おじいさんのパン
目が覚める。かなりの時間眠っていたみたい。小屋の天井とバトランが目に入る。
「むにゃ。」
バトランがバカ面で眠っている。意外な一面だ。あれ、アヴァは?
「リイン、おはよう。」
アヴァが小屋のドアを開けながら言った。私は安堵した。
「おはよう、アヴァ。」
「うん。バトランはまだ寝てるんだね。昨日、パンを貰ったんだ。ここには優しい人もいるんだ。知り合ったおじいさんが毎日焼いているらしくてね。いつも余るから取りにこいって。外にテーブルがあるから置いておくね。準備しておくから、バトランを起こしておいて。」
「わかった。アヴァは起きるのが早いね。嬉しい。優雅なテラスでの朝食だ。」
「豪華なものはないけどね。私はちょっと用事があるから。」
「ありがとう。準備したら行くね。おい、バトラン。起きろ。おーい。よっ。」
バトランの顔をつねってみる。餅みたいに伸ばしてみる。ふわっふわのもっちもちだ。日頃の私への不敬の仕返しに丁度いい。
「むにゃ。む。・・・おはようございます。」
バトランを起こして軽く身支度を整えた。外に出ると涼しい風が吹き抜けた。結構、登ってきたんだな。夜には見えなかった風景がある。
自然の花畑が足元にある。ここだけを切り取れば美しい世界だというのに。切り取り線はない。残念ながら同じ世界として繋がっている。場所がちがうだけだ。
この山を降りたあの世界もこの世界だ。きっと風は地上にも届いている。
「紅茶の茶葉を持ってきていたのです。お湯がないので昨日の夜から水で抽出しました。どうぞ。持ってきたのがジャスミンで良かったです。」
寝起きのときとは大違いだ。バトランはテキパキと動き、そう言って、水出し紅茶をコップに注いでくれた。柔らかな黄の色。
私達がいたあの名前のない真っ白な世界では、文字通り、世界中の茶葉が手に入る。それくらいしか神としての特権はない。茶葉にはそれぞれ特徴がある。私は気になったので、聞くことにした。
「ねえ。なんでジャスミンだと良いの?」
「ジャスミンの茶葉は水出しでも充分に抽出できるからです。美味しいですよ。」
バトランに勧められて、一口飲んでみる。なるほど、お湯のときよりも苦くない。清涼感がある。
「へえ。確かに。爽やかで雑味もないし、好きかも。あ、パンも食べよう。折角、アヴァが用意してくれたんだし。」
「本当に味覚だけは鋭敏ですね。リインは。」
パンをナイフで切って一口食べる。硬いが美味しい。バターを塗りたくなる。
この味は何というか。パンを更に咀嚼すると私は気が付いてしまった。気付いてはいけないことに。
「・・・バトラン。ちょっといいかな。そのパンを食べる前に聞いて欲しい。」
「どうしました?」
バトランが切り分けたパンを皿に置き、不思議そうにする。私は嫌な予感がして、躊躇いが生まれたが覚悟して言うことにした。
「どうして気が付かなかったんだろう。水は綺麗な水をアヴァが汲んできているみたい。美味しいし安全なもの。でも。パンに使われている水は。」
「水・・・ですか。ええと・・・まさか。」
「薄っすらとだけど。このパンからあの花と同じ味がする。ジャスミンティーと一緒。オピの花は水に溶けやすいんだ。飲み物にも混ぜられるようだから。アヴァはパンはおじいさんから貰っていると言っていた。それも毎日。私には彼女が初めてパンを食べてから、どれくらい経ったのかが分からない。まだ間に合うかも知れない。」
アヴァはどこに行ったんだ!?嫌な予感がして、胸がざわついている。私とバトランは椅子から立ち上がって走り出した。




