ウルル
「アんた、「魔女」って知ってる?」
彼女は、冬の太陽みたいだった。
「はい」という答えにしか興味がないようなその作り物めいた端正な顔には、おれじゃない何かを見ている、不可思議な色が白色にマーブル状に溶け込んだ目が、くっついていた。
「マジョって…なんですか。」
「知らないのね。使えないわねこのうすのろ。そんなんだからこんな紙貰うのよ。」
おれが何も言わない内に、彼女は蜃気楼の様に居なくなった。
「なんだったんだ……」
おれは赤い紙を握りながら思わずそうつぶやいた。
「兄さん、ただいま。」
「帰ったか。遅かったな。どこで油を売っていたんだ?」
兄さんはおれと同じ紺色の髪色をしているが、おれとは違って絹みたいな長髪をしている。おまけに、おれと違って兄さんは、物語の神様のようにきれいな顔つきをしている。
「別に、少し散歩をしていただけだよ。」
「そんな時間があるなら鍛錬に使え。お前も里守隊に入ったんだから、次の満月の夜にはでかい戦いがあるんだぞ。」
きれいで料理も得意で頭もいい兄さんは、さらに里守隊……つまりこの里を守る槍とかを持った集団…の隊長だ。つまり強い。
だから、里中の女が虜になる。
彼女も、兄さん相手だったら態度も違っただろう。少なくとも、うすのろとは言わないはずだ。
「……兄さん。」
おれは何故か、彼女の事を話すかどうか、躊躇った。
「いいからとっとと夕飯を食え。明日から稽古をつけてやる。」
そう言いながら兄さんは、近くの森で取れた作物をふんだんに使ったスープを、おれのお椀によそった。
この里は森に囲まれていて、だからこそ食べ物には困らないが、その代わりマモノが出る。
マモノはでかいし、つよいし、残虐だ。
マモノはマオウという存在が使役していると里に言い伝えられている。
マオウは森の奥に住んでいるらしい。子供の頃口すっぱく言われたことだ。
マオウは光が強いと隠れてしまう。逆に闇の中だと力を増す。
だから、満月の夜が良いのだ。
明るすぎず、暗すぎないから。
里守隊はマモノと戦い、里を守る集団だ。
採用試験が月に一度行われていて、おれはやっとそれに受かった。
赤い紙に書かれた採用の二文字を見ると、心が沸き立つ。
一年に一度、森の奥まで入り、マオウを探す。それまでに受かって良かった。
すぐにマオウを倒して、兄さんに負けないくらい強くなってやるんだ。
訓練は大変だった。マメは潰れたし、毎日寝床に入ると足がじんじんした。
あの日から一度も、彼女の姿は見なかった。
里の女たちは相変わらず兄さんに夢中で、おれなんかには見向きもしなかった。
おれは物語の主人公の様に急に強くなったりも、秘められた才能が開花したりもしなかった。
弱いままだった。
「アんた、里守になれなかったわけじゃなかったのね。」
守屋の裏で休憩をしていると、頭上からそんな声が降ってきた。
「ああ、このまえの。おれにはもう、用は無いんじゃなかったんですか。」
少し意地悪になってしまったのは、ちっとも強くなれない自分に嫌気が差したのと、この世でたった一人しかいない家族への羨望で、卑屈になっていたからだった。
「……くすっ……あははっ……アんた可愛いとこあんじゃない。一度しか会ったことないのに、それをずっと引きずってるなんて。ふふ……誤解があるわよ、用は無いなんて一言も言ってないわ。」
「でも、急に居なくなったじゃないですか。」
彼女はまだ少し笑っているようで、震える声で言った。
「あん時はただ……今もだけど、アたしは忙しいのよ。満月の夜までに魔女っていうのを見つけ出さなきゃいけないの。」
マジョを。
「それで今日は、アんたにお願いをしに来たのよ。アんた、この里にある古書、あーー……古い本、を見ることってできる?」
「そういうのなら、兄さんに言えば良いと思いますが。」
やはりおれは顔をあげずに言った。おれの汗まみれな顔を見られたくなかったし、兄さんの端正な顔を毎日見ているせいか、自分の見た目にすっかり自信を無くしてしまった。だから最近は、誰にも顔を見られたくはなかった。特になぜか、彼女には。
「言ったわ。アんたマジョ知ってる?って。お前は誰だ、まさかマモノじゃないだろうなと剣を突きつけられたわ。頭でっかち極まりないわ。アんたみたいに会話をしてくれた人間は、この里にはアんた以外にいなかった。だから来たのよ。
ほら、早くアたしに里の本を見せなさい。」
彼女があまりに堂々と、胸を張った声で言うものだから、おれは思わず顔を上げてしまった。兄さんのことを頭でっかちと言う人を、おれは知らなかった。
「あらアんた、星空みたいな綺麗な目してんのね。」
結局、里の書物は見せてもらえなかった。
「一体何なのよ、あの守衛。本くらい良いじゃない、誰が見たって。」
「書物は里で一定の地位を持ってないと見れませんから。……すみません、力になれなくて。」
アんた誠実なのね、と彼女は雪が降るみたいにつぶやいた。
「申し訳ないと思うんだったら、アたしのために里で聞き込みしてくれる?アたしが聞いても誰も教えてくれないし。」
おれは快く承諾して、その日は彼女と別れた。
おれは彼女に好かれたかった。だから何でもしてやりたくなったのだ。
里の老人たちや兄さんや兄さんの同僚に何日か聞き込みをして、わかったことがある。
マオウ、いや魔王は昔、マジョ……魔女と呼ばれていたこと。
魔女はみな、不思議な見た目をしていること。
魔女は年を取らないこと。
魔女は人とは違う生き物であること。
魔女は人とは違う感性を持つこと。
魔女は人とは体の作りが違うこと。
魔女は滅多に人里に姿を見せないこと。
だから……
今の文字が読めないこと。
――サトモリニナレナカッタワケジャナイノネ。
「アたしの名前、ウルルっていうの。覚えておいて。」
何回目かの逢瀬。
情報提供という名の逢引。
六本の指がついた真っ白な手で、おれの頬を彼女は撫でた。
彼女の体は、やはり太陽のように熱かった。
満月の夜が来た。
里守隊の隊列から抜け出して、おれは森の中を駆けた。
「ウルル!ウルル!」
「ああ、アんた、アんたね。きちゃだめって言ったのに。来ちゃったのね。……どうか、どうか、アたしを、殺して。お願い。」
一人、たった一人で、森の奥の小さな小屋の前に立つ魔女はそう、おれを見て、言った。
魔女は、マオウは討たれた。
おれは里を出た。
どこか遠くへ。
静かな場所で、「この子」を育てよう。
おれが抱えている卵は、
不可思議な色が白色にマーブル状に溶け込んだ色をしていた。
「お父さん。どうして笑っていたのですか。」
「お父さん。罪って何だったんですか。」
「お父さん。オカアサンってなんですか。」
「お父さん。どうして私は歳を取らないんですか。」
10年、また、10年。生きる度に、生き抜くたびに、木の杭に話しかけに行く。
「お父さん。私は、おかしいのでしょうか。」
「お父さん。」
教えて、と、口の中で喋る。
木の杭は、朽ちて、消えてしまった。
知りたい。
知りたい。
知りたい。
私はどうして産まれたの?
私はそうして、赤子を産み落とした。
誰の子でもない。
強いて言えば、世界の子。
名前は……
4月になったら、長い話を投稿しようと思っています。
小説家になろうの投稿の仕方を確認するために投稿しました。うまく投稿できているでしょうか。




