5.タイマン勝負をしよう
賭場の主らしい人物はガリアンと言うらしい。
今後、付き合いがあるとは思えないので、名前を覚える必要は無いだろう。
「勝負の条件はさっき言った通り。それで構わないな?」
「あぁ、構わない。」
「じゃあ、やってくれ。」
彼の部下がゆっくりとした動きでサイコロをカップに入れ、台にカップを伏せた。
「さあ、お前に先に選ばせてやるよ。」
男が余裕で僕に選べと言っていた。それでいいならそうさせて貰おう。サイコロが1と1なのは見えているのだから。
「ありがとう。長で。」
「じゃあ、俺は半だ。」
男と部下の間で目配せしている。わかり易すぎるだろう。
僕の耳元で精霊が笑っている。
部下の男がカップに手を伸ばし、開けると見せて、サイコロを転がそうとした。しかし、精霊がそのサイコロをほんの少しだけ動かす。それだけで、男の指は空振りだ。
部下の顔に焦りの表情が浮かんだ。
男も気がついたのだろう。苦々しい顔で部下を見ている。
しかし、今更カップを伏せる事もできまい。さあ、どうする?
「一一の長。」
おや、良い覚悟だ。意外にも正直者じゃないだろうか。
悪く思って申し訳なかった。
「に、兄さん、あんたの勝ちだ。約束を守ろう。」
「ありがとう。」
僕はゆっくりと、場を立ち、借用書を返してもらって部屋を出た。良かった。これで借金は終わりだ。キリエは喜んでくれるだろうか?
「兄さん。」
後ろから、男に声をかけられた。振り返ってみた男の顔は意外にもさっぱりしていた。
「兄さん、俺の下で働く気はないか?」
「ない。」
「即答だな。」
男は苦笑いしながら、それでも僕をじっと見て来た。
「兄さんに目をつけるのは俺だけじゃない。これから色んな奴に目をつけられるだろう。気をつけるんだな。」
「僕は興味が無い。」
「いつまでそう言っていられるかな。」
もう興味はない。帰ろう。
僕はキリエの待つ家に向かった。
そういえば、僕の着替えが無かった。もう少し稼げば良かった。考えが足りなかったな。
もう同じ方法では稼げないだろう。またマースに考えてもらおう。
「戻りました。」
「シャフール。」
キリエはあのまま立って僕を待っていてくれたのだろうか?
目に涙を浮かべ、細かく震える唇に笑顔を浮かべ、一歩2歩近づいて来る。
僕は小走りに駆け寄って彼女を抱きしめた。
「シャフール、おかえりなさい。」
「ただいま。キリエ。」
それからの毎日は、とても幸せなものだった。僕がかけらも想像した事のない。現実だと思えないほど、僕は幸せを噛み締めていた。
キリエと手を繋いで買い物に行き、毎食三人で会話しながら食事をする。
朝起きれば、温かい朝食があり、キリエの笑顔が眩しい。
キリエとマースは畑を耕して暮らしていた。そのささやかな畑はかろうじて食べていける程度のもので、これまで借金の利息を良く払い続けてこれたと思えるものだった。
僕はキリエが無事であったことを、生まれて初めて神に感謝したほどだ。
キリエの家は町外れの森のそばにあり、森との間には荒れた土地が広がっていた。
「キリエ、この土地は誰のものだ?」
「こんな荒地、持ち主はいないわ。」
「では、耕せば、キリエのものになるか?」
「え?こんな岩ばかりの土地、耕せないわ!」
「大丈夫だ。それで、キリエの土地にできるのか?」
「シャフール。無理しないで。もう借金も返してもらったから、生活には困らないのよ。あなたを家に帰してあげたいのに、ごめんなさい。」
「いや、僕はキリエといたい。」
荒地は開墾したものが権利を得ると聞くや、僕は土地の開墾に乗り出した。
僕が来た事で、この地の精霊は十倍にも増えていて、僕を手伝うことが楽しくて仕方がないらしい。
岩を砕き、土を柔らかく肥えたものに変え、荒地が広大な畑に変わるまでに一ヶ月もかからなかった。
町の人々がそれを見て、更なる開墾に乗り出し、僕は精霊に岩を砕く手伝いを頼んだ。見る見る豊かになる町で、僕はキリエと共に満ち足りていた。
時々、町の人が僕とキリエの事について聞いてくるようだが、マースが返事をしてくれているので、任せておいた。
偶に、隣町から人相の悪い男達が来るが、少し相手をしてやると二度と同じ男はやって来なかった。
賭場の主が別れ際に目をつけられると言っていたが、特に気になる事も起きず、日々平和だ。
そういえば、あの男は、賭場を閉めて、今では運送と用心棒の仕事を始めた。町が大きくなるにつれ、なかなか順調なようだ。
今では不思議なことに悪くない付き合いをしていて、頼まれれば用心棒の指導もしている。
付き合ってみれば、気のいい男で、苦しめられたキリエやマースですらあの男の事を嫌っていないほどだ。
「もう、シャフール、その笑顔は反則。」
真っ赤になって僕の胸に可愛い手をぶつけてくるキリエ。
ん?笑顔?僕が?
窓ガラスに映る僕はキリエの髪を指で梳きながら、笑顔を浮かべていた。
あぁ、やはり、キリエ、君は天使だ。