美咲
馬島から託された防弾セダンが、激しい雨を切り裂いて走る。 バックミラーの中で、雨に打たれ立ち尽くす馬島とあかりの姿が遠ざかっていく。
本当の敵は、馬島組の上……この国を影から操る巨大な利権集団。 そいつらが、俺たちの逃亡を「観測」している。
これまでの三十回、俺がどれだけ足掻いても家族が死んだのは、偶然の事故でも馬島の執念でもなかった。 「上の奴ら」が、俺たちを殺すと決めていたからだ。
……お兄ちゃん。
後部座席で、美咲が俺の服の裾をぎゅっと握りしめた。 その手は、凍えるように冷たい。
お兄ちゃん、あのね。 さっき、あの黒い車の人たちが銃を向けた時。 「外れろ」って、心の底から思ったの。 そしたら、本当に弾が逸れた気がして。
俺はハンドルを握る手に力を込めた。 ……思い返せば、これまでのループでも不可解なことはあった。 絶体絶命の瞬間、ありえない方向に車が滑ったり、致命傷を避けるように瓦礫が崩れたり。
あれは、俺の運命力じゃなかったのか。 美咲の、「生きたい」という微かな願いが現実を歪めていたのか。
美咲。 お前、今、何が見える?
俺が問うと、美咲は窓の外の暗闇をじっと見つめた。
あっち……大きなクレーンがあるところに、青い光が見える。 あそこに行けば、たぶん大丈夫。
それは馬島が言っていた、コンテナヤードの方向だった。 馬島という「外部の助け」と、美咲という「内部の覚醒」。 三十一回目にして初めて、絶望の数式に未知の変数が加わった。
だが、代償はある。 美咲の鼻から、一筋の鮮血が垂れた。
美咲! 良太、この子、熱が……!
母さんの悲鳴が上がる。 思ったことが現実になる。それは、十五歳の少女の精神と肉体を削る禁断の力だ。 彼女が願えば願うほど、美咲自身が壊れていく。
俺はアクセルをさらに踏み込んだ。 クレーンが見えてくる。 そこには、馬島が用意した隠れ家などではない、もっと異質な「何か」が待ち構えていた。
空から、サーチライトの光が突き刺さる。 追っ手はもう、すぐそこまで来ている。
……死なせない。 美咲の力にも、上の奴らの筋書きにも、これ以上は頼らせない。
俺は車をコンテナの影に滑り込ませた。 三十一回目の夜。 ようやく、反撃の準備が整った。
__________




