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ギャグシリーズ

史上最悪の聖女召喚

作者: 青帯

※露骨ではないですが性的な内容を含みますのでご注意下さい。


 私は空手道場の鍵を閉めた。


 道場主の先生に任されている土曜日のクラスの指導、それに自主トレが終わったところだ。


 もう空手着からてぎからスポーツウェアに着替えている。


 空手着を入れたスポーツバッグを自転車のカゴに載せたとき、ファスナーから黒帯がはみ出していることに気付いた。


 帯には二段を表す金色の線が二本と、『桜井(さくらい)美月(みつき)』という私の名前が刺繍ししゅうされている。


 バッグに帯を入れ直して自転車を走らせ始めた。

 昼下がりの街の郊外を進む。


 大学入学と同時に空手を始めて10年。

 空手が好きで稽古けいこに打ち込んできた。

 女子の体重別中量級の全国大会で上位に進出したこともある。


 それでも空手にプロはない。

 指導だけで食べて行くのも難しい。

 だから普通にOLをやっている。

 道場に来るのは終業後や休日。

 

(それにしても少年部の子たち、可愛かったわ)


 頑張ったり楽しそうに稽古をしている子供たちを見るのは最高の癒し。


(子供かぁ)


 私ももう28歳。

 結婚や子供のことを考えていないわけではない。

 そして三ヶ月ほど前から付き合い始めた同い年の彼氏がいる。

 まだ結婚の話などはしていないけれど、年齢的にそうなってもおかしくはない。


(ちょっと寄ってみようかしら)


 彼氏のアパートに向かった。

 駐輪場に自転車を止めてバッグを肩に掛ける。


(今日は会う約束はしていないけれど、たまにはいいわよね)


 二階に上がって彼氏の部屋のチャイムを鳴らす。


「な、美月!?」


 少しすると彼氏の声が聞こえた。

 ドアスコープを覗いたのだろう。


「指導の帰りだけど、ちょっと寄ってみたの。入ってもいい?」


「い、いや、無理! 帰って!」


 少しムッとした。


「何よ。散らかってたって、別に気にしないわよ」


「そうじゃなくて、あっ、こら」


 ドアが開いたものの、出てきたのは彼氏ではなかった。


「あ、どーも~」


 二十歳くらいの小悪魔系の女の子が出てきた。

 というか、本当に悪魔?

 いや、明らかにコスプレだけど。


 頭には悪魔の角が付いたカチューシャ。

 際どいボンテージスーツの後ろからはコウモリのような羽、それに先がハート型の尻尾が見えている。


「空手をやっているという彼女さんですね~」


 コスプレ悪魔が私に向かって微笑んだ。


「あ、あなたは誰? お客さん?」


「いいえ~。お客様は彼氏さんの方ですよ~」


「え?」


「わたくし、こういう者でーす」


 コスプレ悪魔から名刺を受け取った。


 彼女の写真入りだ。

 同じ格好でVサインをしている。


 そして印刷されている文字は──。


□□□□□□□□□□□□□□


 コスプレ悪魔デリバリーサービス


 サキュバスのサキュ子(20歳)


「あなたの精気吸い取っちゃうぞ~♥♥♥」


□□□□□□□□□□□□□□


「…………」


「サキュ子で~す。あ、本名じゃなくて源氏名ですよ~」


「分かってるわよ!」


「うふふ~。彼氏さんには三ヶ月ほど前から何度もご指名頂いていて、感謝してま~す」


 あいつ、私と付き合い出すのと同時期に──。


(頭に血が登って、血管がブチ切れそうだわ)


「あら、顔が真っ赤。鬼か悪魔みたいですよ~」


「あなたが言わないで頂戴!」


(くっ。でも、この子に怒っても仕方がないわね)


