1話 新しい家族たち
豪華な、けれど品のある、とある屋敷の一室。輝かんばかりの金色で、ふんわりとカールした髪に、菫色の目をした美しくも可愛らしい少女、ヴィオレッタが、緊張した面持ちで扉を見つめる。これから、その扉を隔てた向こう側から、父が連れてきた新しい妹が、父とともに入って来るのだ。
緊張するヴィオレッタに、兄がそっと肩に手を置く。その手にハッと上を向くと、己と同じ金髪に、青色の目をした兄が安心させるように微笑む。
(大丈夫。落ち着こう。私はゲームの中のヴィオレッタじゃない。)
そう、ヴィオレッタは転生者である。当時3歳だったヴィオレッタが鏡をのぞいた時、既視感を感じるとともに違和感を覚えた。「顔が違う」と。そうつぶやいた途端、一気に記憶が流れ込み、幼いヴィオレッタは3日間寝込んだ。
その記憶というのが、日本の女子高校生だった頃の記憶であり、その記憶のおかげでここがゲームの世界だと気づいた。そのゲームは「聖なる光の乙女の救国~あなたはこの国を救えるのか~」、通称「ヒカオト」。あらすじとしては、『もともと平民であったヒロインは両親を失い、訳あってビハイデン公爵家に7歳のころ引き取られる。そして10歳のころ光属性持ちであることが判明。もともとヒロインのことを気に入っていなかった義理の姉、ヴィオレッタはヒロインをいじめていく。貴族の通う学園に行ってもいじめられてしまうも、天真爛漫な性格のヒロインは、攻略対象を含む生徒や先生を味方につけていく。そして起こる、国の危機―魔国との戦争―。魔族に対して有効なヒロインの光の魔法により国は救われ、ヒロインは好きな人と結ばれハッピーエンドに・・・。』というものだ。
そう。ヴィオレッタはヒカオトにおいて悪役。輝かんばかりの金髪ドリルに、吊り上がった暗いワインレッドの瞳のキャラだった。が、しかし。もう一度現在のヴィオレッタを見てみよう。輝かんばかりの金髪までは良い。しかし、瞳の色は柔らかい菫色。目じりは吊り上がっておらず、今世の母そっくりなぱっちりとした目。そして何より、ドリルじゃない。大事なことだからもう一度言う。ドリルじゃない!!
見た目がこれほどまでに違う理由はわからないが、ちょくちょく登場しヒロインを助けるヴィオレッタの兄、ナーシスはゲームと同じ姿であり、また、記憶が戻るまでのヴィオレッタの性格は我が儘で自己中心的で、ゲームとそっくりだった。それらのことから、まず間違いなくヒカオトであると判断したのだ。
自分が悪役令嬢のヴィオレッタだと気づいてからの行動は早かった。我が儘で可愛げのないヴィオレッタを嫌っていた使用人たちや、面倒だとヴィオレッタを避けていた兄と仲良くなるために態度を改めていった。そもそも中身が別人なのだからすぐに変わり、また、当時3歳ということもあり、周りの目はあっという間に変わった。
そして今、いよいよヒロインがここにやって来る。人の信用を勝ち取った今、次の問題はヒロインの血縁関係問題だ。父と一部の人間以外、ヒロインが父の浮気相手との娘だと誤解しているのだ。そして、その誤解を加速させたのは父本人とヒロインの容姿だ。
父はヒロインが生まれたころから時々、こっそりとヒロイン宅を訪れており、この時に護衛している人がヒロインの両親を知る一部の人間ということだ。母は“父がこっそりとどこかに行くこと”は把握していた。さらにヒロインは父や兄と同じ青色の目をしていた。また、原作ではヴィオレッタがヒロインに「平民の子が調子に乗るな!!」という感じで言うと、それを聞いた父が「ヒロインは我が一族の血を引く、れっきとしたビハイデンの娘だ!」と注意するシーンがある。確かにその通りである。
―何せ、父の実の兄の娘なのだから。
