神の判断
「あぁー。美味い。」
香ばしい香り。食後のコーヒーを飲みながら、日の出を待つ。ロップは苦いと言ったのでバトランが淹れた紅茶に砂糖を大量に溶かしたものを飲んでいる。
「忘れてた。リイン、バトラン。そういえば、この時間だけ見られるものがあるんだ。美しいなんて感情、一人だと忘れていたよ。漫然と見てたけど、良いものだよ。ほら。この瞬間だけしか光らない。」
ロップが空に指をさす。日が登る。これは。比類のない、唯一無二の日の出だった。
言葉を失うほどに綺麗な日の出だ。紺色の景色が光り輝く太陽の光によって薄まっていく。朱色だけじゃない。青や緑の発光が重なって幻想的な空が構築されている。
オーロラを見たことがある。あれが大気の発光なら、これは世界の発光だ。
「本当に不思議な世界ですね。こんなにも素晴らしい景色なのに。」
「失われようとしているなんてね。」
存在が失われてしまうほどに稀少なものには大変な価値がある。稀少さと無価値は紙一重かもしれない。その稀少な存在が失われてしまった場合には、評価が困難になり、無価値になるからだ。
そうならないためには。覚えているしかない。絶対に忘れない。この世界を。ロップという存在を。決して忘れない。
しばらくして、最高の景色が去っていった。また朱色が世界を覆い尽くす。私達はここから世界樹を再び目指して出発した。
昨日と同じくらいの距離を歩いて。話をいっぱいして。みんなで笑い合った。そして。
ついに辿り着いた。辿り着いてしまった。遠くからでも見えるようになってからは、近づく一歩が寂しく思えた。
「これが世界樹・・・ウサドラシル。」
世界樹というのに相応しい、大きな木が聳え立っている。世界が重ねた年月の証明であり、私達にとっては旅の終わりの目印だ。勿論、私達が勝手に決めただけの目印。そんなウサドラシルが憎らしく思えた。
「ごめんな。私が最後に見に来たときよりも、木から力を感じない。もっと光っていたんだ。弱々しくなってる。見た目は元気そうなのに。」
ロップが申し訳なさそうに言った。力を感じない?ロップにしか分からない感覚があるのだろう。立派な木だけれど、それしか印象を抱かない。
「ねえ、バトラン。世界樹は世界を跨ぐことが出来るくらい力強いもの。強大な力を内包していると言われてる。でも、私にはそれが感じられないんだ。これは。」
「ふむ。それを聞いて確信に変わりました。魔力じゃないでしょうか?私にも感じ取れます。私とロップ様には感じ取れて、リインには感じ取れないもの。それは私の知る限り、魔力しかないので。」
「ウサドラシルは魔力を帯びているってこと?いや、魔力のある世界で私は神の力を使えない。あ。そうか。この木が大量の魔力を吸っている・・・。ああっ!」
私は頭を掻いた。理解した。これは私にしか気付けない。この世界樹は魔力の貯蔵庫なんだ。ウサドラシルがこの世界の魔力を吸い尽くし、全ての魔力がこの木に詰まっている。
ここに来たときの違和感。私が感じた拘束されているような感覚。それは本当はここが魔力のある世界だったからだ。魔力を吸うウサドラシルが無ければ、私は力を少しも使えないはず。
更に思い浮かんでしまった。ウサドラシルが弱っている理由。二つある。
一つは木が魔力を吸い過ぎて、これ以上吸えないから。
もう一つはこの世界の魔力が生成されるスピードよりもウサドラシルの魔力を吸うスピードの方が速く、木の吸う魔力がほとんどないから。
もし、これらが理由だとしたら。希望が生まれる。私なら解決出来るかもしれないという希望だ。
でも。それはロップにとって希望になるのか?私の役割は?悩まされる。これが神に求められる思考、判断。カナイはそれを理解していて私に?
そういえば、剣も。私のスノードロップも。カナイから貰ったものだった。仕組まれているような展開。ムカつく。ムカつく。ムカつく!
世界樹から魔力を全部吐き出させてやれば。水を含んだスポンジを絞るように、放出させてやれば。再び魔力を吸うようになる。
これで世界樹は延命できる。寿命は二倍になる。同時にこの世界の寿命と精霊であるロップの寿命も。私にはそれが出来る。私のスノードロップなら出来る。簡単な話。ウサドラシルにスノードロップをブッ刺せばいい。
その結果、また未来に期待することになる。同じくらいの時間が経過したときに、解決策が見つかっているかもしれないし、見つからないかもしれない。見つかるだろうか。未来のことは分からない。
私の解決策は世界をコールドスリープさせるに過ぎない。他に思い付けば良いのだけれど。これしか思い付かない。けれど、それをしてしまったら。
「リイン、どうしたんだ?苦しそう。」
ロップが心配そうに言った。
「あ、ああ。ごめん、ごめん。大丈夫。」
それをしてしまったら。ロップはずっとここに捕らわれたままだ。砂時計をひっくり返す勇気は私には無かった。




