毒の花、オピ
息を整える。相変わらず空気が美味しい。久しぶりに走った。発汗した。人間らしさを感じるその懐かしい行動に私は喜びを噛み締めた。
まだ息は完全に整ってはいないが、一先ず、小屋の中に入ると椅子が三つあり、それぞれが腰掛ける。
「はっ。はぁ。はー。ねえバトラン。追手が来ないのに走る必要あった?」
「ぜぇ。ぜー。全く無かったですね。ぜぇ。い、いや、あの恐怖から逃げたかったんですよ。気味悪さというか。それにリインが走り続けるから。」
「この子が走るから。」
「なんか慌ててたから。このメイドのお姉さんが。一刻も早く逃げるんだって言ってなかった?」
なるほど、みんなが焦っていたから、各々が変に気を使って誰も走るのを止めなかったんだ。
「誰か止めてよ!言おうよ!・・・ふふ。私もか。ま、いいや。なんとかあの場所から逃げれたようだから。少年。ありがとう。」
「うん!ん?・・・少年って!僕は女だぞっ!名前もアヴァだし!」
そう言って少年はフードを脱いだ。露わになった顔立ちと長い黒髪を見ると確かに少年ではなかった。少女だった。
あとで彼女の言ったことの意味がわかった。アヴァは一般的に女性に付けられる名前らしい。
「あら、可愛いらしい。僕?主語が僕なのに?ややこしいですね。」
「ちょ!やめろし!へへ。」
バトランがアヴァの頭を撫でると、年相応に照れくさそうにしたが、満更でもなさそうだ。
「そういうこと言わないの!私はリイン。えっと。遠い国から来たんだだけど、ここで一泊しようとしたら飲み物に毒を盛られた可哀想な少女!でこっちは。」
「バトランです。少女って。そんな年齢でもないでしょう。私はその毒をごくごく飲んでた可哀想なやつの友人です。」
「バトランはメイドじゃないの?」
「ああ。くっ。くそ。これは趣味です。・・・なんですか。」
あんなに嫌がっていたメイド服を自分の趣味だと言うバトランに笑いそうになる。
「それよりも、リインは飲んじゃったの!?あの飲み物を!?」
アヴァは本気で私を心配してくれている。
「ああ、それは大丈夫です。この人は特殊体質ですから。ですよね。」
「うん。まぁ、神のご加護みたいなもの!」
私そのものが神なんだけどね。
「・・・驚いた。そんな人がいるんだね。ごめんね。あの人達に悪気はないの。ここに来るまでに沢山の光る花を見てきたでしょ。」
「うん。綺麗だしこんな真っ暗な夜でも道を照らしてくれてる。」
「このオピという花はね。村の名産なんだ。ここにしか咲かない花。そして、ここの空気でないと朽ちてしまう。だから持ち出しが出来ないんだ。」
そう言って、アヴァは一輪のオピの花をバトランに渡した。
「売れるんですかね。これ。」
バトランの一言で私は確信した。あの飲み物を飲んだから分かる。オピの花は売れる。売れるに決まっている。
「これ、麻薬成分あるでしょ。でなければ、あんなに美味しくないものを牛乳に混ぜたらしないから。」
「うん、正解。もちろん違法だよ。」
「関係あるか分からないんだけど。ねえ、アヴァ。なんで私達は飲食や寝泊まりがタダなの?」
さっき店員さんに聞いた質問を同じくアヴァにもしてみた。
「関係あるよ。一度でもあの花を食べたり飲んだりするとね。ここを離れたくなくなるんだ。オピには毒があるっていったよね。この地域の人には効かないんだ。でも、他の地域から来た人には。」
「なるほど。効く。一度でもオピを摂取したなら中毒になるということですね。普通は。」
バトランがじろじろと私を見ながらそう言った。
「そう。そうなったら、大金を払ってまで手に入れようとする。その毒で死ぬまでね。持っているお金の殆どをここに置いていく。だから、他所からきた人には最大限のもてなしをするの。」
「それが、毒の花しかないこの地域が儲かる理由ですね。アヴァはどうしてこんなところに。」
「・・・ここには家族で旅行に来たんだ。僕達も、もてなされた。僕だけが飲まなかった。」
アヴァは神妙な面持ちでそのときの詳細を語ってくれた。もう彼女の両親はいない。あの花に出会ってからの生活は聞くに耐えなかった。
毒の花、オピ。それがアヴァに絶望をもたらした。




