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1 追放

「お前はクビだ」


 短いひと言が告げられる。


「……え?」


 ロニスは言葉の意味が理解できず、それだけを返すのが精一杯だった。

 その様子に、相手の男はため息をつくと辛抱強く繰り返した。


「だから、クビだよ。ロニス、お前にはこのクランを辞めてもらう」


 噛み砕いて説明する男の顔を眺めながら、ロニスは未だ事の次第を把握することが出来ていなかった。


(クビ? クランを辞める?)


 耳に入ってきた言葉を頭で反芻しながら、その意味を考える。

 じわじわと理解が及び始めた時、ロニスは自分の心が冷えていくのを感じた。


(要するに、このクランに俺はもう必要ない、ってことか……)


 ずっと、感じてはいた。

 自分の腕前が、他のメンバーに大きく後れを取っていることを。

 実力的には中堅クラスと言っていいこのクランが伸び悩んでいる中で、ロニスが皆の足を引っ張っているのは明らかだった。

 それでも、自分なりに努力はしてきたつもりだ。

 だがロニスには、どうしたって超えられない、高すぎる壁が存在していたのだ。


「……お前ももう、20歳になるんだよな?」


 口を開こうとしないロニスに対して、クビを告げた男は諭すような口調で語り始めた。


「だってのに、お前は未だに、何の天啓も得られていないじゃないか。天啓も無しで迷宮に潜るなんて、無謀もいいところだ」


 天啓――。

 それは、ロニスにとって苦い想いを伴う言葉だった。


「大抵のやつは、10代のうちに何かしらの天啓を与えられるもんだ。家業に関わるやつは“農夫”だったり“商売人”だったり。あるいは、生まれ持った全然別の才能を開花させたりな。そうしてみんな、自分に適した“クラス”を見出していく。そうだろう?」


 男はひと呼吸おいた後、ちらりとロニスに視線を向けた。


「だがお前はどうだ? この迷宮都市に来て、何年になる? 1年も冒険者をやっていれば、“戦士”だの“魔術師”だの、”基本クラス”の天啓ぐらいは得られるのが普通だ。未だになんの天啓も得られないってのは、さすがにおかしいと気づくべきじゃないか?」


 男の言葉に、ロニスはひっそりと拳を握りしめた。

 そこから先は、言われなくても分かっている。


「お前には、冒険者の才能が無いってことだよ。天啓によって“クラス”を得た人間と同じことを、天啓の無いやつがやったって敵うはずがないんだ。お前が色々と努力してるのは認める。だが、このまま冒険者を続けていても先は無いぞ。もう、ここいらが諦め時なんじゃないのか? お前には帰る故郷があるんだろ? だったら、田舎に帰って家業を継げばいいだろう」


 そこまで告げると男は言葉を切り、懐から小さな袋を取り出してテーブルに置いた。

 ジャラリと音を立てた袋の口からは、幾らかの銀貨や銅貨がのぞいていた。


「今回のお前の取り分だ。少しは色を付けておいた。こいつを持って、今日中にここを出ろ。いいな。」


 それで話は終わりのようだった。

 男はしばらくロニスを見つめていたが、彼が黙ったまま動かずにいるのを見て取ると、1つ嘆息して、少し離れた仲間たちの待つテーブルへと戻っていった。

 独り残されたロニスは、うつむいて椅子に座ったまま動こうとしなかった。

 彫像のようにしばし固まった状態でいたが、不意に拳を高く突き上げると、勢いよくテーブルに向かって叩きつけた。


 ドンッ!


