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7話

 

 

 

 

 

 ヴェルデの首都までは、停車駅などなく目的地までノンストップで走るこの王族専用の魔法列車でも大体4日程かかる。アカルディは東西に長細い小さな国だが、ヴェルデは魔界を除いた大陸の半分以上を占めるかなり広大な国であり、その首都は遠い。もし列車が出来る前ならここまで頻繁に行き来しなかっただろうから、ディアークともそんなに仲良くはなっていなかったかもしれない──なんて、とりとめのないことを考える。……現実逃避だ、何故なら。

 

「目的が第三皇女の誕生祭というのは不服ですが……エステルとこうして毎日一緒にいられるのは、凄く嬉しいです」

 

 いくつもソファのあるこの部屋で密着するよう隣に座り、私の腰に手を回し抱き寄せたまま機嫌良くニコニコしているセオドアに、意識を逸らさないとドキドキして耳まで赤くなってしまうから。

 

『王女と何日も一緒だと思うと気が滅入るな。帰りたい』

 

 ……真反対の事ばかり口にする不服そうなコルのことは気にしない、気にしない。

 

『せめて別の車両に移りたいけど……僕から言えるはずないし』

 

 気にしな──流石に気になる……!

 

「セオドア、申し訳ありませんが少し1人にしてくれますか?」

「……やっぱりエステルは僕のことがお嫌いですか……?」

「ち、ちが、」

 

 しゅんとして私の顔を覗き込んでくるその様は、犬耳が付いていたらペタリと倒れていただろうなと思うくらい悲しげで。ああ、こんな顔をさせたくないから、気にしないようにと思っていたのに。

 

「少し眠たくなってきたから、横になろうかなあと。ですから……」

 

 慌てて誤魔化すようにそう付け足す。咄嗟に思いついたのがバレバレだろう苦しい言い訳だった。しかしそれを聞いたセオドアはホッとしたように身体を起こすと、自分の膝にひざ掛けを畳んで乗せ、ポンポンと叩いた。

 

「では僕の膝を使って下さい」

「…………お言葉に甘えます」

 

 これも断ればまた落ち込ませてしまうかもしれない。そう考え王女は度胸! とセオドアの膝に頭を預けた。満足気な彼の長い指が、私の髪を撫でるように梳かしていく。本当に寝てしまいそうなくらい気持ち良くて、ほう……と息を吐いた。

 しかしどうしてこうなってしまったのか。今のはごゆっくりお休み下さいと言って自然に退室出来たはずだ。そうしないということは……やっぱりセオドアの好意を本物だと信じてもいいんだろうか、と思った矢先。

 

「そもそも僕はエステルの護衛も兼ねているんですから、傍を離れませんよ」

 

 ああ、なんだ。そういうことか。

 

「別に、いざとなったら転移するから大丈夫です」

 

 なんとなく上げて落とされたような気になり、素っ気ない返事をしてしまった。けれど実際転移魔法はアカルディの王族の女性以外に使える人もいないし、離れていれば足手まといになることも無いし……間違ったことは言っていない。

 すると、はあぁ……と長いため息が聞こえてきたので見上げれば、セオドアが私を撫でながら苦笑いを浮かべていた。

 

「エステルにとって僕の傍が一番安全だと思える場所になるよう、もっと強くならなければいけませんね」

「そ、そういうことじゃなくて! セオドアは充分強いですよ? でも私がいれば足手まといになりますから」

「それなら大丈夫です。エステルを抱えたままでも、竜の一匹や二匹問題なく倒せます」

 

 そんな馬鹿なと言いたいところだが、セオドアなら本当にそれをやってのけるかもと思わせるだけの実力があるので恐ろしい。勿論冗談だったとしても、セオドアの傍が一番安全だっていうのは……とっくに思っているけれど。

 

「……以前はもっとこう、何時でも剣を抜けるようにしていたではありませんか」

 

 セオドアがヴェルデに同行するのは勿論これが初めてではない。普段はローテーブルを挟んで斜め前くらいの1人がけのソファに座り、常に柄へと手をかけていた。美形は何をしても絵になるもんだと思いつつ、大変気まずいので私は書類仕事を持ち込んで無言の姿勢を貫いていたのだけれど。

