時間の神、クロニアナ
何とかハーコートさんを椅子に座らせて落ち着かせた。ご老人の懇願なんて見たくもない。私とバトランはそんなことしなくても聞くのに。
「ふう。すみません。驚かせてしまいましたね。」
「一体、どうしたんですか。そんなに心配しなくても聞きますよ。ねえ、バトラン。」
「ええ。聞かせて下さい。」
「感謝します。お優しいのですね。」
「え。これくらい普通でしょっ!?ねえ!?」
「リイン。久しぶりの神扱いに喜びすぎです。」
「では。神様と契約したんです。アルクルが10歳のときになります。だから、9年前でしょうか。病弱だった彼女は重い病気を患いました。薬も効きません。医者も匙を投げるくらい、原因不明の病でした。」
「ちょっと待っ・・・!もがっ!」
「それで。」
バトランが私の口元に手を当てて、発言を静止してきた。彼の説明を続けさせたいみたいだ。
今のですぐに分かったのに!まあ、考えがあるんだろう。私は黙ることにした。
「え、ええ。続けましょうか。衰弱していくアルクルが可哀想で、可哀想で。何にでも縋りたかったところ、神様が私の目の前に現れました。」
「その神様というのは。何と名乗っていましたか?」
「時間の神、クロニアナ様と。」
「・・・そうですか。ありがとうございます。では、そのクロニアナとどんな契約を?」
「このガラスの美術館内であればアルクルの病気の症状は抑えられると仰っていました。これは契約だ、とも。代わりにこの美術館を何があっても続けて絶えさせないようにと。」
「契約と言ったのですね。」
「はい。それがなにか?」
「いえ。あともう一つ。何故、私達のことを知っているのですか。」
「あの日以降、アルクルにはお告げが聞こえるようになったのです。あの日から彼女の成長は止まったままです。それを何とかしてあげたいとは、ずっと願ってました。そうしたら、突然、アルクルが。この世界に神様が来ている。ここに案内するようにという声がしたと言ったのです。」
「そうだったのですね。それでハーコートさんは私達に何とかして欲しいと。リイン、喋っていいですよ。」
ようやく、バトランの手から解放された。
「ぶはっ!!鼻まで塞がないでよっ!息がっ!!あっ!ハーコートさん!神様との契約の対価は信仰だよっ!!美術館の存続なんて、意味の分からない内容の対価を強いることはあり得ない!それに、契約は大昔のとっても偉い神様はしたかも知れないけどっ!今は流行ってない!」
「他にも不審な点が沢山あります。それに、クロニアナ。その名の神を私達は知りません。」
「では、私は一体、誰と契約を?」
それは。クロニアナが神じゃないなら。考えられるのは、あれしかない。伝えていいのか少し戸惑った。でも、ハーコートさんも薄々、勘づいているだろう。
「悪魔。」
私よりも先に、答えをバトランが呟いた。ありがとう、バトラン。そこまででいいよ。今から私がすることは私が責任を持つから。
外からコツコツと、革靴の音が近づいてくる。次第にその音は大きくなる。
「バトラン。指示したタイミングで。出して。」
「でも。」
「いいから。私じゃないと。」
「・・・分かりました。」
ドン!ドン!ドン!と馬鹿でかい音のドアのノックが聞こえた。
「入りまーすっ!お待たせしましたぁっ!お茶とお茶菓子ですっ!」
彼女が運んできたのは紅茶とバタークッキー。わざわざ焼いてくれたのだろうか。バターと砂糖の匂いがする。
「わあ。いい匂い。とても美味しそうだね。ところでさあ。」
「はい!!どうしましたっ!?」
「ハーコートさんを弄んで楽しいか?バトランっ!お願いっ!」
「はい。」
「えっ?」
スノードロップが現れる。私はそれを掴み、そのまま、アルクルの腹を切り裂いた。斬撃を受けて、彼女は口と腹から血を流した。
「・・・痛いよっ!!痛い!助けてっ!酷いよっ!うわあああんっ!死んじゃうっ!ああああああっ!!」
アルクルが腹に手を当てながら、苦痛の叫び声を上げる。
「リイン様っ!?なにをしているんですかっ!!ああっ!!アルクルっ!!」
「ハーコートさん。現実を直視して下さい。人間なら普通に死んでますよ。もう、契約の夜には。アルクルちゃんは亡くなっているのでしょう。こいつは。」
次は右手を切り落とした。まだ立っている。血飛沫が吹き出す中、ピタリ、とアルクルが泣き止む。
「クロニアナですよ。」




