第6話 少年、光明を見出す
夏はもう中旬、前と比べると夜も少し暗くなるのが早くなり始めている。今の時刻は夜の八時で、いつもなら、家族三人で食卓を囲んで楽しい食事の筈なんだけど
「……」
「あら、コウちゃんどうしたの?そんな難しい顔をして」
「……何でもない」
今の僕のテンションは、いつもなら何があってもスルーするはずの母さんが気にする程低い。
あの戦闘は結局、ゴブリンキングにそれはもうボッコボコにされた。第二形態が卑怯すぎなんだよ、一撃でHP半分削るってどんだけだって話だ。負けた時の事は思い出すだけでも嫌になる。壁にめり込まされ、地面に叩き付けられて、挙句の果てには丸呑みだ。どこのスプラッタ映画だよと言いたくなる。
負けた後も何度かゴブリンキングにリベンジした。けど、毎回奴のHPを3分の1まで削った所で回復が間に合わずにやられてしまい、結果はあえなく全敗だった。
そんな理由だということを、アニメのことを漫画と言ったりする母さんに言っても理解してくれないだろうなと思い、心配する母さんを無視して無造作に肉じゃがを口にかきこんだ。そんな様子の僕を見て、程良くお酒が回った父さんがニヤリと笑う。
「ははぁ、さては最近買ったらしいゲームが上手く行ってないんだろう?」
「うぐっ」
余りに的確すぎて思わず箸が止まった。父さん、よく分かったね。
「俺も小さかったときはよく詰まって、お前みたいになったからなぁー。で、今は何やってるんだ?」
「V、……RPG」
母さんよりは話が通じる父さんでも、母さんと同じでVRなんて言っても通じない。ゲームとかの話は分かるけれど、父さんは他のパソコンみたいなハイテク系なものが苦手なんだ。だから我が家にはパソコンなんて物は無い。父さん曰く、我が家はアナログ万歳なんだそうだ。
……そんなんだから、事務職なのにいつまで経ってもエクセルが上手く使えず、窓際が定位置になっているんだと僕は思うんだ。父さん、定年まで窓際じゃないよ……ね?そんな僕の心配をよそに、父さんが聞いてくる。
「RPGかー、何処で詰んでるんだ?」
「序盤のボス戦、無茶苦茶強いんだ」
「ふぅん、今何レベルだ?」
「15」
「たった15か、そりゃダメだわなー」
たったと申したか!?今、父さんはたったの15と申したか!あの地獄のレベル上げを知らないからそんな事を言えるんだ!父さんが言った言葉に少しむっとして、顔をしかめる。しかし、そんな事お構いなしに父さんの話は進む。
「苦戦してるのはあれだ、防御力も攻撃力も貧弱だからだ、初めのボスってのはレベルさえ上げれば属性なんか気にしなくとも勝てる仕様になってるもんさ」
「って言っても、周りのモンスターももう弱くて、もう簡単にはレベルが上がらないんだ」
事実、今ではゴブリン三体のグループを倒しても雀の涙のような経験値しか手に入らない。それを聞いて、父さんがうーんと唸る。その隣では、母さんはやっぱり何を話しているのか分からないらしく、おかずへ黙々と箸を進めていた。僕もおかずに箸を伸ばす。しばらく沈黙が続いた後に、父さんが何か閃いた顔をする。
「あれだ、まだ行ってない所とか無いか?」
「え?えーっと、確かある、かな?」
確か、ボスの遺跡の周辺は確認していなかった気がする。プレイヤーの行動範囲制限用の仕様である見えざる壁ナビゲート、略して壁ナビでボスの遺跡前までは一直線に来たけれど、遺跡の周りに壁ナビがあるかどうかは確認せず、迷わず遺跡の入り口に直行した気がする。
「じゃ、そこらへん探ってみたらどうだ?もしかしたらレアモンスターみたいなのが居たり、レアアイテムが手に入るかもしないぞ?」
「むぅ、そっか、とりあえず行ってみる」
うん、八方塞がりな今、その可能性に賭けてみるのも良いかもしれない。そうと決まれば夕飯を早く済ませようと、僕は箸を進めるスピードを早めた。そんな様子を見た父さんと母さんが、微笑ましいものを見ているような顔をしていたのに僕は気付かなかった。
※※※
「むう、遺跡まで隈無く壁ナビで道が無いか探したけれど道は無しか」
夕飯と歯磨きを済ませてから、さっそくログインし、初めの森へ入った。やるなら徹底的にしよう。と森の入り口から遺跡まで脇道が無いか徹底的に探した。
