峰が久々に口を開いた。
「あぁ、流石ばあちゃんだ」
「具の梅干しも、市販の味じゃないわ。結構すっぱい」
「梅干しはこれぐらいすっぱくなきゃな。市販のじゃこうはいかない」
何となく会話にぎこちなさを感じるのは俺だけだろうか?
伏し目がちに用意されたおまるを見る。
いざとなればこれで用を足せという事だろう。年頃の女子には拷問のような酷い扱いだが、それでもそうせざるを得ないような状況なのだろう。
絶対に部屋から出るな、とのことだ。
というか、そもそもよく知る相手とはいえ、異性と一晩同じ部屋で寝るというのは、それだけで女子にはダメージになるかもしれない。
俺だって無傷ではないが、でもお互い死ぬよりマシだろうと思っている。
これだって俺の思い込みで、もしかしたらこんな奴と一緒に寝る位なら死んだ方がマシと彼女は思っているかもしれない。
だとしたら俺も死にたい気持ちになる、いやだからと言って大人しく殺されるつもりはないが。
これからの不安に押し潰されそうになりながら、俺はスポーツニュースを見つつ布団を被った。
「この村にはね、『八尺様』って呼ばれる恐ろしいものがいるの」
国山さんという人を呼びに軽トラで行ったじいちゃんを見送った後、ばあちゃんは俺に話してくれた。
あの、巨大女の正体について。
「『八尺様』というのはね、大きな女の人の姿をしているの。その名の通り、昔の単位で八尺ほど。大体二メートルより高いぐらい。そして『ぽぽぽ』とか『ぼぼぼ』って聞こえる男の人みたいなおかしな笑い声をしてる。碩くんが聞いたみたいに」
あの不気味な声を思い出す。
そうか、あれは笑い声だったのか。
思わず背筋に冷たいものが走る。
「見た人によって見た目は違って見えるらしいの。聞いたところだと麦わら帽子を被って白いワンピースを来てたり、留袖のおばあちゃんだったり、色々。共通してるのは身長、笑い声、頭に何かしら載せていること」
今回は喪服で若い女の人ということか。
どれぐらいかはわからないが、随分昔からその『八尺様』はこの村にいるのだろう。
じいちゃんも慌てていたが、対応は早かった。俺に『八尺様』を見た時の事を詳しく聞いた後は、電話したあとすぐに家を出た。慣れているようだ。
あの時のじいちゃんは見たことがない程怒ったように問い詰めて来たので、何か悪い事をしたのかと思ったが、そういう訳でもないようだ。
「『八尺様』に魅入られた人は、数日内に取り殺されてしまうんだよ。そして狙われるのはほとんど成人前の若い人や子供みたいでね。それと、『八尺様』が女の人の姿をしているからといって、必ず男性が魅入られるとも限らないみたい。あたしが生まれる前にはいくつか女の子が取り殺されたってこともあるらしいのよ」
ということは、一歩間違えれば神峰が魅入られる可能性もあった訳か。
「最後『八尺様』の被害がでたのは二十年前だったかしら、その時も国山さんのところの人のおかげで何とか助かったの。だから今回も大丈夫、何とかなるでしょう」
その国山さん、とやらは何だろう。恐らく代々霊媒師やらお祓いやら、そういう家系の人なのだろう。
まさか本当にそんなところがあるとは、いやはや何と面白い。
いや、とはいえそれでも俺は殺される可能性があるのだ。油断してはいけない。
俺に出来るのは、精々国山さんとやらの言うことを聞いて無駄な事はしないとか、気を強く持つとかそれぐらいだろうが。
それから少しして国山さんを連れたじいちゃんが帰ってきた。
国山さんは七十歳ぐらいの女性だった。
「大変なことになったね、でも大丈夫。とりあえずこれを持ちなさい」
国山さんはお札を渡してきた。
見たことのない種類の紙に、黒く何やら書かれている。
お札なんてテレビ位でしか見たことないが、イメージしていたのと変わらない。
「それをずっと手離さないでね。それから、そこのお嬢ちゃんも」
「はい……?」
ずっと黙って隣に座っていた神峰が驚いたような顔をしている。
まさか自分が呼ばれるとは思っていなかったのだろう。俺も予想外だった。
神峰は『八尺様』を見ていない筈だが……?
