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3話

 

 

 

 初めてセオドアのコルと対面したあの日から5年、私は何かと理由をつけて彼に会うことを避け続けた。

 それには色んな理由があるけれど、1番は好きな人から嫌われている事実を突きつけられるのが辛かったからだ。次期女王に有るまじき心の弱さである。自分自身のコルは見えないけれど、もし見えていたならば、きっといつもウジウジと縮こまっているに違いない。セオドアは私をどんなに嫌っていても、努めて友好的にしてくれているのに。

 

 ──そう、セオドアは今も変わらず、まるで私のことを愛しくてたまらないかのように振る舞っているのだ。会えば必ず抱きしめられるし、離れる時は名残惜しそうにする。舞踏会やパーティーなどではずっと腰を抱かれ、まるで嫉妬するかのように他の男性と近づくことを許してはくれない。

 そして誰もがそれを愛ゆえと信じ、この国の将来は安泰だなんて笑う。きっとその為に、セオドアも我慢し演技をしているのだろう。

 

 大好きな彼に嫌われているのを知りながらそばにいて、更には無理をさせる。この現状をなんとかしたくて、私は彼と距離を置きながらもずっと婚約解消について考えていた。

 

「……婚約解消かぁ」

 

 母上──女王陛下から任されている執務の合間に、気分転換に庭に出てみる。今の時間セオドアは騎士団で訓練をしている筈なので、大丈夫だろうと油断していたら。

 

「今、なんと言いましたか?」

「わっ!?」

 

 後ろからいきなりそのセオドアから声をかけられ、思わず叫んでしまった。呼吸を整え振り返れば、軍服に身を包んだ彼の姿があって。

 

「いえ、なんでも……。それより訓練中の筈では?」

「少しトラブルがあって、王配殿下に報告に行った帰りに貴女を見かけたものですから」

「そうですか……ご苦労様です」

 

 そう言って立ち去ろうとするも、バシッと手をとられてしまう。傷を治したあの頃の小さな手ではない、力強い男の人の手に、足を止めるしか無かった。

 

「……何か?」

「婚約解消って……」

 

 珍しく俯きっぱなしのセオドアに視線が合わない。なんだなんだとコルの姿を覗き見れば、期待に満ちた目で私を見ていた。

 

『婚約解消……出来るのか?』


 王命とも言うべきこの婚約を、伯爵家の次男に過ぎない彼から解消することは難しいだろう。更にキエザ家は王家への忠誠心が高く、彼の両親がその私情を許すとも思えない。


「色々調べております。過去に前例がないかと……」

「どうして……」

 

 どうしてもこうしても、貴方が望んでいるからに他ならないのだが。

 

「エステルは、僕のことが嫌いですか?」

「……まさか」

 

 嫌いになれればどんなに良かったか。

 貴方がどんな風に私を思っていても、心の内を知るまでの4年間の楽しかった記憶が未だに鮮明で、大切で、好きという気持ちを消すことが出来ないのだから。それに、

 

「貴方が──」

 

 貴方が私を嫌いなんじゃないか。そう言いかけて、やめた。

 セオドアは本心を隠す事が上手い。今だってやっと視線が絡まったかと思えば、その悲しそうに細められた目尻には涙が浮かんでいるように見えるのだから。嫌われているだなんてこの能力がなければ絶対に分からないことだ。ただの婚約者でしかない状態で、そんじょそこらの国家機密よりもずっと秘匿されているこの力を悟られる訳にはいかない。

 

「……貴方が、不利益を被るようには致しませんのでご安心ください。では」

「っ、待ってください! 僕は──」

 

 私には治癒、読心以外にもいくつか使える固有魔法がある。その一つが転移魔法だ。私は彼の言葉の続きを聞くことなく、一瞬で執務室へと戻った。

 侍女や護衛を置き去りにしてしまう為、緊急時以外あまり使わないよう言われているが、私にとっては精神の一大事である。どうか許して欲しい。

 

「……って、何をしてるのかしら……私……」

 

 なるべく早く婚約解消しなければ。あんな態度をとってはいたが、セオドアのコルは婚約解消を望んでいた。無理して心無いことを言わせてしまい申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


 そもそもセオドアは、外面だけでなく心の内すら私以外には裏表のない優しい人なのだ。きっと私が、彼にあそこまで嫌われるだけの何かをしてしまったに違いない。

 

