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涙物語  作者: 氷見山流々


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9/9

天を仰ぎ、想う

 どこまでも続く草原を、二頭の馬がゆったりと進む。西の山脈から吹く寒風はすっかり鳴りを潜めて、温かな春風が体をくすぐる様にして駆け抜けていく。足元には生まれたばかりの小さな花がいくつも通り過ぎ、遠くには野兎たちがじゃれあう姿が見える。澄んだ青空には小鳥が飛び交い、どこからか鷹の鳴く声も聞こえた。

 ひょっこりと現れた懐かしい村の風景をレイサリスはムーフェの背中越しに見る。一段落した後に何度か手紙は送っていたが、帰ってくるまでに季節が一巡した。聖王都やウェンダーでやらねばならないことが終わったので、漸く村に帰ってくることが出来た。しかし、必ず聖王都には戻る。あの死した大地を蘇らせるためには、多くのことを学ばねばならない。書物はたくさん借りたので、それで知恵と知識を蓄えてから、己の罪に向き合おうと考えていた。

「いいなあ。長閑な村に見える」

 後ろに付く馬を操りながらザンが呟く。

「俺たちの村もあんな雰囲気だったかなあ。もうあんまり覚えてないけど」

「そうだな、すっかり忘れちまった。だけど、あたしらの村に似てるような気がする」

「あいつの村も、こんなかんじだったのかなあ」

 不自然な沈黙が生まれた。レイサリスもムーフェも、ザンが曖昧に濁したその人物を読み取っていた。

「今更、同情することもない。奴は涙の騎士だったし、今や天界に住まう天使になった。あいつが涙を司ってるのは癪に障るけどよ」

「でも、シャイナが天使になってくれたからレイシーは故郷に戻れるんですよ? それに涙教の被害者なのは俺たちと同じだし、そう思うと、もっと優しくしてやれば良かったなあって気持ちになります。ああ、そうだ。天に向かって祈ってみたら、あいつに届くかな。あの時はごめんよ、って。なあ、レイシー?」

 レイサリスは振り向いて、首を傾げて見せる。

「うーん、どうでしょうね。シャイナさんはムーフェさんと同じくらい素直じゃない御方なので、ちゃんとは受け取ってくれない気がします」

「言ってくれるじゃないか。あたしの何処が素直じゃないって?」

 ムーフェはレイサリスを穏やかな顔つきで睨んだ。それにレイサリスはわざとらしく顔を背けてみせた。

「じゃあ言葉より行動で示した方がいいな。俺たちから目を離さないでいてくれればいいけど」

 天から見ていてほしいと、レイサリスも思った。地上に生きる人々が足掻いて、苦しんで、そして成し遂げるものを見届ければ、彼も心に光を宿せる。それだけじゃない。彼に与えた力が、地上に何を齎しているのかを見れば、きっと人間の尊さに気付ける。人間が取り戻した涙。泣くことの意味。その全てはレイサリスもまだ知らないものだったが、今や目前にその一つが迫っていた。

 涙はもう誰かのものではなくなった。誰もが分かち合う、ありふれたものになろうとしていた。

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