(いやそうだけど、そうなんだけどね?もう少し言い方考えようよ、お父様…。その言い方だと「私(父)の血を引いているのだから、ビハイデンの娘だろう。」って言っているように聞こえるでしょ。というか、そうとしか聞こえない。)
父と母の仲が悪くならないようにしたいとは思うものの、ヒロインを知らないはずのヴィオレッタができることなどない。夫が外で作った子が来ると思っている母、エーデルは、自分を裏切ったのに何故堂々と連れてくるのかと、苛立ちと悲しさ、困惑が混ざった目で扉を見つめる。
(今の私にはできることがないし、この後私はどうするべきかを考えなきゃ。…でもやっぱり気になっちゃう。ヒロインが生で見れるんだもん。たしか、デフォルト名はフローリアだったっけ。ゆるふわウェーブな淡い金髪に、真昼の空のような澄んだ水色のぱっちりした目で、イラストがもうめっちゃ可愛かったんだよね。)
そして、ついに扉が開き、父に連れられて入ってきた少女を見て、ヴィオレッタは目を見開く。
「お初お目にかかります。フォグナ・ビハイデンと、当時オシャール辺境伯の次女であったロベリ・オシャールの娘、ベルフローリアと申します。」
その言葉に父以外の全員が驚愕の表情を浮かべる中、ヴィオレッタも別の意味で驚きを隠せない。
(待って。え、どういうこと?こんなことゲームじゃなかったよ?!実の両親を自分で言ってくれたからお父様とお母様はきっと不仲にならないだろうし、ありがたいけど…味方ってことで良い…のかな。ってそれより転生者で確定でしょ?!それに、いや、ちょっっっと思ってたよ。まさかなぁなんて思ってたけど!!ヒロインも見た目変わってるし!!それどころか名前まで変わってるんだけど?!)
ちなみにここまで0.5秒ほどである。
そして、ヴィオレッタを驚かせた(というより困惑させた)その少女の外見というのが、まず、何の法則か知らないが髪色はゲームと同じ淡い金髪であるが、髪はストレートである。また、目は少しつり目がちではあるが、いじわるそうには見えず、瞳の色は夜空を連想させるような深い青紫色をしている。「美しい」というより「可愛い」が似合うヴィオレッタとは対照的に、ベルフローリアは「美しい」という言葉が似合う顔立ちだ。
さて、ヴィオレッタを含み、驚愕して固まる中、一人がいち早く復活した。それは…
「デュアン…。」
「ん?何だいエーデ、ル…。」
妻の呼ぶ声に返事を返すが、明らかに怒っている様子に返事が尻すぼみになる夫。そう、怒りに震える母、エーデルである。そしてその怒りで握りしめたこぶしで勢いよく…
「フンッ!!」
「ふぐぅっ?!」
―デュアンのみぞおちを殴った。
「「「は、母上ぇ?!/お、お母さまぁ?!/おおっ!」」」
…誰か一人だけ反応が違うが、驚きの声が上がる。夫を殴った手は降ろされたが、今もなお固く握りしめられている。顔はうつむいていて、あまり表情が見えない。そのまま黙る母を心配そうに兄妹が見つめ、ベルフローリアは気遣うような目でうかがう。
「…わたくしにも、教えてほしかった。」
体感にでは数分にも、数十分にも及ぶ沈黙の後、静かにそう言った。
「あなたは昨日、わたくしにこう言いましたわ…。見守る予定だったけれど、親が亡くなったために家族にすると。その子供が、ビハイデンの血を引いているからと…!何故、何故そうとしか言ってくださらなかったのですか!!わたくしは、お義兄様の、フォグナ様の元婚約者だったけれどっ!フォグナ様をっ、本当の兄のように思っていたのを知っていたでしょう?!なのに…何故っ!」
エーデルは聡明である。…聡明であるがゆえに、ベルフローリアの挨拶で分かってしまったのだ。義兄が、亡くなっていることを。
言葉にしながら、まだ認めたくなかったその考えが事実であると、じわりじわりと心に染みていき、やがて涙がこぼれていく。
「…すまない。」
「わたくしが聞いているのは教えてくださらなかった理由です!!」
