出会い
前進のジェスチャーをしてみる。
ほとんどのコマンドはジェスチャーになってる。
前進のジェスチャーは、人差し指と中指をくいっと前に向ける動作である。
逆に後退のジェスチャーは、同じく人差し指と中指を、くいっとこちらに向ける動作である。
それぞれのバーチャル世界でそれぞれに設定は違うが、
前進、後退、などの基本操作はおおむね統一されている。
しかし、前に進まない。
あれ?この世界ではコマンドが違うのか?
再度、前進のジェスチャーをしてみる。くいっ
やはり進まない。
あれ~、基本コマンドの設定を変えてるなんて、
ちょっと面倒すぎるだろ。。。
そんなことを思いながら、腕を動かして前にある草をかき分けてみる。
おおおお、これは!
腕と手の動きに合わせて、かき分けた草が動く。
そして、かき分けた分だけ前進した。
こういうバーチャル世界の常識では、障害物をすり抜けて移動できるはずであるが、
きっと相当に時間を掛けて作った世界なんだろう。すごいなあ!
もうここまでくると実世界とほとんど変わりないな。
草をかき分け、かき分け、少しづつ前に進む。
かき分けながら、だんだん実際に腕に草が絡むように錯覚してくる。
前進するだけでも、結構大変だなあ。
そんなことを思いながら前に進んでいくと、
ようやく舗装されてない小道に出た。
小道の両側には、今かき分けてきたような背丈ほどの草が両側に生い茂っており
草の中に、小さな小道が通っている。
おお、やっと前に進むのに草をかき分けなくて済むな。
小道はくねっと曲がりながらも、丘から集落へとまっすぐ続いているようだ。
とりあえず、小道を進んでいってみよう。
まあ、集落には、俺と同じように、もしかしたら誰か来てるかもしれない。
ずんずん進んでいくと、せせらぎに小さな木でできた橋が架かっていた。
せせらぎの音も、やはり素晴らしい出来である。
橋の向こう側には、ようやく集落らしいものが見えてきた。
集落には、お決まりと言っていい飲み屋っぽい店。
これがないとメタバースに入ってる意味がないからな。
それと、民家にも見えるし宿屋にも見えるような建物が10数件並んでいる。
早速、酒樽の看板の掲げられた飲み屋に入ってみた。
木で出来た両開きの入り口といい、看板といい、どうも西部劇に出てくるアメリカンな感じである。
おお、いるいる。
店の中もアメリカンで、木製の丸テーブルに2~3人づつ人がたむろっている。
全部で、10人強というところだろうか。
もしこれが現実世界なら、おそらく、まずは誰も座っていないカウンターに座るだろうが、
ここは、ほれ、現実世界の自分とは別の人格なので、割と強引に会話の中に入れたりする。
かわいらしい女性2人が座ってる丸テーブルの空いてる椅子の前に立った。
テーブルの真ん中には、中皿にバッファローウィングのような食べ物が置かれ、
2人の女性はビールジョッキを片手に、ものすごく不思議そうな目を向けてきた。
おっと、さすがに強引すぎたか。。。
もしかしたら、中身もほんとの女性かもしれないな。
急に入ってきて、ごめん、ここいいかい?
1人は、アンミラを彷彿させるような衣装の長い黒髪の猫耳女性で
もう1人は明るい銀髪のボーイッシュな革ジャンに身を包んだ人間タイプの女性だった。
現実世界なら、2人とも、まちがいなくトップアイドルになってるかもしれない。
2人の女性は、きょとんとした顔で俺を見ながら、
革ジャンの女性がが、まあ、いいけど。。。とボソッと答えた。
俺は、ありがとう、と言いながら椅子を引き、丸テーブルに着いた。
2人で盛り上がってたところ、ごめんな~。
俺、ここは、初めてなんで、どんな世界なのかなあって、
誰かに話を聞こうと思ったんだよ。
へえええ、どこから来たの?
どこから?ああ、別の飲み屋街の裏側を歩いてて、ここに入り込んだんだよ。
別の飲み屋街?
そうそう、小川の向こう側の草原に転送されてきてさあ。
転送? あああ、あっちの方から来たんだ。。。
それにしてもうまそうだなあ、それ!
