組長
承知いたしました。三十一回目のループ、ついに全ての元凶である馬島組組長が、良太たちの前に立ちはだかります。逃げ続けてきた少年が、初めて「牙」を剥く瞬間を描きます。
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裏帳簿を抱えたあかりが、土砂降りのアパート裏に現れた。 その顔は恐怖で真っ青だったが、俺は構わず彼女を軽自動車の運転席へ押し込んだ。
どうしてパスワードを知ってるの……? お父様に知られたら、本当に殺される……。
震えるあかりの肩を、俺は強く掴んだ。 知ったことか。 お前が殺されるか、俺の家族が死ぬか。 俺は、三十一回目にしてようやく後者を選ばない術を手に入れたんだ。
車を発進させようとした、その時だった。
前方の闇から、二条の強烈な光が差し込んだ。 逃げ道を塞ぐように停車したのは、あの黒塗りの大型セダン。 ゆっくりとドアが開き、一人の男が降りてくる。
馬島組組長。あかりの父親であり、俺たちをこの地獄に叩き落とした張本人だ。 傘も差さず、雨の中に立つ男の眼光は、まるで獲物を追い詰めた猛獣そのものだった。
あかり、何をしている。
低く、地を這うような声。 それだけであかりは悲鳴を上げ、ハンドルを握る手がガタガタと震え出した。 母さんと美咲は、後部座席で身を寄せ合って泣いている。
三十一回、繰り返してきた。 いつもはここから逃げ出し、どこかで追い詰められ、誰かが死ぬ。 けれど、今回は違う。
俺は車から降り、雨の中に足を踏み出した。
良太、ダメよ! お兄ちゃん!
背後で叫ぶ二人の声を無視して、俺は男の正面に立った。 十八歳のガキが、本物のヤクザを前にして平然と立っている。 その異様な光景に、組長はわずかに眉を動かした。
ほう……。 娘を唆して逃げる算段か。 だが、そのバッグの中身を返せば、お前以外の二人は助けてやってもいいぞ。
男は冷たく言い放つ。 嘘だ。 その言葉を信じて、母さんが殺された回を俺は知っている。 信じて、美咲が連れ去られた回を覚えている。
馬島さん。
俺は、一歩前に出た。 雨水が目に入るが、瞬きさえもしない。
あんたは三秒後に、懐の銃を抜こうとする。 でも、その前にあんたの右脚を狙っている奴がいるって言ったら、信じるか?
……何を言っている。
俺は男の背後のビル、その三階の窓を指差した。 そこには、かつてのループで馬島組に潜入し、組長を狙っていた対立組織のヒットマンがいるはずだ。 これまでの死で得た、唯一の「外部情報」。
あんたがここで俺たちを殺せば、あんたも死ぬ。 俺と一緒に、三十二回目を始めるか?
狂気。 俺の目を見て、組長が初めて明確に表情を強張らせた。 ただのガキじゃない。 地獄を数え続けて、心が壊れた怪物の目。
俺は裏帳簿を高く掲げた。
さあ、交渉だ。 あんたの命と、俺たちの自由。 どっちが重いか、今すぐ決めろ。




