終わりの始まり
ありがち?なヒロインのお話。
書きかけで放っておいたものを一部改稿したり付け加えたりして仕上げました。
「……何よ、これ。一体どういうこと!?」
有り得ない。あるはずがないわこんなこと!
だって私は乙女ゲームのヒロインで、前世の記憶通りに攻略を必死に頑張って、無事に逆ハーエンドに至るだけの条件を満たすことができたはずだ。
そう、そのはずなのだ。なのにどうして━━
「どうして誰も迎えに来ないどころか、ドレスやアクセサリーの一つも贈ってこないのよ!!」
ゲームのエンディングの舞台となる、王立学園の卒業パーティー。ヒロインである私はまだ一年生だけれど、在校生であれば無条件に出席できる場なので、そこのところは特に問題はない。
でもヒロインたる私のハッピーエンドのためには、ただ出席するだけでは駄目なのだ。これまでの努力の結晶━━逆ハーエンドを迎えるにあたって、メインヒーローの腹黒王太子はドレスを、俺様騎士団長子息はネックレスを。インテリ宮廷魔術師長子息はイヤリング、王弟でもある敬語紳士教師はブレスレットという感じで、攻略対象全員が見事なプレゼントを私に贈ってくることになっている。
それらを全て身につけた最高に美しい姿の私が、何よりも華やかできらびやかな存在であるヒーローたちに囲まれて、主役としてパーティーに姿を現す━━そんな最高のハッピーエンドが私を待っているのだ。
何せ私はこの世界のヒロインである。その立場に相応しい振る舞いをして当然だし、立派にヒロインを務め上げた以上は相応の役得はあってしかるべきだと思う。
なのに━━そのはずなのに、どうして!?
「……まさか、ヒロインにエスコートもなく、たった一人でパーティーに行けって言うわけ!? おかしいわよ、私はちゃんと全員を攻略したのに!!」
ばしばしと枕を叩きつつ、時とともに積もっていく苛立ちを声に出して発散していく。
もっとも、それだけで納得のいく答えなど得られるはずもない以上、苛立ちを完全に払拭することは不可能で。
いっそ卒業パーティーに顔を出せば、不可解極まるこの事態の解明ができるのかもしれないけれど、間違いなく会場にいる悪役令嬢たちの前に一人で現れるなんて絶対に嫌だ。そんなヒロインにあるまじき情けない状況なんて、何があろうとも断じて味わいたくない。
ただ悪役と言っても、彼女たちにはいわゆる危害を与えられたわけではなかった。そもそものゲームでも同じで、ヒーローの婚約者たちはヒロインに対しては基本的に口で軽く窘める程度のことしかしてこない。その内容も実は「あのお方はもっと教養のある女性が好きなのよ」とか、「彼の隣に立つつもりならもう少し礼儀正しさを身につけるべきでは」とかいった攻略に足りないステータスを指摘してくれるものだったので、プレイヤーとしては非常にありがたい助言だった。口調のきつさや嫌味たっぷりの声音でなかなかそうは聞こえないけれど、そういうものだと理解してしまうとむしろ感謝したくなる親切設計である。
……ただこの世界の彼女たちがゲームと違ったのは、「あなたはもう少し、ご自分の立場と常識というものを理解すべきですわよ」という余計な言葉が必ずと言っていいくらい頻繁に付いてきたこと。それも、嘲りや呆れや哀れみと各人様々ではあったものの、どれもこれもただの引き立て役でしかない脇役が、ヒロインに対して抱くにはあまりにも上から目線としか言いようがない感情も一緒に、だ。
━━あんたたちなんて、みんなにエンディングで婚約破棄されて私の引き立て役になるだけのキャラクターでしかないくせに!
そう言いたくなるのを一体何度こらえたことか。
けれどその鬱憤も、エンディング━━卒業パーティーの場でスカッと一気に晴らすことができるのだ。
今までの努力と苦労の日々が終わり、溜まった負の感情が一掃されて何もかもが報われる日。ヒロインとして誰からも讃えられ敬われ輝くことができる時。それが今日、今夜だったのに!