 ああ、こんな力などなければ良かったのに。そうすれば、彼に愛されていると信じてやまない愚かな女でいられたのに。婚約破棄しなきゃなんて、会いたくないなんて、こんなこと思わずにすんだのに。

 

 

 


 

 そうやって何かとセオドアを避け続ける私だが、どうしても逃げられない時もある。

 

「エステル、遅くなりましたが……僕が贈ったそのドレス、着てくれたんですね」

 

 ダンス中、私にしか聞こえないくらいの声量でセオドアが語りかけてくる。

 

 この建国記念パーティーのように、王家主催の公式行事に王女である私は当然参加。そしてパートナーは勿論婚約者のセオドア。普段できる限り逃げ回っているが、こればかりは私の都合で水を差すわけにはいかない。今日は逃げられない日……言い換えれば逃げなくてもいい、理由がある日だ。

 

「……ええ、侍女がどうしてもと言うので」

 

 しかし、揃いの衣装にする必要まであったのだろうか。ネイビーを基調とし、シャンパンゴールドのサテンリボンと裾まわりに施された白い刺繍でまとめられたローブデコルテのイブニングドレスは、単体で見ると上品でとても素敵だし私好みなのだけれど。

 

「とても綺麗ですよ。綺麗過ぎて誰にも見せたくないくらいです」

「……ご冗談を」

 

 同じ色合いで揃えられた軍服のような正装を着たセオドアはこんなペアルックみたいなことをしたくない筈。でもきっとそんなことをちっとも感じさせない表情でお世辞を言うのだ。

 この甘い顔と声で褒められて嬉しくない女性はこの国にいないだろう──私以外は。

 

『なんでこんな奴と揃いの服なんか……屈辱だ』

 

 貴方が贈って来たんじゃない、とコルの愚痴に心の中で返す。隣でネチネチ不満を垂れてるコルを見ながらでは、いくら口で褒められたところで虚しいだけだ。

 

「エステル、冗談なんかじゃありません」

「……少なくとも誰が着ても一緒でしょう。顔、見えないんですから」

「一緒だなんてそんなはずないじゃないですか。でも……そうですね。素顔を見せて頂ける時が楽しみです」

 

 そう言ってふわりと微笑まれ、思わずビクリと肩が跳ねる。私が素顔を見せるのは結婚相手だけ……つまり、結婚するのが楽しみですということなんだろう。勿論内心は見たくないだろうし、私とてこんな美形に勿体ぶったように顔を見せる事になるのも勘弁して欲しい。

 

 それに婚約解消するかもしれない……というかするつもりだし、と曖昧に笑って返事はしなかった。意図的に言葉を返さなかったことを察したのだろう、セオドアは何か言いたげな顔をしていた。

 

「あ、それ一つ頂ける?」

「殿下、こちらアルコール強めの飲み物ですが……」

「……構わないわ。喉が渇いているの」

 

 ダンスも終わり気まずい空気をどうしたらいいか分からず、黙っていられる理由を探し、近くに通りかかった給仕が運んでいた飲み物を受け取ってそのまま口をつけた。

 喉がカッとするような感覚にむせない様気をつけながらも、喉の渇きを理由にした手前そこそこの量を飲んでいく。お酒には特別弱い訳ではないが、かといって強い訳でもないので酔ってしまうかもしれない。大変間抜けだがいざとなったら治癒魔法を使わなければ。

 

「エステル、あまり急いで飲むと酔ってしまいますから」

 

 セオドアもそんな私に呆れたのかグラスを取り上げようとしてくるが、すんでのところで躱す。手持ち無沙汰になるのは困るのだ。

 

「私の事はいいので、セオドアも好きなように過ごしていいですよ」

「……でしたら、隣にいさせて下さい」

『好きなようにしていいなら、今すぐ帰りたい』

 

 なんでこうなるのだろう。彼のコルは必死に私と離れたがっているのに。ここまでコルと実際の行動が乖離しているのは珍しく、彼くらいなものだ。

 とはいえ今は公式行事中。演技する必要のない二人きりのときですらそうなのだから、沢山の人がいる中で彼が仲睦まじいフリをするのはいつもの事ではある。

 

