第8話 少年、仲間を得る
「……え?」
「ドナハンの仲間仲介所へようこそ!」
栗色の長髪の女の子が笑顔を浮かべ、酒場のような雰囲気の薄暗い店の中でとても明るくハキハキとした声で挨拶してくれた。
た、多分この娘さん、入り口でずっと「ドナハンへようこそ!」って言っていた人だよね?
「ふふっ、驚きました?町の入り口で挨拶するだけじゃ稼ぎがよくなかったので私、この仲介所に雇って貰ったんです!」
いたずら成功、といった風に娘さんは舌をちょこっと出した。やっぱりそうだったみたい。
あの時は遠目からしか見れなかったから顔があまり分からなかったけど、全体的に顔は整っていて、目は少し眠そうな感じにたれていた。目の色は鳶色。うん、かわいい。僕が思っていたより若そう、っていうか年は近そう。そう思っていたら、娘さんが話し始める。
「いやぁ、町の入り口でずっと挨拶する仕事は1時間55ゴールドだったんで辛かったんですよー、ですから、新しく開いたこの仲介所にダメ元で雇ってくださいとお願いしたらすんなり雇ってくれました!しかも1時間80ゴールドです!」
うわっ不憫だ!この娘さん不憫だ!?誰がいつ来るかも分からずにずっと挨拶し続けないといけないのに、1時間55ゴールドって……この仲介所の時給も25ゴールドしか多くないし、生活大丈夫なのかな?……って、まだ何か話しているよ。
「――――――で、私気付いたんです、噛みながら水を飲んだらおなかが少し膨れるって!」
うわあああああ!!駄目だぁぁぁ!!生活できていなかったぁぁぁぁぁ!どうして制作者は、娘A的な存在に過酷な生活を強いらせているんだ!?というか、いつまでこの町娘さんの身の上話続くの?早く仲間雇いたいのに・・・・・・
もしかすると、自分の話したい事は話し終えないと気が済まない感じかな?
「――――――で、入り口にもたまに魔物が出るので、一生懸命追い払っていたらレベルが上がっていたんです!」
「あの……」
「そうそう!お店に新しく鋼の剣が入荷したらしいです!切れ味最高ですよー!」
「あのー!!」
少し大きめに声を掛けたら娘さんはビクッと驚いて僕の顔を見た。しばらく沈黙が続いた後に、娘さんは納得したように手を合わせてこう言った。
「あ、すいません!私としたことが!」
そうそう、仲間を雇いたいんだよ。やっと話が進みそうだと思った矢先、
「自己紹介がまだでしたね!私の名前はエレノアです!気軽にネリーって呼んでくださいね!」
僕は漫画みたいにずっこけた。違う!いや、ちょっとは名前知りたかったけど、違う!こういう場合のお約束と言わんばかりの町娘さん、もといネリーの暴走っぷりに僕は目眩がしながら悟った。
「あ、これ多分しばらく続く……」
そんな僕の悟りを知ってか知らずか、ネリーの世間話はしばらく続いた……。
※※※
「コホン、失礼しました、改めまして、ドナハンの仲間仲介所へようこそ!」
「……」
結局あれから5分くらい話し続けられた。うん、色々そこそこ便利な話も聞けたから良しとしよう。
「今回はどのような用件でしょうか?」
ネリーが事務的にそう言うと、目の前にメニューが出てきた。上から 仲間を雇う 仲間を解雇する 仲間を募集するという項目になっていた。とりあえず仲間を雇うを選択。
「仲間を雇うんですね?では、雇いたい仲間の職種を選択してください」
メニューの上から下までビッシリと職種が表示される。
「意外と多いなぁ」
戦士、騎士、盗賊、僧侶、商人、盗人、貴族、賭博人、狩人、暗殺者、銃使い、オススメ!etc……ん?何かおかしいのがあった気がするけど……?
