2 出会い
今は昔。
世界の半分を手中に納める、巨大な帝国があった。
その版図が最大となり、最も栄華を極めた時代。
帝国に暮らす人々は、かつてないほどの平和と繁栄を謳歌していた。
そんな太平の世にあって、時代に馴染めない無頼の輩が集まる町があった。
彼らの目的は、町の外れにある古びた遺跡だった。
いくつもの偶然が重なって発見されたその遺跡には、希少な財宝や古代遺物が大量に眠っていた。
しかし同時に、それらの宝物は恐るべき異形の番人によって守られており、不届きな侵入者の多くが命を落としていった。
栄光ある帝国正規軍の損耗を憂慮した時の皇帝は、一計を案じた。
遺跡内部の調査を、全ての自由市民、罪人、奴隷などに開放したのである。
これを受けて、一獲千金を夢見た数多の腕自慢やならず者が遺跡へと押し寄せた。
人々は、彼らを冒険者と呼んだ。
世に言う、冒険狂時代の始まりである。
「冒険狂時代、ね」
壁の落書きを眺めながら、ロニスはつぶやいた。
その薄汚れた壁には大きく、『冒険狂時代 来たる!』と書かれていた。
まだこの町が好景気に湧いていた頃に、酔っ払いの類がイタズラしたものと思われる。
「そんないい時代、俺は知らないけどな……」
景気の悪い顔で、独りごちる。
遺跡の迷宮が発見されたのは、今から10年も前の話だ。
それからというもの、沢山の人間が遺跡に押し寄せ、この場所に町が出来た。
町は活気に溢れ、冒険者たちは未知なる財宝や古代遺物を求めて毎日のように遺跡へと繰り出した。
迷宮で発見される貴金属や宝飾品の価値は言うまでもないが、希少な古代遺物もまた国に高値で買い上げられる。
幸運に恵まれた一部の者たちは、そうしてひと財産を築いていった。
だがそれも、もはや過去の出来事だ。
(今じゃ遺跡の番人の素材集めが精々。財宝や古代遺物なんて見たこともないよ)
日々増えていく冒険者の数の暴力により、浅い層の目ぼしいお宝は取り尽くされ、稼ぎが欲しければより深い層へと潜る必要が出てきたのだ。
しかし迷宮の奥深くへ進むほど、より凶悪な番人が潜んでいるのが迷宮の常であり、深層へ進むことの出来る者は限られてくる。
そこまでの腕を持たない冒険者たちは、迷宮外には存在しない番人の珍しい素材を売って食い扶持を稼ぐようになっていった。
当初こそ珍重されたそれらの素材も、市場に多く出回るようになるとやがて価値は落ちていく。
もはや冒険者は、相応の腕がなければ生活もままならない、厳しい時代を迎えていた。
辞めていく者も多く、新たになりたがるものも滅多にない、世界の潮流に取り残された存在となっていたのだ。
「そんなだから、役立たずの俺を拾ってくれるようなクランなんてどこにもありませんよ、と」
ただでさえ暗い表情を一層かげらせて、ロニスは町の片隅でたそがれていた。
今は、町にある冒険者管理局へ立ち寄った帰りだ。
そこは、町に集まった問題だらけのならず者たちを管理するために、国が設置した出先機関だった。
冒険者達が引っ切り無しに起こす騒動に対処するため、場当たり的に作られた組織だったが、クランに所属していない新米やはぐれ冒険者を斡旋する等の支援事業も行っている。
だがそこでロニスを待っていたのは、受付に座る恰幅のいい女の、にべもない言葉だった。
『あ〜、あんたの条件で受け入れてくれるクランは今の所無いね。また少し日をおいてから来てちょうだい』
そう告げると、用は済んだとばかりに女は別の仕事に戻っていった。
やはり、“クラス”を持たない人間を必要とするクランは無いということらしい。
(はぁ。クランにも入れないんじゃ、迷宮に入ることすら出来やしない)
以前のクランを追放されてから、既に1週間が経っている。
その間、冒険者管理局に通い詰めてみたり、顔見知りのクランに声をかけてみたりはしていた。
だが、どこも余裕はないようで、役に立つかも怪しい“クラス”無しを加入させてくれるクランは存在しなかった。
仕方なく1人きりで迷宮に潜ることも考えたが、それはとても現実的とは言えなかった。
クラン登録しなければ迷宮に入る許可はまず得られないが、たった1人でクランとは認められるわけがない。
それに実際問題として、相当の実力者でもなければ1人で迷宮の番人と戦うのは無謀と言わざるを得ない。
(まずいな。このままじゃ、野宿も考えないと……)
贅沢をしている余裕は無いと、今は迷宮都市でも恐らく1・2を争う安宿に泊まっていた。
だがこのまま収入無しが続けば、そんな宿代すらも危うくなってしまう。
(ひとまず、何か別の仕事を探すしかないか……? でもそんな事やってたら、いつまで経っても迷宮に入れなくなってしまう気がする……)