「冗談じゃないわ……! 王太子たちのことだから、婚約破棄という修羅場に愛しい私を立ち会わせたくないって配慮かもしれないけど、そんな余計な気遣いはいらないのよ!!」
身につけた作法はどこへやら、ばんばんとクッションに八つ当たりしながらも、頭の隅では悟らざるを得なかった。
ドレスやアクセサリーという美しい鎧や、エスコートしてくれるヒーローという華やかな盾もないままでエンディングの場に立つなんて、ヒロインとしてのプライドが許さない。
イレギュラーにもほどがある事態に歯噛みしつつも、その日はおとなしく自室にこもったまま時を過ごした。
そして翌朝、舞い込んできたのは。
「な……ん、ですって……!? 何よこれ、有り得ないっ……!!」
ぐしゃぐしゃぐしゃあっ、と渾身の力で握りしめたところで、新聞の紙面が変化するはずもなく。
そこに大々的に書かれているのは━━他でもない、メインヒーローだったはずの王太子とその婚約者の、正式な婚儀の日取りを伝える記事だった。しかも、それはそれは仲の良さそうな二人の写真付き。
おかしい。こんなの有り得ない、あっていいはずがない!!
私はヒーローたちを間違いなく攻略したし、逆ハーエンドを確実にするイベントも全て網羅した。なのに、それなのにどうして━━
「━━待って。まさか……」
嫌な予感がして、慌てて新聞を広げ隅々まで記事を確認する。
と、案の定━━騎士団長子息と敬語教師それぞれの婚儀についても、王太子の記事よりは小さいけれど確かに明記されていたのだ。
「……どうしてよ。何でちゃんと攻略したはずの相手が、他の女と結婚なんてことになるわけ……!?」
今起きている事態への不可解さに、最早混乱と恐怖さえ覚えてくる。
ちなみに宮廷魔術師長子息を始めとした他の攻略対象については、まだ在学中だったり研究機関である大学に進学したり他国に留学するという理由で近い結婚の予定はない。でもそれは私にプレゼントやエスコートの連絡を寄越さない理由には全くならないはずだ。
この分だと彼らもみんな、昨夜のパーティーでは婚約者と仲睦まじくしていたに違いない━━想像するだけで不愉快で怒りが燃え上がるものの、それは長くは続かず困惑へと姿を変える。
「あまりにもおかしいわ、変どころの騒ぎじゃない。何か致命的なミスでもやらかした……? ううん、それはない。ちゃんとゲームの通りにやってきたもの」
……もしかすると、私は自分の立場を誤解していて、実はヒロインでも何でもない人間だった?
「……まさか、そんなわけないわね。だって私はレイチェル・ヒューイッド。名前は勿論、ヒューイッド准男爵の姪で養女という境遇もヒロインと全く同じ。容姿だって金髪に緑の目の可憐極まる美少女で、キャラ設定やスチルと完全に一致したビジュアルだもの。間違いなくゲームのヒロインだわ」
うんうんとうなずきつつ独りごちていると。
「楽しい独り言の最中にすまないが、そろそろ現実を見る心の準備はできたのかい、"ヒロイン"レイチェル?」
……冷静、と言うより腹が立つほど淡々とした声がかかった。
慌ててベッドから下りつつ入り口の方を見れば、そこにいるのは他でもないヒューイッド准男爵家の一人息子、つまりは私の従兄兼義兄のレックスだった。
私より五歳年長の彼は、黙っていれば眼鏡がよく似合うそこそこの容姿をしている━━あくまでも「そこそこ」であって、攻略対象たちとは比べるのも不憫なレベルながら、少なくとも田舎出身の幼い女の子の初恋を総ざらいしてしまうくらいには整った顔立ちだ。よりにもよって私もそんな女の子の一人だったという過去は、絶対に認めたくない黒歴史である。
「……義妹とは言え、レディの部屋にノックもなしに入り込むなんて。ご自慢の作法は一体どこへ放り投げてしまったのかしら、お義兄様?」
「ノックもしたし声もかけたよ。だが残念なことに、そのレディとやらの耳には全く届いていなかったようだからね。こちらとしても致し方なくドアを開けさせてもらったというわけさ」