探し方としては、迷路でよくやる左手法だ。壁に左手をついてそのままスライド移動で直進、脇道があったら分かるっていう寸法だ。思いの外見えざる壁はツルツルしていたから、スイスイ進めた。順調だったから調子に乗って、曲がり道にしこたま頭をぶつけた時は本当に痛かった。
え?地図で行って無い所を確認しろって?それが、地図は真っ白で、行った事のある道は表示されるけれど、行ったことの無い道は全く表示されないから道がどこにあるかなんて全く分からなかったんだ。なんとも不親切な仕様だ。
遺跡前まで隈無く探した結果としては、遺跡前まで綺麗に一本道だと分かった。……もう、地図なんて必要無いんじゃないかな?
まだ大丈夫。この遺跡の周りで壁があるかを確認するのが今回の探索のメインなんだから。壁が無かったら万々歳で、希望がある。壁があったら、あの地獄のゴブリンとスライムを狩る簡単な作業が待ち受けている。僕としては前者であって欲しいと思いながら、ひとまず僕は遺跡の周りの探索を始めた。
※※※
「ふう……」
遺跡の前はあらかた探ったけど、残念ながら壁があった。後は遺跡の裏手を調べるだけだ。ここまで脇道が無いなら、もう無い可能性が高い気がするけど、少しでも可能性があるなら諦めたくない。
諦めが悪いのは、別に延々とコマンド入れるのがめんどくさいから出来れば楽にレベル上げしたいとか、探索中で起こった大量の雑魚エンカウントがもううんざりだとか思っているわけじゃないからね?まあ、探索途中で戦闘が起こってレベルが1上がったのは嬉しかったけど。
そう自分を叱咤激励(?)しながら遺跡の横道へと足を進めた。横道の途中で壁にぶつかる可能性も残っているけど、進まないと分からないから僕は可能性に賭けてみることにした。
「あれ?これってもしかして……?」
もう道の半分くらいを進んでいるけれど、壁にぶつかる様子が無い。その事実に思わず僕の足の進めるペースが早くなる。そして、
「おぉ……!」
とうとう後一歩で裏に出る所まで来た。まさかの隠しルート発見か?父さん、ありがとう。父さんのアドバイスのおかげで上手くいきそうだ!いつもは使えない窓際事務職族とか思っててごめん!父さんへそんな惜しみない感謝をしつつ、最後の一歩を踏み出した。
なんと、僕の足は壁にぶつからずに遺跡の裏手へと出ることが出来た。なんだか無性に嬉しくなった。
「今なら一人の人間にとっては小さな一歩だがなんちゃらって言った人の気持ちが分かった気がする……」
そうしみじみと思う。たった一歩が踏み出せることがこんなにも嬉しいなんて知らなかった。この感動は多分二度と体験できないと思うけど、裏手に回れた事への感動に浸っている場合じゃない。これからが本題なんだから。
「レアモンスター、もしくはレアアイテム……」
そう、このどちらかが無ければ裏手に回れても意味は無く、ただフィールドが広くなっただけになる。
早速僕は裏手の探索を始めた。ただでさえ薄暗い森の中なのに、大きな遺跡の裏ということもあり、さらに暗くなっていた。視界があまり開けず気味が悪い。松明みたいなアイテムがあったら足下を照らせるのになぁ……。
暗闇に目を慣らしながら慎重に進んでいると、目の前へ何か黒い塊が見えてきた。
「な、なんだ?」
よく目を凝らすと、それは頭の無い騎士のような死体だった。死体と言っても、辺りに血がまき散らされているわけでもなく、鎧がフルプレートだったから少しだけ鎧の隙間から見ていた骨から死体と分かったくらいの、結構綺麗な死体だ。
この騎士みたいな人が何でこんな所で息絶えたのか気にはなったけれど、不毛な気がしたから細かくは考えないようにした。
それが死体だと分かったときは中身を想像してビクビクしながら観察していたけれど、中身は骨だけだと分かったら何か余裕が生まれて、よからぬ考えも浮かんできた。
「……レアアイテム?」
い、いやー、さすがに死体は漁れないよね?鎧の内側ヤバそうなことになってそうだし。なまじこれってファンタジーなゲームだから怨霊的な呪いが掛かっていそうだ。でも、他にめぼしいものはまだ見つかって無いしなぁ……。しばらく悩んだ後、とりあえずは調べられるか確かめるために僕は死体へと近づいた。すると、目の前に突然ウインドウが表示された。
騎士の死体を調べますか?
