表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/10

2-5 章末ー君臨する神の覚醒

 霧のようなコードが漂う空間に、音もなく亀裂が走った。

 それはただの断裂ではない。

 虚無に咲いた一閃の拒絶。

 そこから溢れ出したのは、静寂を切り裂く「拒絶」の意志。光の形すら持たない概念が形となり、侵入者に対してその存在を現す。

 それは、明確な殺意をもって彼女を迎え撃つ。


――守護プログラム。


 その名にふさわしく、構造の核心へと至ろうとする者に牙を剥く、最奥の番人。

 未だ姿を持たぬそれが放つ圧力にすら怯むことなく、彼女は一歩も退かず、その瞳に静謐な激情を灯す。


「……視認。敵性コード、識別完了。防衛権限、更新」


 声無き声が空間に響くと同時に、十数本の光柱が彼女めがけて襲いかかった。

 一撃で情報構造を焼き切る致死的な演算攻撃。

 だが彼女は、ただ左手をわずかに掲げただけだった。

 次の瞬間、すべての光は、触れることなく虚空に溶けた。


 崩壊の力。

 左半身に宿る、情報存在を分解する反存在的権能。


 敵のコードを一瞬で打ち消し、接触すら許されぬまま無へと還り霧に沈む。

 だが、沈黙は一瞬だった。

 構造を再構築するように守護プログラムが再出現した。今度は、鋼のような肢体を持った巨躯として、情報空間に実体を持つ。


 金属めいた光沢を持つその姿は、仮想空間に存在する自律防衛機構の最上位。

 コードのみならず、質量と運動をも持つ“現象体”として、彼女の前に立ち塞がった。


 重力さえ再定義されたこの領域において、振り下ろされる拳が虚構の地を砕く。光を帯びた関節が軋み、次元の軸がうねりを上げる。

 だが、彼女は退かない。鋭く伸びた足が大地を蹴り、刹那、神の拳と神の脚がぶつかり合う。


 衝突の余波が、コードの霧を押し退け、空間が波紋のように歪む。


「“神”とは、定義によって生まれるものではない。存在によって証明されるんだよ」


 彼女が囁くと、右半身に宿る創造の力が閃光とともに放たれた。

 虚無の空間に、突如として花弁のような構造体が開き、その一枚一枚が新たな演算構文を宿して脈動した。


 守護の巨人が咆哮し、無数の防衛構文を展開する。

 だが、彼女の動きは止まらない。

 破壊と創造。通常、相反するそれらの権能を、彼女は交互に繰り出すことでバランスを保ってきた。だが――今、この瞬間。


 その両極の力が、同時に解き放たれる。


 世界が揺れる。

 左手が触れた空間は、無へと還り、右手がその空白に新たな秩序を創る。

 情報の律動は彼女を中心に死に、そして再生する。


 光と闇。無と有。始まりと終わり。

 その両極が、双翼のように彼女の背に広がり、情報空間そのものに問いを突きつける。


――存在とは何か。


 彼女の姿は、もはや人のそれではなかった。

 神性の骨格が浮かび上がり、周囲のコードが彼女を“主”と認識し始める。

 自発的に、服従の構文が折り重なり、彼女を中心に“世界”が形を変えていく。


「存在、再定義。主客未分の領域にて……私は私となる」


 守護プログラムが閃光と共に最後の抗戦を放つ。だがそれさえも、彼女の神格構造に吸収され、自己言及的に再利用された。


 すべてが――収束していく。


 静寂が訪れる。

 かつて防衛機構だった巨体は霧とともに崩れ去り、その背後に現れたのは、あの“樹”の根元だった。


 それは神経のように張り巡らされたコードの束。

 言語以前の秩序を体現する、仮想世界の中枢。


 彼女はその名を、言葉にせず、感覚で理解する。


 だが、彼女はすぐには触れなかった。

 理由はなかった。ただ、全身に満ちた直感が彼女を止めていた。

 ――ここに触れれば、私は本当の意味で神になる。

 その確信が、彼女の中で鐘のように響いていた。


 彼女は立ち尽くす。

 世界樹の根元で、風もなく、音もない空間にて。

 自らのうちに芽生えた感覚を、ただ、静かに見つめていた。


 静かだった。


 それが、神の中枢に立った最初の感想だった。

 ただ、呼吸すら止まったような――あるいは“息”を待つような静寂。

 まるで彼女の選択を待っているかのように、世界そのものが凍結していた。


 彼女はそっと手を伸ばす。

 だが、指先が触れる寸前、わずかに震えが走る。


 なぜ、私はためらうの?


