「ロランドからみたセオドアの話 (後編)」
ついに、本日発売です!緊張やら感動やらで胸いっぱいです…
宜しければお迎えしていただけると光栄です(n*´ω`*n)
そして……な、な、なんと、『心が読める王女は婚約者の溺愛に気づかない』がFLOS COMIC様にてコミカライズ企画進行中です!
これもひとえに皆様の応援の賜物です~;;続報をお楽しみに!
更に婚約から四年が経った頃。
「っと、危ねえな! セオドア、集中しろよ。俺を殺す気か!?」
ある日の手合わせ中、普段は真剣に取り組むセオドアにしては珍しく、心ここにあらずといった彼から危うく致命傷を喰らうところだった。何事かと思って問いただせば、この世の終わりのような顔をして予想だにしないことを言い出す。
「最近、エステルから避けられてる」
「……はぁ?」
「嫌われてしまったんだろうか。心当たりも無いし、どうしたらいいかも分からない……」
今にも泣きだしそうな顔で俯くセオドアに、困惑しつつも宥めるべく考えを巡らせた。
「えーと……ま、まぁ落ち着けよ。殿下も忙しいんじゃないのか? もう御年十二歳だし、公務を任され出したんだろ」
「そうかな……そうだと、いいんだけど」
「ああ。殿下がお前を嫌うはずないって」
そんな俺の言葉に、力なく微笑むセオドア。万が一実際に嫌われていたら、今度は俺が八つ当たりされる側になりそうだ。因果応報ではあるが……今のこいつの力で八つ当たりされたら命が危ない。
とはいえ互いが互いを想い合っていることは誰が見ても分かるほどだから、彼にかけた慰めの言葉は決して気休めのつもりなどではなく、本心だった。所詮は子どもの喧嘩だろうと、そのうちまた元に戻るだろうと、楽観視さえしていた。
──しかし、それから徐々にセオドアの懸念が杞憂などではなく、事実であることが分かってくる。
まず、殿下のセオドアに対する言葉遣いが丁寧なものに戻った。以前セオドアが「エステルは偉そうな雰囲気を気にして、ああいう話し方をしているみたいだ。僕はそんなことないと思うけれど……でも、家族と僕だけには砕けた話し方をしてくれるから、特別感があって嬉しい」なんて惚気ていたのに。
その上、殿下はよくキエザ伯爵邸までセオドアに会いに来ていたのだが、ぱったりとその足が途絶えた。誘いの手紙を出しても、多忙を理由に断られるらしい。
何より今までは一度会えばどちらからともなく抱擁を交わし、にこやかに他愛ない話をしていたのに、今では殿下がセオドアの方へ顔を向ければいい方だ。会話も必要最低限、近況報告をする余地さえ無いようで。
「……大丈夫か」
「大丈夫な訳ないだろ」
学校の食堂で一口も食べずに机に突っ伏しているセオドアに声をかければ、拗ねたような声が返ってくる。
「わ、悪い」
気休めの言葉さえ見つからないほど、状況証拠が揃ってきた。それ以上何も言えないまま、とりあえずその向かいに座って食事をとっていると。
「貴方がセオドア・キエザ先輩ですか」
腕章から下級生と分かる少年が声をかけてきた。俺達の同期であるレグロ・ナルバエスに顔立ちや髪と瞳の色がよく似ているから、あいつの弟だろうか。
セオドアは上体は起こさないまま、気だるげに顔だけを少年の方に向け言葉を返した。
「そうだけど……」
「エステリーゼ第一王女殿下に疎まれているという噂を聞きました。それが事実なら、婚約を辞退した方が良いのでは?」
「おい。誰だか知らないが、お前には関係ないだろ」
初対面で何を言い出すかと思えば、世の中……否、今のセオドアには言っていいことと悪いことがある。失礼な下級生に思わず口を挟むと、悪びれた様子はないながらも彼は軽く頭を下げた。
「失礼、ナルバエス侯爵家のファビオと申します。そして関係ないというお言葉ですが、王女殿下が先輩を望んでいないなら、俺が望まれたいと思ったまでです」
……こういう身のほど知らずな奴はたまに現れる。特にセオドアの強さをよく分かっていない年下や、自らの負けを認められない年上に多い。それでも一度セオドアと手合わせすれば、僅かな希望に縋る心さえポッキリと折れてしまうのがお決まりだが……今は寧ろセオドアの心が折れかけている状況である。
大丈夫か、今こそ公爵家の権力の使いどころかとハラハラした気持ちで動向を見守れば。
「君がどう思おうと勝手だけれど、僕より弱い男には譲らない」
「それは……今は負けていますが、同い年だったら──」
「本気でエステルの守護者になりたいなら、年齢を言い訳にしないで。僕は君くらいの時にはもう最上級生にも勝っていたけれど……それでも彼女に並び立つには足りないと思っている」
漸く身体を起こしたセオドアが、そう言って真っすぐにファビオを見返す。さながら俺に宣戦布告したあの日のようだ。
どれほど落ち込んでいても、それでも殿下を守るのは自分でありたい──その気持ちは揺らいでいないらしい。そのことに安心しつつ、セオドアの言葉を信じていない様子の少年に対して俺から補足する。
「本当だぞ。なんならお前くらいの時には、先生達しか互角に戦える相手はいなかった」
「そんな……」
一歩後ずさり、絶望の表情を浮かべるファビオという少年。彼が何かしらの学内の大会で勝ち上がっていれば、顔くらいは覚えているはずだ。だが見覚えがないということは……そういうことだろう。
「僕より君が強くなったら、喜んで辞退するよ」
