第1回 花火はなぜ夏なのか
これは夏休みに入ってすぐの話だ。
俺はスマホを片手に家を出てコンビニに向かっていた。
連日熱帯夜が続き、深夜だというのに蒸し暑い。
冷房の効いた部屋から出てきたことをもう後悔していた。
こんなことなら冷凍庫にあった姉の名前が書かれたハーゲンダッツを勝手に食えばよかった。
その後に受ける折檻のことを考えると少し肝が冷える。
図らずも少しばかり涼しい気持ちになった。
こういうのも納涼というのだろうか。
夏の夜と言えば怪談話だが、そうなるのも宜なるかな。
冷房の無い時代の知恵であろう。
深夜にもかかわらず煌々と光を放つコンビニの自動ドアが開くと、冷房の効きすぎたひんやりとした空気が流れ出てくる。
客の出入りを知らせるチャイムが流れ、店員がやる気の無い声で挨拶だけしてくる。
俺は定番のチョコモナカジャンボを手に会計を済ませて外に出る。
すぐそこにある児童公園にはもう君がいた。
ベンチに座ってフレスコのビニール袋を横に置いている。
「よっす」
俺が声をかけると、君はスマホから顔をあげた。
「よっす。こんな時間なのに暑いね」
「夏だからな」
「当たり前すぎる」
深夜なのを考慮してか、小さく笑って君はスマホを膝の上に置くと、フレスコのビニール袋から見慣れたアイスを取り出した。
パピコだ。
封を切って袋から取り出したパピコをパキッと二つに割る。
そして二つのパピコを両方自分の口に突っ込んだ。
「分けてくれるんじゃないのかよ」
「んーんんー」
「食ってから喋れ」
俺がそう言うと、君はようやくパピコを口から離す。
「子どもの頃から一度やってみたかったんだよね。ダブルパピコ」
「それは果たしてダブルか?」
「半分に割った状態で食べるのがデフォだから、二本だとダブルじゃない?」
「だがパッケージとしてはひとつだからな」
「じゃあ私がこれまで食べてきたのはずっとパピコハーフだった……」
「そうじゃない? 知らんけど」
返事は無かった。
君は再びダブルかシングルか答えの出ないパピコを口に含んでいる。
俺はため息をついて君と同じベンチに腰を下ろした。
俺と君の間にはフレスコのビニール袋がある。
俺は俺でチョコモナカジャンボの封を開けて齧り付く。
バニラアイスに包まれたチョコがパキッとした感触を伝えてくる。
個人的にはもう少しチョコが多いと嬉しいのだが、人生とはままならないものだ。
「じゃあ今日の議題はパピコのパッケージはシングルかダブルかについて」
「んーんー」
君はパピコを咥えたまま首を横に振る。
どうもお気に召さないらしい。
俺は少々考えた。
そして結局事前に考えてあった議題を取り出した。
「じゃあ花火について」
「お、いいね。夏らしい」
「それだ。良い点に目をつけた。君はいま花火と聞いて夏らしいと返した。なぜ?」
「そりゃ花火大会っていうと夏だからでしょ。手持ち花火も夏休みにやるイメージだし」
「冬に花火やっちゃいかんのか?」
「駄目ってことはないけど、イメージが合わないなあ。そもそも冬に花火って売ってなくない?」
「売ってないからといってやっちゃいけないわけではないだろ」
「そうだけど」
ちゅーっとパピコを二本吸いながら君は空を見上げる。
「あれじゃない? 冬は火薬が湿気っちゃうとか」
「冬こそ乾燥してるだろ。むしろ火薬の保管には適していると思うが、火災が怖いというのはあるかもしれないな」
「まあ、確かにUSJの年越しイベントのとき花火あったなあ。冬でもいいのか」
「俺がインフルで行けなかったヤツか」
この前の年末年始は二家族で年越しをUSJで遊び尽くすはずが、俺だけインフルエンザにかかって行けなかったのだ。
そして誰一人看病に残ることなく、俺はカロナールだけを頼りに年を越した。
「いやー、楽しかったね。また行こうね」
「存在しない記憶を植え付けようとするな」
「面白かったよね。バック・トゥ・ザ・フューチャー・ザ・ライド」
「それは本当に存在しない記憶だから、花火のこともちょっと疑ったほうがいい」
USJからバック・トゥ・ザ・フューチャー・ザ・ライドが消滅したのは確か2016年のはずだ。
幼い頃に乗ったことはあるかもしれないが、どうだったか?
