人は叫ぶ、獣は吠える、なら俺は?
夕焼けの赤が消え、夜が訪れる少し前に、俺は奈緒さんの家を後にした。
田舎特有の雨の匂いを感じながら歩く帰り道は、どこか懐かしく、自分も普通なんだと言われている様で心地よかった。
だが、世界は俺に『普通』を望んでいないらしく、薄明かりの街灯を頼りに進んだ路地裏で異変が起きた。
辺りに立ち込める腐乱臭。
それは、今日だけで何回も嗅いだ臭いだ。
「見~つけたぁ」
おどろおどろしい声が背後から聞こえる。それだけで世界は一変した。
俺が望む平凡で普通な日常から、奇っ怪で異常な夜へと...
Ⅹ Ⅹ Ⅹ
「この時代に忌み子を見つけられるとは...ついている。人間に封じられてからは運が回ってきたよぅだ」
今日 あの庭で感じた気配よりも大きく、嫌な空間に額からは汗が吹き出す。
俺はコイツを知っている。姿を見たことはないが、きっと、奈緒さんを襲おうとした人外だろう。
「忌々しい子よ...私は力を欲している。
その為にあの巫女を喰おうとした...お前に邪魔されたがな」
俺の首を指でなぞりながら呟く。
「それは良い...許してやる。
子を作り汚れた人間は不味い。それにお前を見つけることが出来た...」
恐怖に支配されて動かなかった体も、時間が経つにつれて自由を取り戻し始めた。
見えるが故に俺は変だと人間に言われた。
見えるが故に調子に乗るなと人外に襲われた。
髪色が人と違うだけで、人間ではないと決めつけられた。
思えば、生まれた時から俺の運命は誰かに支配されていた。それを甘んじて受け入れて...
敵わない者だと人外から逃げ。
叶わない夢だと普通を諦めた。
改めて自覚させられた事実は、未だ俺には受け止めずらく、流そうと思ってしまう。
けれど、それ以上に俺の中には怒りが沸いた。
「なんなんだよ......」
「どうした?怖いか?忌々しい子よ」
俺が異端なのは構わない。
俺が恵まれないのは仕方がない。
そう決めつけられても別に良い。
でも、奈緒さんが汚れてるなんて...何故決めつけられなきゃいけない?
子供を生んだだけで汚れるものか?
俺の中の違和感は形になっていく。
そうか...あんなに優しい人を汚いと言いきったことに俺は腹が立っているんだ。
感情が起これば、後は行動するだけだ。
流され続けた俺は始めて、誰かの為に吠えた。
「ムカつくんだよ...糞野郎ッッッ!!」
Ⅹ Ⅹ Ⅹ
そう叫んで前に飛び退こうとした縷々を捕まえようと、人外が手を伸ばす。だが、だてに人外達に絡まれている縷々ではない、頭を下げてそれを躱すと、綺麗に身を翻し人外の顔へ拳を叩き込む。
「ぎぃやぁああ!このガキ...」
怯んだ人外にすかさず追撃を入れる。
右腕を伸ばし、次は左腕を伸ばし的確とはいえないが、確実に顔面に拳を叩き込んでいく。
いくら人外と言えど、痛いものは痛い。
たまらず後退する。
それを確認した縷々は、人外目掛けて走る。
「調子に乗るなよ!!!!」
「っ!?」
無策にも突っ込んできた縷々に、待ってましたと言わんばかりに人外が紫色の気体を口から吐き出して浴びせる。
「げほっ...なんだ。これ」
一層濃くなった腐乱臭の中 縷々の意識は闇の奥深くへと落ちていった。
Ⅹ Ⅹ Ⅹ
「げほっげほっ...臭い...なんだよ」
意識が徐々に戻ってくる。
頬に当たる冷たい感触が心地良い...淡い意識の中 微睡んでいると声が聞こえてきた。
「失礼な奴等だな...人間というのは」
声のした方へ目を見開く。
色褪せた緑色の和服を着た人外が居た。
だらしなく伸びた髪は地面に着き、擦れたのか髪色は変色している。つり上がった目と裂けた口も人間でないことをものがたっていた。
「忌々しい子...どうだ?目覚めは」
完璧に覚醒した意識で辺りを見渡せば、此処が廃寺だと理解できた。
長い間使われていないであろう、祈りの器具は埃を被り、木の床は所々抜け落ちていた。
「ふむ...小僧。
人外と人間はわかり合えると思ぅか?」
「わかり合えないに決まってるだろ」
立ち上がりながら宣言する。
俺に問いを出した人外自身も、当然だと言わんばかりに頷いていた。
「で、俺を喰うのか?」
単純な質問をする。
「あぁ。でも」
そこで口を閉ざすと、俺が殴った傷を擦りながら呟く。
「少々味は落ちるが...なぶり殺してから喰うことに決めた!!」
勢い良く立ち上がる人外は思ったよりも大きく二メートルは軽く越えていた。
床が軋む...今の状況を一言で例えるなら...
『絶体絶命』だ。
追い詰められると、何かと連打しちゃいますよね。
ゲームのボタンとか...
今の私は追い詰められずとも連投してますけど...
では、感想、アドバイスなど待っております。