戦闘、クロニアナ
ニィ、と少女の口角が上がり、クスクスと笑う。赤に染色された顔から白い歯が見える。
「バレちゃったか!そう!クロニアナだよ!ばあっ!せいかーい!」
「ああ、そんなっ!アルクル!アルクルは!」
ハーコートさんがガクッと肩から崩れ落ちる。そのまま倒れそうになるのをバトランが手を貸して止めてくれた。
「だからっ!そこの神も言ってるだろうがっ!死んだんだよ!私がこの身体に入ったときにね!」
「アルクル、アルクル・・・!すまないっ!」
そう言ってハーコートさんは気を失ってしまった。
クロニアナがゆっくりと宙に浮いた。彼女から滴る鮮血が床を塗り潰していく。
「やだやだ!人間ってしつこいから!アルクルはもういないんだって!諦めが悪いお爺さんだね!」
これだけ損傷を与えても、クロニアナは生きている。私はスノードロップの剣先を彼女に向けた。
「黙りな。悪魔。いつもそう。お前らの行動原理は意味不明で理解出来ない。ただ人を欺き、絶望を与えているだけ。お前らが生きること、存在することを私は否定はしない。でもね。必要のないことはしないで欲しい。」
「行動原理!?あるよっ!?リイン!神であるお前を殺すっていうねっ!!殺したい!殺したい!そのために、ずっと魔力を貯めていたんだからっ!食事と一緒だよ。お腹を空かせて待っていた方が美味しいじゃない!!」
クロニアナが手を上に翳すと、ガラスのオブジェやシャンデリアが砕け散った。それだけじゃない。テーブル、ドア。ガラスで出来たものが全て砕け散り、それらから黒い光が溢れでる。
クロニアナを中心として、光は吸い寄せられて彼女の身体に絡まっていく。
「リインっ!ここは魔力の質が違うんです!クロニアナは上質な魔力が噴出するこの場所でずっと魔力の保存をしていたんです!ガラスの中に!」
バトランが叫ぶ。
「だから、ガラスの美術館をハーコートさんに維持させていたってことか。ん?待って。そうなると。」
気が付いたときには、既に遅かった。最も魔力を貯蔵できるガラスの箱。それはこの美術館だ。
ピシ。ピシ。コン。天井からガラスの破片がつぶてとして、頭に降ってきた。まずい。ここは倒壊する!
「バトランっ!ハーコートさんをお願いっ!」
「はい!分かりました!ですが、リインはどうするんですか!?」
「私は大丈夫だから!まかせて!」
ガシャアアアァァンッ!!!
ガラスの天井が崩れ落ちてきた。その一歩手前でバトランは壁に穴を開けて二階からハーコートさんを抱えながら飛び降りた。
ハーコートさんが守り抜いた美術館。それは悪魔との契約の対価だった。クロニアナはせっせと魔力をガラスに封じ込めていたのだろう。その魔力を一気に纏った彼女はどれほどの力を秘めているのか。
ガラスの壁と天井は割れてしまった。基礎部分が剥き出しになり、辛うじて建物としての形を維持している。もう建物とは言えないけど。
悪魔。人を欺き、神に敵対する。それしかない。自分達の繁栄や隆盛のためじゃない。ただ、己の力を証明するためだけに存在する者。その存在に意味は無い。悪魔は群れない。個々で行動し、全く成長しない。老いない。
精神的にも、肉体的にも。
私達が悪魔と呼んでいるだけで、解明されていないことが多い。それでも一つだけは明白だ。世界において、明確な悪。私が切り掛かることに躊躇はなく。存在を断罪すべき存在。
私の剣を切り落としたはずの右手で防がれた。身体が再生している。
「がぁっ!」
クロニアナの左手の拳が私の腹を抉る。耐え切れずに今度は私が吐血する。
「あーあ!9年か!全然足りない!あと100年は貯めたかったなあ!でも!」
刃は届かない。何度切り掛かっても右手に的確に防がれる。遊ばれているようにしか感じない。
「お前を殺すのには足りそうっ!」
クロニアナの背中から黒い刃が伸びて私に向かってくる!鉱石のように硬くて鋭い刃だ。
刺されたらひとたまりもないのが分かる。それを何とか寸前で躱す。しかし、一瞬の退避によって、隙が生まれてしまった。そこに付け込んで、彼女は私の腕を掴み、そのまま、あり得ない力で私を抱きしめた。
「うふふ!仲良しっ!クロニアナとリインは仲良しでーすっ!ぎゅー!」
「うっ!がっ!ああああっ!!」
「嬉しいねっ!そんなに喜ぶなんて!・・・もっと!?ぎゅーーっ!」
「あああああっ!!」
「うふふふ!リイン、よわーい!」
万力のような力に私の身体が押しつぶされる。骨が砕かれていく。防げない。逃れられない。ゆっくりと私に黒い刃が襲いかかる。見せつけているんだ。私が恐怖するように。ゴミだ。こんなやつ、神の力が使えれば。
敵わない。私は死を悟った。ごめん、バトラン。逃げるべきだった。でもね。私は神様だから。たとえ、力が発揮出来ない場所だったとしても。
神は巨悪に撤退するか?
それは出来ないんだ。




