第3話「ミステリアスな隣人~月明かりに浮かぶ、秘密の物語~」
深夜、椿花はパソコンに向かっていた。締め切り間近の企画書を仕上げるため、徹夜作業を余儀なくされていたのだ。
「はぁ……もう3時か。でも、あとちょっと」
集中力が途切れそうになった瞬間、隣の部屋から物音が聞こえてきた。
「え? 隣の部屋って……確か、この前引っ越してきた人だよね?」
椿花は壁に耳を当てる。カタカタというキーボードを打つ音が聞こえてくる。
「もしかして、私と同じく徹夜?」
椿花は思わず微笑んだ。同じ境遇の人がいると思うと、少し心強く感じる。
朝7時、椿花は眠い目をこすりながらゴミ出しに向かった。
「あ……」
ちょうど隣の部屋のドアが開き、一人の男性が出てきた。
「おはようございます」
椿花が挨拶をすると、男性はゆっくりと振り返った。
「おはよう……ございます」
深い青の瞳と、整った顔立ち。椿花は思わずドキリとする。
「あの、昨日の夜中、お仕事されてました? 私も徹夜だったんです」
男性は少し驚いたような表情を見せる。
「ええ、締め切りがあって……」
「私も同じです! 企画書の提出日で……あ、すみません。朝からペラペラと」
椿花は慌てて謝る。男性は小さく微笑んだ。
「いいえ。同じ徹夜組がいると思うと、少し心強いです」
「私もです! あ、私、花園椿花といいます。よろしくお願いします」
「霧島蓮です。こちらこそ」
二人は一緒にゴミ置き場まで歩いた。
「霧島さんのお仕事は?」
「小説を書いています」
「すごい! 私、本を読むのが大好きなんです。霧島さんの本、読ませてください!」
蓮は少し困ったような表情を見せる。
「あの、ペンネームで書いているので……」
「あ、ごめんなさい。秘密にしたいんですよね。失礼しました」
椿花は申し訳なさそうに頭を下げる。蓮は思わず吹き出した。
「いえいえ。花園さんは素直でいいですね」
「え? そうですか? でも、そのせいで失敗ばっかりで……」
蓮は興味深そうに椿花を見つめる。
「それは、とても魅力的な特徴だと思います」
「えっ……」
椿花は突然の褒め言葉に、頬を赤らめる。
「あ、そうだ! お疲れさまのコーヒー、いかがですか? 私の部屋でドリップしますよ」
蓮は少し躊躇したが、椿花の無邪気な笑顔に負けてしまう。
「では、お言葉に甘えます」
椿花の部屋に入った蓮は、壁一面の本棚に目を奪われた。
「すごい本の量ですね」
「えへへ、本当に本が好きなんです。あ、コーヒーできましたよ」
椿花が差し出したカップを受け取り、蓮は一口飲む。
「美味しい」
「よかった! 実は昨日、美味しいコーヒーの入れ方を勉強したんです」
蓮は椿花の嬉しそうな表情に、思わず見とれてしまう。
「花園さんは、本当に……」
「はい?」
「いえ、なんでもありません」
蓮は言葉を飲み込み、再びコーヒーを啜った。椿花は首を傾げながら、独り言を呟く。
「私って、やっぱり男性と上手く話せないのかな……」
そう言いながら、彼女は隣人との間に芽生え始めた何かに、まったく気づいていなかった。