閑話 某ソフト開発課の活動日誌
○月×日 筆記当番 坂口
今回のソフト開発をもってオフライン部門が廃止されることが決定された。
部署のみんなは不満を言っていたが、時代の流れのため仕方が無い気がする。
後悔しないためにも、俺達は最高のオフラインゲームを作りたいと思う。
○月□日 筆記当番 迫田
今日はみんなでストーリー重視か、グラフィック重視か会議を開きました。
私はグラフィック重視に賛成しました。外部サーバーが無くとも、ここまで描写できるんだぞ!とユーザーに知らしめたかったからです。
一日かかった話し合いの結果、グラフィック3、ストーリー3、モーション4の割合で制作することになりました。
橋田先輩がモーションに相変わらずうるさいでした。モーションはグラフィックと一緒にして良いんじゃないかと思います。
後、今回の話し合いでタイトルも決まりました。タイトルは、タブーシードストーリーです。私たちの最後の開発ソフト、悔いのないよう制作したいです。
○月△日 筆記担当 橋田
迫田、分かってない!分かってないよ!全く分かってない!モーションはモーションだ!グラフィックとは違う!グラが多少悪くとも、モーションが良ければ画面映えするんだよ!いいな!
今日の進行状況
・フリー行動か、行動を制限するか話し合われた。結果、容量を抑えるためにターン制、コマンド式となった。一言書かせて欲しい。キター!ターンでコマンドキター!俺特性の物理エンジンが使用されて作られた最高のモーションを最大限に利用できる!さすが山川チーフ、分かってる!
・ここのメンツの異動先が決まった。俺と山川チーフはオンラインVR部門、迫田と坂口はVRグラフィック部門、芹丘は総合シナリオ部門、中沢は肩を叩かれた。
・中沢がマップの原型を完成させた。優秀なのに首を切られた中沢哀れ。
・坂口が全体的なマップデータの制作を始めた。4都市しかないから早めに終わりそうだ。
○月☆日 筆記担当 中沢
昨日、この部署で唯一僕だけ肩が叩かれた、ちくしょう。橋田さん、イジりすぎです勘弁してください……
進行状況
・マップの制作の4割が終わった、容量の問題で全マップが一本道だ。それでは詰まらないから隠し、とまではいかないけれど道を付け足した。坂口さんにレアアイテムのグラフィックを頼んで、迫田さんに追加のフィールドテクスチャを頼んだけれど、2人とも嬉々として制作に取りかかってくれて良かった。
それと、今日も中沢さんが1人でパソコン画面に向かって「うぃひぃっひぃ、良いねぇー!」とか言っていた。何年同じ部署でも慣れなくて怖い。
□月◇日 筆記担当 山川
皆、前々から言いたかったんだけど、開発報告書を日記帳か伝言板か何かと勘違いしてないか?ちゃんとまとめておけよ!これ上層部へ定期的に見せてるんだからな!
進行状況
・シナリオが完成、大筋は問題なし、推敲へ取りかかる。
・主要マップ完成、細かいテクスチャ調整の後、デバック作業へ移行予定。
・エネミーキャラのグラフィック完成。モーション付け作業へ移行。
・味方NPC及び、モブキャラクターのAI構築完了。マップのデバック作業と同時に動作確認予定。
こんな風に書け!いいな!
□月○日 筆記担当 芹丘
マップのデバック作業中にバグが発生。危うくVR空間に巻き込まれて意識が削除されかけた。
幸い、中沢が外部から強制ログアウトしてくれたおかげで無事であった。中沢は本当に優秀だ。上層部は何を考えて彼の首を切ったのだろう。
進行状況
・バグの発生原因を追究。原因は橋田の野郎が組み込んだ複雑なモーションによる、CPUに対する高負荷だった。橋田の野郎を皆で軽くしばいた後に、モーション負荷を低くなるように修正させた。
中沢が手伝ったおかげもあってか、同じモーションなのに負荷が前の3分の1となった。割と本気で残りのモーション付けを全部中沢にしてほしい。
・NPCのAI思考力を改善。
・マップの細かい判定を調整。
□月×日 筆記担当 坂口
・パーティキャラのグラフィック及び、モーション付けとAI搭載が終了した。
・容量に少し余裕が出来そうだと分かると中沢君と橋田さんが調子に乗って、とあるキャラクターのみAIとモーションのアップグレードをした。それに便乗して迫田もそのキャラのグラフィックのクオリティを上げた。
橋田さん曰く「ついこのキャラが可愛くてやった、後悔はしていない」
中沢君曰く「素朴な感じで活発な子って、いいですよね」
迫田曰く「このキャラにプレイヤーがドキドキする様を想像したら、つい手が滑りました」
みんな、重要キャラでもないキャラに情熱注ぐのはどうかと思う……。
●月◎日 筆記担当 迫田
全グラフィックの作成と、調整が終わりました。後はイベントを組み込んで、NPCの声を入れてひとまず完成です。NPCの台詞台本について山川チーフが
「何か、モブキャラで1人だけやけに台詞とかが多いんだけど、何で?」
と、みんなに聞いてきたけども、私は知りません。ええ、知りませんとも。
中沢さんと芹丘さんと橋田さんが結託してシナリオ少し変えたこととか、知りません。
あのキャラを強制雇用イベントとして組み込んだとか知りませんから。
後、モーションの追加しすぎで容量をオーバーしてしまい、後半のイベントにしわ寄せが行ったこととか、私は知りませんからね!
