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「ロランドからみたセオドアの話 (前編)」

明日4月1日『心が読める王女は婚約者の溺愛に気づかない』発売です~!\ドンドンパフパフ/

記念SSを書きましたが、ちょっと長くなったので前後に分けました。後編は明日アップします!

 

 

 エステリーゼ殿下とセオドアの結婚式当日。既に挙式とパレードが終わり、今は立食パーティーが開かれている最中だ。本来であれば若手の俺は騎士として警備にあたるべきだが、セオドアと親しい間柄なのだからと隊長らに背中を押され、彼らを祝う一貴族として参加させてもらっている。

 

 他国では結婚式後のパーティーで別のドレスに着替えるのが一般的のようだが、ここアカルディでは新婦を守るという意味を込め、ウエディングドレスに新郎の色を使ったオーバースカートを重ねるのが主流だ。殿下も動きやすいようロングトレーンを外した純白のドレスに、セオドアの瞳の色に良く似た青緑のオーバースカートを着けている。普段とは違う白いフェイスベールも相まって、聖女そのものではないかと思うような美しさだ。仮に本人にそう言えば、「ただの末裔ですよ」と謙遜なさる姿が目に浮かぶが。

 そんな殿下の傍らにはこれまた美しく着飾ったセオドアが寄り添うように立っている。……一年以上前までの二人の姿を思い出すと、目頭が熱くなるようだ。そうして、主催者として来賓に挨拶をして回る二人を感慨深い気持ちで眺めていると、殿下が俺に気づいて声をかけてくださった。

 

「ロランド」

「殿下。改めましてこの度のご結婚、心よりお祝い申し上げます」

「ふふ、ありがとうございます。ロランドには何かと気苦労をかけましたね」

「滅相もありません。それに……こうして幸せそうな御姿を見せていただけたことが、何よりの喜びですから。セオドアも、おめでとう」

「ありがとう。僕も、君には結構心配かけたかな?」

「それは全く否定しない」

 

 きっぱり即答すれば、軽口と受け取ったのかセオドアはくすくすと笑ったが。

 ──実際、二人のことは本当に、ほんっっっとうに心配していたのだ。

 

 ◇

 

 セオドアのことを、最初はいけ好かないムカつく奴だと思っていた。

 

 幼い頃から、俺はオベルティ公爵家──正確には父上からの重い期待を背負っていた。騎士団団長を務めるほどの実力を持つ父上だったが、それでも現王配殿下には終ぞ敵わず王配の座を逃したのだという。今でこそ母上の事を愛しているから、結果的にこれで良かったと言ってはいるものの、負けず嫌いな父上の心残りや屈辱は消えることなく、息子である俺を王配にすることで晴らそうとしていた。

 とはいえそんな父上の考えにかかわらず、俺が自らの意思で王配になることを目標にしていた。血の滲むような厳しい指導を受けてきたのだから、報われたいし認められたい、一番になりたいと思うのは当然のことで、一番の強者の証である王配になりたいと思うのは自然な流れだった。

 ──なのに。

 

「僕は、王配になることを望んでない」

 

 そんなことを言いつつも、そのくせ騎士学校において成績は常にトップ、剣でも魔法でも負け知らずのセオドア・キエザ。本当に王配になることを望んでいないのなら手を抜けばいいのに、そんなことすらできない根っからの天才。俺がどんなに努力しても、手の届かない存在だった。

 一番を逃す度、父上から心底ガッカリしたようにため息をつかれ、訓練が足りないのだと指導は苛烈さを増すのだ。けれどそれにも歯を食いしばって耐えて、食らいついてきた。セオドアさえいなければ、俺が間違いなく同世代の中で一番だと、自信を持って言えるほどに強くもなった。

 なのに……それでもセオドアに、一度たりとも膝をつかせることができなかった。王配になりたいと思っていないあいつが、俺のように努力しているはずがないのに。悔しい、悔しい、悔しい。

 

 そんな逆恨みが積もりに積もったある日、俺は遂に過ちを犯してしまったのだ。

 

「よぉ。お前、最近じゃ次期王配の最有力候補だって有名らしいな」

 

 年齢関係なく行われた学内の剣術大会で、下級生でありながらあっさり優勝したセオドア。最早上級生どころか大人とさえ互角に戦えるほどの強さを持っているくせに、何故か自信の無い様子のこいつに苛立ちながらも声をかければ。

 

「……僕は、君が王配になればいいと思うよ」

 

 困惑したような顔でそんな戯言を抜かすものだから、ついカッとなって──。

 

「ッ、ふざけるな……!!」

 

 学内において訓練の時以外は暴力禁止──そう定められているにもかかわらず、俺はセオドアを思い切り突き飛ばした。こいつの実力ならば簡単に躱せただろう。しかし何を思ったのか、躱すどころか受け身も取らずに後ろに倒れこむ。

 

「本気でそう思ってんなら手加減すればいいだろ! 弱いフリをすることが、そう難しいことなのかよ!?」

「それは……剣を向けられると、身体が勝手に……」

「はっ。身体が勝手に動いているだけのお前より弱くて悪かったな」

「ちが、そういう意味で言ったわけじゃ──」

「うるさいっ、所詮は伯爵家のくせに、俺に口答えするな!」

 