「もしかしたらだけど、お嬢ちゃんも魅入られるかもしれないの。今まで同時に二人取り殺された事はないし、そもそも姿も貴女は見ていないようだけれど、年齢を考えると、何が起こってもおかしくないから」
「……分かりました」
神峰もお札を受けとった。
俺は神峰だけでも帰った方がいいんじゃないかとも思ったが、そうもいかないらしい。
「もう少し時間が早かったら、とある道を通って二人を帰そうとも思ったんだけど、もう日が暮れそうだからそれも出来ないから。君たち二人は、すごく辛くなると思うけど、この家で一晩過ごしてもらうから。家族の人には連絡しておくわね」
それから、俺にはじいちゃん、神峰にはばあちゃんがそれぞれ付いてきて、トイレ、風呂にも付いてきた。
ドアを完全に閉めさせてくれなかったことから、一瞬でも目を離せない危険な状態であることが改めてわかった。
神峰にばあちゃんを付けたのは、せめてもの配慮なのだろう。
日が暮れる少し前に、俺達は二階の一室に呼ばれた。
「いいか、この晩はこの部屋から何があっても絶対出るな。七時まででいい、とにかくここから出るな。俺らは絶対に君たちを呼んだりしない。話しかけもしないからな。朝の七時になったら自分から出るんだ、いいな?」
そうして俺達は部屋に入った。
ふと目が覚めた。
どうやらあの後寝ていたらしい……テレビも消してある。
携帯で時間を見るの夜の二時だった。
くそ、とんでもない時間に起きてしまった。丑三つ時じゃないか。
隣に寝ている神峰を見ようと寝返りを打つと、側に女が座っていた。
「うぉう!?」
咄嗟に布団から女の反対方向に飛び出した。
しかしよくみれば、その女は神峰だった。
おいおいビビったぜ……思わず『八尺様』かと思ったぞ。
というか何で起きてんだこいつ。
「神峰さんよぉ……びっくりさせんでくださいや」
「その言い方は私が驚かせたみたいで心外なのだけれど」
「あー、どうした、寝れなかったのか?」
「この状況でぐっすり寝れるのがおかしいでしょ。私は寝るわけにはいかないんだから」
「いやー、なんかいつの間にか寝てたな。十時位まではテレビ見てたのは覚えてんだけど」
「こういう時に不安な女の子を差し置いて爆睡するところに時谷がモテない原因があると思うわ」
「うるせぇ、悪かったな。俺もビビってたのにまさかあっさりと寝るとは思わなかったよ」
「気がついたらテレビを点けたままぐーすか寝てる時谷を見た私の気持ちが分かるかしら?怒るとかいうより呆れたちゃったわよ」
「おう、すまんかったで」
「はぁ……全く」
神峰も諦めたようだ。
確かにこんな命懸けの状況で女の子を置いて寝てしまうのは男として最低だろうが、それでも眠いんだから仕方ない。
「分かった、じゃあ今度はお前が寝るまで俺が起きてやるから」
「さっぱり信用できないのだけれど、それに寝られないと言ってるでしょう」
「羊でも数えりゃ寝れるって」
「大丈夫よ、貴方は寝てていいわ。私も多分何だかんだ寝ちゃいそうだし」
「こう何もないと、怖いのも薄れていくからその内ぐっすりと……」
こつ、こつ。
窓が叩かれた音がした。
少し緩んでいた空気が、再び凍った。
身体が震える、寒い。
これは、絶対に風とかじゃない。
『八尺様』だ。
ちくしょう、マジで来やがった。
身長が二メートル以上あるとはいえ、二階の窓に手が届いたりはしない筈だが、それでも直感で分かる。
動物としての本能的な恐怖心が、全力で危険信号を俺に送っている。
あいつが、窓を叩いているんだ。
「か、神峰……」
「…………」
神峰はまた黙りこんだ。
その手にはお札がぐっと握られている。
俺も枕元に置いておいたお札を握る。
どうする……。いや、どうしようもない。
とにかく落ち着いて、この部屋から出ないことだ。
仏像の近くで腰を降ろす。
