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8話

 

 

 

 

「部屋まで送るよ、いつものとこだろ?」

「あなた、陛下にはあんな事言ってた割に遠慮しないのね」

 

 謁見も終わると、余裕を持って到着した為今日の予定は特になく。ディアークの申し出を意外に思ってそんな言葉を返した。彼の事だから、てっきりセオドアがいるならと席を外すだろうと考えていたのだ。

 現にセオドアは所有権を主張するかのように、さりげなく私の腰を抱き寄せた。そう言えば酔っていた為うろ覚えだが……ディアークと喋ってるのを見るのも嫉妬でどうにかなる……みたいな事を言っていた気がする。これはセオドアの心の平穏の為にも、同行を断った方がいいだろうかと迷っていると。

 

「いいじゃねえか、久しぶりに会ったんだからさ」

『二人の邪魔をするのは不本意だが……父上からコイツらの滞在中はあのバカがやらかさないよう極力見張ってろって言われてるからなぁ』

「……確かに久しぶりね」

 

 ゲンナリした顔でため息をついたディアークのコルの言う、あのバカとはドロテーア皇女の事だろう。皇帝陛下やディアークには気遣って貰って有難いやら申し訳ないやらで話を合わせた。実際は全く以て久しぶりではない。建国記念パーティーからまだ一ヶ月も経っていないのだから、横でセオドアが久しぶり……?と首を傾げている。貴方の疑問は尤もだけれど、今は流して欲しい。

 

「しかしお前ら、暫く見ないうちに和解したのか?」

「ま、まぁ……歩み寄る努力を、したいとは思っているわ」

「じゃあもういらねーな? 例の令嬢のリスト」

「待って、まだいらないと決まった訳では……」

「……エステル、何の話ですか?」

 

 流して欲しいとは思ったが、なんて余計な会話を振ってくれたんだ。

 

「……それはその、ただのリストよ」

「正確には家柄も良く容姿端麗品行方正で、政務もこなせる才女っていう高い要求を超えた令嬢のリストな」

「エステル?」

 

 圧がすごい。主に私を抱き寄せる腕の圧が。

 

「……貴方と、婚約解消した時に……お詫びにいい縁談を用意しなきゃと思って……。でも流石に貴方ほどの人材を他国にはやれないから、嫁入りして貰うとして……領地経営が出来る令嬢じゃないとアカルディではやっていけないから……」

 

 ディアークには大分前からセオドアとの事を、能力を伏せつつも相談していた。アカルディの令嬢でも何人か候補を考えてはいたが、ヴェルデにもより良い相手がいればとお願いしていたのだ。優れた相手でなければ素直に祝福できそうになかったから……というのは内緒である。

 解消と決まるまで話すつもりのなかった事を、なんだか後ろめたい気持ちで語れば、彼は立ち止まり私の顔を覗き込むように正面に立って。

 

「エステル……僕は貴女と結婚出来ないなら──」

 

 諭すような、それでいて甘い色を含んで紡がれた言葉は、しかしその続きを更に大きな声がかき消して私の耳には届かなかった。

 

「セオドア様ぁー!! もういらしてたの? お出迎えしたかったのにぃ〜!」

「だ、第三皇女殿下……」

「もう、ドロテーアって呼んで頂戴っていつも言ってるでしょう?」

 

 マナーの講師は何をやっているのかと首を傾げたくなるほどの声量と、よくぞその重そうなドレスでそこまで機動力を出せたなと感心してしまうような速度で、セオドアにタックルするように抱きついた彼女は言うまでもなくドロテーア皇女だ。回廊を歩いていた私達──いや、恐らくセオドアだけしか見えてはいないだろう──を庭園から見つけ、ダッシュで突撃しに来たらしい。

 

「……御機嫌よう、第三皇女殿下」

「あら、貴女もいらしてたのね」

 

 聞いていないだろうが一応挨拶しとくかと適当に声をかけると、真意はどうあれ招待されたのは私だったわよね? と言いたくなるような言葉が返ってきた。セオドアは何とか自らにしがみつく皇女の腕を剥がそうとしているが、皇女の執念が凄く、何度剥がしてもまたガッシリと元に戻ってしまう。勿論セオドアからすれば力づくで剥がすのは簡単な事だろうが、相手は他国の皇女で下手なことは出来ないだろう。

 

「……おい、ドロテーア。人の婚約者に気安く触れるな」

「お兄様に言われたくないわ。この人と随分仲がいいじゃないの」

「俺達は友人だからな。お前のそれは横恋慕って言うんだ」

「あーら! すぐに横恋慕じゃなくなるわよ!」

「お前……」

 

 皇帝陛下曰くなにかやらかしそうな皇女のコルの声に集中しなければ……と思うのに、皇女がセオドアに触れていることがどうも苛立たしくてそれどころでは無い。今まではセオドアのコルが私より皇女の方が全然マシだと言っていたから我慢していたが、セオドアが私のことを好きだとしたら──。

 

「セオドアは、私と結婚出来ないくらいなら死んだ方がいいそうなので、貴女のものになることはありません」

 

 セオドアの腕を引っ張って、私のものだと主張するように思い切り抱きつく。当のセオドアはビックリした顔でこちらを見たあと、その通りですと満面の笑みを浮かべ私のおでこあたりに口付けを落とした。

 いや、その通りってなんだ。聞こえなかったことをいい事にかなり物騒な方向に捏造したのに。話を合わせて否定しないでいてくれるかなとは思ったけれど、まさかこんなにしっかり肯定されるとは。

 

「……っふん。そう言っていられるのも今だけだわ」

『ホント苛つくベール女ね。すぐ失脚させてやるんだから!それに、既成事実さえ作ってしまえばこっちのものよ』

 

