7.僕の眷属は強い
ハリエットは少し開けた場所に移動すると、両手を天に向けて突き上げた。
その指先から徐々に人としての形が崩れ、腕は太く、肌には輝く鱗、背には大きな翼が伸びてゆく。
ハリエットの姿は既に人ではなく、神々しいまでに美しい龍へと姿を変え、徐々に巨大化して行く。
3メートル程の大きさになると、上に乗るように促された。
僕は認識阻害をかけて、ハリエットの上に乗る。
僕の母は、肉体的にも能力的にも人間だったが、僕は違う。見た目は人間だが、僕の体に流れる血は人ではないものがあり、僕はその先祖返りだった。
流れる血の一つが龍族だ。
僕は龍化することなく、力を使うことができる。その力は、ハリエットを軽く凌駕するだろう。
僕は僕に流れる血を隠すために、空気のように生きてきた。強すぎる力は争いしか招かない。
しかし、今日、生まれて初めてこの力に感謝した。キリエを守る力だ。
力強く羽ばたきながら、上空を目指す。高く上がれば、敵陣営が眼下に拡がった。ここまで上がれば肉眼では人の姿を認識できないだろう。
「どこを狙う?」
「この戦いを仕切っているくせに、一番背後で隠れている奴。」
「了解。あいつかな?」
「そうだね。丁度いい。何人か集まってるから、狙わせてもらう。」
「お手柔らかにな。」
「勿論だ。」
「くくくっ。」
僕は右手をゆっくりと目の前に上げ、握りこぶしの中で魔法の強さを調整する。この高さからだと目標は豆粒以下だ。影響はできるだけ抑えたい。兵士はどこの国でも捨て駒だ。
彼らを傷つけたくはない。
愚かな戦争をしたいならば、その責任も自分でとるがいい。
僕が落とした雷は、まるで針のように細く、そして、太陽のように眩しく、目標に突き刺さっていった。
突然の指揮者不在に混乱する様子を、その場で伺っていたが、どうやら一時撤退するらしい。
僕達の姿に気づかない彼らは、天災、神の裁き、好きなように思ってくれればそれで良い。
次に来れば、また同じ事が起きるし、繰り返せば、王を殺しても良い。
僕の血はこれだけじゃない。吸血族の力を使えば、傀儡にするのも容易い。
でも僕は、できるだけ人として生きるつもりだ。
やはり、世の中は平安で、穏やかで、幸せが一番なのだから。
キリエの待つ家の扉を開け、僕を心配してくれていた大切な人をこの手に抱いて、僕は本当に幸せだった。
「シャル、戦争は?」
「何があったか分からないけど、突然、敵がひいたんだ。もう大丈夫だよ。」
花畑に寄って作ってきた花束を差し出し、僕はキリエにプロポーズした。
「キリエ、僕の天使。僕と結婚して下さい。」
「はい。」
はにかむキリエを抱きしめ、彼女を抱き上げて、クルクル回った。嬉しい。嬉しい。
「ありがとうキリエ。必ず幸せにするから。」
その後、隣国は再度兵を起こしたが、こちらの国に到達する前に、大岩が雪崩落ちて、軍を率いていた隊長が下敷きとなり、撤退。
王の居城の中庭の植木が枯れ果て、庭の池が何度水を変えてもすぐに腐り、腐臭が城全体に広がるようになり、国内の反対意見が激しくなった為、戦争を止めた。
戦争を止めた途端に池は澄み、木々も復活したそうだ。
これは精霊の仕業なので、彼らもずいぶん楽しかったらしい。元々精霊は遊ぶ事が大好きなのだから。
隣国の心配もなくなり、僕とキリエの結婚式まで、後一週間。
どうして僕の幸せの邪魔をしようとするものが現れるのだろうか?
お金に苦労しなくなり、生活の安定したキリエは、今や輝くほど美しくなった。その美しさを毎日愛でている僕は控えめだった笑顔も、今では溢れるほどの笑顔に変わっている。
その僕の顔を気に入ったとちょっかいを入れる馬鹿者がいようとは思いもしなかった。
きっかけはあの隣国との戦争回避だった。
元々、急激に豊かになったこの町は、ここを治める領主の注目を集めていたらしい。
何故かこの町を襲おうとした隣国が神の怒りで衰退したと知った王家が、町の偵察に来ることになったらしい。
ガリアンから、僕とキリエに姿を隠せとの忠告があり、理由が分からないまま森に姿を隠すこと三日。
結婚式までの日が無くなるので、町に戻ってみれば、大騒ぎになっていた。
マースとガリアンが、人質として領主の館に攫われてしまったのだ。
家に戻れば兵士が居て、二人を返して欲しくば、領主の館に来いと言われてしまった。なぜだ?
こんな事なら森に行かず、対応すれば良かった。
「シャル、どうしよう、マースが、マースが・・・。」
「大丈夫。迎えに行けば、二人を返してもらえるだろう。」
「で、でも。狙いはシャルなんじゃないの?」
「僕?僕を狙ってどうするんだ?」
「だって、土地を開墾したのはシャルだもの。」
そうだな。隣国を撤退させたのも。誰も知らないはずだけど。
「僕はキリエの事が心配だよ。僕が帰るまで、家に閉じこもって隠れていて欲しい。」
「でも、二人でって。」
「僕にいい方法がある。」
兵士に声をかけ、領主の館に向かった。彼にだけは見えているはずだ。どこにもいないキリエの姿が。
町を出て、領主の館に着く前には精霊に身代わりの姿を作ってもらおう。
結婚式直前のこの迷惑行為に僕はたいそう機嫌が悪くなっていた。