第7話 少年、決着を付ける
普段の森なら時々小鳥がさえずったり、風が吹いて葉が揺れる音が聞こえる以外の音はあまりせず、静寂に包まれているはずだ。しかし、今日の森は普段なら絶対に聞こえないであろう音がしている。
森の奥に佇んでいる石造りの遺跡。そこから、静寂を打ち破るように時折、鉄と何か堅い物を打ち付け合う音、何かが砕ける音、何者かが吼える声が聞こえた。そう、これらの音は暇人勇者KOUこと、浩二少年と、キングゴブリンの苛烈な決戦を繰り広げている最中の音である。
浩二少年は肩で息をし、装備している鎧は所々がへこみ、残りHPは45、残りMPは先ほどのターンで回復したので満タンの100となっていた。キングゴブリンの方は牙が折れ、体の至る所に切り傷が刻まれて、荒い息をしている。
現状としては、少年とキングゴブリンは共々満身創痍である。
「っ!だったら、これで……!」
少年がコマンド選択を進め、戦う の欄にある技能を選択し、メニューをスクロールさせる。そしてとある技の名前の欄が見え、スクロールさせていた手を止めてその技を選択しようとする。が、選択しようとした指がメニューの手前で空を切る。少年は迷う。本当にこの技で勝てるのかと。本当にこの技で行けるのかと。少年に苦渋の表情が浮かび、しばらく思い悩む。そして、
「やるだけやってみよう!どうせここで負けたってまたコンテニューできる!」
少年が半ば指を叩きつけるようにその技を選択した。すると、その気迫に呼応するかのごとく、少年の身体がキングゴブリンへと疾走した。剣を構えながら少年が吼える。
「食らえぇぇぇぇ!!」
『技能《ディレイスラッシュ:シータ》!』
無機質な音声がその技の名を告げるのと同時に、剣をキングゴブリンへ叩きつける。
「グォォォ!!」
その技は、キングゴブリンの体に八本の深い傷を付けた。技を出し終わった少年が、キングゴブリンの目の前で剣を振り切った状態で静止し、動かなくなる。キングゴブリンは足元がふらついたが、倒れる寸前で踏みとどまった。
惜しくも、少年の渾身の一撃でキングゴブリンのHPは削りきれなかったようだ。攻撃に耐えたキングゴブリンが苦悶の表情を浮かべながらも、目の前にいる少年を粉砕せんと棍棒を振り上げた。が―――――
「何勝手にそっちの攻撃ターンに移ってるのさ、まだ僕のターンだ!」
そう言い終えるのと同時に、キングゴブリンの体に56もの斬撃が加えられる。キングゴブリンが棍棒を振りかぶった状態で静止する。しばらく静寂が続いたかと思うと、不意に棍棒がキングゴブリンの手から離れ、棍棒は地面にぶつかりながら静寂を打ち破るように轟音をかき鳴らす。そして、棍棒の後を追うようにキングゴブリンは力尽き、倒れた。
チープなファンファーレと共に、リザルト画面が表示される。獲得ゴールドは2500、獲得経験値は3200、ドロップアイテムはキングの棍棒であった。浩二少年は、辛くも勝利した。
少年がトドメに使用した技能の《ディレイスラッシュ》は、少々特殊な技能である。この技は威力が剣自体の純粋な攻撃力に依存し、技の使用者に攻撃力上昇の効果が適用されていたとしても、その効果は無視される。さらに、MPの消費量によって《ディレイスラッシュ:アルファ》から《ディレイスラッシュ:シータ》までの八種類にこの技は変化する。
主な変更点としては、斬撃の回数が増える事だ。《ディレイスラッシュ:アルファ》は対象に一撃を入れた後に8度の斬撃を追加ダメージとして加える技となり、《ディレイスラッシュ:シータ》は八撃を入れた後に一撃につき八度の斬撃を食らわせ、計56度の斬撃を追加ダメージで加える強力な技となるのだ。
このように非常に強力な技を何故、浩二少年が使いたがらなかったかと言うと、この技のデメリットが大きかったからである。
《ディレイスラッシュ:アルファ》はMPの8分の1を消費して発動し、攻撃後は1ターン行動不能となってしまうため隙ができてしまうのだ。《ディレイスラッシュ:シータ》を使おうものなら、満タン状態のMPは空となり、2ターン行動不能となってしまうというとんでもなく厳しい状況に陥ってしまう。
