人智と全知
結局、バトランと私はガラスの美術館に行くことを決めたので、『アルコンシェル』を出る。
岬にある灯台の近くに美術館はあるらしい。歩きだとちょっと遠い。カフェの店員さん曰く、灯台は、ここよりもずっと高いところにあり、坂の勾配がきついとのこと。
はあ。登るしかない。でも大丈夫。私にはバトランがいる。オーダー師匠もお墨付きの優秀な魔法使いがいる。
「ねえ、バトラン。美術館までひとっ飛びだね。飛べるもんね。」
「え?歩きですよ?」
「え?」
「ええとですね。例えば、うちわで風を起こすか、人を持ち上げる。例えば、マッチで火を起こすか人を持ち上げる。どっちが大変ですか?」
「どちらの問いでも、人を持ち上げる・・・って言わせたそうだね。大量の魔力を消費するってこと?」
「ええ、そうです。魔法において、物体を動かすというのは、一番大変なんです。うちわやマッチでは物体は動かない。魔法っていうのは、きっかけを作ったり、補助をするものなんです。リインを持ったまま飛行するなんて。」
「でも、オーダーさんは石の騎士を動かしてたし。」
「だから化け物なんですよ。彼女は。あ、褒めてますよ。現に、このハーヴンの港まで歩いてきたじゃないですか。」
「そうだ。疲れていたから、気にも止めなかったけれど。そういえば、ここまで徒歩じゃん!」
「そういうわけで。使えるのですが。安売り出来ないんですよ。何かあったときのために。」
「でも。でも、でも。使ってたじゃん!飛行魔法!ドラゴンを追いかけるのに!」
「あれは緊急事態だったので。あの時、リインはオーダーさんについていくことが出来ましたか?」
「ぐっ。・・・分かりました。歩きます。」
今回も徒歩が確定した!
私達には徒歩が似合う。砂や土を踏み締めるのが似合う。坂は降るよりも登る方が似合う。足跡の数だけ一歩一歩と進んでいく。
その一歩が多ければ多いほど、何かが起こる可能性は生まれるし、それだけ経験や学びが増える。そう考えると、歩いて良かったと思える・・・か?
・・・んなわけあるかっ!ムカつく。
「はあ。はあ。これが。ガラスの美術館か。」
はい。もちろん、登ってやりましたとも。灯台の必要性が高まるくらいには日も沈んできました。疲弊する私とは対照的に、バトランが涼しい顔をしていた理由は、長い付き合いだから聞かなくても分かった。
「お疲れ様でした。いやあ、大変でしたね。」
バトランの労いの言葉。後ろを見る。バトランの足跡がない。ということは、ちょっとだけ浮いていたんだ。さっき、バトランは言っていた。私を持って飛ぶのは魔力を大量に消費すると。
でも、自分がちょっと浮くだけなら。そんなにではないらしい。バレてるからな。
何はともあれ辿りついた。達成感も相まってなのかは分からないが、ガラスの美術館は想像よりも何倍も大きかった。
宮殿みたいだ。透き通ったガラスの外壁が美しい。荘厳で煌びやか。装飾や窓ガラスも一味違う。これなら観光地として人気があってもおかしくないというのに。客入りは悪いらしい。
その理由はこれだろう。この空間全体から不思議な感じが伝わってくる。神秘的というよりは神秘そのもの。
神秘は美しくあるけれど、異質な恐怖でもある。人は人の理解を超えたものに恐怖するのだから。
ここは現世とは乖離した別世界のような場所だなと私は思った。




