9.幸せな時は永くなくて
その後、結婚式は予定通りする事が出来た。王様は僕達をあの後、すぐに家に帰らせてくれたから。
澄み切った青空に精霊が運ぶ色とりどりの花びらが舞い、僕とキリエは町中の人にお祝いの言葉を貰っていた。
僕もキリエも皆にもみくちゃにされながら、嬉しくて嬉しくて、二人で抱き合って、キスして、踊って。
ものすごく楽しかった。
午前中に二人の結婚をみんなの前で誓い、昼からお祝いのガーデンパーティをした。次から次へと色んな人が入れ替わり立ち代わりやって来て、僕達にお祝いを言ってくれて、もう僕はありがとうを何回言ったか分からないぐらいだ。
そんな中、ハリエットが言っていた、元の国の僕の眷属を見かけた。彼は僕の体術の練習相手をしてくれた龍人で、僕の友達だった。
もう会えないと思っていたのに、界渡りが得意なハリエットが招いてくれたのだ。
「ルド!」
「シャフール、おめでとう。」
「来てくれてありがとう。君にあえて嬉しいよ!今日はゆっくりしていけるのか?あぁ、彼女がキリエ、僕の奥さんだ。紹介するよ!」
キリエを振り返ると、町の女の子達に囲まれて、笑っていた。
「いや、話しているみたいだから、良いよ。」
「じゃあ、後で紹介するよ。ルド、元気だったか?」
「まぁ。」
何となく元気の無いルドの声で、僕は彼がずいぶん草臥れた様子なことに気づいた。今日の僕は、はしゃぎ過ぎていて、気づくのが遅れてしまったのだ。体調が悪いのだろうか?しかし、体力自慢の龍人が?
「ルド、どこか悪いのか?」
「いや、シャフールは笑えるようになったんだな。昔よりずっと表情が豊かだ。」
「うん。キリエが居てくれるだけで、僕は幸せだから。」
「そうか。・・・こちらの世界には精霊が多いんだな。」
「増えたんだよ。彼らに色々手伝って貰えてて助かってるよ。」
「精霊はお前が喜ぶ事が好きだからな。」
「どうかなぁ。楽しい事が好きなだけだと思うけど?そう言えば、ご家族は元気?坊やは大きくなったろうね。」
ルドは僕が消える少し前に、可愛い息子が産まれたばかりだ。龍族は子どもができにくいのに、結婚してすぐに子どもができたらしい。目標は三人だと奥さんは笑ってた。
「・・・・・・。」
やはり、様子がおかしい。息子さんが具合が悪いのか?
「ルド?」
「シャフール、ごめん、ごめんな。お前、こんなに幸せなのに、邪魔してごめん。でも他に方法が無いんだ。俺のこと、恨んでくれて良いから。許してって言わないから。ごめん。」
ルドは僕の腕を強く掴んで謝り続けた。掴まれた腕が痛くて、腕を振り払おうとしたが、払えない。
僕は凄く嫌な予感がして、必死にキリエの元に行こうと、ルドから離れようと抗った。
キリエに伸ばす手の先から景色が消えて行き、僕の目の前に広がる景色は寒々しいものに変わってしまった。
見覚えのある王城、枯れ果てた庭園の木々、ドロドロと澱んだ小川。
あの隣国の王城のようになってしまった僕の生まれ育った国。そう、あれは精霊のイタズラだった。でも、今のこの国に、精霊はいない。精霊は居なくなってしまっていた。
「お前ならわかるだろう?シャフール。お前が去ってから、この国は精霊の加護を失っただけじゃない。精霊も消えてしまった。大地は力を失い、空気は澱んで、空は濁った。」
「ど、どうして・・・。」
「どうして?お前が居ないからだ。」
「そんな筈がない。」
「精霊はお前の為だけにこの国に居た。お前が居なければ、精霊はこの国から消えてしまうんだ。」
「そんな・・・」
「こんな空気の中で、健康に暮らせるはずは無い。俺の息子だってそうだ。生まれて直ぐにこの空気にやられ、弱っていくばかり。」
「僕の・・・せい・・・なのか?」
「お前のせいじゃない。でもお前がいなくなったせいだ。」
「そんな・・・」
「だから、頼む。ここで暮らしてくれ。この国から出ていかないでくれ。」
「・・・い、嫌だ。僕はキリエがいなくてはもう生きていられない。キリエ、キリエは?」
「ハリエットが繋いでくれた道は龍しか通れない。キリエは連れて来れなかった。」
「シャフール王子様!」
僕の背後で僕を呼ぶ声がする。涙に滲む視界に駆け寄る騎士達の姿が映った。抗う力も無く、僕は騎士達に両腕をとられ、父王の前に引き立てられた。
「シャフール、お前が勝手に城から姿を消した結果、国は荒れた。お前には王子として国を栄えさせる責任があるだろう。なんと言うことをしてくれたのだ。今後は、このような勝手は認めん。一生城から出られぬと思え。」
僕の事を空気と思っていたのに?大切にしようとも思っていなかったのに?それなのに僕を責めるのか?
僕が精霊に愛されているといつ知った?ルドが言ったのか?
僕はそのまま騎士に引き立てられて、部屋に押し込められた。元の自分の部屋ではない。窓に鉄格子の嵌った部屋。
まるで悪夢のようだった。
扉が開く音がして、目を向ければ、そこには第一王子が立っていた。
「シャフールすまない。」
「兄上?」
「表情の無くなっていたお前が、そんな顔をできるようになるほど、この数カ月は幸せだったのだろう?」
「・・・・・・」
「この国が荒廃したのはお前のせいじゃない。父上はどうにもならなくて、お前のせいにしたんだ。身勝手な言い逃れだ。この国は元々お前に優しくなかった。いつ精霊の加護を失っても仕方がない国だったんだ。」
「・・・・・・」
「私は、お前もこの国も助けたい。一つ聞きたい。この国に精霊の加護があったのはお前のおかげか?」
「・・・そうかもしれませんね。彼らは僕を喜ばせようとしてくれるから。」
そう、ただ、僕が庭園を散歩する時に嬉しいだろうからと、大地を水を大気を心地よいようにしてくれていた。
「お前なしでは精霊の加護は得られないのだろうか?」
「精霊はどこにでもいます。いや、今この国には誰もいないな。僕が行ったあの世界には精霊がいましたよ。」
「最初から?」
「はい。」
「精霊の加護をお前なしで得る方法はあるのだろうか?」
「精霊がいると兄上は信じていますか?心から?」
「ああ。こうなって初めて信じた。手遅れだったがな。」
手遅れだろうか?今からでも何とかなるのでは無いか?
そうすれば、僕はキリエの元に戻れるのだろうか?