はい←
いいえ
どうやら調べられるみたいだ。僕は迷わずはいを選択した。すると、目の前の死体の着ていた鎧がスッと消えた。その代わりに、目の前にコマンドとは別のウィンドウが表示された。
『アイテムゲット!防具:首無しアーマー』
あの防具、やっぱりアイテムだったみたいだ。本当は兜も付いていたんだろうね。僕は騎士さんに防具を勝手に貰ってごめんなさいと心に思いながら、防具の性能を調べるためにアイテム説明欄を開いた。騎士の鎧だから防御力高いといいなぁ。
『首無しアーマー』
防具
《説明》
用を足すために遺跡の裏に行き、鎧を脱ごうとした隙に首をちょんぱされて息絶えた騎士の鎧。死に方こそ間抜けな彼だが、そこそこの立場の身分だったため、この鎧の質は比較的高めである。
《グッドステータス》
防御力15アップ
土、風耐性(5%)
《バッドステータス》
敏捷値18ダウン
回避率4%ダウン
水、雷属性弱点化(5%)
《装備時追加効果》
「守護者」
斬撃、打撃属性ダメージを30%減少させる
「騎士の意地」
戦闘で一度のみ致死量ダメージを受けてもHPが10残る
「???」
この装備をしているときに時々、急に肩が重くなったり、悪寒がしたりする
「暇人」
このアイテムを見つけ出した執念に敬意が表され、称号に「暇人」が追加される。
尚、この称号はこのアイテムを獲得した時点で追加され、称号は消去することはできない
「……へ?」
正直予想外だった。こんなに性能が良いとは思わなかった。敏捷値と回避率が下がるのはあれだけど、そんなのを無視できるぐらいの破格の性能だ。「守護者」も「騎士の意地」もとんでもない効果で、序盤では反則と言われても仕方がないレベルだ。
ただ、「???」っていう効果、明らかに憑いているよね?騎士さん死に方が無念過ぎて憑いちゃってるよね?効果でも何でもないし。まあ、呪い的なデメリット無いみたいだからいいけど。……教会とかがあったらお払いできるかな?
あと、「暇人」の説明を読んだ後に急いでステータス確認したら、勇者の横に本当に暇人って追加されて「暇人勇者:KOU」になっていた……嫌がらせか!!
僕は思わぬ収穫と思わぬ称号を授けられた事でしばらく呆けていたけれど、メニューから鳴り響いた無機質なアラームで意識を引き戻された。アラームを止めて時間を確認すると、探索を始めてから1時間経っていた。もうそんな時間か。
ログアウトするために僕は、アイテム欄からスライムの羽を引っ張り出して地面に叩き付け、ドナハンの街へと戻った。 明日は奴との決着になるかもしれない。そう思うと宿屋への足取りが軽くなり、明日になるのが楽しみになってきた。
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