神峰も俺のすぐ隣に座った。肩が触れ合う近さだ。
お札を左手で持ったまま、右手で俺の左手を握ってきた。
当たり前だが、怖いのだろう。
「二人とも、大丈夫かー?あんまり怖いんなら無茶するなよ?」
扉の向こうからじいちゃんの声がした。
窓を叩く音は止んでいた。
良かった、どうやらもう助かったらしい。向こうに行かねば。
恐怖から解放され、立とうとした時、神峰は俺の左手を強く握って引き留めた。
「おい、どうした。行くぞ………………。
…………!?」
「…………」
思わず絶句した俺を見て、神峰は頷いて応えた。
そのまま浮きかけた腰を落とす。
いや、これはほとんど腰が抜けたも同然だ。
何てこった……、まさか、本当に……?
「どうしたんだ?こっちに来ても大丈夫なんだぞ?」
うるさい、黙れ。
声が出ない。
これは、じいちゃんじゃない。
声がそっくり、いやほとんどじいちゃんそのものだが、違う。
まさか、こんな事まで……。こんなんじゃ、騙されて殺されてもおかしくない。
『八尺様』っつうのは、ここまでやってのける化物なのかよ……。
神峰より震えてんじゃねぇか俺は。なんて情けない。
いざというとき、肝が据わっているのは女の方だ、という話は出産などを根拠にしてよく語られるが、それにしたって何故こんなにも冷静なのだろう。
うーんこの雄々しさ。
思わず惚れそうだ、いやもう惚れてはいるけれども。
こつこつ、こつこつ。
まただ、声が止んだと思ったら、またあいつは窓を叩いてやがる。
恐怖のあまり気が動転しそうになるのを、左手から伝わる神峰の体温がかろうじて抑えてくれる。
「ぽぽぽ、ぽっ、ぽぽ、ぽぽっ」
あの、不快な笑い声が聞こえた。
耳を塞ぎたくなるが、そうすると神峰の手を放すことになる。
この状況で不甲斐なさを神峰は俺に感じているだろう、せめて手だけは繋いでおきたい。
少しでも俺が感じている、隣に仲間がいる心強さを神峰にも感じて欲しい。
「ぽ、ぽぽ、ぽっ、ぽぽぽ」
少しずつ、それでも確実に精神を削られていく。
一つ大きな深呼吸をする。
少なくとも『八尺様』は、現状この部屋には入ってこれない筈だ。
窓を叩いたり、俺達に扉を開けさせようとしたり、とにかく俺達を外と接触させようとしている。
そうしなければ俺を殺すことは出来ないのだろう、多分。
あと四時間と少し、いっそ気を失ったほうがいいかもしれない。
そうなれば絶対に俺は外と接触出来なくなり、無事朝を迎えられるだろう。
とりあえず、気を晴らす為に眠たくなってから消していた電気を点けよう。
気を失えば電気なんて関係なく眠れるだろう、どちらにせよ今のままでは全く眠れないだろうし。
テレビも点けて、どうにか朝まで乗り切ってやる。
「神峰、お、俺、電気とテレビ点けるぞ。少しはき、気も紛れるかもしれん」
噛み噛みだった。
「…………」
無言で頷いたのを確認して、手を繋いだまま立ち上がり電気を点けた。
テレビを点けた所で、視界の隅に黒い何かが見えた。
いや、あれは……盛り塩だ。
上の方が黒くなっている。
いつからだ……?いや、それより外にいるはずの『八尺様』が、部屋の中に影響を与えている事が恐ろしい。
四隅の塩が、それぞれ上の方だけだが、はっきりと黒ずんでいる。
しかし、奴の侵食を許してはいても、決して侵略は許していない。
大丈夫、お札も、仏像もあるし、そっちにまだ異変はない。
「神峰、大丈夫だ、乗り切」
「……イイカゲンニシテ」
「……は?」
様子が、おかしい。
何だ?いい加減にしてって言ったのか、発音というかアクセントが変でちょっと分かりづらかったけども。
「神峰、どうした?」
「……ッ!!」
神峰は急に握っていた俺の手を離した。
と同時に、仏像を右手に持って窓に近づいた。
「おい!なにしてんだ、危ねぇって」
しまった、ついに錯乱したか?