「オススメって?」
気になった欄について僕が聞くと、おもむろにネリーがガタッと席から立ち上がって天に向かって右手を突き上げた。
「キター!さっすが勇者様!お目が高いです!!」
ネリーのテンションが急上昇。僕はいやな予感がして、自動的に開いたメニューに目を走らせた。すると、オススメの欄には1人だけ名前が載っていた。
《オススメ!》
該当者1名 受付嬢 エレノア
予感が的中した。該当するのはこの娘みたいだ。僕はすぐにキャンセルを選択しようと手を動かした。しかし、ネリーが僕の腕を掴んでキャンセルを選択するのを阻止した。
え、待って!NPCがプレイヤーを掴むってどうなの!?こういう時に咄嗟に反応できたり、さっきからの会話は自然だし、どんだけAI優秀なんだ!?
「あぁ~!ちょっちょっと待ってくださいよ!何でキャンセルするんですか!」
ネリーが必死に僕の腕がキャンセルを押せないように抵抗する。離せ!僕は見えている地雷は踏みたくないんだ!
「受付嬢だからって舐めないでください!攻撃は苦手ですけど、回復系の魔法は得意なんですよ!ほら!」
キャンセルを押そうと必死になっている僕の目の前に別のウインドウが現れた。よく見てみると、ミリーのステータス画面みたいだ。チャンスがあったらキャンセルボタンを押そうと隙をうかがいながら、僕はもう片方の手でミリーのステータスを確認した。
受付嬢 エレノア 女 16歳
LV15
HP 130
MP 169
攻撃力25
防御力25
敏捷値17
精神値40
回避率4%
『修得済み魔法』
《サンダーヒール》
雷のような光で対象を回復させる、とってもクールな痺れる回復魔法です
対象:1人
回復量:対象の最大HP量の30%を回復させる
消費MP15
《バレットヒール》
弾丸のように固めた癒しの魔法をバラ撒いて撃ち抜き、対象を回復させるワイルドな魔法です
対象:自分以外のパーティ全員
回復量:HP70回復
消費MP30
《ガードヒール》
敵の攻撃を防ぎながら少しだけHPを回復させる結界を張る魔法です
対象:全員
防御力:全ダメージ10%カット
回復量:HP35回復
消費MP:20
《ガードエンチャント》
6ターン効果の続く防御強化魔法です
対象:全員
防御力:防御力20アップ
消費MP:15
「……」
「ね?役に立ちますでしょう?」
僕がステータスを見ていると、ネリーがしたり顔で聞いてくる。こんな顔のモーションとか、プログラムするのって大変なんだろうなー。
「あの!聞いてます?」
「あ、うん」
ネリーは僕と同い年なのか。確かに魔法の効果はすごいけど、ステータスはあんまり……ねぇ。それに、魔法名が気になる。サンダーやバレットって、回復技に付くべきじゃない名称だよね……?
「どうですか!?私を雇ってくれますか!?」
ネリーが鼻息荒く、カウンター越しに僕にすごく詰め寄った。
「う、うわぁ!?近い近いっ!息掛かってるって!何か花みたいな良い匂いがする!?」
女子と手を繋ぐ機会さえほぼ無い僕には刺激が強すぎるっ!いかん、何だかクラクラしてきた。というか、何でここまで必死なんだろう、仲介所が受付として雇ってくれてるよね?
「ねっ!私を雇ってください!私も本当は門番として登録したかったのに、いつの間にかオーナーに受付嬢にさせられたんですよ!」
あ、そうなんだ。確かに入り口に立ってたけれど、挨拶してただけだし門番じゃ無い気がするのは気のせいかな?オーナーさんもきっと僕と同意見だったんじゃないかな。
「私は役に立ちたいんです!お金が欲しいんです!雇ってください!」
「い、いやだ!」
「むぅ、だったら!」
そう言い終わるか終わらないかの瀬戸際に、ネリーが咄嗟に僕の手を動かして 雇う と 確定 を選択した。やりやがったよ!禁忌侵しちゃったよ!この受付嬢、プレイヤーの意志を無視したよ!