 

「あれは……いかにも護衛の為にいますという姿勢をとってないと、追い出されるかと思っていたので」

「……否定出来ませんね。でも実際こんな体勢では動きづらいのでは?」

「剣を使わずとも魔法でどうにでもなりますから」

「なら……いいのですが」

 

 何にせよこの状態を逃れる術はなさそうなので、大人しく膝枕をしていて貰うことにする。

 

「何があっても僕が貴女を守りますから、安心して寝ていて下さいね」

 

 落ち着いた彼の声はどこまでも優しい音色をしていて、私はその言葉通り彼の膝に頭を預けたまま眠りに落ちていった。

 

 

 

 



 それから順調に旅路は進み、予定通りにヴェルデの城へ到着した。

 

「久しぶりだな、エステリーゼよ」

「皇帝陛下におかれましてはご機嫌麗しく……」

「よいよい、そんなに畏まらずとも。儂はお前のことを娘のように思っているのだから」

 

 その日のうちに皇帝陛下との謁見の機会が設けられた。皇帝陛下はこの大国を治めているだけあって威厳もオーラもあるが、その言葉通り私のことをかなり可愛がってくれているので態度は柔らかく、最初の挨拶もそこそこに肩の力を抜く。

 

「ありがとうございます、光栄です」

「本当に、第一王女でもなければディアークの妻にと望んだのだがなぁ。実に惜しい」

 

 中々反応に困る言葉に苦笑いを浮かべた。ディアークには婚約者はいない事になっているが、実際は彼の溺愛する美人で優しいとある公爵令嬢に内定している。但し何かと狙われることの多い彼の弱みにならぬよう、極々限られた人物にしか知らされていない。だから私が王位を継ぐ事を無視しても、そんなことは有り得ないのだが。

 

「父上、俺の暗殺者候補を増やさないで頂きたい」

 

 皇帝陛下の言葉に返事をしたのは、同席していたディアークだった。彼が冗談めかしながらも視線を送った先にいるセオドアは、少し不快そうに眉を寄せていて。セオドアはディアークに婚約者がいることを知らない。だから皇帝の言葉に独占欲から苛立ったようにもとれる、が──。

 

『第一王女でなければ、この人と婚約せずにすんだんだよな…』

 

 と肩を落とすセオドアのコル。一応、彼のコルはおかしいのだと思うようにしてはいるが……全く気にしないというのもやはり難しく、勝手に少しだけ胸が傷んだ。

 

「はは、すまんすまん。エステリーゼは愛されているなぁ」

 

 皇帝陛下はディアークと同じようにセオドアの表情から嫉妬を読み取ったらしく、そう言っておおらかに笑って。

 

『……にも関わらずドロテーアはいったい何を考えているのか。誕生祭のパートナーとしてセオドア殿を連れてこられたら婚約を認めて欲しいなどと儂や重鎮達の前で宣言したが……この様子じゃ可能性の欠片もなさそうだ。まぁ、仮に連れてきたところでエステリーゼの婚約者なのだから、そう易々と頷ける話ではないが』

 

 などという大変不穏な事を考え始めた。

 確かにドロテーア皇女も今年で16歳。彼女の2人の姉は12、3歳の頃には婚約者が決まっていたはず。だから本来なら彼女にもとっくに婚約者が居てもおかしくないが、セオドアを諦められないあまり色んな縁談を撥ね除けて今に至るらしい。

 

『やたら自信満々だったのも不安だ……何か問題を起こさなければいいのだがなぁ』

 

 早速セオドアを連れてきたことを後悔する。やっぱりロランドにお願いすれば良かった。が、そんなことを表情に出す訳にも行かず奥歯を噛み締めた。今のは皇帝陛下のコルが語った話でしかなく、表面上は穏やかな会話を交わす。……これは早急に皇女に会って、何を考えているのか探らなければ。


 そしてその機会は思ったより早く訪れた。

 

 

 



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