そりゃ女の子だ、パニックのあまり突然ヒステリーになってもおかしくない。
俺が止めようとした時には、既に神峰は仏像を大きくふりかぶっていた。
そのまま段ボールごと窓を攻撃した。
バゴンッ!!
段ボールが破壊された、音からして奥の窓も被害が出たかもしれない。
ヤバい、取り返しがつかなくなる!
「やめろ!」
後ろから神峰を羽交い締めにしようとするが、凄まじい腕力で振り払われる。
「うわっ!?……かはっ……」
背中と頭に鈍い痛みが走る。
反射的に咳き込んでしまい、一気に苦しくなる。
くそ、壁にぶつかったか。
僅かな嘔吐感に苛まれながら顔を上げると、既に段ボールを剥がした後だった。
「ダイジョウブ?」
神峰がこちらに顔だけむけて何か言っている。
大丈夫、だって?
「アンシンシテ」
「私が守るから」
その言葉は、それまでどこか空虚な響きのある声とは違い、はっきりと頭に染み込んでくるような声だった。
途端、血の気が凍った。
神峰の顔は、完全に理性が飛んでいた。
果てのない恍惚と限りない怒り。
蕩けていながら激怒しているような。
そんな全く別の感情を内包する、とてもまともな人はしない表情を浮かべている。
終わった。
死ぬ。
俺は、『八尺様』に殺される。
打つ手はない。
この狂人は、俺にはどうする事も出来ない。
二人まとめて取り殺されて終了。
俺を守る、といったのか神峰は。
意味が分からない、なんだ、急にどうした。
神峰が窓ガラスを仏像で破壊するのを、俺はただ見る事しか出来なかった。
ガラスが割れた音が響くと同時に、テレビと電気が消えた。
暗闇の中、ただ見えるのは、月明かりに照らされた神峰の背中と。
『八尺様』の大きな手だけ。
神峰には見えているのだろうか。
『八尺様』が、何かしらの行動をする前に、神峰が先に動いた。
仏像を後ろに投げ、両手で『八尺様』の手を掴むと、綱引きのように部屋の中に引きずりこんだ。
さっき振り払われた時も思ったが、あの細い神峰の腕のどこにあんな力があるのだ。
やがて『八尺様』の頭が見え、そのままずるずると部屋に入ってきた。
月明かりで何とかわかるが、どうやら服装は昼間見たときと同じようだ。
うつぶせなので顔は分からない、見たくもない。
「ぽぽぽっ、ぽ、ぽ」
不気味な笑い声がすぐ近くで聞こえる。
あぁ、じいちゃんは助けに来てくれないだろうか、こんな物音がすれば流石に扉を開けて来てくれるものなんじゃないのか。
神峰は俺を守ると言ったが、どうしてこいつを引きずりこんだんだ。
もしかして……『八尺様』を退治する気なのか?