「わあっ♪ありがとうございます!足手まといにならないように頑張りますね♪」
「もういや……」
何とも白々しい。まあ、後で解雇すれば……
「あ、1つ言い忘れていましたけれど、一度雇った仲間は老衰や怪我なんかで現役を引退するまではずっと仲間ですので、解雇はできません」
クッ!読まれていた!僕は開発者の手のひらの上で転がされているのか!?
僕がその場に崩れ落ちると、すごく満足そうな笑顔のネリーが僕の肩に手を置いた。
「どうしたんですか?元気出してください!」
君が原因でしょうが、君が!
※※※
不本意ではあるけれど、雇ってしまったのは仕方がないので、回復要員はネリーで決まりとした。
その後、攻撃要員として戦士のハルストを、壁要員として重騎士のラシュールを雇った。2人とも男で、いかにもファンタジーな雰囲気だ。ちなみに、雇い賃は1人500ゴールドだった。
ハルストは剣と盾で戦うオードソックスな戦士タイプだ。背は僕より頭1つ高いくらいだ。短髪の赤髪で、頭にバンダナみたいなのを巻いている。顔はまあ、俗に言うスポーツ系イケメンって感じだ。基本ステータスとしては
戦士 ハルスト 男 22歳
LV18
HP 245
MP 58
攻撃力55
防御力45
敏捷値26
精神値28
回避率9%
すごくフランクな性格で、雇った矢先に
「おう、宜しくな!勇者さんよ!」
と、肩を組んできた。これから1番親しくできそうな気がする。
重騎士のラシュールは全身が銀色の鎧に包まれていてて、普段は兜をかぶっている。背中には僕と同じくらいの大きさの盾と槍があった。背はハルストと同じくらいで、髪は金色でハルストと同じ様なというか全く同じ髪型だ。顔は元、王国の騎士団長でしたと言われても納得できるほど整っている。まあ、めったに顔見れないからあんまり意味無い気がするけど。それで、基本ステータスはこんな感じだ。
重騎士 ラシュール 男 19歳
LV17
HP 200
MP 93
攻撃力45
防御力75
敏捷値14
精神値30
回避率3%
多分このパーティで一番濃いキャラかもしれない。だって、出会い頭に
「遥か彼方の世界において……内なる意思は無垢なる魂、ラシュール(初めまして、私はラシュールと申します)」
「へ?」
こんな事を言ってきたんだから。彼との会話の時のみ翻訳ウィンドウが表示されるから意思疎通は一応出来る。出来るけど……
「ややこしいよ!」
「原初の混沌より放たれしジラートの幻影?(急にどうしました?)」
と、こんな感じのパーティメンバーになった。結構バランス取れてはいると思う。メンバーも決まり、仲介所を出ようとし時にネリーが
「あ、ちょっと待っててください!オーナーに話しを付けつきます!皆さんは外で少し待っててください」
と言ってきたので、今は男3人、仲介所の前で仲良くネリーが出てくるのをを待っている。
そうそう、何故かハルストとラシュールは、外に出て立ち止まった途端に直立不動となった。2人とも虚ろな目をしていて、正直怖い。
「ね、ねぇ……」
「……」
「……」
話しかけても反応が無い。何事かと思って近づいたら、コマンド欄が目の前に出てきた。ステータスやら装備変更なんかのコマンドの中に話すというコマンドがあって、それを選択すると
「ん?どうした、勇者さんよ?」
「レヴァナント=ルシフェリッター?(何かご用ですか?)」
たちまち2人の全身に生気が戻って話が出来るようになった。けれど、一言だけ話したらまた死んだ魚みたいな目になって、ピクリとも動かなくなった。なにこれこわい。
※※※
「すみません、お待たせしました!」
僕が男NPCへのコミュニケーション方法に戦慄を覚えていると、ネリーが遊牧民みたいな服装をして仲介所から出てきた。
「許可は取れた?」
そう聞くと、凄い満面の笑みで答えてくれた。
「はい!オーナーとちゃんと話し合って、受付は他の子にやってもらえることになりました!」
