第2回 水着はなぜ布地が少ないのか
夏は盛りを迎え、連日最高気温を更新したというニュースが流れている。
毎年のように異常気象だというニュースを見るが、毎年ならそれは通常なのではないだろうか?
これはよくある誤解なのだが、平年とは過去三十年の平均値であって、そこから大きく外れたからといって、それが異常だ、とはならない。
例えば大雨が降ったとしよう。
この二日間で平年の八月の平均降雨量を超えてしまいました、とアナウンサーが言っていたとする。
それを聞いて、今年はものすごく雨が降っている。異常気象だ。と思うのは早計だ。
いざその八月が終わってみれば、一ヶ月の間に雨が降ったのはその二日が中心で、平年の八月降雨量よりちょっと多かっただけで済む可能性もある。
もし大きく雨量が多かったとしても、過去の記録を年ごとに参照して見れば、平年より多い年もあれば、少ない年もあるだろう。
平年の雨量、気温、天候というのは、あくまで過去三十年平均値の話である。単年で見ればズレるのが当然なのだ。
「だから今年はいつもより暑いと言っても、それは暑い日があるというだけで、ずっと暑いわけではない。地球の平均気温は温暖化によって上昇しているが体感できるほどの上昇になるのは何十年も経ったらの話だ。それに例え今年の夏が平年と比べ特別に暑いんだとしても、異常気象とは言い難い。酷暑の年があり、冷夏の年がある。気候とはそういうものだ」
「それにしても暑いよね。もう外に出らんない」
「出なきゃ帰れんだろうが」
俺たちは熱中症を恐れ、公園で過ごすのを諦めて近場のコメダ珈琲に移動していた。
「水着買いに行きたかったんだけどな」
「友だちとプールでも行くのか?」
「そうそう」
「去年のでいいだろ」
「それが入らないんだよね。あ、太ったとかじゃないよ!」
「別にそうは言ってないが。まあ、そういうこともあるだろう」
成長期がいつまで続くかは人によって違うからな。
どこが成長してるとは言わんけど。
「それにやっぱり新しい夏は新しい水着がいいじゃん」
「業界に踊らされる者だったか」
「あんたこそ自分で服くらい買いなね? いつまでもおばさんの選んだ服着てるもんじゃないよ」
「でも母さんセンスいいからな」
「それは認める」
母親の買ってくる服というとダサいのが定番だが、俺の母さんは無駄にセンスがいい。買ってくるそのまま着ていれば間違いないので助かる。
「水着というと、あれか、ほぼ下着だけど、水着ということになってるからセーフみたいなやつか」
「言い方ぁ! 水着は水着、下着は下着!」
「でも布地面積から言うと、なんなら水着のほうが少ないまであるだろ。あれはどういう理屈なんだ? さっぱり理解できん。泳ぎに適しているわけでもないし、肌を日に晒しすぎだし、なんのためにああいうのを着るんだ?」
「そういえばこいつプールでも頑なに上着を脱がないヤツだった」
「紫外線は肌に良くないからな」
「日焼け止めを塗れよ!」
「日焼け止めとは言っても完璧ではないだろ。そもそも人前で肌を晒すのはあんまりだな」
「ヒョロガリだもんね」
「それもある」
「認めちゃった」
事実は事実として認めざるを得ない。
「見苦しい体をわざわざ人目に晒すこともないだろ。見られたくない。見たくない。需要と供給を満たした完璧な結論だ」
「私は自分のスタイルに自信があるからね。見せたいから水着着る」
「なるほど。露出の癖あり、と」
「なんでだよ! プールに入るんだから水着を着るのは当たり前じゃん!」
「確かに熱い夏に涼を求めて生温い人の多いプールで芋洗いをする気持ちは……わかるが」
「絶対分かってない言い方だ!」
「わざわざ露出の多い水着を着る意味がわからんという話だ。濡れるから水着を着るというのであれば、丈の長い水着もあるだろう」
「それはもう競泳水着だよ。レジャープールで着てたら逆におかしいんよ」
「競泳でなくともよくあるだろう。しましま柄の袖まである水着」
「いつの時代だよ。昭和前期か!」
「女性は普段紫外線をあんなに気にしているのに、プールでだけ箍が外れる。なにか集団催眠のようなものを受けていないか? プールはそういう電波を出しているのでは?」
「発想こわっ!」
君はそう言ってでらたっぷりのアイスオーレをストローで吸い上げた。
「冗談はさておき、プールが一種の発表会だということは理解している」
「発表会?」
君は頭の上にハテナマークを浮かべたような顔になる。
俺はチョコレートケーキを一口大に切って口に運ぶ。
しっかり味わってから続きを口にした。
「例えば楽器の発表会だ。それまで努力したことを多くの人に向けて披露するだろ」
「そうだね」
「プールというのもそれだ。男女ともに他人に見られるに相応しい体を作り上げ、それを飾る水着で他人に向けて発表する場。それがレジャープールだ」
「違うよ!? どう考えてもそれはレジャーじゃないよ! 楽しそうじゃないよ!」
「だが見窄らしい体で堂々と露出できるものでもあるまい」
「いや、言っていいのかわかんないけど、結構いるよ……」
「露出狂が?」
「だらしない体型でも水着姿の人がだよ!」
「恥ずかしくないのか?」
「プールなんだからそういうもんじゃん」
「プールだから恥ずかしくない、というのがわからないんだよ。だって普段は見せられないところまで肌を露出しているわけだろ。それがプールという空間にいるだけで見せても構わなくなる。プールって公共の場だよな? 公衆わいせつ罪では?」
「プールだよ?」
「いや、このハラスメントに厳しい時代だ。制服姿であっても凝視すればセクハラと訴えられかねない時代に、公共の場で下着みたいな姿になる風習が残っているほうがおかしい! せめて男女で空間を区分けするとかしてくれないと安心してプールを楽しめる気がしない」
「別に呼んではいないが?」
「それはそう」
俺はそのプール、お呼ばれしてないよね。
「そりゃジロジロ見られたら嫌な気持ちになることもあるけどさ。せっかくスタイルに気を遣って、可愛い水着を着るんだから、見られたいって気持ちもあっていいでしょ」
「うーん。絵が上手く描けたから人に見せたいみたいなもんか」
「絵を描く人の気持ちはわかんないけど、そんな感じかも」
「確かに健全絵より微エロのほうが閲覧伸びるしな」
「男って……」
「男はそういう生き物だ。諦めろ」
「はぁ~。しょうがないなあ」
君はずぞぞとアイスオーレを最後まで飲みきる。
「ほら、行くぞ」
「どこへ?」
「水着買いに行くんだよ。あんたに最初に見せたげるからそれで許せ」
「意味がわからん」
そういう俺の文句を聞かずに、君はフォークを勝手に手に取って、俺が残していたチョコレートケーキの残りを口に放り込んだ。