無理だ。無謀だ。それをするには俺達はあまりに無防備だ。
このままじゃ二人とも死ぬ。
こうなったら、神峰を無理矢理、最悪殴るなりなんなりして部屋から逃げるか?
ここまできたらもうじいちゃんの言葉なんて関係ない、扉からでて助けを求めよう。
しかし、目の前には倒れた『八尺様』。
駄目だ、動けない。
怖い、恐い、あまりにも恐ろしい。
一秒後には死ぬかもしれないこの状況では、俺は怖くて動けない。
神峰は再び仏像を手に取った。
『八尺様』がごそごそ動いて、次こそ何かしてくる、と思った矢先。
神峰は、仏像で『八尺様』の後頭部を思い切り殴った。
ごすん、という鈍い殴打音。
『八尺様』は、声こそ上げないが、抵抗しようと長い手足を動かしている。
効いてるのか……?
神峰は、また仏像を振り上げ、ほとんど同じ場所に打撃を叩きこんだ。
がすん。
『八尺様』は変わらず声も上げない。しかしさっきまでの笑い声も聞こえない。
効果があるのかどうかも確認せず、神峰はそのまま『八尺様』の背中に座った。
座ったというか、背中を尻で潰したような勢いだった。
どう考えても、少し動けば神峰の華奢な体など吹っ飛ばせる長身を持ちながら、はたして『八尺様』はされるがままだ。
いや、違う。こいつに動く暇も与えず、神峰は仏像で繰り返し頭を殴っている。
二度、三度、四度……
幾度となく仏像は振り下ろされ、その度に重く鈍い破壊音が響く。
容赦がない、迷いもない、躊躇もない。
ただ、狂気のままに殴りつけている。
ここまでしたら、流石に取り殺す相手を神峰に移されても仕方ない位までに、彼女の攻撃は続く。
延々と、絶えることなく。
俺は、『八尺様』に対する恐怖が薄らいでいくのを感じた。
そうだ、いつの時代だって。
一番怖いのは、生きている人間だ。
目の前の惨憺たる光景を見て、俺は何よりも神峰に恐怖した。
顔を下げ、目を閉じて、この悪夢のような現実が終わるのを待った。
どれぐらいたったのか、やがて殴打音は止んだ。
恐る恐る顔を上げてみる。
『八尺様』は、倒れた最初の姿から全く動かない。
神峰は……いた。何やらまた窓に近づいたかと思うと、ガラスの大きな破片をもぎ取っていた。
それをタオルで包むように持って、『八尺様』の左の二の腕の裏側に刺した。
そのまま左手首にかけて切り開いた。
もしや、アレをやる気なのか?
殺したついでに、行き掛けの駄賃にみたいな、そんな感覚で?
というか『八尺様』は本当に死んだのだろうか。
事実、俺はまだ生きている。神峰も無事だ。いや、まともではないし精神的には全く無事じゃないけども、死んでいる訳じゃない。
取り殺されるのが肉体ではなく精神、という可能性もある。それなら神峰の精神は死んだとも解釈出来るが、それもないようだ。
なら、まぁ……『八尺様』はとりあえず神峰の手によって無力化、あるいは死んだと思っていいのだろう。
つらつらと考えている内に、神峰は切り開いた左腕の中の肉を器用にガラスでほじくりだし、食べた。
うわぁ……、マジで食いやがった。
よく人間かどうかも分からん何かの肉を食えるなこいつは。
暗くてよく見えないが、不自然なことに、左腕から血らしきものが流れていない。