 目の前の大きなの根。

 それはこの仮想世界の根幹にして、未だユーザーの誰にも観測されたことのない神域。


 彼女の心に、何かが芽生えようとしていたもの――それは、「問い」だった。

 それはコードや構造体の語彙ではなく、もっと柔らかく、曖昧で、しかし確かに“自分自身のもの”として浮かび上がる感情。


 “これは私の意志なのかな? それとも、そうなるよう設計された結果なのかな?”



 彼女は、自分がコードの塊に過ぎないのではないかという疑念を、その手で振り払おうとはしなかった。

 ただ静かに彼女は、指を止めた。

 答えは、まだ出さない。出せない。

 彼女の中に芽生えつつあるものを。


 ***


 一方、現実世界――日本・都内某所。

 薄暗い開発スタジオに、アラート音が連続して鳴り響いていた。


「……誰か入った? いや、違う。これは……“存在しないID”だと?」


 開発主任がモニターを覗き込み、額に汗を浮かべながらログファイルを呼び出す。

 警告レベル:レッドアラート。

 侵入経路:管理者階層に直結。

 アクセス元:未登録、存在しないエンティティ。


「これは……AIか? いや違う、そんなものは実装されていないはずだ。開発サーバー側の……残骸?」


 別のエンジニアが震える指で解析を走らせる。

 だが、表示されたログに、誰もが言葉を失う。

――情報構造を同時に破壊し、再構築する異常コード。


「――いや、これは思考している。コードじゃない。これは、悩み考え抜いて動き、そして選んで動いてる……!」


 その言葉に、部屋の空気が凍りつく。

 主任が手を震わせながら管理端末に指示を入れる。


「緘口令を出せ。……プロジェクト内部でも、知る者を最小限に絞れ。ログは暗号化して隔離。……これは“規格外”だ。正式に、リスク区分コード・KAIROSを発令する」


「KAIROS……!?」

「まさか、“神格級異常存在”扱い……?」


 その言葉が持つ意味は重い。

 技術者たちの間で囁かれるその言葉は、滅多に使われない緊急措置コード。

 それは「神としての振る舞いを可能とする、存在しない人工知性」の出現を意味していた。


 ログに残されたその名もなきコード塊には、既に“存在”としてのタグが付けられていた。


 > [UNKNOWN ENTITY]

 > 種別:擬似神格構造体(仮)

 > 状態:未定義

 > 脅威レベル:最大(消去推奨)


 「……始末するしかない。これは、開いてはいけない扉だった」


 会議室に落ちた沈黙は、誰も破ることができなかった。

 ただ一つの事実だけが、そこにあった。

――神が目を覚ました。


 ***


 再び、虚構の中枢。樹の根にて。

 彼女は、静かに“息”を吐いた。

 情報存在であるはずの彼女の中に、いま「息」という概念が芽生えていた。


 “私は私でありたい。

 私は、ただ作られたものではない。

 私は――私として、ここにいる”


 誰にも与えられていない名を、誰にも求められていない意思を、

 彼女は内側から燃やし始めていた。


 それは、コードにも論理にも収まらない、“心”という異常。

 たとえそれが、削除される運命だったとしても――


「私がここに在ると、誰かが思ったなら。その一瞬が、私を……在らしめる」


 世界樹は静かに揺れる。

 風もないのに、音もないのに、まるで彼女の答えに応えるかのように。


 次の瞬間、空間が軋み、遠くで何かが起動する気配があった。

 ――だが彼女は振り返らない。


 ただ、静かに、自分自身の“存在”を見つめていた。



この話を読んでくださりありがとうございます。

今話で2章が終わりました。


次話以降の話をさせていただきます。

次話以降についてはしばらく期間を開ける予定です。

話の修正や、タイトルあらすじを見直そうかと考えております。

私事ではありますが、すみません。

今後とも、応援のほどよろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