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教室を見渡すとみな楽しそうにおしゃべりをしている。
僕はそんなクラスメイトを眺めながら前の席に座る男に話しかけるべきか、悩みながらふて寝をしていた。
大学生活が始まりはや1ヶ月誰もが楽しいキャンパスライフを想像しながら入学をしてきたのだろう、間違いなく僕もそのうちの一人である。
だが現実は厳しいもので僕は未だにクラスになじむことができずにいた、僕自身極度の人見知りで話しかけるという高等技術をもつことができず、話しかけられてもそこから話しを膨らませることができない人間であった。
高校時代も最初の頃は似たようなものなのだが、友達として話すことさえできれば普通に喋れたため、中学時代からの友人がいて助かっていた。
そしてこの大学生活では知り合いはまったくいなく、現在友達らしい人物は一人もできていなかった。
さすがに一か月もたつと焦りから諦めに変化してきていたのだが、学校側が学生の仲を深めるために学校で泊まって発表会をするという非常にありがた迷惑なイベントを開催してくれた。
このイベントを知ったのは数日前でその後僕がクラスの人と少しでも仲良くなるためにずっとタイミングをこの数日間見計らってきたのだが、いまだにつかめずにいた。
「おい、狭山、狭山」
久しぶりに誰かに名前を呼ばれている。僕は嬉しさ半分に顔を上げると、そこには担任の教師がいた。
「狭山、ほらこれから今度の発表会の準備をやるからお前も起きてみんなの手伝いをしろ。まったく」
教師であった、そしてクラスメイトは僕を見ていた。
「えっと…なにやればいいんですか…」
「おい、誰か狭山になんか仕事やってくれ」と教師がクラスメイトに言うと
「じゃあとりあえずこっちに」と小太りの男性が僕にむかって言ってきた。
僕はその男の隣に申し訳なさそうにいくと
その男は「狭山君いつも寝てるよね、なんか夜のバイトとかしてるの?」と質問をしてくれた
「いや…とくになにも…」と僕も久しぶりにクラスメイトに対して言葉をだした。
「そっか…、じゃあとりあえず今みんなでこの模造紙に何を書くか決めたりした所で、これから何人かに別れて作業することになってるから、狭山君は伊田芽さん達と一緒のグループに入ってやってもらえる?」
そんなに話し合いが進んでいたのは知らなかった。そして何より伊田芽って人を知らない。
「うん…あのあ伊田芽って…誰?」と小声で男に聞いて見ると
男は驚いた顔をして、小声で「あそこで川井さんとしゃべっている黒髪パーマの女の子、ほら今大きな声で笑っている二人」と小さ目の声で言ってくれた。僕は伊田芽さんのほうを見ると、彼女は笑ながら手を振ってくれたので僕は会釈をしておいた。
その後「ありがとう」と男にお礼をいった後、その男は「狭山君ところで俺の名前わかる?」と嫌な質問をしてくれた。
「…あれでしょえっとさとう…君」僕の精一杯であった。
「吉田…吉田陽といいますどうも初めまして。ちゃんと忘れないでな」と吉田君は呆れた顔をしていた。たぶん忘れないだろう。
「じゃあこれから各自で制作してってもらうのでとりあえず別れて作業に入ります。」と吉田君がみんなに向けて言うとみんな作業に取り掛かり始めた。
僕はどうしようかと周りもきょろきょろとしていると
伊田芽さんが上機嫌そうにこっちに向いながら
「狭山君こっちきて」と僕の腕のすそをひっぱりながら案内をしてくれた。
「はいここだよ」
案内された場所には先ほどいた女性川井さんと数名の男女がいた、名前はもちろんわからない。
模造紙を書くだけの作業に6人は少し多いとは思いながら、僕は指示を待つためにその場に立っていた。
知らない男性が
「じゃあとりあえず最初僕たちが文字とか書いてくから他の人はちょっとまってて」と言うと川井さんを含めた何人かが作業を始めてしまった。
特にすることがないのだとわかった僕はそのまま椅子に座り、また眠ろうとした
すると
「狭山君寝ちゃダメだよー、いつも寝てるよね。そんなに眠いの?」と先ほどの伊田芽さんが僕に絡んできた。「…いや、そういうわけではないけど」
「狭山くんてさ、なんかいつも寝てるから話しかけづらくて、せっかくだらかお話ししよーよ」伊田芽さんは笑顔を僕に向ける。川井さんが作業をしているせいで暇なのだろうか…周りを見ると、待つ組の人はどこかにいってしまってた。