やはり生き物ではないのか。
なんだか切り開いたら蛆虫がうじゃうじゃ出てくるとかも予想していた俺は、少し拍子抜けだった。
しかし、なんとも音がエグい……。グチャグチャいってるし。
何はともあれ、どうやら意外な形ではあるものの、俺達はこの危機を乗りきったようだ。
神峰も狂った訳ではないし、奇跡的に無傷のようだ。
ありゃキレただけだな、多分。
スマホで時間を見ると、二時四十八分だった。
体感では三時間位に思えたが、二十分も経っていなかったようだ。
扉を開ける前に、神峰に一声かけておこう。
そうだ、ついでに……。
「なぁ、神峰?」
「っ……。な、何」
急に神峰は臆病な顔をした。
まさか俺が今さらさっき突き飛ばされた事について怒るとでも思ったのだろうか。
結構痛かったけども。
まぁ、いい。
怖がらせないように、笑顔を心がけて俺は話しかけた。
「旨そうだな、ちょっとくれよ」
結
俺が神峰の秘密……「カニバリズム」趣味であることを知ったのは、偶然であり、また結局知ることになる事を思うと必然でもあった。
高一の夏休み。
当たり前のように課題を終盤まで残した俺は、慌てて課題図書を借りに図書館に行った。
その時に一年の時もクラスメイトだった神峰に会い、勇気を振り絞って挨拶したのだった。
下心ありありだったけども。
その時、彼女が抱えていた本が、食人に関するものばかりだった。
後から聞いた話だが、神峰曰く、今までは親にもバレないよう時間を見計らって通販で買っていたが、それも限界が来て、こっそり借りにきたのだとか。
最も、それを知らない俺は、そんな本を抱えていた彼女に
「なかなかマニアックなレポートでも書くのか?」
と質問した。
それに対し、
「う、うん。そうなの。変……かしら?」
と答えた。
俺は正直に
「いや、全然。確かに人間がどんな味するのかとか、気になるよね。いっつも食ってばっかりで、基本人間は食われる事がないしさ」
と、返したのだった。
それを聞いた神峰は、驚いたような表情をした後、心から嬉しそうな笑顔を浮かべた。
それから彼女とは仲良くなり、彼女が今まで人に話さなかったであろう秘密を聞いた。
彼女がカニバリズムに目覚めた理由を聞いた時はかなり驚いたものだ。
彼女が食人について語る時は、いつも学校で見せる顔とは違い、楽しそうで、輝いていた。
俺がそんな彼女に惹かれていったのは至極当然である。
どこぞのラノベ主人公みたいに、美少女が周りにいて自分に優しくしてくれるのに誰にも好意を抱かないなんてことはない。
俺の周りの女子は神峰しかいないわけだけども。
『右に曲がるのか正しいのか、左に曲がるのが正しいのか、っていうか、
大泉洋がバカなのか、藤村さんが合ってました
どっちだ、言ってみろ』
『藤村が、バカだ!』
「うはははははwww」
馬鹿みたいな笑い声を上げてしまった。
いやー、やっぱり水曜どうでしょうはいつ見ても面白いな。
……あー、課題終わってねー。
もう八月十六日だよ。
急に目が赤くなったりもしないし、このままではまた最終日に焦ることになる。
answer copyすれば楽勝なんだけども。
あれから三日、いや正解には二日?