一発一発の攻撃力が強力なキングゴブリン相手に1、2ターンの行動不能は死活問題となるのだ。それに、ボスの残りHPが表示されない仕様だったのも《ディレイスラッシュ》使いたがらない理由の一つだった。
剣自体の攻撃力に依存するこの技は、町で買った鉄の剣を装備している少年にとっては心許ないものであり、敵の残りHPが分からないままこの技を使っても倒し切れないかもしれないという懸念が、この技の使用を踏み止まらせていた。
しかし、HPが残り少なくなった少年は、少しでも可能性があるのならと《ディレイスラッシュ:シータ》を使用した。そして、見事勝利を手にしたのだった。
リザルト画面を消すと戦闘状態が解除され、体が自由になった少年は深い息をした。
「か、勝った……!」
少年の顔が思わず綻ぶ。無理もないだろう、レアアイテムである鎧の性能に助けられたとはいえ、あの第二形態のキングゴブリンに勝ったのだから。
少年がひとしきり勝利の余韻に浸っていると、後ろから急に声が掛けられた。
「おお、勇者よ!よくぞ種の化身の一体目を倒してくれましたな!これで残りは二体でございます!」
少年が驚き振り向くと、そこには神殿でゴールドをくれた老人が立っていた。老人が話を続ける。
「私が種を奴の体から回収して封印しておきますので、勇者殿は私の後ろにあります魔法陣で町へとご帰還してください」
少年が老人の背後を確認すると、そこには青白く光っている魔法陣があった。老人は話を終えると、キングゴブリンの骸の手前に立ち、おもむろに懐から取り出した杖を振る。すると、キングゴブリンの体から2粒の暗い紫色をしている種が光に包まれながら出てきた。おそらくこれがタブーシードなのだろう。
光に包まれたタブーシードがゆっくりと老人の手に収まる。その様子を見届けた少年は満足そうに頷いて、老人に背を向けながら魔法陣へ向かった。少年が魔法陣の上に立つと、魔法陣が強い光を放ち少年は町へと転移した。
その瞬間に老人が少年へ満足そうに歪んだ笑みを浮かべていた事に、少年は気付かなかった……。
※※※
「いやったぁぁぁぁ!勝ったぁぁぁぁ!!」
僕は思わず町中でそう叫んでしまった。はっと自分のしたことに気が付いて周りを見回したけれど、道を行き交う人はみんな僕のことをスルーしていた。……全く気にされないのも中々寂しい。
僕は今、ドナハンの町の市場エリアを歩きながらとある店を探している。何の店を探しているかというと、仲間の仲介所だ。前に読んだ説明書に書いてある通りなら、キングゴブリンを倒した後にドナハンの町に開かれるはずなんだ。嗚呼、仲間って、良い響きだ。
「戦闘が楽になると嬉しいなぁ」
とりあえず回復要員のNPCが欲しい。攻撃要員のNPCも欲しいけれど、やっぱり回復は重要だ、キングゴブリンと死闘を繰り広げてよく分かった。そんな風にこれから雇う仲間について考えていたら、右腕で力こぶを作っているマークの入っているそれらしい看板を見つけたから、その店に近づいてみた。
「おお、いかにもって感じだ」
見た感じはゲームでよく目にする酒場って感じだ。僕が頑丈そうな木製の扉を開くと中から煙草みたいな臭いと、男くさい喧騒が襲ってきた。
「っく!ケホッ!」
開発者さん、そんな臭いまでリアルにしなくて良いでしょう!うわぁ、煙たい。本当にこんな場所があったらこんな臭いがするのかな?なんて思いながら中へと入る。
中はなんだか薄暗く、お酒がたくさん入った棚のあるカウンターや4つ椅子の並んだ丸テーブルで一杯だった。そして、そのテーブルでいかにも悪ですといった風の顔に傷があったり、すごく厳つい筋肉ムキムキな男なんかが、めいめいお酒を飲んだり食事したりしていた。
正直怖い。もしかして仲間ってみんなこんな悪役面しているのか……?だったらやだなぁ。とりあえず僕は店の奥へ進んだ。すると、奥には小さなカウンターが設置されていて、そこに誰かが座っていた。
「もしかして、あそこかな?」
僕はカウンターに近付いた。そして、そこに座っていた人の顔を見て驚いた。だって、そこに座っていたのは……
「ドナハンの仲間仲介所にようこそ!」
服装は違ったけれど、町の入り口で延々と挨拶をしていた茶髪ロングのお姉さんだったんだから。
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