6.戦争が始まった?
「あぁ、そこっ・・・シャル・・・」
「ここかい?キリエ。」
「うん、うん。そこっ、気持ちいい・・・」
「ふふっ、君はここが好きだよね。」
「うん。好きっ。シャル、もっと、ねぇ、もっと強く。」
「だめ。ゆっくりでなきゃ。」
「あーん。気持ちいいのに。お願い、シャル。」
「君のお願いには弱いな。でも君が後で辛くならないかい?」
「良いの。お願い。」
「おねだり上手な君には敵わないな。」
ドンドンドンドンドン
振り向けば、ドアのところに顔を真っ赤にしたマースが立っていた。
「ねぇ、ドア開けたままやってくれない?」
「構わないよ。」
「じゃあ、そうして。」
ドアを開けて、離れていくマースの言葉は小さ過ぎて僕達の耳には届かなかった。
「声だけだと、卑猥すぎて想像しちゃうだろうが。」
僕はキリエの背中を丁寧に揉みほぐしていた。王子の僕がマッサージが得意なのは、ひとえに体術練習の相手にマッサージをさせられていたからなのだ。
もちろんキリエにあんなマッサージをしたら、穴が空いてしまう。
「シャル、今日もありがとう。んんっ、スッキリしたぁ。」
最近の僕とキリエにちょっとだけ変化があった。キリエが僕の事をシャルと愛称呼びにしてくれた事だ。
もしかしたら、もう少し二人の関係を深めても良いのだろうか?
時々、キリエの濡れたような唇に口付けたい気持ちが止まらなくなりそうな時がある。
口付けよりも、いっそプロポーズしてしまおうか。
今の僕はキリエの家の居候では無い。開墾した畑から得る利益はキリエとマースに渡したが、時々森に入り、様々な獲物を手に入れ、売ったお金が僕の収入になっている。
町に頼まれた害獣駆除も、用心棒の指導料もそこそこ良い金額になっている。
今は貯金をし、キリエと二人で住むための家を建てる資金にしている。
妖精に頼めば、家はいつでも用意してくれるが、僕がそれでは嫌だった。
ひと月ほどたったある日、隣のナダール爺さんが亡くなり、ずっと面倒を見てきた僕とキリエに家を遺してくれた。
彼はキリエにとって親代わりでもあったので、キリエもマースもすごく泣いて、僕はキリエが泣きつかれるまでずっと抱きしめていた。
落ち着いた頃に家をキリエと二人で見に行ったが、かなり傷んでいて、そのままでは住めそうに無かった。
「キリエ、この家を直しても良いか?」
「・・・うん。」
「外側は壊さずに中だけ直すから。」
「わかった。」
「それで、家が直ったら、君にお願いがある。」
「お願い?」
「うん。」
キリエは僕の目をじっと見ながら頷いた。僕の気持ちは届いているのだろうか?
次の日から僕は山から木を切り出し、洗い、干し、削って、毎日少しづつ家を直した。少しづつ出来上がっていく家が楽しい。
そんなある日、朝から精霊が酷く騒がしくて、精霊から話を聞いた僕はこの後の行動をどうするのが一番良いのか悩んでいた。
「シャフールはいるか?」
朝早くからやってきたのは、用心棒家業のガリアンだった。
「朝からどうしたの?シャルならいるわよ。」
「ガリアン、おはよう。」
「シャフール大変だ!隣国が攻めてきた!兵隊はもう隣町まで来てるだろう。町を守らなきゃならない。手を貸してくれ!!」
そう戦争が起こった。僕達が住むのは隣国に近い町。それに開墾が進んだ為、ずいぶん豊かな町だった。敵兵が必ず狙ってくるような。
ガリアンはまだ知らないが、敵兵は一万。僕やガリアン等、町で集められる人数など、精々が数十人にすぎない。
王都ではまだ、動きがなく、たとえ王都から軍が送られようと、その頃には僕達の町は蹂躙され尽くしているだろう。
町に住む人の手では救えない。
妖精もあれ程の大軍となれば難しい。
「ガリアン、迎え撃つよりも、まずは避難だ。街の人を避難させてくれ。」
「・・・わかった。」
ガリアンは迎え撃つのは無理だと、僕が言っていることに気づいてくれたようだ。一瞬悔しそうな顔をしながら、頷いた。
「先に行ってる。お前達も早く避難しろよ。」
「ああ。」
ガリアンが出ていくと、キリエとマースが不安そうな顔で僕を見上げてくる。
「戦争が始まったの?」
「そうだ。でも安心して。必ず守るから。」
「シャル。」
「シャフール、どこに逃げたら良いんだ?」
「僕が今直しているナダール爺さんの家へ。」
「そんな、ここにいたら危ないんだろう?」
「僕を信じて、あの家にドアをしめて、閉じこもって欲しい。」
あの家は精霊の加護がある。何があっても守ってくれるだろう。完成間近だったから、十分住めるようになっている。
二人を連れて、ナダール爺さんの家に行き、二人を残して家を出ようとした。
「待って。シャル!どこに行くの?」
「僕は少し森に行ってくる。」
「お願い一緒に居て。怖いの!」
「ごめんね。君を守りたいから、今は一緒に居られない。僕の帰りをここで待っていて欲しい。」
唇を震わせて泣くキリエの瞼に口付けて、僕は家を出た。
一万の軍を止めることができるのは、眷属だけだから。
森の奥の奥。決して人の踏み込まない場所まで来て、僕は声をかけた。
「ハリエット!」
深い木々の中から現れた人は全身緑色だった。髪も目も、服も。
「シャフールか、何の用だ?」
「助けて欲しい、ハリエット。隣国が攻めてきた。兵の数は一万だ。」
「おやおや。」
「君ならどうという事もないだろう?」
「うーん。いいけど、俺が手伝うと、お前、変な奴らに目をつけられるよ。それでも良いの?彼女と結婚するんだろう?」
「もうすぐプロポーズする予定だ。」
「なに、じゃあ、俺一人でやれって?」
「認識阻害の魔法を自分にかけた上で、君に乗せてもらうのはどうだろうか?」
「ううん。まぁ行けるかな?後でバレないようにしろよ。」
「気をつけよう。」
彼はこの世界で知り合った、僕の眷属だ。僕の母はこの眷属の血を引いていた。あちらの世界でも母以外に知るもののいない僕の最大の秘密。
「よし、時間が無いんだろ?行こうか。」
「頼む。」