「…まあいいけど、何話すの?」と聞いて見ると伊田芽さんはきょとんとした顔をして
「えっ、とくに決めてないけど…狭山君てさなんか呼びづらいからさ、さや君って呼んでいい?」「えっ…まあいいけど。」この子はかってにあだ名とかをつけたがるタイプの子か…「さや君はさなんでこの大学にきたの」「…深い意味はないんだけど、心理学が面白そうだったからかな」そういうと彼女はとても嬉しそうな顔をし「私も私もカウンセラーになりたいんだよね。ってことはさや君も?」「まあそういうのも少しは考えてるかな…でもまあ人見知りだからなあ」と本音がでた「ははさや君人見知りなのか、だからいつも寝てるんだ、だめだよ、みんなと仲良くならなくちゃ」と彼女は座っている僕の太ももを軽く叩いた。
「へえ、麻友ちゃん狭山君と仲良くなったの?」
と先ほどの川井さんが僕たちの所へきた
「うん、さや君人見知りみたいだからさ、ゆーみー仲良くしてあげて」
「まあいいけど…」川井さんは僕を冷静な目でみる
「よろしく寝坊助君」
「そんないつも俺眠そう?」
「うん今も眠そう」
「まじか」
「おーいじゃあ伊田芽さん達こっちきて絵かいてちょうだい」と男が話しかけてきた。どうやら文字は書き終わったようだ。
「うんわかった、さや君いこ」と彼女はマジックペンを片手に模造紙へと向かった。ついていくと「はい、さや君も好きな絵適当に描いて」とペンを渡す、渡されたはいいが絵なんて全く描ける気がせず、僕は近くにあった鉛筆でとりあえず猫でも描いてみた。
「何それ犬?」伊田芽さんは僕の絵に興味をもったようだ。
「…ねこ」
「はは、似てない、じゃあ私も猫書こう」
伊田芽さんは笑ながら僕の絵の隣に猫を描き始めた。
「ほらさや君も描くんだよ、じゃあこの2匹は兄弟っていう設定ね」
こんなに似てないと兄弟には見えないのではないだろうと思ったがそれは言わないことにした。
できあがった絵はやはり似ても似つかない猫であった。
「じゃあ私の描いたこの子は「かなで」ね。さや君の猫の名前はなんてする?」
絵にそこまでするのかと思ったがここは従うことにした。
「うーん、…じゃあよもぎで」
そういうと同時に伊田芽さんは僕たちの描いた猫の下にかなで、よもぎと書き「完成」と非常に満足そうにしていた。
周りの人達は模造紙に花など描いていて、統一感のないグループだと感じながら一人椅子に座っていると。
「さや君の描いた絵って犬?」後ろから川井さんが聞いてきた。「あー猫です…」僕は申し訳なさそうに答える。「言われてみれば…見えなくもないかな…なんか味があるよ。隣に描いてあった絵は麻友のでしょ?」
「ありがとう、麻友?…伊田芽さんが描いたんだけど…」
「友達の名前くらい覚えといてよ、麻友が聞いたら悲しむわよ、きっと。ってかさや君けっこうしゃべれるんだね、もっと暗い人かと思った。」
「人見知りなんだよね…」「そのわりには麻友とはけっこう仲よさそうじゃない」
「あれは伊田芽さんのペースにさ」僕は苦笑いをする「麻友はかわいいでしょ?」僕は思わぬ質問に少し固まってしまった。「うんまあ可愛らしい子だよね」と僕が恥ずかしがりながら答えていると、噂をすればなんとやらで伊田芽さんがこちらに向ってきた。「そこの二人なんの話ししてんのー?」楽しそうに向かってくる。川井さんはその問いに対し「今ねさや君とね、麻友のこと話してたんだよ」「えっどんな話してたの?」伊田芽さんは興味深々で聞いてきた。
「さや君から聞きなよ」川井さんはにやにやしながら僕を見ている。川井さん…
「なになに」伊田芽さんはターゲットを僕に変えて聞いてくる。
「えっとね…伊田芽さんの描いた猫は可愛いねって話しをしてたんだよ」それが僕の精一杯だった。「そうかそうか、そんなことならいつでも猫ちゃん描いてあげるよ。」
「あ、ありがとう」川井さんはまだ笑みを浮かべながら僕を見ている。「あ、あとさや君できればさ伊田芽って呼ばなでほしいな、名前で呼んでほしい」と伊田芽さんは言ってきた。女性を名前で呼ぶとか無理だ。
「んー急には無理かな、ほらまだとも…だち…かな…」僕が自身なさそうに彼女を見ようとすると「もう友達、一緒に絵描いた仲だよ。友達には名前で呼んでほしいんだ。」
「…うんわかった。慣れてきたら考えるよ」
「早く慣れろよー」と伊田芽さんは笑いながらもっていたタオルをムチのように使い、僕の腕を軽くたたく。
大学生活が始まって初めてできた友達に僕の頬はゆるんでいた。