 は? と声が出そうになったのを咳払いで誤魔化す。失脚させる?どうやって?それに既成事実?婚前交渉にも比較的寛容なアカルディでさえ、その相手と結婚することが前提だというのに。ましてや婚前交渉が禁じられてると言っても過言ではないヴェルデにおいて既成事実など、もし本当にそうなれば次期女王から婚約者を横取りしてでも婚姻を結ばせようとするのはさほど不自然ではない。その場合きっと手を出されただのなんだの言って泥を被らされるのはセオドアだろう。

 ただ、既成事実が作れるかどうかはまた別の話だ。セオドアは私の婚約者に選ばれるだけあって全てのことに秀でている。例え力ずくだろうがなんだろうがそう簡単に身体を許す筈がない。

 

「それでは御機嫌よう」

 

 筈がない……のだが。やはり自信満々に去っていく皇女の背中を見ていると、不安が拭えない。

 

「……セオドア、あの、滞在中一緒に寝ますか?」

「っ!? え、エステル、何を言って……」

「それがいいかもな。待ってろ、夫婦向けの客室を手配しよう」

「ちょ、ちょっと待ってください皇太子殿下!」

『二人して何を言っているんだ!?』

「なんだよ、アカルディは婚前交渉OKだろ?」

 

 ディアークは私の意図を察したのだろう。近くにいた女官に指示をしようとするのを、いち早くセオドアが引き止めた。

 少し赤らんだ彼の顔は、照れているようにもとれるし怒っているようにもとれる。私は人の感情を読み取るのにコルに頼りすぎているなと改めて思った。魔法が発現するまでは、顔色や声色や仕草をちゃんと見ていた筈なのに。

 

「何もしなくていいから、側にいてはくれませんか?」

「……っだから、何もしない自信が……」

「それならそれで構わないので」

「エステル……本気で言ってますか?」

 

 そうなるというならそれでいい。いくら共に寝るからといって、彼が嫌いな相手を抱く程性欲を持て余してるとは思えないし、つまりは彼の意思だということになるから。彼の意思なら、私としては吝かでは無い。

 

「本気です。……まぁ、私といるより皇女に夜這いされるほうがマシなら、無理にとは──」

「それはないです、絶対に」

 

 食い気味で強い否定だった。

 

「ですが──いえ、ではエステルが良いのであれば……お願いします」

 

 渋々、本当に渋々だが彼は了承してくれて、私は一先ず安心したのだった。

 

 

 

 

 

 

 夜、用意してもらった客室のベッドに腰かけて、どう考えてもいらねーだろというディアークから問答無用で受け取ったリストを眺めていた。因みにセオドアは湯浴み中である。意識すると顔が真っ赤になってしまいそうなので、こういう現実を突きつける物を見ているくらいが丁度いいのだ。

 

 ……それにしても。

 

「真面目に作ってくれてるのよね? これ……」

 

 ヴェルデの貴族は12歳頃には殆ど婚約者が決まっている。それ故ディアーク曰く厳選に厳選を重ねた上で記載された令嬢達には、ほぼ全てに既に婚約者がいて。しかしセオドアの為なら婚約解消も厭わないであろうということが注意書きに書かれている。その時点で性格に難アリなのではないかと思わなくもない。

 逆に婚約者がいない令嬢かと思えばまだ9歳だとか10歳だとか、極端に幼くて。

 

 私が長らく婚約者として拘束し続けたせいで、後戻りが難しくなりつつあるのがよく分かった。本当に好かれていたならいいが、コルが正常だった場合は大惨事である。

 

 ──エステル……僕は貴女と結婚出来ないなら──

 

 あの時、本当はなんと言おうとしていたのだろうか。本心では、どう思っているのだろうか。皇女を牽制する為に捏造したけれど、少なくともコルは相も変わらず皇女の方がマシだと言っていた。

 

 ……そのドロテーア皇女だが、セオドアが好きだというただそれだけの為に、今年16歳にして未だに婚約者を定めていない。これは、ヴェルデでは考えられないことだと書類を見ながら改めて思った。……それだけ彼への気持ちが強いという事だ。セオドアは他国の令嬢達からも人気があるが、ここまで徹底しているのは彼女くらいなものだろう。

 私はどうして、ドロテーア皇女には奪われたくないと思っていたんだろうか?……なんだか分からなくなってきてしまった。

 

 確かにディアークのコルからあのバカと評され、皇帝陛下に何かしでかさないかと案じられる破天荒な性格は大きなマイナスポイントだが……他は?

 黙っていればヴェルデ一の美人と評される優れた容姿。地位もあり、彼女がいればヴェルデ全土で水不足に悩むことは無いと言われる程の水魔法の使い手で、アカデミーでも首席なのだという。その上ヴェルデ語が大陸共通語としてアカルディでも問題なく通用するのに、セオドアとの円滑な会話のために態々アカルディ語を習得している。

 

 ……あれ、性格を除けばかなりの優良物件では?

 初めて寝室を共にするという……そういう事の予感にドキドキし過ぎて意識を逸らすために現実逃避で始めた事が、思いの外心を抉ってくる。動揺して、別の意味で心臓がバクバクしてきた。

 

 けれどセオドアが本当に私を好きなら別に、いくら彼女が優れていようが問題ないはず。それに侍女も私達の関係を応援していて、この姿の私を見て手を出さぬはずがないと太鼓判を押してくれた。手を出さない自信がないと、本人すら言っていた。

 

「じゃあもし手を出されなかったら……?」

 

 分からない。分からないから確信が欲しい。確信が欲しいから──どうか、抱いて欲しい。

 

 

 

 

 

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