第1話 少年、VR機器と対面する
「っはぁ、はぁ……」
僕は今、自転車のチェーンが軋むぐらい国道沿いを全速力で走っている。
自転車のかごには大きめな家電量販店の袋が鎮座しており、時折段差に合わせて跳ねている。
ああ、やっと買えた。嬉しさがこみ上がってきて、自然と顔も綻んでくるのは無理もない。
なんせ、今話題となっているVR機を買えたんだ。思えばこの半年、こつこつと頑張った。
我が家は小遣いなんて夢のまた夢みたいなもので、物心着いたときからお年玉で一年をまかなっていたし、私服なんか地元のスーパーで特売だったりしたのばかりを買っていた。
そんな経済状況だから安くなったとはいえ、軽く四万を越えるVR機なんて買ったりしたら財布が軽くなるなんてレベルではすまない。
だから、婆ちゃんの肩をたたいたり、近所のおっちゃんの新聞配達を手伝ったりしてお駄賃を貰って、ようやくお金が貯まった。よくやったと僕は自分をほめたたえたい。まぁ、その、友達と遊びに行くことなんて、滅多に無く、出費はマンガとかばっかりで、それを我慢すればよかったから貯める分には苦労しなかったけど。
ぐぐぐ……なんだか悲しくなってきた。
良いのだろうか?高校に入ってもこんな調子で……そろそろ一人称も僕から俺に変えた方が良いのか?
高校生と言えば、こう、コーヒショップで小難しいこじゃれたコーヒーを注文したりするべきだったりするんじゃないか……?まあ、そんな店ここら辺では片手で数えられるくらいしかないけど。
そんな他愛の無いこと事を考えていたら自宅が見えてきた。着いたらちゃっちゃと昼ご飯食べてから初期設定をしよう、楽しみだなぁ。
※※※
昼食を済ませて、自室で僕は今何をしているかというと
「ふうぅぅぅ……」
箱と向かい合って深呼吸していた。アホくさいと思うかもしれないけれど、仕方ない。相手は四万オーバーの超高級品、傷付けでもしたらもったいない!
「いざ、開封!」
そう言いつつ蓋を開けると、発泡スチロールに囲われたそれが見えた。慎重に持ち上げ、発泡スチロールを外したら全貌が露わとなった。
艶消しされた黒色、ちょうど額に当たる部分に銀色の文字で刻まれたテックギア社のロゴ、バイクのヘルメットみたいな形をしていた。
テックギア社は元々、ゲームの周辺機器の会社だったんだけれど、その周辺機器の技術の粋を集めてVR機器を開発したんだ。その結果、今ではほとんどのシェアを獲得するほどの大企業に成長した。
ニュース番組の特集によると、このVR機が発売するまでは、値段は十万円オーバー当たり前、と言うのがVR機器の風潮だったらしい。しかし半年前に満を持してテックギア社のVR機が発売された時に、VR機市場はそれはもう大荒れだったみたいだ。無理もない話だと思う。自分たちの機種の半額以下、しかも高性能、騒ぎたくもなると思う。
この出来事は、後にテックギアインパクトと呼ばれているとかいないとか。
まあ、おかげで僕もVR機を手にすることができたし、テックギア様々だ。ちなみに、この機種の名称は
『wagon』
あんまりしっくりこない名前だけど、開発者からすれば今までよりメモリやら何やらが大量に積めたということでこの名前にしたのだと思う。でも、皮肉にも他の会社の機種をワゴン送り(大安売り)にしてるよ……。
おっと、脱線した。いけない、いけない。一人っ子は独り言やらが多くなる。
しばらくwagonを色んな角度から眺めたり、中のクッションの具合を確かめたけれど、……無茶苦茶良いね!クッションは低反発でやばいくらい気持ちが良い。使わない時でもこれを被って昼寝をしたら最高かもしれない。
「えっと、説明書は……っと」
説明書は箱の底に紙切れ一枚だけだった。某林檎をかじったマークの会社かよ!低価格のための節約の努力がここにも垣間見えたよ……とりあえず社員さんおつかれさまです!と心の中で敬礼を送っておいた。
説明書には電源とソフトの挿入場所、使用上の注意が書かれていた。
「と、とりあえず初期設定を……」
コンセントで電源を確保しつつwagonを恐る恐る被り、布団に寝転がって右のこめかみ辺りにある電源ボタンを押し込む。キューンと駆動音が聞こえたその瞬間、ふわりと浮遊感覚に襲われたと思うと、目の前がテレビの電源を切ったように唐突に暗くなった。
※※※
「ん・・・」
気が付くと辺りは真っ白な空間で、自分の体を見てみると、美術の時間に使うポージング確認の人形が半透明になったような姿になっていた。地面は無く、宙に浮いている感じだ。
「な、何か慣れないなぁ」
宇宙はこんな感じなのかな、などと考えていたらポーン、と小気味良い音と共に、
女性のアナウンスが始まった。
「今回は、テック社の製品をご購入いただき、誠にありがとうございます。これより、wagonの初期設定を行います。まずは、ユーザー名をご入力ください。」
そう言い終えるのの同時に僕の目の前に半透明で大きなキーボードが現れた。
「何これかっこいい……じゃなくって、えーっと」
ユーザー名はアルファベットで入力するみたいだ。どうしようか、いつもなら『aaaa』で終わらせてしまう
けれど、せっかくだから何か格好いいのにしたい!などと思ったり、良いのが思いつかない。
「ルシフェル……痛いなぁ、面倒だ!こういうのはシンプルなのがいい!浩二だからkou!」
そう言いつつキーボードでKOUと打ち込んだ。空中に浮いていたウィンドウにもKOUと表示されると、またアナウンスが始まった。
「KOU様、でよろしいですね?このユーザー名は様々なゲームで使用されますので、登録されましたら途中での変更は不可ですよろしければエンターキーを押してください」
「エンターっと、家にパソコン無いからキーボードなんてあんまり触らないし、なんだか新鮮だな」
そう言いつつ見つけた大きなキーを押したら次の項に進んだ。よし、どんどん入力しよう!ユーザー名の後は、性別やら、体重やらを入力した。その後に体感チューニングとやらが始まって、足元に地面ができた後に、自分の体が現実での体と瓜二つに変化したのは驚いた。
顔は、wagonの内側からカメラで撮ったようだけど、電流で体脂肪率を計られるとは思わなかった。けど、頭から電流って大丈夫なの……か?
