星を届ける配達人
星を届ける配達人
七月七日。
午後十一時五十九分。
『天の川の特等席』は閉店の時間を迎えていた。
最後の客を見送る。
ベルが静かに鳴る。
店の中は、しんと静まり返った。
マスターは窓際の席を見る。
今日も、たくさんの想いがここを通り過ぎていった。
「さて。」
白いエプロンを外す。
カウンターの照明を一つ消す。
それから店先へ出た。
大きな笹が、夜風に揺れている。
マスターは一枚ずつ短冊を外し始めた。
『健康で。』
「今年もお元気そうでした。」
そっと胸へ抱く。
次の一枚。
『君と、この店で笑っていますように。』
「約束ができましたね。」
また一枚。
『幸せになって。』
マスターは静かに目を閉じる。
「ちゃんと届きましたよ。」
紙には、まだ少しだけ涙の跡が残っていた。
もう一枚。
『来年も、この店で。』
思わず微笑む。
「また、お待ちしています。」
そして。
最後の一枚。
『ありがとうございます。』
マスターは小さく頷いた。
「こちらこそ。」
すべての短冊を抱え、店の裏手へ歩いていく。
そこには、小さな石畳の坂道があった。
誰も知らない。
この店の、本当の入口。
坂道の先には、夜空へ続くような細い石橋。
天の川が、すぐ目の前を流れている。
マスターは橋のたもとで立ち止まった。
抱えていた短冊を、そっと空へ放つ。
風が吹く。
七枚の短冊は、星明かりを受けながら舞い上がる。
一枚。
また一枚。
光へ溶けるように。
天の川の向こうへ消えていく。
その時だった。
さらり。
どこからともなく、笹の葉の鳴る音がした。
「今年も、お疲れさまでした。」
聞き覚えのある声。
振り返る。
そこには。
織姫と彦星が並んで立っていた。
もう帰ったはずなのに。
二人は優しく笑っている。
「ちゃんと届くよ。」
織姫が言う。
彦星も頷く。
「毎年ありがとう。」
マスターは照れくさそうに笑った。
「私は届けるだけです。」
「願いを叶えるのは、皆さんですよ。」
三人は夜空を見上げる。
天の川には、無数の星が瞬いていた。
その一つ一つが。
誰かの願いなのかもしれない。
やがて二人の姿は星明かりへ溶けていく。
マスターは店へ戻る。
入口の看板を裏返す。
CLOSED
それから、窓際の席を整えた。
カップを二つ。
テーブルを拭く。
短冊を新しく用意する。
来年も。
その次の年も。
願いを抱えた誰かが、この扉を開けるだろう。
「お帰りなさい。」
その一言と、一杯のコーヒーを用意して。
マスターは静かに店の灯りを消した。
天の川だけが。
いつまでも、優しく夜空を流れていた。