●月☆日 筆記担当 橋田
迫田ぁぁぁ!何しれっとここでチクってんだよ!山川チーフにバレて叱られたじゃねぇか!
まあ、山川チーフは最後だからって事で許してくれたけど。
あのチーフが仏モードとなっている今なら言える。
こっそりプログラムにVR脳学習プログラムを組み込んだ。これで、このゲームをプレイすればするほど俺が作ったモーションがプレイヤーの体に刻み込まれ、刷り込まれ、現実世界でゴブリンなんかと出会っても、華麗な動きで戦えるぜ!ヒャッハー!! ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ←赤黒い何かを拭いた跡
進行状況
・タブーシードストーリーの音声以外、全て完成。現在、NPCの声を収録中。
・明日は音声導入後、皆でデバック作業予定。
★月○日 筆記担当 山川
進行状況
・皆でデバック作業を行った。バグなどの発生はせず、問題は無し。タブーシードストーリーは完成した。残りはハードウェア課の仕事になる。お疲れさま。
お疲れさまでした!またいつかみんなで仕事したいですね!(坂口)
もう皆さんと仕事できないかと思うと寂しいです(T^T)(迫田)
みんな部署が変わるけど、お元気で。(芹丘)
皆さん、本当にお世話になりました……就活、がんばろう……。(中沢)
何だかんだでこの部署は居心地が良かった気がする。楽しかった。また、いつかみんなでゲーム作ろうぜ!(橋田)
――――――山川は、部屋の後始末を行うついでに確認した、制作進行報告帳の最後ページに書かれていた寄せ書きに苦笑しつつ、静かにページを閉じた。
「まったくあいつら、これは上の人に見せるんだから真面目に書けって言ったのによ……」
そういいながら山川は顔を片手で隠す。手の隙間からは、うっすらと光る線が流れた。
「歳取ったからか、涙腺緩くなったなぁ……」
山川が、そうしみじみと感じていると、不意に携帯へ着信が入った。相手を確認すると、橋田であった。
「橋田、どうした?」
『どうしたじゃないですよ!最後の打ち上げ始まってるっすよ!』
「おお、そうか、すまんすまん!」
『芹丘さんがもう一升瓶を開けてるんですから、急いでください!あの人と張り合えるのチーフだけなんすから!』
「ははは!芹丘の奴、気が早いな!」
『笑い事じゃないですって!いつ犠牲者がでるか……』
『せ、芹沢さん!一升瓶でそのままは、む、グッゴッポッ!』
『な、中沢ー!!』
「分かった分かった、急いで行くよ」
山川は通話を終わらせて携帯を仕舞い、今の会話のせいでさっきまで感傷に浸っていたのが馬鹿らしいと思えてきて、また苦笑した。
「最後まで、なんだかウチらしいなぁ」
山川はひどくこざっぱりとした部屋から出て、もう二度と使わないであろう、少しくすんだ銀色の鍵を使って扉を閉めた。扉の前で山川は一言だけ、しかし、全ての思いを込めて呟いた。
「ご苦労様」
そして、今頃は芹沢によって惨状となっているだろう打ち上げ会場へと、向かった。
暗くなった部屋の机の上には、タブーシードストーリーのパッケージが静かに置かれており、主人公が誇らしげに剣を掲げていた。
★月□日
株式会社 アーゴット電脳社のオフラインVR課は、自らの持てる限りの技術を詰め込んだ最新のVRゲーム「タブーシードストーリー」の発売とともに、廃止された。
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