 卓上でグラスやコインが派手な音を立てる。

 ガヤガヤと騒がしかった酒場が、一気にシンと静まり返っていた。


「あ〜あ。あいつ暴れ出すんじゃねえの?」

「しっ。聞こえるわよ」


 ボソボソと囁く声が聞こえる。

 場の視線が集まる中、ロニスは無言でコインの入った袋を掴み取り、席を立った。

 そのまま、2階へと続く階段を駆け上がっていく。


「……あいつ、俺らの荷物盗んでったりしねーだろうなぁ」

「そんな事するやつじゃないだろう」

「わっかんないよ〜。今はヤケになってるだろうしさ」


 その様子を見ていたロニスのクランメンバーが、思い思いに喋り始める。


「しっかし酷えよなリーダーも。冒険者に向いてないなんて、アイツも分かった上で続けてたんだから、もうしばらくはこき使ってやれば良かったんじゃねえの?」

「それで手遅れになっちまったらどうする。俺はあいつのために言ってやったんだ」

「はいはい、リーダーはお優しいねぇ〜」


 軽いノリの男女が、リーダーと呼ばれた男を冷やかす。


「実際、これ以上冒険者を続けていたら遠からず命を落としていただろう。リーダーの判断は間違ってない」


 ローブを纏った別の男が、ボソボソと意見を口にした。


「そりゃあなあ。20歳にもなって未だに何の天啓も与えられないとか、そんなやつ初めて見たぜ。マジで才能無さすぎだろ」

「だよね〜。魔術も使えない、攻撃要員にもなりゃしないから、やってたことは突っ込んでって壁になることだけだもんね。ついたあだ名が『肉壁』」

「ぎゃははは!おめーマジひでぇあだ名つけるよなぁ」

「ちょっと! 最初に言ったのアンタでしょうが!」

「おい、言い過ぎだぞお前ら」


 下品な笑い声ではしゃぐメンバーを、リーダーがたしなめる。


「大体、俺たちだって他人事じゃないんだ。もっと深層まで潜って稼げるようにならなけりゃ、こうやって酒を飲んでる余裕だってすぐに無くなっちまうぞ」

「ちっ、分かってるよ。そのために役立たずを追い出したんだからな」


 水をさされた男がグラスを勢いよく空けたところで、奥から階段を降りる音が響く。

 自分の荷物を背負ったロニスが、階下へと降りてくるところだった。

 酒場中の人間が注目する中、ロニスはクランメンバーのたむろすテーブルの前で立ち止まった。

 そして、出し抜けに頭を下げる。


「世話になりました」


 ひと言だけ告げると、返事を待たずにロニスは出口へと駆け出した。

 ロニスが建物から出ていくと、再び静まり返っていた室内はすぐにガヤガヤと賑わい始めた。


「やれやれ、恨み言の1つや2つ、吐いてくかと思ったのにな」

「言っただろう、そんなやつじゃない」

「ま、腹ん中じゃどう思ってるか、分かりゃしないけどね〜」


 クランメンバーは、しばらくはロニスについての思い出話に花を咲かせていた。

 だが、やがてはそれも終わったこととして、酒の席のとりとめもない与太話に埋もれていった。


 それからしばらくの後――。

 酒場、兼宿屋である建物を飛び出したロニスは、行く宛もなく夜の町をさまよい歩いていた。

 その胸の内では、悔しさと無力感が渦巻いたままだった。


(分かってる。分かってるんだよ。俺に才能が無いってことぐらい)


 早歩きで息を切らせながら、声にならない心の声を呟く。


(全くもってあんたの言う通りだよ。俺は毎日の鍛錬だって欠かしてないし、武器や盾の扱いもあんたや他の連中に頼んで習ったりしてる。装備の手入れや道具の準備も人一倍気を使ってるし、他にもあれやこれや、俺に出来ることは何だってしてきた。それなのに!)


 感情が昂り、前に進む足がどんどん早くなっていく。

 目の前には、町の中心である小さな丘が近づいていた。


(天啓なんてものが無いだけで、どんなに頑張っても俺は役立たずだ!)


 勢いに任せて坂を駆け上がりながら、目尻からポロリと涙をこぼす。

 これ以上何をどうすればいいのか。

 どうして自分だけが。

 いくつもの問いを浮かべてみても、答えは出てこない。

 この数年間、ずっと己に問うてきたことだ。

 簡単に答えが得られるのなら、今までの苦労は無い。


「くそっ、何で俺だけ! ……ってうわっ!」


 ヤケになって丘を登りきったところで、ロニスは足元の小石にけつまずき、派手に転んでしまった。


「い、いってえ……」


 うつ伏せに倒れたまま、擦りむいた膝の痛みに耐える。

 すぐに立ち上がる気にもなれず、ころりと仰向けになって地面に寝転がった。

 するとロニスの視界いっぱいには、美しい夜空が広がっていた。

 満天の星の中に、銀色の月が一際まばゆく輝いている。

 その美しい光はロニスにとって、郷愁の念を呼び起こすものだった。


(……ああ、懐かしいな。幼い頃はしょっちゅう、こうして月を眺めていたっけ)


 原っぱに寝そべって月を眺めながら、未知の冒険に思いを馳せていた幼少期を思い出す。

 幼いロニスは、吟遊詩人が語る英雄の物語に憧れる少年だった。

 思い返せば、ここしばらくは月を見上げることなど久しく無かったように思う。

 毎日の生活に必死でそんな余裕もなく、昔思い描いていた夢のことなど記憶の彼方に置いてきてしまっていたようだ。

 冒険へと駆り立てられ、家を飛び出すことになった己の原風景を思い出し、ロニスはほんの少しだけ生気を取り戻せたような気がした。


(いまさら故郷に帰ったって、放蕩息子に居場所なんかあるわけない。もう少しだけ、ここで頑張ってみよう……。俺にだって、やれることがまだあるはずだ)


 帰る場所がないのなら、今いる場所で踏ん張るしかない。

 まだ諦めるには早いはずだ。

 そう自分に言い聞かせ、身体を起こして夜の町を再び歩き始める。

 まずは、今夜の宿を探さなければ――。




 そうしてロニスは、冒険者を続ける選択をした。

 だがその選択の先には、血なまぐさい未来が待ち受けている。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 ロニスの呼吸音だけが、暗がりに響く。

 他には何も、音をたてるものはなかった。

 足元には、沢山の血溜まり。

 そして、物言わぬ人影。


「ざまぁないな……」


 死臭が漂うその場所で、ロニスはボソリと呟いた。


「どんな気分なんだ? 役立たずと見下してた奴に殺されるのは……」


 あちらこちらで倒れ伏す者たちに向かって問いかける。

 返事をするものは、誰もいない。

 死んだ人間は返事をしたりはしないものだ。


 それは、そう遠くない未来。

 避けることの出来ない、血に塗れた未来の出来事。


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