ひと度冒険者稼業から離れてしまうと、腕がなまって勘も鈍るだろう。
それにロニスは、安定した生活を覚えてしまうとその維持だけで手一杯になってしまう気がしていた。
だからといって、先立つものがなければ生きていくのもままならない。
末端冒険者の悲哀を抱え、ロニスが途方に暮れていたその時だった。
「あ、いた!」
背後から駆け寄る足音とともに、ハイトーンな声が響いた。
驚いて振り返る。
そこには、栗色の髪をひっつめにした若い女性がいた。
全力疾走でもしてきたのか、膝に手をついて肩で息をしている。
呼吸を整えるのに精一杯らしく、二の句が継げない様子だった。
「えーっと……。俺?」
この場にいるのは、この女性とロニスの2人だけなので恐らく間違いないのだろうが、念の為聞いてみる。
「ぜぇ、ぜぇ。うん、そう。キミ、ロニスティス君だよね。はぁ」
女性は息を切らせながらも、どうにか言葉を返した。
顔を下に向けているため、その表情は見えない。
「そうだけど……どこかで会ったっけ?」
「あー、うん、えーとね。ごめん、ちょっと待って」
そう言って彼女は身体を起こすと、ひとつ深呼吸をした。
「ふぅー。よし、お待たせ。」
顔を上げた彼女と目があうと、ロニスはドキリとした。
女性が、予想外に美しい顔立ちをしていたからだ。
はっきり言って、こんな治安の悪い町には似つかわしくないと思えた。
突然の衝撃にドギマギしているロニスをよそに、彼女は話し始めた。
「ええと、そう。私、キミを探してたんだ。」
「え?お、俺を?な、何で?」
思い当たる節もなく、しどろもどろになって戸惑うロニス。
「あのね、私と一緒に、迷宮に潜ってほしいんだ。出来れば今すぐにでも」
「…………はぁ!?今すぐ!?」
突拍子もない提案に、ロニスは驚きの声を上げた。
「そう、今すぐ。だめ?」
「いや、流石に今すぐは……。色々準備しないとだし……」
「もちろん、準備は必要よね。どれくらいで出来そう?」
「え?えーと、まあ、一刻はかからないと思うけど」
「うん、それなら全然大丈夫。それじゃあ私、迷宮の入り口で先に待ってようかな」
ロニスの戸惑いを物ともせず、話はどんどん先に進んでいく。
「ええ?ちょ、ちょっと待って、俺まだ行くって返事してないんだけど」
「あ、そっか。ごめんね。やっぱりいきなり過ぎたかな?」
「あう、いや、その。な、何で俺なの? 自分で言うのも何だけど、俺って正直そんなに必要とされるような腕前してないんだけど……。誰かと勘違いしてない?」
自分で言っていて悲しくなってくる。
だが、勘違いされたままで後から失望されるのは、もっとキツいに違いない。
「そんなわけないじゃん!私には、キミが必要なんだってば」
「そ、そう、なの?」
力強く否定され、ロニスはますます訳が分からなかった。
一体、自分の何が必要とされているのだろうか。
「私、急いで中層まで潜らないといけないの。それで、一緒にパーティ組んでくれる人を探してたんだけど、管理局の募集を見に行ったらキミの名前を見つけてさ!」
「あー、うん、そうなんだ……」
自分が追放された夜のことを思い出し、ロニスのテンションはやや落ちした。
だが彼女はそれには構わず、力説を続ける。
「そう! それで私、急いで勧誘しなきゃ! って思って、慌ててキミのこと探し回ってたの。で、なんとかここで会えたってわけ。いやー、すぐに見つかって良かったー」
そう締めくくると、女性はウンウンと満足気に頷く。
結局、何故ロニスを勧誘しようとしているのか、イマイチ理由の説明がなされていないような気がする。
だが彼女の勢いに気圧されて、ロニスにはもう1度聞き返せる気がしなかった。
そこで代わりに、他に気になっていることを尋ねることにした。
「えーっと……。そうやって誘ってくれるのは嬉しいんだけど、他のクランメンバーの人達は俺のこと知ってるの? 急に俺を連れてって、皆さん困ったりしないかな?」
さっきの口ぶりでは、この勧誘は急遽この謎の女性が1人で決めた事であり、彼女の仲間には一切話が通っていないように思えた。
ましてパーティを組んで戦うのであれば、明確に役割分担を決めて、しっかりと打ち合わせしておく必要があるはずだ。
だというのに、急に半人前を連れてこられて、さあ迷宮へと言われても、仲間たちもいい迷惑なのではないだろうか。
しかし問われた女性は、あっけらかんと答えた。
「ああ、それなら大丈夫。うちのクラン、今私以外に誰もいないの。だから、迷宮に潜るのは私達2人だけよ」
「ふ、ふた、2人だけ!?」
驚愕のあまり、ロニスの声は裏返った。