ぐっと何かをこらえるような顔で黙る父と、泣きながらその襟を握りしめる母を混乱しつつ見守る兄妹。止め方が分からず、また身分的にも止められず、狼狽える使用人。
「公爵夫人、公爵様をお責めにならないでください。きっと、父が公爵様に頼んだのだと思います。」
静かな空間にベルフローリアの声が響いた。一斉に視線が向けられる中、懐かしんでいるような顔で話し出す。
「父は生前言っておりました。「町一番の宿になったら、妹にも教えるんだ」と。「俺の料理の腕を疑っていたからな、あっと言わせて見せるぜ」と。」
その言葉に、貴族らしくない、挑発するようにニッと笑う義兄が容易に想像でき、エーデルは思わず笑う。
「お義兄様のお料理は、美味しかった?」
「美味しかったです。たまに男性にしか受けないような料理を作って母に怒られていましたけれど。」
「フフッ、そう。…いつ、亡くなったの?」
そっと聞くエーデルに、ベルフローリアは懐かしんでいる笑顔から、悲しげな笑顔に変わる。
「一昨年に母は事故で。そして、父が、1ヶ月前に病気で。」
「あのお義兄様が?!」
「はい。母が亡くなった後、今まで以上に仕事をして、体調を崩したんです。」
「あの」と言ったエーデルに苦笑を浮かべる。また、母の驚きように、フォグナを知らない2人でも、それだけ体が丈夫だったのだろうと察せられた。
「まさか病気とは思ってなくて驚いてしまったけれど、まだ1ヶ月しかたってないなんて…」
(確かに…、精神面は大丈夫なのかな。もしかして、ゲームでは少ししか出てなかったから平気、とか?)
エーデルの言葉にみんなが気遣うようにベルフローリアを見る中、ヴィオレッタは少し探るように見つめる。
「もう、去年あたりからあまり調子は良くなくて。2ヶ月ほど前から、少し、覚悟していましたし。」
「そうだったの…。ごめんなさいね。どうしても、聞きたかったの。」
「いえ、そんな、お気になさらないでください。本当に大丈夫ですから。父の最後の言葉なんて「ヤバい、母さんに、怒られる…。どうしよ…。」でしたからね。」
はぁ~あ、とでもいうような表情で、冗談めかしな言い方に空気が明るくなる。
「そういえば、まだ自己紹介もしていなかったわね。このダメ夫の妻のエーデルよ。あなたの叔母にあたるけれど、お母様と呼んでくれると嬉しいわ。」
ダメ夫の部分で「え。」という表情になる父に、兄とともに「あ~あ、言われちゃった」という目を向けるヴィオレッタ。
「僕はナーシス。従兄妹にあたるけど、これからは兄妹だ。妹が増えて嬉しいよ。」
「私はヴィオレッタ。私も妹ができて嬉しいわ。」
「よろしくお願いいたします。…お、お義母様、お義兄様、お義姉様。」
呼び慣れていない様子に、ほんわかとした空気が流れる。
(どんな子かまだ分からないことだらけだけど、とりあえず、私の義妹が可愛すぎる。)
「ベルフローリアは何て呼ばれていたの?」
「ベルと呼ばれていました。その、ベルと呼んでくださるとうれしいです。」
「かわいいわぁ。もちろんそう呼ぶわ!さて、まずはお部屋に案内しましょうね!」
母の様子に安心する。これで両親の仲が悪くなることはないだろうと思えたからだ。
(よかった。電波ではないっぽいし。でも、油断は禁物だよね。まだ様子は見ないと。すごい演技派なのかもしれないし。)
「え、待って?え、私は?!べ、ベル!私もお父様と呼んでくれると嬉しいなぁなんて…。あ、あれ?ちょ、お、置いて行かないで?!」
(んふふっ、良かった。優しそうな方たちで。)
ここまで読んでくださり、誠にありがとうございます。
さっそく、「どちらが主人公なのかわからない。」というような始まりでしたが、タイトルをご覧ください。ベルフローリアが主人公です(笑)
不定期更新ですので、ゆっくりと、たまぁに確認するような気持ちでいて頂けるとありがたいです。