「これ返すわ。私がもらってもしょうがないから」


「ですよね~」


 サキュ子が返した名刺をバッグにしまった。


「サービス時間は終わったので、私は帰りますね~」


「ふんっ」


 私はすぐそばに立っている彼女を無視するようにドアノブを握った。


『ガチャガチャ』


 いつのまにか鍵が掛けられていて開かない。


「ん?」


 開けなさいと言うより前に、おかしなことに気付いた。


 足元が妙な光り方をしている。


 まるで魔法陣のような──。


 その光が全身を包み、眩しさのあまり目を閉じた。


「最近、異世界からの呼び出しがなくなっちゃって~、彼氏さんの指名ありがたかったです~。だからどうぞお手柔らかに~。あら~? まさか召喚──」


 少し離れた場所から聞こえていたサキュ子の声が途絶えた。


◆◆◆◆◆◆


「ああっ、聖女様の召喚に成功したわ」


 女性の声が聞こえたので目を開けた。


 修道服を着たシスターとおぼしき女性が近くにいる。


「あなたは誰? それに、ここはどこなの?」


 彼氏のアパート二階の廊下でないことは確かだ。

 石造りの部屋で、本棚や机、それにベッドなどがある。


 私が立っている場所は他より少し高い。

 長方形の石の上に乗っているようだ。

 そこから床に降りてシスターの前に立った。


 シスターは体の前で手を握り合わせて目を輝かせている。


「聖女様、どうかわたくしをお導き下さいませ」


「はい?」


 話を聞いてみると──。


 ここはフィリス王国に属するザラという都市の教会らしい。


 そして彼女はティターナという21歳の修道女で、若いながらも教会の責任者とのことだ。


 三ヶ月前に病気で息を引き取った神父に後を託されたらしい。

 神父の遺品を整理しているうちにこの地下室の鍵を見つけたそうだ。


 開かずの間だったこの部屋に入ってみたところ、聖女を召喚するための用意が整っていたのだという。


 ティターナが召喚を実行してみたところ、私が現れたとのことだ。


「つまり、私は異世界に召喚されてしまったと」


「ええ」


 不思議な光のことなどを考えると信じざるを得ないようだ。


「時空を超えて、別の世界からわたくしめを導きに来てくださったのですよね。聖女様」


「いやいや、聖女ではないから」


 私は顔の前で手を左右に動かした。

 それに自分の意思で来たわけでもない。


「どうして私が召喚されたのかしら?」


「申し訳ありません。私は、先代の神父様が用意してあった召喚を実行しただけなので──」


「何か神父様が残したメモとかはない?」


「そういえば聖女召喚の手法が記載されたノートに、これが挟まっていましたわ」


 ティターナから差し出されたものは──。


□□□□□□□□□□□□□□


 コスプレ悪魔デリバリーサービス


 サキュバスのサキュ子(20歳)


「あなたの精気吸い取っちゃうぞ~♥♥♥」


□□□□□□□□□□□□□□


(な、なぜサキュ子の名刺が異世界に!?)


「書いてある字は異世界のものらしく、わたくしには読めなくて。それからこんなものも」


 ティターナが三枚つづりの紙を差し出してきた。


 それには──。


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


『コスプレ悪魔デリバリーサービス回数券』


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


『コスプレ悪魔デリバリーサービス回数券』


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


『コスプレ悪魔デリバリーサービス回数券』


□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


「…………」


 私は絶句していた。


 それと同時に、召喚される直前に聞いたサキュ子の言葉を思い出していた。


『最近、異世界からの呼び出しがなくなっちゃって~、彼氏さんの指名ありがたかったです~。だからどうぞお手柔らかに~。あら~? まさか召喚──』


 私は全てを悟った。


 神父はサキュ子を呼び寄せるように召喚術を設定したまま亡くなった。

 それを何も知らないティターナが実行した。


 彼氏の部屋の前にいたサキュ子が召喚されかけたけれど、その場を離れたので呼び寄せられたのは私だけだったということなのだろう。


(よくある巻き込まれ召喚どころか、取り違え召喚!?)


 だがティターナに怒っても仕方がない。

 悪いのは神父なのだから。


「神父様はこの部屋をときどき訪れていたようでしたわ。その都度聖女様を召喚して、このくっきりと描かれた絵の悪魔サキュバスを退治する方法などを教わっていたのでは? と思ったのですが」


 ティターナが名刺と回数券を見つめながら呟いた。


(いやいや。違うのよ)


 神父が呼び出していたのはサキュ子だ。

 そして部屋のベッドでサービスサービスしてもらっていたのだろう。


 私は見ているのが嫌になって視線を逸らした。

 すると床に置かれた石板が目に入った。

 召喚されたときに私が乗っていたものだ。

 長方形の石だと思っていたが、横から見ると二つのレンガのようなものに渡された石板だった。


「……あの石板が召喚するための設備?」


「はい、そうです」


 近づいて上から見てみると、魔法陣のような模様の真ん中に、漢字で────。


『性女召喚』


 そう刻まれていた。


生臭なまぐさ坊主ぼうずが!」


 私は叫んでいた。


「そんな。神父様は高潔な方でした。亡くなった今でも尊敬申し上げておりますわ」


(何も知らないのね。ティターナのような無垢な弟子に手を出したりするよりは、性的なプロの女性『性女』を召喚してお願いするほうがマシかもしれないけれども)


 だけどよりによって、神父がコスプレ悪魔を呼び出す?

 元の世界の彼氏といい、男ってそういうのが趣味なの?

 私は石板を見つめながら拳を握りしめた。


「神父様のように、わたくしも教えをたまわりたいですわ。聖女様」


 『性女』と書かれた石板を見つめた状態で『聖女』と言われた瞬間、私の中で何かが切れた。


「私は、聖女でも性女でもなーい! きええぇーっ!」


 私はスニーカーを履いた右足を上げて石板に叩きつけた。


 バキッ!


 スニーカーは石板を踏み砕いていた。

 ためりが成功したときのような高揚感が私を包んでいる。


 うふふ。ちょっとスッキリしたわ。かわら十枚を割る私の踵蹴かかとげりは1センチちょっとの石板なんて目じゃないもの。もっとも十枚割ったのは試し割り専用の瓦だけど。今は技術が進化しているから建材は人間の力では割れないから気を付けてって何を考えてるのかしら私。さてと。これまで練習や試合以外で空手の技を人に使ったことなんてないけれど、禁を破って彼氏の金的を破ってフノーにしちゃおうかしら。そのためにも元の世界に帰らなくちゃ。


「……ティターナさん。私を元の世界に帰して下さる?」


 混濁こんだく気味だった意識をどうにか抑えながら呟いた。

 サキュ子はたびたび行き来していたようだし、帰れるはずだ。


「いえ、あの……」


 ティターナは困惑した顔をしている。

 視線は私の足元の砕かれた石板に向けられているようだ。


「そのためには石板が必要なのですが……」


「あ」


 こうして私は、異世界に留まることを余儀よぎなくされた。

 

 ちなみに悪魔サキュバスは男性を魅了して精気を吸い取る難敵。

 だけど女性は魅了されないらしい。

 そこでサキュバス退治専門の女武闘家として生計を立てることにした。


 悪いのはサキュ子じゃなくて、彼氏と神父だとはわかってはいるのだけど────。


「これでもくらいなさい! サキュ子ぉ!」


 サキュバスと戦う時は、ついそう叫んでしまうのよね。

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