第5話 少年、ビビる
で、デカい……!僕の身長の2、3倍はあるんじゃないか……?正直舐めていた。いきなりあんなデカいのが出て来るとは思ってはいなかった。
頭には何の骨か分からない兜みたいなのを被って、醜い顔のいたるとこに傷があって怖い。何もかもがリアルすぎて洒落にならない。もしかしたら勝てないんじゃないかという考えが頭をよぎる。いけない、前向きに考えないと、この状況に呑まれてしまう。何か別のことでも考えて気を紛らわせないと。
そう思い、ふとキングゴブリンが手に持っている棍棒を見ると、うっすらと血の跡みたいなのが……
ははっ、見てない見てない。僕は何も見てないぞーふふっ☆小刻みに僕の体が震えているのは武者震いに違いない、なんて現実逃避ならぬVR逃避をしていたら
『キングゴブリンが現れた!』
「グルルオアアアア!!」
「ひいいいいい!」
嗚呼、開戦してしまった。こうなったらやれるだけやるしかない為、覚悟を決めてコマンドの通常攻撃を選択する。
すると、体はあらかじめインプットされているモーションを再現し、キングゴブリンへと飛びかかりながら剣を振りかぶり、胸に一撃攻撃を加えた。鈍い斬撃音と一緒に僕は手応えを感じた。すぐにキングゴブリンを足場にして地面に着地し、反撃に対応するために体勢を整える。
そして僕は反撃として振るわれるだろう棍棒の威力を想像して泣きそうになるのを我慢し、必死に目を閉じて衝撃に備えた。が、いつまで経ってもそんな衝撃などは来なかったので、不思議に思い恐る恐る目を開けると、
「グオォォォ……!」
両手を上に挙げ、断末魔を上げながらキングゴブリンが前のめりに倒れる姿が見えた。
……え?
「弱っ!?」
嘘やん、何でこんな弱いん?何でキングゴブリン死んでまうん?(混乱中)よく様子を観察するけれど、キングゴブリンはピクリともしない。
い、一撃死……?落ち着くんだ、僕。技能だったらそれもあり得るかもしれないけれど、通常攻撃でそんな簡単にやられる筈がない。あんなに恐ろしい雰囲気だったんだから一発で終わる訳がない。
僕はひとまず、落ち着くために目を閉じて大きく深呼吸をした。そうだ、あまりにも怖すぎて幻覚を見たんだ、そうに違いない。きっと、目を開けたら雄々しい姿でキングゴブリンさん立って……ないですね、倒れてますね、息してませんね、うん。
どうしてこうなった?もしかしてレベル上げすぎた?いや、そんな訳ない。序盤なのだからレベル15前後ぐらいが適正だろう。武器だって、レアなモンスタードロップ品じゃなくて商店で買った安物だよ?
……まあいいや、ひとまず勝ったんだから喜ぼう、わーい。すごくあっけなかったけれど、経験値どれくらいもらえるかなー。なんて思ってて、僕は気付いた。
いや、薄々そうじゃないかと途中で思ったりもしたけれど、初っ端からそんな訳が無いでしょうと、気付いていないふりをした。しかし、いつまで経っても頭上のステータスウィンドウと左手辺りにあるコマンド欄が消えず、リザルト画面が出て来ない事がその考えが正しいことを教えてくれている。
「まだ戦闘が終わってない……?」
僕が警戒しながらキングゴブリン(笑)の死体に意識を向けた途端―――――
「ぁ……」
それは突然起こった。部屋の至る所から禍々しい、どす黒い血のような色をした煙が吹き出してきた。キングゴブリンは、糸に吊された人形のようにうなだれたまま宙に浮かんで、煙に包まれ始める。
すると、さっき僕が斬った場所の傷口から何かの根のような物が這い出てきて、傷口を瞬く間に塞いでいく。さらにその根のような物は傷口を塞ぐだけではなく、キングゴブリンの全身をだんだんと“浸食”していった。
「あ、ああ……!」
声がうまく出せない、普段ならば絶対に働かないであろう、僕の生存本能に近い直感が警報を鳴らしてあれは危険だと知らせる。逃げたい、でも逃げられない。何故ならばボス戦に 逃げる なんてコマンドは存在しないのだから。
浸食が終わったらしく、キングゴブリンは音もなく地面へと着地する。
キングゴブリンは異様な姿へと変貌していた。体中に根が巻き付き激しく脈打っており、右腕は、手に持っていた棍棒ごと完全に浸食されており、棍棒はさっきの二倍ほどの大きさとなり、僕にはタンクローリーの荷台を右手に持っている様に見えた。
そんなキングゴブリンを呆然と見ていた僕へ、ゆっくりとキングゴブリンの視線が向けられる。
明確な殺意と共に。
「――――!?」
平々凡々、万年平和な人生を送っている僕が、そんな殺気なんかに耐えられるはずがない。思わず逃げ出したくなったけれど、ゲームの仕様のせいで体は所定の位置からびくともしなかった。
僕の心臓が激しく拍動する、全身から止めどなく嫌な汗が吹き出す。目の前のなにもかもが仮想ではなく、現実に感じる。そんな中で唯一、自分の頭上にあるステータスウィンドウと左手辺りに表示されているコマンド欄がこの状況をゲームだと示してくれている。
そんな精神的に一杯一杯の状態で僕の口からかろうじて出た言葉は
「じ、序盤で第二形態って、卑怯だよ……」
なんて、間の抜けた言葉だった。それに応えるかのようにゴブリンキングが、吼える。
「ッア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!」
『タブー・キングゴブリンが現れた!』
「現れた!じゃないよ、ふざけるな!そんな軽いノリでこいつは片付けていい相手じゃないだろう!」
もう自分でも何処に反応しているんだよと呆れてしまう。まあ、しょうもない所に反応するのは仕方がないかな。
だって、今度はあっちのターンから始まり、現在進行形でとんでもない風切り音を出しながら棍棒が迫って来ている現実から目を逸らしたいからね。
コマンドを既に攻撃で消費してしまっているから防御は出来ないし、受け身なんか取れるはずがない。
回避率に祈ろうとも思ったけど、単純計算して50回殴られて3回避ける事が出来る確率だから、避けるのはほぼ無理、万事休す。
――――せめて、ミンチにならないことを祈ろう。
そう思った瞬間に、棍棒が無防備な僕の左半身を捉え、その勢いのまま棍棒ごと僕の体が壁にめり込んだ。