今のところ何もない。
やっぱり『八尺様』は死んだのだろう。
結局、じいちゃん達はあの後『八尺様』の死体をどっかに持っていったし。
あんときはすごい怒られたな。
そりゃ当然か、言うことを守らず、その上危険極まりない『八尺様』に立ち向かった訳だから。
車で最寄りの神社に行き、念のためのお祓いを受けた後に、迎えにきた親には根掘り葉掘り聞かれてうんざりしたものだ。
神峰が直々に説明とフォローをしてくれて助かったものの、親父には腰を抜かすとは情けないと一喝された。
正直に言うんじゃなかった、とはいえ気を失ったとか誤魔化しても結果は同じだろうから意味はないか。
親が両方とも俺達の言葉を信じてくれたのは幸いだったか。
普通あんなこと話されても信じられないだろうが、案外すんなりと理解していた。
しかし、今後あの家に二度と行けなくなったのは悲しい。
『八尺様』はあの地区に地蔵により封印されており、あそこから動く事は出来ない。
国山さんが言っていた『とある道』とは、八尺様が他の場所へ移動できる限られた四つの道の一つで、逆にその道を安全に抜ければその先には『八尺様』は追ってこれない。
運良くその道を抜ける以外の方法で『八尺様』から逃れたとはいえ、絶対にこの地区には近づかないことを約束された。
俺の思い出の場所が、一つなくなってしまった気がして、心にぽっかりと穴が空いてしまった気分だ。
「碩ー?」
「なんや?」
「滝村さんから電話来てる、代わってくれって」
「え」
何だろう、何か言い忘れた事でもあったのだろうか。
母さんから子機を受け取る。
「もしもし?」
「碩か?」
「じいちゃん、どうかしたの?」
「あのな……。落ち着いて聞いてくれ」
「……うん」
「俺達はあの後、『八尺様』を山に埋めたんだ、詳しくは省くぞ」
「それで?」
「その穴がな、掘り返されてて、『八尺様』がいなくなっていたんだ」
「……マジかよ」
やっぱり、無力化は一時的なものだったのか。
そりゃそうだ、昔から『八尺様』に対しては逃げの一手しかなかったのだから。
一人の人間の狂気では、化け物を殺すには至らなかった……。
「それだけじゃねぇんだ。あのな、地蔵の話はしたな?」
「あー、あの封印してる地蔵さんね」
「あれが壊された。しかも方角的にはお前の地元に向かう道の地蔵がな」
「…………!?」
子機を落としてしまった。
まずい……、だとしたら狙われるのは、俺か、いや、あるいは……。
神峰。
子機を拾い、じいちゃんにまくし立てる。
「じいちゃん、神峰は!?神峰にその話はしたのか!?」
「落ち着け!あの嬢ちゃんにはもう電話をした。分かってる。今回一番危険なのは嬢ちゃんだ。とりあえずお札を送ってはいる。お前にもな」
「いや、でも……」
「大丈夫。きっと大丈夫だ。お祓いはしたし、お札もある。何かあったら、あの日と同じようにしろ。そして俺に電話するんだ。いいな?」
「……分かった」
そのあとは二、三言会話を交わして、電話は切れた。
すぐに神峰の携帯に連絡する。
「もしもし?神峰だよな」
「えぇ、時谷も聞いたのね?」
「あぁそうだ。お前、大丈夫なのか?」
「今のところはね、でもこれからも絶対大丈夫」
「大丈夫って……。いや、でもお前は!」
「次来たら完璧に殺して食べるから」
「えぇ……」
「だから、大丈夫よ。貴方の所に行ったら絶対連絡してね。今度は完食しましょう?二人で。やっぱり左腕の骨を丸見えにする位じゃ駄目だったみたいね」
「いや、あれでも結構腹に来たんだがな……」
あのときは晩飯におにぎりしか食べてなかったからだいぶ空腹だったが、それでも満腹になる位のボリュームだった。
「あれだけ長いとね。まぁパックにでも詰めて保存すれば……」
「あんなもんが冷蔵庫に入ってたら家族になんて言われると思ってんだよ!」
「どうにかして完食しないと、また蘇っちゃうわよ?」
「うーん……。まぁ、そうだよな」
「じゃあ、私があれで料理作ってあげるから。それならより美味しくたくさん食べられると思うわ」
「あれでか?例えばどんな?」
「決まってるじゃない」
「ナポリタンよ」
いかがでしたでしょうか。
高校生の妄想が爆発した結果の作品でありますので、書きたいものをただ書いただけという印象があることだと思われます。
どんな事でもかまいません、この短編小説を読んで感じた事がありましたら、批評をしてもらうと幸いです。
また、これは2chで有名な八尺様という怪談の二次創作です、是非元ネタも読んで見てください、とても面白いです。
この作品を読んで頂き、ありがとうごさいました。