俺はテーブルの真ん中に置いてあるバッファローウィングに目が行った。
なんとなくずっとこの世界にいると、感覚が世界に合ってくるというか
匂いまでうまそうに感じる。
仕事から帰ってきたのが8時過ぎだったので、そろそろ10時頃かな。
少し腹も減ってきたし、いったん飯でも食うか。
俺は、なんだか見てたら腹が減ってきたよ、まだここにいるの?と2人に聞いてみた。
2人は、私らもさっき来たばかりだから、まだいるよ。
お腹が減ってきたなら、これ食べてもいいし、なにか好きなもの頼んだら?
そういいながら、革ジャンの女性が、木でできたメニューをこちらに寄こしてきた。
俺は、ああ、ありがとう、と言いさらっとメニューを見た。
やはり、よくできてる。
んじゃあ、15分くらいで戻るから、飯食ってくるよ、
と言ってVRグラスを外した。
いつもそうだが、一気に6畳の間の現実世界に引き戻される。
コンビニで買ってきたのり弁を温め、さっと腹の中に流し込んだあと、
缶酎ハイを冷蔵庫から取り出して、VRグラスの前に置いた。
さっきの飲み屋に行って飲むためだ。
さて、お腹も膨れたし、飲み物も用意できたし、また入るか!
VRグラスを再度装着すると、瞬間に、さっきの丸テーブルが見えた。
猫耳が、あっ!起きた!大丈夫?と声を掛けてきた。
どうもVRグラスを外している間は、テーブルにつっぷして寝てる状態だったらしい。
びっくりしたよ、急に寝始めるから!
と言いながら、猫耳が少し心配そうに笑いかけてきた。
ごめん、ごめん、飯食って、飲み物持ってきたんだよ。
と答えると、あははは、いい夢見たみたいね、と笑われた。
続けて、どうする?ビールにする?と聞かれ、
店に何があるかわからなかったが、とりあえずビールで、とお願いした。
実際に飲むのは現実世界の缶酎ハイだが、
メタバースとはいえ、飲みの雰囲気を楽しむには、何か手に持つ必要があるからな。
すぐに店員のオヤジさんがビールをテーブルまで持ってきてくれて、
知り合ったばかりの2人の美女と乾杯し、実際には缶酎ハイを、ごくごくと飲んだ。
うめ~~~!
アルコール分が胃の中に流れ込み、程よい高揚感。
リアルだと、こんな感じですぐに話しかけて飲んだりできないよなあ。
やっぱり仕事後の、VR飲みは最高だなあ!
アメリカンな飲み屋の凝った造りを眺めながら
周りの人たちがどんな人たちなのか、見渡してみた。
店員のオヤジさんは、どこから見てもオヤジさんだ。
こういう世界では、たいてい美男か美女になるのが普通なのに、
よくあのオヤジさんアバターを選んだなあ。
というか、そもそも女性が4人しかいないじゃないか!
メタバースが流行ってきてるとは言え、まだまだガジェッターかおタクの男が大半で
そのほとんどが、かわい子ちゃんになってみたがるのが普通である。
しかも基本店員のオヤジさんと同じような感じの、オヤジばっかり。。。
う~ん、なんとなくの違和感。
まあ、なにはともあれ、とりあえず目の前に美女がいて
しかもリアルも女性っぽい! 良しとしよう。
革ジャンはジョッキをごくごくと3分の1くらいまで飲み、
猫耳はすこし口を付ける感じで飲んだ。
よく来るの?と聞いてみた。
猫耳が、私はたまに、でもアリエルはよく来てるよね?と言うと
革ジャンが、よくってほどじゃないけどね、
でもまあ、飲めるとこはここしかないから、と答えた。
俺は、またジョッキを傾けながら缶酎ハイをグビっと飲んで、
俺は、しょうた、仕事帰りには別のとこだけど、よくVR飲みしてるんだよ、
このワールドは初めてでよく知らないけど、よろしくな、と自己紹介した。
私はイオ、まだまだベータ級だけど一応シアンだよ。
それで、こっちはアリエル、こう見えてイプシロン級の赤だよ。
えっと、ぜんぜんわからん。
ちょいちょい、まずベータ級とかイプシロン級ってなに?