うん、それは良かった。これで晴れてネリーが正式に僕のパーティーに加入だ。
しっかし、ネリーだけ何だか特別扱いな気がする。いまだって、ゆらゆら動いたり、髪を気にしたりしているし。そんなことを思いながらネリーをじっと見ていたらネリーが僕の視線に気づいたらしく、顔を赤らめて体を少し縮こまらせながら言ってきた。
「な、なんですか?あんまり見つめないでくださいよぉ……」
「グフッ!?」
この不意打ちは自称、純情少年には破壊力が高すぎて、思わず吐血しそうになった。まずい、仮想相手に惚れそうだ。
と、その他の2人と比べても破格の扱いを受けている。あの強制雇用も、もしかしたらイベントだったのかもしれない。
そう考えるとネリー、いや、エレノアはもしかするとこれからのイベントの鍵になるキャラかもしれない。じゃないと強制加入させる必要は無いし、理由もないからね。
「勇者様?次の町にはまだ行かないですか?」
ネリーが不思議そうに話しかけてきた。っといけないいけない、色々とゴチャゴチャ考えたけれど、確かめらるのはとりあえず次の町に行ってからかな。
「あ、ああ、ごめん、行こうか」
「はい!」
ピッピッ(コマンド選択音)
「うっし!張り切ろうや!」
「物語に悠久の風が吹くひとときであるように(これからの旅が無事でありますように)」
僕らは町の外へ続く道へ足を進めた。次の町はどんな町だろう、少し楽しみだなー。道を進んで早く森へ向かおう。
―――――ん?森?
市場の出口手前まで歩いて、僕は重大な事に気が付いて、ネリーに話しかける。
「急に立ち止まってどうかしました?」
「この道、森へ繋がってるよね?」
「はい、そうです」
「森の奥には何があったっけ?」
「遺跡がありますね」
「他にはなにかあったっけ?」
「いえ、何もありません」
「じゃあ、この道以外に町の外に出れる道ってある?」
「ありません!」
「……」
「……」
このまま進んだら森の遺跡へたどり着き、中にある帰還用魔法陣でこのドナハンの町へ帰ってきてしまう。そして、この道を進んだらまた遺跡に着いて、転送されて、帰ってくる。そしてまた……
「無限ループって怖いね!」
「ですね!」
「ははははっ」
「ふふふふっ」
ひとしきりネリーと笑ってから、事態の深刻さに僕は呆然とし、頭を抱え込みつつ膝を屈した。なんてこった、どうやっても次の町に進めないじゃないか!
「ゆ、勇者様!と、とりあえず宿屋で休んで落ち着きましょう!それが良いです!」
「……うん」
そういえば、ボスを倒してからすぐに仲介所に向かったから、HPとかを回復していなかった。それに、少し疲れたからログアウトして休みたい。うぅ、何なんだよ……。
※※※
「あれ?あの人って……」
僕らが宿屋へ向うと、宿屋の前に意外な人が立っていた。
「おお勇者殿、お仲間を雇いましたか、ほほっ順調ですのぉ」
じーちゃんだ!お金くれたり、種の封印を代わりにしてくれたりしたじーちゃんだ!何でここに居るんだろう?
「勇者殿が次の町に行けるようにしておりました、宿屋の入り口の隣にある緑の魔法陣で次の町、タフリムに行けますぞ」
さ、さっすがじーちゃん、用意が良い!
「ありがとう!」
「何、例には及びませぬ、これからの旅の安全を願いながら、おいとまさせていただきますぞ……」
じーちゃんはそう言うと、スッと消えた。じーちゃん格好いい……。大人になったらあんな風にさり気ない気遣いができるようになりたい。じーちゃんが頑張ってくれてるし、僕も頑張ろう。
「よし、宿屋で少し休んだ後に早速次の町へ行こう!」
「はい!」
「おう!」
「デウス=エクス=シェウ=ティ!(承知しました!)」
宿屋へ入りお金を払って皆が個室に入った後、僕はベットへと倒れこんでメニューを選択し、薄くなっていく意識の中で次の町へ期待しつつ、ログアウトした。
感想、批評、誤字訂正などがありましたら、遠慮なくお願いします。