 何を言われても癇に障って、権力を振りかざす。そうすればセオドアはぐっと押し黙った。決して敵うことのない相手のそんな様子に……俺は、気分が高揚した。

 そうか。いくら学内で尊卑の差はないと謳ったって、実力では比べ物にならないこいつも、権力には勝てないのだ。

 俺が唯一セオドアに膝をつかせる方法。こんなやり方で優越感を得たって虚しいだけなのに、それでも溜まった鬱憤を晴らしたくて──俺はこんな愚かな真似に味を占めてしまったのだ。

 

 その日から気に入らないことがある度に、俺はセオドアに八つ当たりをした。ただ意外なことに大人たちはそんな俺を止めなかった。なんでもキエザ伯爵家から、学校やオベルティ公爵家へと手出しする必要は無いという申し入れがあったらしい。護衛から俺の行いを聞いていたはずの父上も、キエザ家の意思を尊重したのか、咎められることも言及されることもなかった。

 

 

 そんな環境で暫く続いた俺の醜行を止めたのは──当時五歳の幼い少女だった。

 

 セオドアに理不尽な暴力を振るう俺を、その小柄な体躯の一体どこから、と驚くほどの力強さでボコボコにした第一王女エステリーゼ殿下。訓練に慣れた身でも、その容赦のない拳は涙が出るほど痛かった。

 それでも、どう考えたって殿下より俺の方が力は強い。だから……セオドアは、もっと痛かったはずだ。

 

 ──えらかったら、人をなぐってもいーの? じゃああなたも、おーじょの私には何されたって文句いえないわよね?

 ──りふじんだと思う? それとも相手がえらかったらしかたない?

 

 理不尽を身をもって実感し、二歳も年下の女の子からそう諭されて、情けなくもその時漸く理解した。

 

 ──あなた達の力は、こんなことをするためのものじゃないのよ。

 

 父上に認められたい、王配になりたい、その目標を叶える為の手段が強くなることだった。そうやって生きてきた。だからそれを邪魔するセオドアの存在が憎かった。

 だが本来はこの国を、魔物の脅威から守る為に強くなるのだ。権力は悪意から身を守る為に、大切な人達を救う為に使うのだ。共に戦うべき友を、痛めつける為の力ではない。

 そんな当たり前のことを今更理解した愚かな俺にも、殿下は貴重な治癒魔法をかけてくれた。そしてそのあと──彼女が魔力切れで倒れたことも、父上から聞いた。

 

 その翌日。殿下の御前だったが故に形だけ謝ったのではなく、本当に申し訳ないと思ったことを伝えたくて、セオドアに改めて謝罪をしたのだが。

 

「本当に悪かった。謝って許されることではないけど……」

「いいよ。君もそうだけど、僕も愚かだった。何も知らないで泣き言ばかり繰り返して……僕自身、昨日までの自分を殴りたいくらいなんだ」

 

 意外にもそう言ってあっさり許しをくれた彼に、驚いて顔を上げる。

 

「それに、僕も君に謝ることがある。僕は、この手でエステリーゼ殿下を守れるようになりたい……だから王配になりたくないと言ったことは取り消す。誰にも、勿論君にも絶対に譲らない」

 

 まっすぐに俺を見返すセオドアの瞳は、帰り道の分からない迷子のようだった昨日までとはうって変わって、強い意志を宿していた。

 セオドアも殿下に治癒魔法をかけて貰ったようだ。俺のせいでついていたはずの傷跡が何処にも見当たらない。きっとその時に彼の心を動かす何かがあったのだろう。

 

 反対に俺はというと、こんな性根の自分では殿下の夫に相応しくないと痛感し、王配になりたいという願いは捨てることにした。父上にも今までセオドアにしていたこと、そして昨日のいきさつを話し、セオドアに贖罪をした上で、自分は王配ではなく殿下の忠臣になりたいことを話した。きつい拳骨を一発くらったが、自らの執念で俺を追い詰めてしまったと俺に謝り、改心したことを喜んでもくれた。

 

「宣言してくれたところ悪いけど、俺は王配になるのはもう諦めたんだ」

「それは君の勝手だけど、鍛えることはやめないでよ。エステリーゼ殿下を守る為には強い人間は一人でも多い方がいいし。僕も努力していたつもりだけど……全然足りないって分かったから」

「それは、勿論だ」 

 

 言われなくともそのつもりだったので即答すれば、いけ好かないムカつく奴──そんな印象がガラリと変わる、爽やかな笑みを浮かべて手を差し出して来た。

 

「一緒に頑張ろう」

「ああ」

 

 俺達がこれまでとは違う、良い意味でライバルになった瞬間である。

 

 

 それから三年後。宣言通り鍛錬を重ねたセオドアの実力が評価され、異例の速さで殿下との婚約が結ばれた。

 その世代で一番強い男と、次期女王。人柄も相性も一切考慮しない肩書き重視の婚約だったが、セオドアと殿下は大恋愛の末の婚約だったかのように想い合った。……まぁ、実際セオドアは元々殿下に想いを寄せていたが。無自覚だったらしい本人は、あくまで忠誠心からくる敬愛なのだと言い張っていた。

 

 何はともあれ仲睦まじい殿下とセオドアを見ると、本当に良かったなと思う。二人と、そして二人の導くアカルディが末永く幸せであればいい、その幸せを守る剣の一つでありたい。


 そう願っていたのだが──。

 


特典情報やweb版と書籍版の違いについて、3月25日の活動報告の方に書いていますので良かったらご覧ください!

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