マジで記憶にないな。
「でも花火は実際上がるみたいだな」
スマホで調べてみるとUSJでは年越し時に花火が上がるようだ。
「つまり花火は夏と決まっているわけではない。にも関わらず夏のイメージばかりが先行している。別にクリスマスに花火を楽しんだっていいはずだろ」
「いいね。雪だるまに花火差そう」
「売ってたらな」
通販なら買えるんだろうか。
花火は危険物で郵送できないとかあるかもしれない。
「それはそれとして夏は花火でしょ」
「語順を変えるな。意味が変わってくる」
「花火は夏、夏は花火……、確かに?」
「そもそも納涼とか言って、時代が違うとは思わないか? 昔は日が沈めば涼しかったかもしれないが、今はこの通り熱帯夜がデフォルトだ。花火大会ともなるとそこら中から人が集まってきて、混むわ、暑いわ、なんでも値段が高いわで、いいことなんてなにもないぞ。花火大会も春とか秋に移行するべきだな」
「風情がないなあ。あの熱気がいいんじゃん。亀岡の花火大会は8月だよ」
「有料だぞ。亀岡は」
「花火大会で有料!?」
「亀岡駅の近くで一人5,000円だ」
「花火だよね? どこからでも見えるよね?」
「そうだが、絶景ポイントは押さえられてるだろうな。芝生エリアのペアで12,000円だ」
「ぎえ」
「チケットを買ったところでぎゅうぎゅう詰めだと思うぞ。それでいいのか?」
「良くはないけど、妙に詳しいね」
「まあ、話題だったからな」
「チケットに交通費、出店でもお金使うことを考えると、……無理だあ」
俺たちはまだ高校一年生だし、バイトをしているわけでもない。
お年玉だってもう残ってないしな。
「祇園祭でお小遣い使い切っちゃったよ」
「ご愁傷様」
その割にはパピコを買う余裕はあるようだが?
君はパピコの残りをズズズッと吸い込んで、ぷはっと息を吐くと、俺を指差した。
「亀岡の花火、お金がかからなくて見える穴場をリサーチしておいて!」
「いや、俺は宿題やらないといけないから」
「あんたは8月までに終わらせるでしょ!」
「そりゃそうだが」
そのために7月中は根を詰めて宿題に取り組んでるわけだしな。
「報酬にこれをやろう」
君はフレスコのビニール袋をずいとこちらに移動させる。
「人をゴミ箱にした上に、調べ物までさせようってのか」
「一生のお願い!」
「君のそのセリフ、もう人生で100回は聞いてるぞ」
「一生に一度のお願いとは言ってない」
「図々しい」
「綺麗に撮れたら画像送るから」
「花火にスマホを向けるな。自分の目でちゃんと見ろ」
「だったらちゃんと監視しといてね」
「それだと俺が花火を見られないだろうが」
俺はチョコモナカジャンボの袋をフレスコのビニール袋に入れて、それを手に立ち上がった。
「一応調べるだけな。当日見られなくても文句は言うなよ」
「やったぜ」
君も立ち上がり、ちょっとした夜会は幕を下ろす。
「送ってくよ」
「送ってくもなにも同じ方向じゃん。恩を売りつけんな」
君はタタッと走って前に行くと、振り返って手を振った。
「ほら、早く! 送ってってくれるんでしょ」
「同じ方向だからな」
これは俺と君の他愛ない日常だ。
昔からずっとこうで、これからもこうでありたいだけの、ちょっとした四方山話である。
「チョコレートは砂糖無しだと苦いって話」が書いてて楽しかったので、幼馴染み二人が四方山話をするだけのシリーズを立ち上げてみました。