喜んで、は嘘だろ。そう心の中で反論しつつ、セオドアより強くなったらという条件は「絶対に譲らない」と言っているのと同義だなと苦笑した。こんなに食事も喉を通らないほど落ち込んでいても尚、誰よりも強くあるべく鍛錬は怠らないのだから、追いつける訳がない。
がっくりとファビオが肩を落として去っていくのを見届けたあと、長い長いため息をついたセオドアが、ぽつりと呟いた。
「エステルはあの子の方がいいって思うかもしれないのに、随分偉そうなこと言っちゃったな……」
確かに殿下がセオドアを避けているのは間違いない。……でも、嫌っている訳でもない、と思う。かつてあれだけ憎んでいた俺が言うのもなんだが、セオドアは──特に女性から──嫌われるような男ではないし、殿下も無意味に誰かを嫌うようなお方ではない。それなのに嫌われるだけの何かをセオドアがしたというのであれば、少なからず心当たりがあるだろう。
「──また、エステルに僕を好きになって欲しい。その為なら何だってする。でも……嫌いな奴からアピールされたって、鬱陶しいだけかもしれない」
そう言ってまた落ち込みつつ、食べる……と言うよりは口に物を詰め込むように、セオドアは食事をとり始めた。何とかしてやりたいという思いはあれど、俺にできることといえば、早く元の二人に戻って欲しいと願うことくらいだった。
──……だから、ヴェルデでの一件以来和解した二人を見て、俺は当事者かのように安心し、心から喜んだのだ。
◇
「ロランドは、今も婚約するつもりはないのですか?」
懐かしい時に思いを馳せていると、殿下からそう尋ねられる。まるで幼い頃の二人のように、想い合っていることが傍から見ても分かる二人の姿にホッとしつつ、その問いに答えた。
「仲睦まじい御二人を見ていると、いいなとは思うのですが。俺のような人間では相手が可哀想だなと……」
どんな理由があって、たとえセオドアからの許しがあろうとも、俺がやったことは最低だ。それ故誰かと結婚するという未来を描けなかった。縁談自体はこれまでにも少なくない数来ているようだが、それは俺の行いを知らないからだろう。過去に次期王配へ理不尽な暴力を振るっていた男など、誰が婿にしたいというのか。
そう自嘲する俺に、殿下は首を振った。
「そんなことはありません。確かに貴方の過去は変えられませんが……行動で貴方への評価を変えることは出来ます。あの頃のロランドを知っている私だって、間違いなく今の貴方がアカルディの良き守護者であると思っているのですから」
「……勿体ない御言葉、光栄に存じます」
愚かな行為に堕ちた俺を、引っ張り上げて正しい道に戻してくれた殿下。そんな敬愛する彼女からの最上級とも言うべき評価は震えるほど嬉しくて、潤みそうになる瞳を隠す為に頭を垂れた。
こういう時いつもなら割り込んでくるセオドアも、何か思うところがあるのか口を挟んではこなかった。そんな俺達のなんとなく気まずくも照れくさい空気を察してか、殿下は話題を変えるように話を振ってくれた。
「ロランドはどんな方が好みなのですか? 相性の良さそうな方を紹介できるかもしれません」
……いや、あまり話題自体は変わっていないかもしれない。
「こ、好みですか? ええと……俺が間違ったことをした時に叱ってくれる人、ですかね」
「それ、もしかしてエステルのこと?」
先ほどは黙って聞いていたセオドアが即座に割り込んでくる。確かにあの時好みの女性のタイプが明確になった節はあるが……まさか殿下だなんて、そんな命知らずなことを言うはずないだろうと慌てて否定する。
「ちげえよ! ……い、いえ、勿論殿下も当てはまりますが、既婚者を狙うような趣味はありませんので。そうですね、あとは勇敢で物怖じしない人とか──」
「やっぱりエステルじゃないか」
「それから年上! 包容力があって頼れる年上の女性!」
「年上か……」
明らかに殿下が外れる条件を口にすれば、セオドアは真顔でうんうんと頷いた。ついさっき挙式をして夫婦になったばかりだというのに、まだ誰かに奪われやしないかと心配しているのか、この男は。
「殿下……本当にこの男が夫で大丈夫ですか?」
日頃殿下の前ではしっかり者で頼れる男かのように振舞っているセオドアだが、同期といる時は子どもっぽい一面がある。まぁ致命的なマイナスではないだろうが、そういう姿に呆れたりしないのだろうか。しかし、殿下はくすっと笑ってこう答えた。
「ふふっ。私としてはこういうところも可愛らしいと思いますが……でも、たとえセオドアに欠点があったとしても、それごと彼を愛せるでしょう」
フェイスベールに覆われて目元は伺えないものの、きっと慈愛に満ちた顔をしているのだろうと察することができる優しい声で、殿下は続ける。
「ロランドの人生ですから、貴方が誰かと結ばれることを望んでいないのであれば、それもいいのです。けれど諦めているというのなら……きっと貴方の過去さえ受け入れて、愛してくれる人がいますよと、伝えたいのです」
本心からだと伝わるその言葉が嬉しい反面……そんな人が本当に存在するのだろうかと思う気持ちもあって。そもそも誰かと添い遂げることを望んでいるのかいないのか、それさえも自分で分からない。今の俺に分かっているのは──。
「……今後どうなろうと、俺はこれからも殿下やアカルディを守る剣であります」
「ふふ、頼りにしていますよ」
これからも二人の幸せを守りたい、それだけだ。
活動報告の方更新していますので、良かったらのぞいてみてください(◍ ´꒳` ◍)