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10 中層の主

 

 腰を落として身構えるジーナに向かって、石狼が跳躍する。


「ふっ!」


 対するジーナは強く息を吐くと、僅かに動いて石狼の攻撃をかわした。

 そしてすれ違いざま、剥き出しになっている魔石に短剣を突き立てる。

 石狼は空中でその機能を停止し、着地もままならずに地面へと倒れ伏した。


(す、凄い……!)


 ジーナの華麗な体捌きに、思わず釘付けになる。

 そんな棒立ちのロニスの横をすり抜けて、もう1体の石狼がジーナへと飛びかかっていった。

 しかしジーナは、先程と同じように最小限の動きで攻撃をかわしていく。


(しまった、見惚れてる場合じゃない……!)


 ロニスは慌てて、残り1体の石狼に意識を向けた。

 前脚をロープに絡め取られていた個体は、既に拘束を解いて再びロニスに襲いかかろうとしているところだった。

 盾を構えて、正面から石狼にぶつかっていく。

 今度はバランスを崩さずに、石狼の重量が乗った体当たりを受けきった。

 再度の衝撃に備えて態勢を立て直していた次の瞬間、横から飛んできた矢が石狼の眉間に突き刺さった。

 もう1体を瞬く間に仕留めたジーナが、返す刀で放ったとどめの1撃だった。

 石狼は為す術もなく、地面へと崩れ落ちた。


「ふう、大丈夫だった?」


 構えた弓を下ろしながら、ジーナが声をかけてくる。


「うん、俺は問題ないよ……。足引っ張っちゃってごめん」


 自己嫌悪に陥りながら、どうにか謝罪の言葉を返す。


「なんでよ、謝る必要なんか無いって。さっきのあのロープ、しっかり石狼を捕らえてたじゃん。凄いよ!」


 ロニスの落ち込みぶりを一顧だにせず、ジーナは楽しそうにロニスを褒める。


「いや、その後結局1体に抜かれちゃってたら意味ないよ」

「だって、足場が悪くてバランス崩しちゃったんでしょ? そんなの誰にでも起こり得ることなんだから、しょうがないじゃない」


 咄嗟の場面でよく見ているものだと思いながらも、ロニスにはその言葉を素直に受け取ることが出来なかった。


「でもさ、前衛専門の“クラス”持ちなら、ああやって態勢を崩しても盾で受け流したりして耐え切れるはずだよ。俺にはそういう技量が無いから、バカ正直に真正面で受けてあんなことになっちゃうけど」


 実際のところ、戦士や重戦士など盾を扱う技能に長けた“クラス”であれば、ロニスのように無様に転倒するようなことは無いはずだ。

 “クラス”の有る無しの差というのは、筋力や素早さといった単純な能力だけでなく、そういった技術的な面にも強く現れてくるのだ。


「それは、そうかも知れないけど……」


 ジーナも認めはしたが、あからさまに納得していない顔で頬を膨らませていた。


「それって逆に言うと、ロニスが天啓を受けさえすれば、そこらの“クラス”持ちなんかよりよっぽど強くなれるってことだよね?」

「ええ!? いやいや、そうはならないでしょ!」


 強引な論理展開に、思わずツッコミを入れる。


「だってそうでしょ? ロニスは“クラス”なんか無くても、あれこれ工夫して中層でこうして戦えてるんだから、“クラス”さえ得られればあっという間に深層まで行けちゃうってことじゃない?」

