「3.5話」
読者の皆様のおかげで本作品が角川ビーンズ文庫様より書籍化して頂けることになりました!
感謝の気持ちを込めて、書籍化記念SSを更新させて頂きます。
もう話を忘れたよ~という方向けにざっくりあらすじを書きますと、
・隣国皇太子(アルコール激弱)に意図的に酒を盛った男を発見、代わりに酒を飲みその企みを露呈させた主人公だったが、酔いすぎて以降記憶なし(3話)
・目が覚めると婚約者が傍にいて介抱の為に口移しで水を飲ませてくれた(4話)
の間の出来事です。
皇太子殿下の飲み物へ故意にアルコールを混ぜた疑いで、軟禁処分が決まったヴェルデの男を衛兵へと引き渡した後。僕は次期王配として品がないと咎められない範囲で、けれどなるべく早く会場内を歩いてエステルの元へと向かった。
この建国記念パーティーのような公式行事は、普段僕を避けるエステルが傍に居ることを許してくれる貴重な時間である。一分一秒だって、離れている時間が惜しかった。
そうして慌てて元いた場所に戻れば、既にエステルの姿はなく。逸る気持ちを抑えながら辺りを見回せば、ほど近いバルコニーに彼女と皇太子殿下の姿を見つけた。
「エステリーゼ。大丈夫か? ほら、水持ってきたぞ」
「むり……こぼす……う、ぷ」
「おい、堪えろ堪えろ」
手すりの前に並んでしゃがみ込む二人。皇太子殿下は吐き気を堪えるエステルの背中を摩っていて、それが善意からの行動であり、あくまでも二人が友人であることを理解していながら、それでも嫉妬の気持ちを無くすことは出来ずに胸が痛んだ。
「待ってろ、人を呼んでくるから──ん?」
あえて足音をたてながら彼らに近寄れば、皇太子殿下はすぐに僕に気づいてパッと顔を上げ、助かったとでも言いたげに微笑んだ。
「セオドア卿、あぁ良かった! こいつ、もう限界だ。部屋に運んでやってくれ」
「畏まりました。皇太子殿下におかれましては、引き続きパーティーをお楽しみ頂ければ幸いです」
意識が朦朧としているエステルをそっと横抱きにし、皇太子殿下に礼をすれば、彼は苦笑いを浮かべながらも任せると言った。……私情を抑えてあくまでも敬意を払った態度をとったつもりだったのに、心の内が漏れてしまっていたのだろうか。
僕だってヴェルデと不仲になることを望んではいない。従ってエステルと皇太子殿下が仲が良いことは喜ばしい事であり、出来ることなら自分も次期王配として彼と親しくするべきだ。
──そう心掛けているのに、エステルの特別な存在である彼があまりに羨ましくて、どうもうまく表情を取り繕えないらしい。
「……あ、れ、セオドア?」
会場を出て廊下を歩いていると、気持ち悪そうに呻いていたエステルが漸く僕に気づいたようだ。フェイスベールで目元は見えないが、パチパチと瞬きを繰り返す微かな音がする。
「ええ。気持ち悪いですよね、姿勢を変えましょうか?」
「ううん、だいじょ、う、いえ……ちょっと、だいじょうぶじゃない、かも」
吐き気が込み上げてくるのか、彼女は慌てて自分の口元を手で押さえる。その様子にますます心配になり、早くエステルの自室へと連れて行ってあげなければと歩く速度を上げた。
因みに、酔っている時のエステルは転移が出来ないらしい。失敗して壁や地面に埋まったら怖いから、だそうだ。
「急ぎますね。何かご希望があれば遠慮なく仰ってください」
「ごめんなさい、運んでもらって……」
「構いませんよ、寧ろ光栄です」
申し訳なさそうに溜息をつくエステルだが、僕としては彼女を支えるのは自分でありたいと思うから、光栄だと言う言葉に偽りはない。……けれどエステルは、それを信じられないようで。
「またそんな……むり、しないでくらさい」
「無理なんかしていませんよ。……何故、そう思うのですか? 僕の態度に問題があれば、遠慮なく仰ってください」
何がいけないのだろう。僕なりに精いっぱい愛情表現をしているつもりなのに。
……いや、寧ろ嫌われているのにこうやって厚かましくも迫っていることこそが、鬱陶しいと思われているのかもしれない。それを彼女なりに傷つけないよう配慮した結果の言い回しが、それなのか──そう考えた時。
「頑張って抱きしめたり、気があるようなことを言ってはくれるけど……キスだけは、しないから……そこが限界らのかなって。そんなギリギリのところまでがんばららくても、いいのに、と……」
「っげほ、げほ、~~~~っ!!」
思いもよらぬ事を言われて、思わずせき込む。
「だいじょ、ぶ……?」
「申し訳ありません、大丈夫です。いえ、そんな事より──」
心配そうに顔を上げた彼女を落とさないように、ギュッと抱きしめながらも呼吸を整えた。
キスをしないことが理由で、僕の想いを信じられないのだと言うのであれば。
「キスをしても、良いのですか?」
その行為は日ごろ意図的にエステルとの距離を詰めている僕でも、未だかつてしたことがない。それは例え婚約者だとしても、エステルに嫌われている可能性がある以上許される行為ではないと思っていたから。……その理屈で行けば、抱き締めたりするのも許されないかもしれないが。
「いえ、だから……むりしなくていいってはなしで……」
「無理じゃなければ良い、と受け取っても?」
「……むりでしょう」
「無理ではありません。寧ろ、これでもかなり我慢していたのですよ」
キスしたい──そう思ったことは数えきれない程ある。
僕の事を避けている割には、僕が任務から帰って来た際ホッとしたように口元を緩める時。
嫌いな相手に抱きしめられているのに、無防備にも力を抜いてもたれ掛るようにしてくる時。
今日のように僕と揃いのデザインのドレスを身にまとう姿を見た時なんかもそうだ。
そうして何百何千の衝動を抑えた上で、ゼロという今があるというのに。
「我慢は……しているでしょうね」
そう見透かしたような発言をする彼女は、本当に理解しているのだろうか。僕から我慢という言葉を消し去ってしまえば、貴方がどんな目に合うのかを。
あまり煽るようなことは言わない方がいい、そう忠告しようと口を開くよりも早く。
「すぅ……」
僕の腕の中で、寝息を立て始めたエステル。
「……人の気も知らないで。貴女の許可さえ頂けるのであれば、僕は──」
浮かんだ邪な考えを振り払うようにぶるぶると頭を振った。
勿論そんなことを考えている場合ではなくて、いち早くエステルをベッドに寝かせてあげなければと思いつつも……。
エステルを愛おしく思う、僕の心の内が全て伝わればいいのにと願った。
書籍化にあたってかなり改稿したのでこの前後も大幅に変わっており、このシーンは存在しない幻のシーンになりました。
発売日は4月1日で、発売当日も記念SSの更新を予定しています。詳しくは活動報告にて!