眠れぬ夜
「ふざけんなよ...」
真正面から突っ込んできた人外に勝てないと思った俺は、廃寺を飛び出していた。
が、奴さんも易々と俺を逃がす気はないらしく、凄まじい速度で追いかけてくる。
「のぉ、逃げるだけか忌み子よ!!
さっきの威勢はどこへやった?」
後ろを意識して走れば足が縺れ、走ることに集中すれば不安になる。
そんなジレンマと葛藤しつつ廃寺から森の方へと駆け抜ける。
木の枝や岩で体を何ヵ所か切ったが、気にする暇はない。今は速く走ることだけに集中する。
でなければ、待っているのは『死』だ。
「そこだぁぁぁあああ!!!!」
罵声が止んだと思った瞬間、背後から金切り声が聞こえてきた。驚いて後ろを振り返ると、体の割りには異様に長い足が俺の背中の手前まで迫ってきていた。
「うわぁ!」
そのまま蹴り飛ばされて前のめりに倒れて行く。後は流されるまま崖から転げ落ちて数十秒、地面に着いたのか着いていないのかさえわからないが俺の体は動きを止めた。
そこから動き出そうにも、意識も途切れ途切れで人外に抗う気力すら残っていない。
目を開けば皮肉にも、神凪家が所有する神社に居た。
廃寺が何処にあるのかはわからないが、きっと俺が走っていた森は、神凪家の裏にある裏山だろう。とか今置かれている状況と関係無いことを考えてしまう。
走馬灯は未だ始まっていない。
大声を出せれば、奈緒さんか誰かが助けに来てくれるだろうが、俺には大声を出す元気すら残っていない。
ふと、前を見ると壊れた祠があった。
俺が壊したのか...謝らないとな...
再び意識は陰り出す。
Ⅹ Ⅹ Ⅹ
「情けない、情けない」
縷々が転げ落ちた崖を人外は這う様にして降りてきた。人外はヒュウヒュウと言いながら肩で荒い呼吸をしており、その表情からは少し疲労が見てとれた。
人外は満身創痍で立ち上がって逃げることも出来ない縷々を上から見下ろすと満足そうに笑みを浮かべる。
「終わりだな。忌々しい子」
そう言って、右足を縷々の腹に叩き落とす。
が、何も反応しない縷々に興が削がれたのか、爪先を抉る様に回して反応を窺う。
「何か言ったらどうだ?」
右足を高く上げて縷々の腹に突き刺した。
ーーーーー
ーーー
ー
「ぐわぁああ!!!!」
寝ぼけている様な感覚が続いていたが、鋭い踵落としで意識が再び戻る。
精一杯の力で人外を睨み付けると、人外は満足そうな笑みを浮かべる。
「何か言いたいことがあるのか?」
全身の感覚は無い。だが、最後の力を使い、一言だけ紡ぐ。
「大嫌いだ...人外なんて...」
「まったく同感だ。俺は人間が嫌いだがな!」
誰かの声が聞こえたと思ったら、スゥと体が浮き、走っている様な感覚が体に伝わる。
「未だ死ぬなよ...人間。
俺を起こした罰受けて貰うぞ」
見上げると淡いピンク色の髪の男の顔があった。
多分、コイツも人外なんだろうが、今まで見た奴等と違い、顔は綺麗に整っていて、身に付けている着物も高そうだ。
男は神社の脇にある、納屋の入り口に俺を座らせると話しかけてきた。
「おい、生きてるか?」
「なんとか...」
「そうか...見ての通り俺は人外だ。
そこらの奴等と比べれば力が強く、高貴な人外だ。けど、俺は封印されちまっててな...って、あぁ、面倒臭ぇ...おい、力を貸してやる。
俺と契約してアイツを倒そうや」
虫の息の俺には何がなんだかわからない。
でも、あの人外を倒せるなら良いかな。と楽観的な考えで頷いてしまう。
「よし、なら名前を教えろ」
「ゆうづき...るる」
「縷々か...俺の名前はーーー...
絶対、誰にも知られるなよ。
そんじゃあ、俺等の名前は『マホロバ』ってところか」
Ⅹ Ⅹ Ⅹ
「追い付いたぞ...まさか、妖を使役していたとはな...驚かされたが、並みの妖じゃ...って、おい、忌み子を何処に隠した?その納屋か?」
走って来た人外が納屋の前に立っている和服の人外に話しかける。意味深な含み笑いを浮かべ、追ってきた人外に告げる。
「時間が無い...悪いが消えてくれ」
凛とした声が響いたかと思うと、辺りには桜が舞う。
縷々を追ってきた人外は桜に心奪われたのか口をパクパクと動かしながら絶句していた。
突如 二人を覆う様に現れた花弁は儚く、そして、力強くその場を飲み込んで行く。
無機質な納屋の周りは、途端に鮮やかに染められる。誰かがこの光景を見たならこう言うだろう。
絶景だ、と。
「もう無理...」
桜が消え去ると人外達の姿は消えていて、ボロボロの縷々が一人 納屋の前で崩れ落ちていた。
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