……相変わらずの、隅から隅まで嫌味でしかない口調と声と台詞回しに、額に青筋が浮かぶのを自覚する。
レックスは、少なくとも昔はこうではなかった。流行り病で両親を亡くした私に、甘々ということは全然なかったけれど家族として義兄妹として十分親しくしてくれていたし、何かがあれば褒めたり叱ったりと、一番身内らしいことをしてくれたのは彼だったのに━━私を気遣ってなのか何なのか、伯父夫妻は腫れ物を扱うような態度をなかなか崩してはくれなかったから。
それなのにいつからか……いや、あれは学園に入学してからだ。単なる小言だけでなく、口やかましい注意や、酷い時には声を荒らげてきつい叱責ばかりが飛んでくるようになり……あろうことかろくでもない縁談まで持ちかけてこようとするものだから、私もキレて爆発してしまった。
『━━うるさいっ!! ゲームにも名前しか出てこないモブのくせに、いちいちやかましく口出ししないで!! 私はこの世界のヒロインなの!! 王太子たちヒーロー全員に愛されて幸せになる運命なの!! ただのモブにすぎない男がゲームの邪魔をするなんて絶対に許されないんだから、おとなしく黙ってなさいよ!!』
というようなことを口走った……気がする。
それまでの人生最大の大声を出したせいで肩で息をする私に、レックスは彼にしては珍しく軽く目を見開いて困惑を露わにしていたものの、しばらくしてゆっくりと口を開いてこう言った。
『……なるほど。ゲーム、か。つまりレイチェル、いや"ヒロイン"殿。君は今自分がしていることが紛れもないゲームだと、しっかり自覚しているということで問題ないんだね?』
『……は? 何よそれ……どういう意味よ……!?』
今度は私が軽く衝撃を受けた。
ここが前世でプレイした乙女ゲームの世界なのは間違いない。だから、レックスの質問の答えは当然イエスになる。
でも、モブキャラでしかないはずの彼が、私をあえて「ヒロイン」と呼ぶ上にそんなことを聞いてくるってことは……
『…………義兄さん。まさかあなたも前世の記憶があるの!?』
『は? また随分と馬鹿らしいことを言うね。そんなものあるはずがないだろう』
恐る恐る尋ねたのに即否定され、がくっと音がするほど拍子抜けしたのを覚えている。
そのタイミングで騒ぎを見逃せなかったらしい伯父が飛んできたため言い争いは終わり、既に成人して稼業の商売に携わり忙しくしている義兄とは、それからは完全に疎遠になった。
勿論家族ではあるから都合が合えば食事の同席や普通に会話も交わすし、避けたり避けられたりということもない。
まあ、以前よりはだいぶ事務的と言うか、家族としては上辺だけの付き合いになってしまった感はあるけれど、ヒーローたちの攻略に忙しい毎日を送ることになった私にはそれを気にする余裕や意味はなかった。
でもその日々は昨日で終わってしまった。
ゲームで誰も攻略できずじまいのノーマルエンドはあったが━━そんなエンドになったとは信じがたいけれど、そこにこの義兄は特に関わっては来ない。と言うかそもそも、ゲームシナリオに彼の存在が出るのは、敬語教師ルートで「あなたには優秀なお兄さんがいますね」と懐かしげに教え子を語る場面くらいしかなかった。
……と、そこまで考えて気づく。
そうだ。この義兄に頼めば先生と連絡が取れるかもしれない。
一縷の希望を見出だした私は、うつむいてしまっていた顔を上げて正面からレックスを見て━━
「その様子だと、どうやらまだ楽しい『ゲーム』を引きずっているみたいだね。あれだけ長い時間、王太子殿下を始めとした皆様に付き合っていただきながら、まだ満足していないのかな。……それともまさか、『ゲーム』を本気にしてしまったわけではないよね?」
機先を制されてしまったが、言われている意味がすぐには理解できなかった。