と、とりあえず、歩行テストとか反応速度のテストなどをした。いやぁ、走っても息切れしないのは良いなあ!さすがはVR!
※※※
「ゴールです。以上で初期設定は終了しました。お疲れさまでした。」
ゴールに着いたと同時にアナウンスが流れた。不意に意識が現実に引き戻され、目を覚ました僕はとりあえずwagonを脱いで一息着いた。
「結構時間かかったなぁ、一時間経ってるよ」
昼の一時から始めて、もう二時だった。でも楽しかったなあ、設定が楽しかったのは始めてだったような気がする。
「設定でこんなに楽しいんだ!ゲームをしたら絶対楽しい!!」
とテンションが上がっていたら、
「浩二!うるさい!近所迷惑でしょ!」
と母からお叱りを受けた。また独り言が漏れてしまった、反省、反省。
今度は騒がないように気を付けながら、wagonの箱の側面に貼りついていたケースを剥がしてタイトルを確認した。
『タブーシードストーリー』
何だか地雷な臭いがするタイトルだけど、仕方ない。店でソフトを買うお金が足りないと気づいて焦ったけど、たまたま値段がほぼ変わらない、ソフトが抱き合わせになっていたwagonを見つけて喜びながら買ったんだから仕方ない。僕はVR・MMO・RPGってのがしたいんだから値段なんて関係ない!要はは面白ければ良いんだ!
と、自分を励ましながら開封、中にはメモリーカードみたいなのが入っていた。サイズはSDカードくらいで、厚さは1㎝くらいで結構ぶ厚い!VRだから容量も大きくなるんだろうね。早速wagonの後頭部のカバーを外した所にある穴にセットした。
これで、晴れて僕も流行に乗れる!知らない人とパーティ組んだりするのは楽しいだろうなぁ、などと楽しい想像をしながらwagonをかぶって電源を入れ、VR・MMO・RPGの世界に僕は旅立った!
※※※
――浩二少年は気付かなかった。
――浩二少年は知らなかった。
オンラインゲームの仕組みを。
VR機器とは、具体的にどの様な物なのかを。
何故、タブーシードストーリーがwagonにほぼ無料同然で抱き合わせされていたのかを。
VR以前に、MMOは当たり前なのだが、インターネットに接続しないと当然出来ないものだ。しかし彼は生まれてから、パソコンといった物に縁は無く、たまにニュースで耳にするため、不特定多数の人と協力したりする事を知っていたようだ。しかし、オンラインゲームもまた、ソフトを入れて遊ぶものなのだと思ってしまっていたため、今回のミスに気が付かなかった様である。
VR・MMOで使用される、何万人もの五感を刺激する広大なフィールドといったものは、とんでもない演算処理が必要であるため、ほぼ全ての処理をサーバーコンピュータが担っているのだ。あくまでVR機器はそのサーバーへのデータ送信機および受信機だ。
彼がソフトを挿入したところは本来、オンラインゲームへアクセスするためのプロダクトキーが封入されている記憶媒体を入れるのだ。サイズが大きかったのは、不正防止のプロテクトがとても厳重に掛けられているためだった。どちらかと言うとソフトと言うよりは、プリペイドカードとしての意味合いが強い物である。
なら、彼が起動したソフトは何なのだろうか?
実は彼が起動したソフトは、つい最近倒産した会社でVR機器黎明期に開発されていたオフライン用ソフトの最終バージョン品である。(初期バージョンは1.0、最終バージョンは9.5であり、かなりパフォーマンス面で改良がされている)
しかし今となっては、VR機器はオンラインでの運用が前提の機器なり、オフライン専用のソフトが売れる筈もなく、売れなくなってしまったソフトが、今人気であるwagonの抱き合わせとして彼の手元に渡ったのだ。
ここで最も問題なのは、このゲームの仕様である。
つい最近まで改良されていたゲームと、最新型のVR機器とはいえ、オフラインでは限界がある。
たとえプレイするのが一人だけだとしても、広大なVRフィールドを好き勝手に暴れられるような仕様では、オンラインサーバーの補助のない、へルメットサイズに収まるメモリやらCPUでは処理しきれないのだ。
ざっくりと例えるならば、坂道をバッテリーの切れた電動自転車で登るようなものである。
そこで、プレイヤーの行動を出来るだけ押さえ、省メモリにする仕様となってしまうのだ。
そう、彼が起動したゲームは──
「キシャー!」
『ゴブリンA、Bが現れた!』
⇒戦う
逃げる
「コ、コマンドゲー、だと……!?」
処理負荷の少ない、レトロなVR・RPGであった、南無。
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