 やはり私が何か、自然と離れられる理由を探してあげなければ。

 そうして人の多い会場内を、目的地もなくフラフラと歩いていると。

 

『────……』

 

 不意に聞こえて来た不穏なコルの声に、思わず視線をそちらに向ける。そこに居たのは見知った顔と見知らぬ顔。

 

「……ディアーク、久しぶりね」

「エステリーゼ!」

 

 ヴェルデ帝国の皇太子、ディアークは私に気がつくと笑ってこちらに歩いてきた。

 ヴェルデといえば魔界と反対側に位置する帝国。かつてはアカルディを侵略せんとする皇帝もいたものの、今のヴェルデの皇帝はアカルディを魔界から人類を守る最初で最後の砦であると認め、防衛費を支援してくれたりと関係は良好で、こうしてお互いの公式行事にもよく出席し合う。今回は皇太子であるディアークが来賓として来ているようだ。

 そんな訳で彼とはこういった場で度々会う機会があり、同い年かつ継承権第一位同士通ずるものもあって、国力の差はあれど気心知れた仲である。

 

「相変わらずシケたツラしてんな。もっと愛想良くしたらどうだ?」

「口元しか見えてないくせに何言ってるのよ。それより──」

 

 ディアークが持っていたグラスをパッと奪い取って飲む。やはり匂いこそしないが、先程私が飲んだものより更に度数のきつい酒である。

 予想外の行動に彼はポカンとしたままそれを見ていた。

 

「これを貴方に渡したのはそこの方?」

「ああ、そうだが……」

「そう。これ、匂いはしないし飲みやすいけれど物凄くアルコール度数が高いわ。ディアークがお酒に弱いことを知っていての事なら、何かよからぬ事を企んでいたとしか思えないわね」

 

 その言葉にセオドアは色々と察したのか、私が指し示した男をすぐ拘束してくれた。その男は外交官のバッジを着けているが、外交官のシュルーダー卿はもっとお爺さんだった気がする。

 

「ごっ、誤解です第一王女殿下! 酒だとは気づかずに持ってきただけでして……」

「そもそも私は今回の飲食物の管轄をしたけれど、こんなものは用意していないわ」

 

 こんな飲みやすくて酔いやすいお酒があったら、よからぬ事に使われてしまうかもしれないじゃない? と付け足せば、その男は自分じゃない! 給仕か誰かの仕業だ! と暴れていたが、コルが何故バレたのだと動揺していた。

 

「セオドア、衛兵に引き渡してきて下さい。ディアーク、貴方が帰国するまでこの人軟禁させてもらうけれど、いいわよね?」

「ああ、悪いなエステリーゼ」

 

 証拠になるだろうお酒の入ったグラスも渡しておく。

 男はディアークを泥酔させたのち寝込みを襲って殺害する計画だったようだが、なんとその罪をアカルディに被せようとしていたのだ。もしそうなったら言うまでもなく国際問題である。その男の主は、アカルディに対して友好的な皇帝とは違い、侵略主義の皇弟のようで、戦争を起こす大義名分が欲しかっただけなのだろう。

 コルが主な情報源である以上皇弟まで罰することは出来ないだろうが、一先ずはこの国でディアークを殺させない事が大事である。

 

 心の声なんか聴こえなければセオドアとのことで傷つくことなどなかったけれど、やっぱり私には必要な力だと改めて思う。

 

「それにしても、油断しすぎじゃないの?」

「はは、ホント助かったよ。毒なら耐性があるし、酒なら匂いで分かると思ったんだが……」

 

 ディアークは酒にとても弱い。

 私達が飲酒出来るようになった年、一緒に初の飲酒をしようとワインボトルを引っさげてやってきた彼は、ほんのグラス半分で泥酔してしまったのだ。治癒魔法で酔いも取り除ける私がいたからよかったものの、帝国の皇太子ともあろう男が気を抜きすぎである。

 

 ──まぁ、結果的に立て続けに強いお酒を飲むことになり、意識が朦朧としてきた今の私が言えたことではないが。

 

「……流石に酔ってきたわ」

「おい、大丈夫か? 水持ってくるから待ってろ」

 

 私の症状も証拠になるだろうから、治癒魔法は使わなかった。その結果……その後のことはあまり覚えていない。




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