「いや、そりゃあ、そうなってくれれば嬉しいけどさ……ちょっと今は、そんな風には考えられないなぁ」


 無様を晒した直後に、そんな自分を想像するのは到底出来そうになかった。


「もー、ロニスは心配し過ぎだって。大丈夫、ロニスならなんとかなる! 私が保証する!」

「お、おお……あ、ありがとう」


 謎の勢いに気圧されて、ロニスは曖昧に礼を述べることしか出来なかった。

 ジーナの妙に高いテンションに置いてけぼりな気分だったが、ミスをしたロニスが必要以上に落ち込まないよう、気を使ってくれているのかも知れない。


「……うん。ジーナ、助けてくれてありがとう」


 いつまでも引きずっていても、仕方がないのは確かだ。

 改めて礼を述べるとともに、せめて同じミスを繰り返さないことを、ロニスは心に誓った。


「えへへ。どういたしまして。一緒に冒険する仲間なんだから、当然のことだけどね」


 そう返すジーナの笑顔は、どこまでも晴れやかだった。




 それからしばらく迷宮を進んだ後――。

 ふとジーナが、ロニスの肩に手をかけて歩みを止めさせた。

 ロニスが振り向くと、ジーナは無言で人差し指を前方へ向けた。

 その指し示す方へ目を凝らすと、やたらに脚の多い、独特なシルエットが浮かび上がっていた。


「……ついに蜘蛛さんの登場、ってわけだ」


 やや緊張した面持ちで、ロニスが呟く。


「あいつは中層の番人の中でもちょっと厄介よね。少し気を引き締めないと」


 ジーナに緊張した様子はないが、言葉通りやや真剣味が増しているように見えた。

 この先に待ち構えているのは、冒険者達が『鉄蜘蛛』と呼んでいる番人だ。

 鉄蜘蛛はその呼び名の通り、金属で出来た身体を持った蜘蛛のような形態をしている。

 体高は一般の成人男性程もあり、大きな身体に見合わず素早く動くことが可能だ。

 その身体を形作る金属はとても頑丈で、“クラス”無しのロニスの攻撃では、はっきり言って傷もつかない。

 特殊な合金で出来ているらしく、魔力を通すことでその強度が飛躍的に増すという話だ。


「冒険者が最初にぶち当たる壁だからね。俺も2人だけであいつと戦うなんて初めだし」


 浅層からステップアップしたいルーキー冒険者達を阻む壁として、鉄蜘蛛は中層に君臨していた。

 その攻撃や耐久力は、中層までに出現する番人の中ではダントツであり、ある程度経験を重ねた冒険者でなければ倒すことは難しい。

 また同時に、鉄蜘蛛の素材は貴重であり、市場では高値で取引されている。

 まとまった額が入れば、装備を強化してさらに冒険を有利に進めることが出来るようになる。

 結果として、鉄蜘蛛を倒せるかどうかが、迷宮の冒険者としてやっていけるかどうかの分水嶺となっているのだった。


「さて、どうやって倒そうか」


 ロニスが、恒例となった作戦会議のお伺いを立てる。


「まぁ、根本的にやることは変わらないんだけどね。ロニスが防いで、私が仕留めるっていう。ただ、鉄蜘蛛は硬いからねー。仕留めるまで最短でも3、4発は必要だから、ロニスには結構頑張って耐えてもらうことになると思う」


 神妙な面持ちで、ジーナはロニスの顔を見た。


「うん、それはもちろん覚悟してる。でも、大丈夫だよ。前のクランで戦ってたときより、ジーナ1人で倒す方が圧倒的に早いだろうから」


 お世辞でも何でも無く、それは正直な意見だった。

 ここまで戦ってきた番人より手強いとはいえ、ジーナの矢が尋常でない威力なのは間違いない。


「あはは。まぁ、これでも深層に潜ってますから。ところで、今回はあのロープは使わないの? 鉄蜘蛛にも結構有効なんじゃない?」


 ジーナが、ロープを振り回す真似をしながら提案する。

 石狼と戦ったときに用いた、両端に石をくくりつけたロープのことを言っているのだ。

 しかしロニスは、肩をすくめながら首を横に振った。


「確かに、あの長い脚には引っ掛けやすいんだけどね。いかんせん脚が8本もあるもんで、イマイチ足止めにはならないんだ。それに、結構あっさり引きちぎられるんだよね、あいつの場合。もうちょっと頑丈なロープが手に入ればいいんだけど」


 嘆息しながら、ロニスは使わない理由を説明した。


「なるほどね。それなら、シンプルに戦うしかないか。あ、分かってると思うけど、あいつの突進には気をつけてね」

「うん、最優先で気をつけるよ」


 ロニスは素直に頷く。

 鉄蜘蛛を相手にしたとき、最も気をつけなければならないのが、ジーナの言う『突進』だ。

 それは恐らく、何人ものルーキー冒険者を迷宮の闇に葬ってきた、鉄蜘蛛の得意技だった。


「さて。それじゃ、準備はいい?」

「ああ、いこう!」


 ロニスは自分の頬を叩いて気合を入れ、強敵に向かって歩き始めた。

 徐々に近づくにつれ、鉄蜘蛛の異様なシルエットがはっきりと見えてくる。

 あまりに巨大な蜘蛛の姿は、苦手な人間には目にするだけで苦痛となるだろう。


「ロニス、一旦そこで止まって」


 ジーナが呼びかける。

 そのまま静かに弓を構え、ゆっくりと引き絞っていく。

 腕以外の部分は微動だにせず、キリキリと弦の出す音だけが暗がりに響く。

 ここまで戦ってきた中で、これほど時間をかけて狙いをつけたことはなかった。

 それが必要な程の魔力を、弓矢にこめているということだろう。

 引き絞られた弦が最後方まで来ると、ジーナは流れるような動作で矢を放った。


 バアンッ!


 鉄板をハンマーで叩くような音がして、鉄蜘蛛のシルエットが大きくのけぞった。

 8本脚の怪物は僅かな時間だけ動きを止めると、すぐにこちらへと動き出す。

 ガシャガシャと派手な音を立てながら、巨体を揺らして凄まじい速度で迫る。


 ガシャン!


 勢いそのままに突っ込んでくるかと思いきや、ロニスまで後7、8歩という距離で鉄蜘蛛は突然停止した。

 そして威嚇するように前2本の脚を高く掲げると、次の瞬間、鉄蜘蛛は信じられないような速度でロニスの眼前まで跳躍した――。


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