2人の頭から?マークが湧いてくるような顔で俺を見つめながら、
猫耳のイオが、そっかほんとに別のワールドから来たんだ、と続けた。
猫耳のイオの話によると、
それぞれの職業には熟練度を表す階級があるらしい。
一番初級がアルファ、次がベータ、
階級はギリシャ文字のアルファベットの順で上下が決まっている。
うん、わかりやすいな。一番上級なのはオメガだろう。
次に赤とかシアンというのは、タレントと呼ばれ、各人の能力を表すらしく、
赤は闘術、緑は知術、そして青は魔術ということらしい。
シアンというのは、緑に青を加えたものだということで
いわゆる回復系魔術のことのようだった。
たぶん、光の3原色が根本にあるんだろうな、いつか習ったような気がする。
他にも色毎にいろいろな能力を表すらしいが、覚えきれん。
まあ、ゆっくりと慣れていくだろう。
そして、色とは別に職業というのが別にあり、彼女たちは開拓者だそうである。
いろいろ細かい疑問はあるが、とりあえず大まかにはわかった。
そこまで聞いた時に、イオが、しょうたは?と聞いてきた。
さて、俺は何色で何級なんだろう?
このワールドでは、きっと何らかの初期設定がされてるはずだと思うのだが、
階級や色の定義を聞いたばっかりだし、まったくわからない。
わからないけど、たぶん初期設定だと思う、と答えた。
初期設定?? 2人は顔を見合わせながら、
アリエルが、足元に置いていた手提げ袋から
半透明の歪な球状の石を取り出し、
ストーンで調べてみる?と言ってきた。
俺は言われるままに、その球状の石を握らされ、暖かくなるまで待った。
手を開いてみると、とても淡く白く光っていた。
2人が俺の掌の石を見て、目を丸くして、
えええ!なにこれ?初めて見た、と騒ぎ出した。
確か白は、3原色を全部重ねると白になったような?
ってことは、闘術、魔術、知術の全部のタレントがあるってことか?
するとイオが、白ってのは見たことないけど
これだけ淡い光ってことは、たぶんアルファだよねえ。
きっと、これからの訓練次第で、
どの色にも寄っていける可能性があるってことじゃない?
すごい、すごい!
どうも俺の色は珍しいらしいが、
まあ、でも初期設定としては、何となく想定範囲内だな、と思った。
が、2人にしては、かなり珍しいことのようだった。
このワールドは、単にメタバースでみんなと知り合って
飲んで騒いで、ってだけじゃなくて、
なにかの職業について、自分のタレントをどんどんレベルアップさせていくという
いわゆるMMORPGとしての要素も取り入れてるんだな!
なんてすばらしい!!
ところで、開拓者って、なんだ? 敵でもいるのか?
それぞれにビールをおかわりし、俺もVRグラスを付けたまま、
2本目の缶酎ハイを開けながら、イオに聞いてみた。
知術のタレントを持ってるからなのか、すこしイオの方がアリエルより話しやすい気がする。
そもそも知術ってなんだろう?
俺の質問に、イオではなくアリエルが答えてくれた。
開拓者ってのは、外の世界を開拓する職業よ。
この世界は、見ての通りなんにもない平地と山と自然がいっぱい。
でもね、外にはいろんな文化や文明があったり、こことは全く違う世界が広がってるの。
そこで、見たこともないようなものを仕留めたり、人間関係でもいいの、
それを持ち帰ってきたりすると、それに高値がつくのよ。
と、アリエルらしくないわかりやすい説明だった。
なるほど!
ということは、知術ってのは、知識を持ち帰ってくるタレントってことか?
するとイオが、それもあるけど、たとえば闘術と知術を両方持ち合わせてると
複雑な武器を創れたり、使えたりするっていうタレントよ。
私の場合は、知術と魔術の両方で、回復系魔術が使えるタレントになってるわけ。
人によってそれぞれ違うのよ。と説明してくれた。
2人みたいな開拓者じゃない人でも、何かの色がついてるのか?
ほとんどの人が色なしよ、色のついてる人は珍しいの。
しょうた、あなたは、その中でもかなりのレアタレントよ、と教えてくれた。
缶酎ハイ2本を開けた当たりから、かなり酔っぱらって、少し眠くなってきていた。
一体俺はなにが使えるのかさっぱりわからないが、
まあ、何度もここに来てたら、だんだんわかってくるだろう。
も~う、もう寝ちゃったよ~
どうする?
かすかに聞こえてくるアリエルの声を遠くに聞きながら
目が閉じていくのが自分でも分かった。




